人里を出た私と千絵は、星空の下博麗神社に向かって田舎道を歩く。本当は飛んでいった方が楽なのだが、千絵はこの時点ではまだ空が飛べないのだ。
隣を歩く千絵は幣を握ったまま妖怪の奇襲を警戒しており、いつも以上に神経を尖らせている。その雰囲気に気圧されたのか、野生動物でさえも逃げ出していた。
さて、千絵がこの時代で修行をする選択をした以上、霊夢達にも考える時間を与えておいた方がいいだろう。私は千絵が見てない隙を狙いタイムジャンプを行う。場所と時刻は今日の午後3時の博麗神社の境内。
陽射しに一瞬目が眩みながらも縁側に向かって歩いていくと、霊夢、姉さん、紫、杏子が和室でちゃぶ台を囲み、饅頭を食べながら雑談していた。
「おっ、帰って来たぞ」
「随分と早いわね? 千絵はどうしたのよ?」
「今慧音とこの時間の私が人里を案内している。私は今から2時間35分後の魔理沙だ」
「なんですって?」
眉を顰める紫に私は手を振り、「ああ、そんなに深刻に捉える必要はない。スムーズに話を進める為に、伝えるタイミングがここだったから時間遡行しただけだ。実はな――」
私は縁側から上がり込み、姉さんの隣に座った後、慧音と阿音にした時と同じ説明をする。短期間に三度も説明しているからか、スラスラと言葉が出てくるな。
「――という訳だ」
「そんなことが――!」
「……なるほどな。霊夢のお母さん、優しい人だったなぁ。おぼろげながらも覚えているぜ」
「そうですね。霊夢様のお母様、素敵な人でしたねぇ」
霊夢は驚いていて、姉さんは過去を懐かしむように呟き、杏子はそれに同意していた。
「少し先の未来において、千絵はこの時代で修行する道を選んだ。その時に霊夢には彼女に協力して修行を成功に導いて欲しいんだ。そうすれば霊夢の母さんの歴史が変わる」
「初代博麗の巫女様がこの神社に……! なんだかワクワクしてきます!」
杏子は気分が昂揚していたが。
「そ、そんなこと急に言われても困るわ」
「霊夢は、もっと母さんと長い時間を過ごしたくないのか?」
「それは…………分からないわ。私にとっては母さんが居ないのが当たり前だったし、既に清算した過去だもの」
霊夢は明らかに戸惑っているようで整理が追い付いてないようだ。しかし、母親に未練が無いなんて霊夢は心が強いな。
「妹よ。私達の母さんの歴史は変えられないのか?」
「やろうと思えば可能だが、お勧めはしない。その歴史だと姉さんは魔法使いにならなくなるぞ」
「なんでだ?」
「母さんの影響で魔法に興味を持つことが無くなるからだ。この歴史では親の跡を継いで霧雨道具店の女店主になるからな。事業に成功して人里で一番大きな店舗に発展し、人生の伴侶と出会い幸せな家庭を築き、一般人としては成功を収めるだろう。しかし普通の人間になる事で、霊夢との接点も無くなるし、幻想郷で発生する数々の異変に関わる事も無くなるんだ」
ここで姉さんと指定しているのは、時間の超越者になった私には歴史改変が及ばないからだ。自分で自分を否定する事は基本的に出来ない。
ちなみに異変の解決については、私が居なくなった事による影響はほとんどない。その分霊夢や他の人妖が頑張ってくれるからな。
「なら私は今のままでいいな。なんか退屈そうだし、魔法使いにも霊夢と友達にもなれないなんて有り得ないぜ」
私も同意見だ。それにこの歴史になったら、幻想郷は最初の歴史と同じ末路を辿る事になるからな。長期的に見たらバッドエンドだ。
「霊夢様! ここは絶対にお母様の歴史を変えた方がいいですよ! だって、あの時の霊夢様は泣いていらっしゃったじゃないですか!」
「私もそう思うぜ。霊夢の母さん、大きくなった霊夢の姿を見て喜んでいたじゃないか」
「…………」
杏子だけでなく姉さんも加わって、タイムリバースの失敗で西暦1999年5月28日に飛ばされた時の出来事を挙げて説得に掛かっている。霊夢は黙り込んでしまったが、その瞳は揺れていた。
その一方で、静かに考え事をしていた紫がようやく口を開く。
「ねえ魔理沙。博麗椿の歴史を変える事で、幻想郷や霊夢に影響は出ないのかしら?」
「そうだな。異変の発生や解決時の細かい部分や、霊夢の性格に影響が及ぶだろうが、大局的に見れば誤差の範囲だろう」
「おいおい、性格が変わるって大丈夫なのか!?」
話に割り込んできた姉さんに、私は「落ち着いてくれ姉さん。今の霊夢の根本的な性質が変わる訳じゃない。語弊を恐れずに言うなら、今よりも更に感情豊かになるだろうな」となだめたのだが。
「それって暗に霊夢が不愛想だと言いたいのかしら?」
「そうだぜ! いくら何でもひどくないか?」
