――その日、私はユリが来る日の夢を見た。
――――
――西暦100
――宇宙船地球号、メインブリッジ――
西暦100溝年12月31日正午。私は宇宙船地球号メインブリッジを見渡せる位置に座り、じっと正面を見ていた。
透明な船壁を隔てた先には真の暗闇が広がっていたが、やがて一筋の閃光が走り闇に同化する。それを確認したクルー――全員旧月の都製の少女型アンドロイドだが――の一人が、モニターに表示されたデータを読み上げた。
『恒星イプゴソの超新星爆発を確認しました』
「そうか……ありがとう」
報告を聞いた私は、背もたれに深く背を預けて深く溜息を吐いた。
先程超新星爆発が起きた星は、この宇宙に現存する最後の星だった。私達と袂を分かった移民船も、1年前の通信を最後に連絡が途絶えている。物理法則が崩壊した現在の宇宙には、時間から隔絶されたこの船しか生命は存在しない。
更に手元のデバイスから報告が上がってくる。
『魔理沙さん。定期メンテナンスの結果を報告します』
「あぁ」
『船体外部、船体内部、動力室、サーバー室、全ての項目において異常ありません。“幻想郷”、“外の世界”エリア、“楽園サーバー”、“アカシックレコード”も全て正常です』
「ご苦労様」
クルーからの報告を受け、私はひとまず安堵の息を吐く。
(思えばこの船ともかなり長い付き合いになるな)
宇宙船地球号は、霧雨グループの総力と旧月の民の協力の元に建造した宇宙船だ。名前は私の故郷の地球から命名されている。外観は無機質な球体でしかないが、船内は21世紀初頭の地球が忠実に再現されている。
3億1500万年前にアムト星が崩壊して以来、“幻想郷”は地球号内に再現された日本列島に移転している。ここはかつて日本という国家が存在した土地で、21世紀初頭頃の気候を忠実に再現し、自然豊かな大地となっている。
人口は約1000万人。北は北海道、南は沖縄に至るまで、離島を除いた幅広い範囲に人間と妖怪が住んでいる。文明レベルは20世紀初頭の水準に留まり、鎖国政策と徹底的な情報封鎖が行われているので、地球時代から生き続けている一部の妖怪を除き、人々は幻想郷の外を知らず、自分達が宇宙船に乗っている事すらも分からないだろう。
この土地については、必要最低限の自然環境構築循環サイクルの維持――オリジナルの地球が星の役割として行っていた自然現象だ――しか行っておらず、人間や妖怪の管理に任せている。
一方で、霧雨グループの社員や、地球をルーツに持つ異星人、母星の崩壊等で住む場所を失った異星人の難民達は、“外の世界”と区別する大陸エリアに住んでいる。
総人口は約10億人。当時の地球同様に、寒冷地帯、熱帯、温帯に分かれ、一部の種族によっては、自身の特性に合わせて無酸素地帯、火山地帯、深海帯、鉱山地帯等、私達地球人から見れば過酷な場所に領土を持って繁栄している。
彼らはいずれも宇宙の死に巻き込まれて母星や母船を失った人々だ。さながらノアの方舟の如く彼らを地球号に招き入れ、地球内のリソースとそれぞれの種族に自治権を与える代わりに、日本列島への侵入や情報収集、宇宙船地球号のメンテナンス及び、メインブリッジが下した決定への関与・干渉を禁止する約束をしている。不平等に思えるかもしれないが、私達にとっては幻想郷の存続こそが最優先事項なのであり、この約束に合意出来ない種族は受け入れていない。
彼らは元が銀河文明とも呼ばれる高度な文明の出身者ということもあり、この宇宙船を壊さない程度に自らの領地に改造を施し、母星とほぼ変わらない都市を築いている。勿論幻想郷を除いた全ての情報も共有していて、今頃宇宙局を通じて、宇宙最後の星が崩壊したニュースが人々に知れ渡っていることだろう。反対派の人々はこれを機に、地球号の重要性をきちんと理解してくればいいんだがな。
次に楽園サーバー。これはかつて活発に活動していた頃の現実世界の宇宙を再現した巨大な仮想空間であり、約100京人の知的生命体が住んでいる。大半は現実世界の宇宙に生を受けた人間が肉体を捨てて移住しているが、元々電子生命体だった種族も少なからず存在する。
