ユリを見送った私は、神社の正面に戻って縁側の近くから空を見上げる。青い空の下、飛行しながら霊力放出の訓練を行う千絵と杏子と、それを見守る霊夢の姿があった。
霊夢曰く、飛行しながら霊力を上手に操作する事で霊力の向上が見込まれるらしい。確かに魔法も、飛行魔法と並行して弾幕を撃つのは慣れないと難しいし、効果はあるかもしれない。
私も霊夢達の元に行こうかと考えていた時、霊夢が私に気付いて降りて来た。
「ねえ魔理沙。さっき黒髪の女の子が飛んでいったでしょ。あの子は誰?」
どうやら一部始終が見られていたようだ。
「後で紹介するぜ。それよりも千絵の修行はどんな感じなんだ?」
「そうねぇ。基礎的な能力は上がってきているんだけど、やっぱり時間が足りないわね。期間の延長は出来ないの?」
「駄目だな。1カ月以上滞在すると、元の時代の人妖達に強い違和感を持たれてしまう」
私と違って千絵は成長期の人間なので、別の時代に長期滞在すると肉体が成長してしまう。僅か1日で外見が劇的に変化していたら、千絵を不審に思う人間が出てくるし、紫にも怪しまれる。余計な疑惑の種を蒔きたくはないのだ。
その事を霊夢に説明すると、「その通りね。なら修行のメニューをもっと厳しくしないといけないわね」と渋い顔で話す。
現在千絵に課せられている修行は、瞑想による霊力の向上と、霊夢の指導による霊力の操作術、霊夢を仮想敵と見なした模擬戦を行っている。霊夢は妖怪の中では若輩者ではあるが、幻想郷有数の実力者でもあるので、トレーニングの相手には持ってこいだ。妖怪退治の依頼が都合よく来ればいいのだが、霊夢の時代に比べると悪さをする妖怪はかなり減っていて、依頼件数が激減しているのが現状だ。
再度空を見上げると、千絵は陰陽玉を用いて杏子に攻撃しており、杏子は博麗の札を空中にばらまいて壁を作り受け止めているが、勢いに押されているようで苦しそうな表情だ。
博麗の巫女が使用する道具に、陰陽玉、お祓い棒、封魔針、お札があるが、これらについては特に教える事は無かったそうだ。千絵自身の地力を上げる事で、これらの道具の効果がより強力なものになる。
「霊夢。修行成功の展望は見えているのか?」
「勿論よ。今までは基礎を鍛え上げるつもりだったけれど、三日前の幽香との戦いで具体的な部分が見えてきたわ」
「へえ? それはなんだ?」
「今の千絵には、大妖怪に通用する攻撃手段が無いわ。何か新しい技を覚えないと厳しいわね」
確かに三日前の戦いは最早戦いとは言えなかった。終始幽香が圧倒していて、千絵は近づくことすらできず、弾幕の嵐から自分の身を護ることに手一杯だった。
終いには明らかに手加減されていたし、千絵が感じた屈辱は推して知るべしだ。
「それは私のマスタースパークや霊夢の夢想封印みたいなものか?」
「ええ。自分にとって一番自信のある技が習得できれば、少しは勝負になるんじゃないかしら」
どうやら霊夢は正解を導き出したようだな。ならばこう答えるのがいいだろう。
「霊夢の考えは間違ってないぜ。四日後に千絵が新技を覚えるきっかけとなる出来事が発生する。その時まで、今まで通りに能力を上げる修行を続けてくれ」
「そうなの? というか、やっぱり魔理沙は知っていたのね」
「気を悪くしたのなら謝るぜ。今回の歴史は霊夢自身が答えに気付く事が大事だったんだ。そのおかげで四日後の出来事が発生するぜ」
歴史改変を行う際、その鍵となる人物が自身の力で答えを導き出し、正解だと確信している時間以降ならば、過程を省いても問題にならない場合がある。今回のケースだと、霊夢と千絵が修行の過程で新技の習得を発案し、千絵が元の時間に帰った後に3年の試行錯誤を重ねて完成に至るまでの時間をカットする効果がある。