「魔理沙さん……」
紫と姉さんから非難され、更に杏子からも白い目で見られたので、弁解する。
「だから違うって。いいか? 人も妖怪も、幼少期の出来事が人格形成に大きな影響を与える。特に母親の愛情が子供に与える影響は大きく、今の霊夢には無い多くの思い出が生まれる筈だ。勿論霊夢は一人で生きていけるくらい強い人間だし、今を否定している訳じゃない。だが心の栄養を得る事で、長い人生がより豊かになると私は信じている、繰り返すが、今回の歴史改変は必ず成し遂げなければならない歴史改変じゃない。現在と未来をより良くする可能性を提案しているだけだ」
本人が言うように、霊夢は母親の死を完全に乗り越えているので、私の行動は余計なお節介かもしれない。だから私は霊夢に判断を委ねる事にする。
「……私と千絵は午後6時頃に帰って来る。その時までに考えをまとめておいて欲しい」
考え込む霊夢を置いて、私は縁側に行って靴を履き、元の時間の1秒後に帰って行く。ほんの1秒程度しか消えていなかったのだが、隣を歩く千絵には気付かれてしまったようで、瞬時に振り向いた千絵と目が合った。
「ねえ。今あんた一瞬居なくならなかった?」
「今日の午後3時の博麗神社に遡って、霊夢達にお前がこの時代に滞在する事を話してきた。もしかしたら、お前の修行に参加するかもしれないぜ?」
「それは大歓迎ね。未来の博麗の巫女の実力も確認したいところだし、霊夢とは一度じっくりと話してみたかったのよね。……ところで、突然気配が消えた場所からまた現れたから攻撃しそうになったじゃない。気を付けなさいよ」
「悪かったよ。だがあまり気を張らなくてもいいぜ? 昔よりは平和になったし、そもそも霊夢に似てるお前と私を襲ってくる妖怪なんていないからな」
「気に留めておくわ」
安心させようと思って言ったのだが、千絵は警戒を崩さなかった。彼女の生きる時代では、この道でよく襲われていた事だし、仕方が無い事なのかもしれない。
口数少ないまま田舎道と田んぼ道を進み、星の光が届かない森の中は八卦炉を懐中電灯代わりに使いながら歩いていき、森を抜けてようやく博麗神社の麓に到着する。
足に疲労感を覚えながらも長い階段を昇っていくと、鳥居の前で霊夢と杏子が私達を出迎える。姉さんと紫は……ふむ、神社の中に居るのか。
「おかえりなさい! この時代の人里はどうでしたか?」
「妖怪が増えている以外、人の営みは変わらないわね。でも悪く無かったわ」
「それは良かったです! 千絵様、魔理沙さん。夕食の準備が出来ていますので、食べていってください!」
「悪いな杏子」
「ありがとう。でも私にそんなに畏まらなくてもいいわよ? 大体あんたと同い年くらいじゃない」
「いえ、そういう訳にはいきません! 私にとっては偉大な先輩ですから!」
「杏子はこういう性格だから、諦めた方が良いわよ?」
「ふふ、そう。可愛い所あるじゃない」
そんな話をしながら、私達は神社の玄関に向かって歩いていく。
「魔理沙から話は聞いているわ。この時代で修行するそうね? 私と杏子も参加してもいいかしら?」
「いいわよ。早速明日から始めるから、そのつもりでよろしくね」
「ええ」
「頑張りましょうねっ!」
そうか、霊夢はこの未来を選んだんだな。
霊夢は私の傍に来ると、耳元で囁いた。
「私、思い出したのよ。弾幕ごっこを考えついたのは、お母さんみたいな被害者を減らしたいって思いがあった事をね。きっと私は寂しかったんだと思う。もしも魔理沙が居なかったら、もっと悲しみに暮れていたと思うわ」
「霊夢……」
「私は魔理沙のおかげで元気になれたわ。そんな貴女が私の為にここまでしてくれたんですもの。この選択がきっと素晴らしい過去に繋がると信じているわ」
「あぁ。ありがとな霊夢」
私も小声でお礼をする。
いよいよ新たな歴史への道が開けた訳だし、霊夢達が成功するか見守っていくことにしよう。明日以降が楽しみだ。
年表
(2) 10月3日午後3時⇒同日午後5時35分からこの時間の博麗神社に時間遡行した魔理沙は、霊夢達にも自分が行おうとしている歴史改変の説明を行う。霊夢に千絵の修行に協力するか考えて欲しいと伝えて、元の時間に帰還する。(旧)「第282話 (2) 」
(2) 10月3日午後5時30分~午後6時⇒魔理沙と千絵は人里から博麗神社に繋がる暗い夜道を慎重に歩いて帰っていく。その道中で魔理沙は一旦午後3時の博麗神社に戻って霊夢達に歴史改変の説明を行った。
その後博麗神社で夕食をご馳走になる。霊夢と杏子は千絵の修行に協力する事を決めた。(旧)「第282話 (2) 」