楽園サーバーは居住可能な惑星の崩壊を予測し、避難所として構築された仮想空間であり、避難を希望する人々全てを受け入れていた結果、これほどの人口になった。楽園サーバー内の住人は、現実世界よりも遥かに便利で快適な生活に満足しているようで、現実世界の存在こそ認知しているものの、実際に現実世界に来る人数はほんの少しだ。もっとも、資源が限られている都合で人の移動を制限しているので、厳正な審査を通過しなければこちら側には来れないのだが。
現実同様、多種多様な種族が独自の統治システムを敷いて管理を行っているようだが、私はそれに関与していない。同時に彼らにも“外の世界”と同じ条件を約束しているので、これまで大きな軋轢が生じたことは無い。
仮想空間を構成するネットワークを維持するには、私達の宇宙のように現実世界でのエネルギーが必要だ。これまで、活発な活動を行っている星を転々としてきたが、宇宙船地球号に流れ着いてから既に3億年が経過している。もうこの宇宙船が最後の砦なのだ。
当然ながら此方にも現実世界の宇宙の情報を逐一流している。宇宙がゆっくり死に向かいつつある今、楽園サーバーの人々が現実世界に来ることは無くなるだろう。
最後にアカシックレコード。これは宇宙船地球号の核心部に存在する。此方は時の回廊の機能を真似た記録媒体で、これまでの宇宙に存在したあらゆるものを記録したものだ。特に情報量が多いのは地球と、地球発祥の生命の情報で、人間ならばいつ、どこで、誰が、何をしたか? を仮想空間上に正確に再現できる。
例えば西暦2025年9月19日の日本と指定すれば、その日の日本列島の人や物が仮想空間もしくは現実世界に復元される。しかしあくまで記録でしかないので、そこに魂は無く、記録された情報通りにAIが動かす空虚な箱庭でしかない。
「さて……どうするかな」
最後の星が消えた事で、もはやこの宇宙に新たな可能性が生まれることはなくなった。
現在の宇宙はブラックホールも含む全ての原子が崩壊し、全てのエネルギーも消失している。謂わば宇宙の熱的死状態だ。後は明日訪れる宇宙の終末に際して、時間凍結を施せばいい。
この宇宙における私の役目は終わりを迎えた。現実的に実現可能な範囲でここまでの歴史を構成してきたが、満足感や達成感は無い。時間の超越者になったあの日から、全て分かっていたことだからな。
ここからのシナリオは、第一宇宙の死と共に第二宇宙に向かうことだ。何とも曖昧だが、私の未来視は第一宇宙にだけしか適用されておらず、第二宇宙の未来を知るには、私自身が第二宇宙に行く必要がある。ひとたび宇宙間を越えてしまえば、第一宇宙に戻れないので、第一宇宙の歴史は固定される。
私にとっては、気が遠くなるような長い生の中で充分にやり遂げた実感はある。後は紫や永琳に任せてこのまま私の物語のエンディングを迎えてもいいくらいだ。
しかし私には僅かばかりの心残りがあった。
もしもあの時、時間の超越者にならなかった場合、どんな人生を送ったのだろうか。勿論選択の余地が無い事は分かっている。当時はメビウスの輪を解消する能力が無く、女神咲夜に消されない為には、自らが時間の超越者になるしかなかったから。だがそれでも、そんなifを夢見てしまう。
私には全てが見えてしまうが故に、どんな行動を取っても既視感があった。楽しい出来事も悲しい出来事も、何処か他人事のように覚めていて、周りの感情に寄り添うことができなかった。中には、未来を知っているのに、不幸な人生を送る人々を幸せにしないのは殺人と何ら変わらない、と鋭利な刃物のような言葉をぶつける人妖がいた。
霊夢や姉さんといった私に近しい妖怪は理解を示してくれたけれど、そうでない人妖からは何度も摩擦が生じた。全知の力を持ったが故に、未知への憧れが日に日に強くなっていった。
だが私が只のタイムトラベラーだった場合、現在の結末に向かう道は不可能に近いといえよう。過去と未来を自由に出入りし、圧倒的な情報アドバンテージがあったからこそ、私は幻想郷を守る権力を身につけて、ここまで来れたわけだしな。
(…………)
宇宙船地球号や楽園サーバーに住まう人々の事を考えれば、さっさと第二宇宙に向かうべきだ。私個人の我儘で、皆に迷惑はかけられないのは理解している。宇宙全体を見れば、愚策でしかない。
それでも私は踏ん切りがつかない。やり直しが利かない選択肢の前で、私はずっと立ち止まっている。