つまり何がしたいのかと言うと、四日後に博麗神社を訪れるユリに、改変後の歴史の千絵が西暦1888年に完成させた博麗の巫女に代々伝わる奥義を実演してもらい、今の千絵がこの時代にいる間に習得してもらいたいのだ。そうする事で、彼女の寿命が西暦1975年まで伸びた上で椿さんが天寿を全うする歴史に分岐する。何事も創造より模倣の方が格段に楽だ。千絵の技術なら、この時代にいる間に完成させる事も可能だろう。
霊夢が『新技を習得する』答えに気付いた事で、“過程”を省くことが可能になり、更に千絵が将来完成させる予定の技術を先取りするだけなので、この件での歴史改変も発生せずに予定調和に終わる。修行の成功はこの時点でほぼ確約されたのだ。
この私の考えを上空の千絵と杏子に聞こえないよう霊夢に説明する。
「そういう事だったのね。でも私はその“奥義”を知らないわよ? タイムパラドックスになるんじゃない?」
「千絵が元の時代に戻る事実を私が観測しない限り、歴史改変は起こらないから矛盾は生じないぜ。霊夢が奥義を習得するのはその後だ」
「ふ~ん?」
霊夢は分かったような分かっていないような曖昧な返事をする。
「四日後に来るユリって子は、もしかしてさっき飛んでいった黒髪の女の子かしら?」
「そうだ。彼女は私の友人というか家族みたいな存在でな、この時代の幻想郷の観光と霊夢に会う目的で時間遡行してきたんだ。友好的に接してあげてくれ」
「あらそうなの? ふふ、分かったわ」
クスリと笑う霊夢。
「この話は千絵と杏子には内緒で頼むぜ。気が緩みかねないからな」
「それは同感ね。今まで通り厳しく接していくわ」
「頼んだぜ」
「任せなさい」
霊夢は空を飛んで千絵と杏子の元に戻り、指導を再開した。
午後になる頃に妖夢が合流し、彼女の提案で新たに筋力トレーニングも加わり、全員がヘトヘトになった所で今日の修行が終了した。夕方にはまた唐揚げ弁当を持った慧音が来て、ご馳走になった。
翌日、修行8日目の日は姉さんに誘われたので、博麗神社には行かずにアリスの家でアリスとパチュリーとお茶会をした。他愛のない話で盛り上がったが、本題には関係ないのでここでは割愛する。
10月12日。修行9日目の日は姉さんと一緒に博麗神社に行って、霊夢達の修行を見守った。初日に比べると、千絵と杏子の霊力が明らかに強くなっているのが見て取れる。
今日は霊夢に会いに来る妖怪が多かった。文、小町、紫、諏訪子、華扇が霊夢の顔を見に来たのだが、修行中だと分かると小町はつまらなそうに帰って行った。
文は近況について霊夢達に取材を敢行していたし、紫は構わずに霊夢と千絵と話しており、諏訪子と華扇は千絵達の修行に口出しをしていた。
彼女達が帰った後、霊夢達は遅れを取り戻すべく修行を続けていて、日が沈んでも終わる気配が無かったので、私は断りを入れて先に帰る事にした。
10月13日。修行10日目の今日も霊夢達の修行を見届けた後、夜になって自宅に帰り、リビングのソファーに座って寛いでいると、玄関のドアがノックする音が響く。腰を上げて玄関の扉を開けると、左手に買い物袋をぶら下げたユリが立っていた。
『魔理ちゃん! 今日は泊まっていってもい~い?』
「おう、構わないぜ」
『やったっ!』
弾けるような笑みを浮かべて、ユリは私の家に上がり込む。彼女は側頭部にお面を付け、腕にはブレスレット、右手の指には指輪を嵌めて、まるでお祭りに参加した後のようだった。
「随分と荷物が多いな。元の時代の博麗神社に送っておこうか?」