結局今日も答えが出ないまま、逃げ出すように博麗神社へとテレポートしていった。
――宇宙船地球号、日本列島、幻想郷本家博麗神社――
幻想郷。外の世界では生きられなくなった生命達が住まう最後の楽園。それは宇宙終末の時代になっても変わらない。外の世界では既に失われた日本文化が幻想郷には息づいている。
そして幻想郷の核となる博麗の巫女が住まう博麗神社。この土地も周囲を取り巻く環境も黎明期から変わらない。外の世界は変化し続けるが、幻想郷は極端な変化を好まない。人間が未来に向かって歩いていく生き物ならば、妖怪は過去に取り残された生き物だからだ。
現在の季節は冬。青い空の下、地上は雪が降り積もり一面は銀世界。しんと静まり返る境内はユリによって丁寧に雪かきされていた。この景色を心に焼き付けながら博麗神社の縁側に歩いていき、障子の前に立ち止まる。
「ユリいるか~?」
「入っていいよ~!」
障子を開けると、生活感のある見慣れた和室が広がっていて、中央には炬燵に入ってぬくぬくとするユリがいた。いつもの巫女服に半纏を着込み、とても暖かそうだ。
私は靴を脱いで上がり込み、障子を閉めてからユリの隣の炬燵に入り込む。
「今日はどうしたの?」
「今日が宇宙最後の日だろ? ユリの顔が見たくなってな」
「いよいよ明日、第二宇宙に辿り着くんだね。私も、他の巫女達も皆準備は出来ているよ!」
「あぁ、分かってる」
幻想郷の大半の人間と妖怪は、今日が第一宇宙最後の日である事を知らず、普段通りの日常を送っている。真実を知るのは、ユリや永琳のようなごく一部の人間や妖怪達だけだが、彼女達も皆落ち着き払った様子で最後の日を過ごしているようだ。
「第二宇宙に行くチャンスは一度きり。今夜を逃したら、もう後戻りはできないんだよな……」
「魔理ちゃんなら大丈夫だよ! 今まで失敗したことなんてないじゃん!」
「……あぁ」
「弱気になるなんて珍しいね? やっぱりまだ悩んでいるの?」
「……」
私は答えを出せないまま“今日”に囚われ続けている。
既に全ての準備は整っていて、私が宇宙船地球号の時間を凍結すれば第二宇宙に移動できる。それは即ち、もう第一宇宙に後戻りできない事を意味している。
私は『
それなのに私は先に進む勇気が持てないまま、延々と“今日”を繰り返し、ずるずると決断を先延ばしにしている。我ながら優柔不断にも程があるな。
これまでの長い生の中で、数え切れないほどの選択肢が私の前に現れた。その度に未来視を行い、最善の選択を取ってきた。しかし今回ばかりは未来視に頼ることはできない。“明日”以降の未来が存在せず、現在の宇宙のように光さえ呑み込む闇しか広がっていないからだ。
「私はどうしたらいいんだろうな……」
ユリには、私の生い立ちや抱えている悩みについて話している。それ以来、彼女には心配を掛けてばかりだ。
「そこまで思い悩むなんて、魔理ちゃんは霊夢ちゃんの事が本当に好きだったんだね」
「いや、好きって訳じゃないんだが……」
「そうかなぁ? だってその女の子の為に自分の人生を捧げてきたんでしょ? 明らかに友情を越えていると思うよ?」
ユリは不思議そうな顔をしているが、霊夢との関係はそんな単純なものではない。言葉にするのは難しいが、それだけは断言できる。
「ねえ魔理ちゃん。私、一度でいいから魔理ちゃんの故郷を見てみたい。魔理ちゃんが過ごした環境をこの身で感じて、霊夢ちゃんと会ってお話しして、魔理ちゃんが抱える想いを共有したいの。駄目かな?」
ユリは真摯な眼差しで私を見つめている。
彼女に限らず、歴代の巫女達から似たようなお願いを何度もされてきたが、歴史への影響を考慮した上で全部拒否してきた。巫女の職務を捨てて、22世紀の幻想郷に住むと言う可能性もあったからな。
だがこれでは今までと同じ事を繰り返しているだけだ。もう“明日”が存在しないのに、あれこれ考えるだけ無駄な事かもしれない。
(……どうせ何も変わらないとは思うが、一度試してみるか。万一の事があってもまたやり直せばいいしな)
「ああ、いいぜ」
「やったぁ! ね、ね、今すぐ行こっ!」
「待て待て。時間遡行するにしてもまずは準備が必要だ。ちょっと待ってくれ」
「うんっ! じゃあ私も支度してくるね~!」
炬燵から出たユリは、あっという間に部屋を飛び出して行った。その間に私は時間遡行の計画を立てていく。
(さてまずは送り込む時代だが、調整が難しい西暦200X年前後は駄目だな)
この時期は霊夢の巫女就任や、弾幕ごっこによる異変解決の開始、幻想郷に名を遺した様々な妖怪達の流入等、現在の形となる幻想郷を構成する重要な出来事が集中している。おまけに、当時の私は時間の超越者の力を持っていないので、意のままに動かすのは非常に困難であり、イレギュラーが発生する可能性が高いのだ。
(私が時間の超越者になった以降の時代がいいだろう。尚且つ前後の歴史に影響がない世界線を考えると、千絵が西暦215X年10月に霊夢と修行をしている歴史がベターか)
過去・現在の私が所有する資産から、適当な物を手元に召喚して畳の上に並べていく。案内は、今日と過去の一部を抜粋した記録を送り付けた西暦215X年10月10日の私に任せればいいだろう。
やがて支度を終えたユリが帰って来る。先程まで着ていた半纏は脱いでいて、代わりに革のポーチを肩から下げている。ユリは畳に並べられた品々を見て目を輝かせた。
「わぁっ! なんか色々出て来た! 何これ~?」
「順を追って説明するぜ。まずユリが行く時代は、西暦215X年10月10日午前8時の博麗神社だ」
「西暦って、昔使われてた暦だよね? それってどれくらい昔なの?」
「そうだな……。今年が西暦100溝年で、10の34乗――0が34個並ぶと言えば分かりやすいか?」
「そんなに多いの!? 全然想像がつかないや」
実際西暦が兆を越えた辺りから桁数が多すぎて数えるのが大変になってきたから、西暦との併記を取りやめた経緯がある。
「幻想郷がまだ地球に存在した時代だ。私、紫、レミリア、咲夜、永琳、輝夜、妹紅も地球出身だぜ」
「その話は聞いた事がある! そっか、本物の地球にも行けるのね! 楽しみだなぁ~」
ユリは目に見えて気持ちが高揚しているようだ。
「次に翻訳機だ。西暦215X年は日本語が使われている」
「日本語って、幻想郷語の元になった言葉のこと?」
「おう、そうだ。当時存在した日本という国で使用された言語だから日本語だ。このイヤホンを片耳に着ければ、言葉と文字が分かるようになるから、寝る時以外は外さないでくれよ」
「うん!」
ユリは私が指差している翻訳機を拾い上げると、右手に本機を持ち、イヤホンを左耳に着けた。
「試しに日本語で話すぜ。『どうだ、私の言葉が分かるか?』」
「大丈夫!」
「よしよし。後は服装変更スーツだ」
私は畳の上に畳まれていた黒いボディスーツを広げる。
「このスーツはユリが思い描いた通りに変化する服だ。荷物を少なくするためにもこれを着ていくといいぜ」
「え~本当に?」
ユリは一度ポーチを肩から降ろし、巫女服から着替えていく。ボディーラインが浮き出るようなぴっちりとしたスーツだったが、ユリが念じた直後、博麗神社の巫女服に変化した。
「わわっ、おもしろ~い!」
「後は財布と当時の幻想郷縁起と地図だ。役立ててくれ」
「ありがとう~! ……えっ! こんなにあるの!?」
1年は遊んで暮らせる程に中身が入った財布を確認したユリは仰天していたが、私が「気にするな。どうせ持ってても意味が無いからな。充分に楽しんでくれ」と伝えると、遠慮がちに頷いた。
「そしてこれから行く時間には、霊夢以外にも当代の博麗の巫女博麗杏子と初代博麗の巫女の博麗千絵がいる」
「えっ!? 初代の巫女さんもいるの?」
「私が千絵を呼び寄せたんだ。代々の博麗の巫女に伝わる奥義の完成を目指して修行しているんだが、完成までには時間がかかるんだ。そこでユリには彼女達の前で奥義を披露してもらいたい」
「いいよ! まさか開発者に見てもらえるなんて感慨深いなぁ。一体どんな人なんだろう~」
それからユリは荷物を整理して、全ての持ち物をポーチに仕舞い、私と共に外に出る。
「ユリ、その巫女服だと目立つから目立たない服装に着替えてくれ」
「え~とこんな感じ?」
ユリは無地の白い長袖Tシャツに無地のデニムスカートという出で立ちに変わった。その間に私は玄関先にタイムジャンプ魔法陣を設置する。
「こいつを踏めば、西暦215X年10月10日だ。タイムトラベルした先にその時代の私が待っているから、彼女の指示に従ってくれ」