『いいの? お願い!』
私はユリの荷物と装飾品に対象を定めた後、タイムジャンプでユリの時代の博麗神社に荷物を転送する。
「これから夕飯にしようと思ってるんだが、食べていくか?」
『うん! 私も手伝うよ!』
「なら頼むぜ」
『まっかせて!』
ユリと共に台所に向かい、エプロンを身に着けて料理を作り始める。捨食と捨虫の魔法を覚えた今、私も姉さんも食事が不要な身体ではあるが、人間の頃と同じように三食ご飯を食べている。まあ理由はアリスと同じようなものだ。
わざわざ人間だった頃の習慣を捨てる理由は無いし、生活にメリハリが付いて精神的に元気になるからな。何よりも食事をするのが楽しいし、生活か時間に余裕がある時代では、食事を摂るようにしている。
さて、今日のメニューは魔法の森のキノコをふんだんに使ったシチューだ。人間だった頃からよく作って食べていたので腕には自信がある。ユリと並んで調理を進めていく間、彼女はここ三日間に見てきた場所を楽しそうに話していた。
迷いの竹林で妹紅に案内されて永遠亭に行き、永琳、輝夜と未来の話で盛り上がり、鈴仙、てゐと交流した事。紅魔館に行って幼いレミリアとフランに会い、可愛いと思って抱き着いたら咲夜にたしなめられた事。命蓮寺にお参りに行って、妖怪達と交流した事。妖怪の山の散策をして、文とはたてに興味を持たれたので逃げてきたが、聖域の近くまで行ってしまったのでネムノに追い返されたので引き返して守矢神社に上り、神奈子諏訪子とその神様と親交を深めた事。天界に行って天子と一緒に桃を食べた事。
私は聞き役に徹しながら料理の行程を進めていき、旧地獄で偶然出会ったこいしと意気投合して温泉を楽しんだ話を聞いているところで、匂いに釣られた姉さんが2階から降りて来た。
「美味そうだな。ん? お前は誰だ?」
キッチンを覗き込んだ姉さんはエプロン姿のユリに気付いて問いかける。彼女は愛想よく答えた。
『どうもお姉さん! お邪魔してま~す! 私は博麗ユリ。よろしくねぇ~』
「博麗? 杏子の親戚か?」
「彼女は末代の博麗の巫女だ」
「えっ!?」
「まあ詳しい話は夕食時にな。もうすぐできるから、先に席に座っててくれ」
「あ、あぁ」
姉さんは唖然としながらも、食卓に向かっていく。そのすぐ後に私とユリが配膳して席に着き、食前の挨拶をしてから食事を開始する。
『美味しい! 魔理ちゃんの味って、全然変わらないんだねぇ』
ユリはシチューを食べながら感嘆している。いつも通りに作ってるだけなんだが、そこまで喜ばれるのは悪い気がしないな。一方姉さんはシチューを口に運びつつも、ユリを物珍しそうにじっと見ている。
「なあ妹よ。ユリの事を聞かせてくれないか? 彼女とはどんな関係なんだ?」
「ユリは幻想郷歴3億1500万年の幻想郷から来た末代の博麗の巫女だ。彼女たっての希望で、この時代の幻想郷の観光に来ているんだ。ユリは幼少期から目を掛けてきたから、まあ手のかかる娘みたいなもんだな」
『むー! そんなことないよ? 昔よりはおしとやかになったんだから!』
「自分で言ってるようじゃまだまだだぜ」
ユリは不満そうに口をへの字にしている。
「へぇ、お前が子育てじみた事をするなんてな。幻想郷歴ってなんだ?」
「宇宙の終末時代に使われてる暦でな、宇宙船地球号が完成した年を幻想郷歴1年とした暦だ。西暦と同じ24時間365日で1年経過するようになっているんだぜ」
「それって幻想郷がある宇宙船だっけか? 西暦だと何年なんだ?」
姉さんの問いに私が西暦換算で伝えるも、聞き馴染みのない単位に首を傾げていたのでそこも含めて説明すると、甚く驚いた様子で叫ぶ。