「分かった! それじゃあ行ってきま~す!」
ユリは元気よく手を振りつつタイムジャンプ魔法陣に足を踏み入れる。次の瞬間、彼女は光に包まれて遠い過去に遡って行った。
一人になった私は魔法陣があった場所を見つめながらつぶやいた。
「後は頼んだぜ、過去の私」
――――
――西暦215X年10月14日午前6時――
――幻想郷、魔理沙の自宅――
修行11日目の10月14日の朝。日の出と同じくらいの時間にベッドから起き上がった私は、先程まで見ていた夢を思い返す。
(今の夢は、四日前にユリが送られてきた時の出来事か。まさか夢にまで見るとは、知らぬ間に意識してたんだな)
先程の光景は10月10日の朝に突然降りて来たので、今更驚きは特にない。
今日の私の行動次第で、西暦100溝年の私が抱えている問題の解決の糸口が掴めるかもしれない。完全な意識の同期ではなく、記録の共有という方法を取ったのは、私の主観時間において時間の超越者になったばかりだからだろう。
同じ霧雨魔理沙でも、時代や環境によって微妙に思考や行動方針が違ってくる。現在の私に判断を委ねて、時間の閉塞から抜け出したいのかもしれない。一層気合を入れて励まないとな。
決意を新たにベッドから起き上がり、いつものように朝支度を済ませた後、自宅前の開けた森の中で魔法の反復練習を行う。
技術や知識というものは、使用しなければ風化していってしまうもので、定期的に反復練習を行う事で、自身の身体と脳に定着させていく。私の原点はやっぱり魔法使いなのだ。
その後ルーチンが終わった所で、自宅に戻って朝食を作り、保温魔法を掛けてから姉さんを呼びに行く。
「姉さん、朝ご飯が出来たぞ」
「サンキュー。すぐに行くぜ」
ここ最近の姉さんは、ふと思いついた新しい魔法の研究を徹夜で行っている。一つの事に熱中出来るのが姉さんのいい所だ。
次に私はユリが泊まる客室の扉の前に行き、呼びかけるが返事が無い。やれやれと思いながら扉を開けると、案の定ユリはベッドで熟睡していた。私はベッドの傍に立ち、肩を揺らしながら幻想郷語で呼びかける。
『お~い起きろー。もう朝の8時だぞ~』
『ふぇ? もう朝なの~?』
ベッドの中で眠たげな声で目をこするユリ。相変わらず朝に弱いんだよな。
『朝ご飯が出来たから呼びに来たんだ。ほ~ら起きろよ』
『うん~?』
私は化粧台からヘアブラシを持ってくると、のそのそと上体を起こしたユリの寝癖を梳かす。ストレートヘアーになった所で、私はヘアブラシを片付けながら言った。
『とりあえず顔を洗って来いよ』
『ん~分かったぁ~』
ゆっくりとベッドから立ち上がったユリは、1階の洗面所に向かってふらふらとした足取りで部屋を後にする。その間に私はベッドメイクをした後、簡単に部屋を片付けておく。
やがて目が覚めた様子のユリが戻って来た。
『魔理ちゃんありがとう!』
『はいはい。それじゃリビングに行くぞ』
『うん!』
『ほら、翻訳機だ。装着を忘れるなよー』
私は枕元に置いてあった翻訳機を手渡し、ユリが片耳にイヤホンを嵌めるのを確認してから一緒に退室する。
リビングに降りると既に姉さんが待っていて、ソファーに深く腰掛けながら魔導書を読んでいた。
『おはようお姉さん!』
「おう、やっと来たか。さっさと朝飯にしようぜ」
食卓に座り朝食を摂る。今朝のメニューは食パンと目玉焼きに、焼きキノコと至ってシンプルだ。
「ユリ、今日は何処へ行くつもりなんだ?」
『今日はねぇ博麗神社に行く! 霊夢ちゃんはそこにいるんだよね?』
「あぁ」
『楽しみだなぁ~。いったいどんな子なんだろ~?』
ユリはバターを塗った食パンを頬張りながら期待に胸を膨らませている。
「今日は私も博麗神社に行くぜ。ユリに霊夢を紹介してやるよ」
『本当に!? ありがと~お姉さん!』
それから朝食が終わり、一度客室に帰ったユリが身支度を終えてリビングに戻って来る。昨日までと違うのは、薄い化粧を施し、博麗の巫女服を身に纏っている所だ。
「お~その服を着ていると本当に博麗の巫女って感じがするな」
『お姉さんひっど~い! 信じてなかったの?』
「褒めてるんだぜ」
そんな話をしながら私達三人は家を発っていった。