「はあっ!? そんな途方もない未来から来たのか!? というか、そんな時代まで幻想郷が続くのかよ!?」
「そうなるように私達が歴史を調整したからな」
「全然実感が湧かないぜ。なあユリ、その時代の幻想郷ってどうなってるんだ?」
『人口や施設・土地の広さを除けば今とあんまり変わらないよ? 人間と妖怪が仲良く暮らしていて、時々異変が起きたりするけど、私や他の博麗の巫女がバシッと解決しちゃうからね!』
「へぇ、他の博麗の巫女ってのは?」
『私の時代だと日本列島全体が幻想郷になっててね、地域ごとに博麗の巫女が割り当てられていて、何か問題が起きたらその地域の博麗の巫女が解決するの。ちなみに私はね、〇〇地方の本家博麗の巫女なんだ!』
ユリは幻想郷発祥の地となる土地を誇らしげに言う。
「なるほどな。なあ、どんな異変が起きたのか聞かせてくれよ」
『いいよー! まずはね――』
ユリは自分が解決した首都の人間が次々と消えていく異変の話をしていく。姉さんは時折質問を交えながら興味深そうに話を聞いていた。
それから食事が終わり、片づけをした後も姉さんは宇宙末期の幻想郷について様々な事を質問している。ユリは質問に答えつつ、姉さんの事について根掘り葉掘り訊ねている。
やがて夜も更けて来て、ユリが目をこすり始めたので、私は客室に案内して彼女を寝かしつける。
再びリビングに戻ってくると、ソファーに座っていた姉さんが笑みを浮かべていた。
「ユリは中々元気な子だな。喋りすぎて声が枯れそうだぜ」
「少し休めば回復するだろ。なんなら声の調子が良くなる魔法でも使うか?」
「そこまでじゃないぜ」
私は姉さんの隣に着席する。先程まであれだけ騒がしかったのが嘘のように静かな夜だ。しばらく無言の時間を楽しんでいると、喉が治った姉さんが切り出した。
「なあ、妹よ。ユリをこの時代に連れて来た理由は、本当に観光だけなのか? 私には他の目的があるように思えるぜ」
「流石に分かっちまうか」
「私も同じ霧雨魔理沙だぜ? 水臭いじゃないか。話してくれよ」
特に隠す理由も無いので、私は霊夢にした時と同じ説明を行った。
「ふ~ん。ユリが修行の鍵を握っているのか」
「ああ。明朝にユリが博麗神社に行くと言い出すから、その時に博麗の巫女の奥義を披露する予定だ」
「面白そうだな。明日私もついていくぜ」
「ああ」
姉さんは席を立ち2階の自室に戻ろうとしたが、リビングの途中で足を止めた。
「なぁ。ユリの時代に私はもう居ないのか?」
姉さんは深刻な声で訊ねてきたので、言葉を選びながら答えた。
「それは姉さんの努力次第だな。魔法使いにとっての死を避ける行動を取ればいいだけさ」
魔法使いの死――それは、体内のマナの枯渇か、魔法への探求心を失った時に訪れる。魔法使いにとって、魔法とは生涯を懸けて探求していくものであり、自らの生命線なのだ。
魔法使いに限らずとも、妖怪・神・妖精等、自身の存在を定義する事柄が揺らげば命取りになりうる。
「今よりも大分先の未来になるが、幻想郷の魔法使い達にマンネリが訪れた時に知的好奇心を刺激するイベントを用意している」
「なんだよそれ?」
「その時のお楽しみだ。ま、姉さんは十中八九忘れているがな」
度重なる歴史改変と、時間経過による記憶の風化により、ここでの会話も遠い過去のものになる。だけどこの積み重ねが、ユリがいる未来を形づくっていく。
「さて、私は今日は寝るぜ。姉さんも魔法の研究はほどほどにな」
「おう」
席を立った私は、途中まで姉さんと一緒に2階に上がり、廊下で別れて自分の寝室へ向かっていった。
年表は修行終了の話で描写します