ふらりふらりと飛んでいき、博麗神社が見えて来た所で高度を下げて境内に降り立つ。相も変わらず閑古鳥が鳴いているが、修行期間中は好都合だ。
「静かだな」
「家の中にいるんじゃないか?」
神社に近付いていった姉さんが縁側から上がり込み、閉め切られた障子を開けようとした時、背後からユリが強い声を発した。
『ま、待って!』
「どうした?」
『い、いざ会うとなったら急に緊張してきちゃって……。いきなり会いに行っても大丈夫かな?』
「霊夢にはユリの来訪を事前に伝えてあるから問題ないぜ」
「それに霊夢に会うのに約束なんていらないぜ。どうせいつも暇してんだからな」
姉さんが褒めてるのか貶してるのか分からない事を言いつつ、障子を勢いよく開け放つ。
「お~い、霊夢ー! いるか~?」
「きゃっ!」
部屋の中では霊夢と千絵と杏子が目を瞑って
「――って、マリサさんじゃないですか」
「おっと、驚かせちまったか。すまんすまん」
「あんたねぇ、もうちょっと静かに入ってこれないのかしら? 一緒に瞑想していきなさいよ」
杏子に軽い口調で謝る姉さんに、姿勢を崩した霊夢は呆れている。私の背後からは、ユリの『ほ、本物の霊夢ちゃんだぁ……!』と感嘆する声が聞こえてきた。
「悪いが私は悟りを開くつもりは無いんだぜ」
「よう、霊夢。精が出てるみたいだな」
「あら、魔理沙じゃない。いらっしゃい。今日は姉妹揃って来たのね」
私が声を掛けると、姉さんとは打って変わって優しい声で微笑んでいる。
「おい霊夢。私と妹で態度が違い過ぎないか?」
「親しき中にも礼儀ありよ。人の修行を邪魔しておいて、叩き出されないだけ有難く思いなさい?」
「ちぇっ」
「霊夢、今日は未来からお客さんを連れて来たぜ。――ほら、自己紹介したらどうだ?」
私の後ろに隠れてこわばっていたユリだったが、意を決したように霊夢の前に出る。杏子は博麗の巫女服を着たユリを見て目を丸くしていた。
『こ、こんにちはっ! 私は博麗ユリです!』
「話は魔理沙から聞いてるわ。遠い未来から私に会いに来たのよね?」
『は、はいっ! こうしてお目にかかれて感無量ですっ!』
「ふふ、そんなに緊張しなくてもいいわよ」
『う、うん! あのっ、握手してもいいかな?』
「いいわよ」
『わぁっ……!』
ユリは差し出された右手を壊れ物を触るかのように優しく握り、感激の声を上げている。
『私、霊夢ちゃんと握手してるよぉ! 生きててよかったぁ……!』
ユリの気が済むまで握手が行われると、今度はポーチを開けて色紙とペンを取り出した。
『あ、あのっ、サインください!』
「別にいいけど。サインなんてどう書けばいいのかしら?」
「自分の名前を書けばいいんじゃないか?」
お辞儀をしながら差し出されたペンと色紙を受け取った霊夢は、少し考えてから丁寧に自分の名前を書いて返した。
「これでいいかしら?」
『ありがとう! 家宝にするね!』
ユリは色紙を抱えながら今にも飛び上がらんばかりに、喜びを表現している。その姿を見て霊夢は「大袈裟な子ねぇ」と笑っていた。
その一方で、成り行きを見守っていた杏子が困惑した様子で私に訊ねてきた。
「あのぉ~魔理沙さん。博麗ユリと名乗る彼女は何者なんですか? まさか私の遠い親戚ですか?」
「彼女は末代の博麗の巫女だ。ユリはこの時代の幻想郷と霊夢に非常に興味があってな。果てしない未来の私がこの時間に飛ばしてきたんだ」
「そうだったんですか! 霊夢様の名声は、遠い未来にまで轟いてるんですねぇ」
霊夢が遺した功績は、歴代の博麗の巫女達や彼女を知る妖怪達によって未来永劫受け継がれている。ユリや杏子のように、霊夢を敬愛する博麗の巫女は非常に多かった。
そんな話をしている間にも、ユリは『霊夢ちゃんって呼んでもいいかな?』と訊ね、霊夢は「構わないわよ。ユリ」と早くも打ち解けた様子を見せている。
「それとな、私がユリを連れて来たのは、単に霊夢に顔合わせするだけじゃないぜ。お前達の修行の手助けをする為でもある」
「なんですって?」
私の発言に、ユリにあまり興味が無さそうだった千絵が反応する。答えたのはユリだった。
『そうそう! 魔理ちゃんに頼まれて、博麗の巫女に代々伝わる奥義『封印結界』。それを披露しにきたんだよ~』
「『封印結界』?」
「未来の博麗の巫女さんの奥義、気になりますねぇ」
『ううん、これはね? 初代博麗の巫女――つまり、千絵ちゃんが開発したんだよ!』
「え、私? そんなもの知らないわよ?」
「それは当然だ。今のお前よりも少し未来のお前が完成させた技だからな」
「……なんだかよく分からないわね。つまりそれを私に覚えて欲しいのかしら?」
「あぁ、そうだ。本来よりも早い時間に習得する事で、お前の巫女人生も変わってくる。どうだ、覚えてみないか?」
「そうね。今の修行に行き詰まりを感じ始めていたところだし、試してみる価値はありそうだわ」
「決まりだな」
それから私達は境内にぞろぞろと出ていく。
『霊夢ちゃん。大幣持ってない?』
「杏子が持っているわよ」
「これをどうぞユリさん」
『ありがとう杏子ちゃん!』
鳥居の前の開けた空間にユリが立ち、大幣に博麗の札を貼り付けると、少し離れた場所にいる私達に笑顔で左手を上げた。
『それでは実演しま~っす! 封印結界!』
ユリは私達との間に向けて大幣を振り下ろすと、博麗の札が貼られた半透明な1枚の壁が浮かび上がる。それからしばらく待ってみたが、それ以上の変化は起きなかった。
「あれ? これで終わり?」
「見た所、普通の結界と変わらないじゃない」
霊夢と千絵の感想に、ユリは困ったように『ん~やっぱり相手が居ないと分かりづらいかな。魔理ちゃん、技を受けてもらってもい~い?』
「姉さん、私の代わりに頼む」
「はぁ? なんでだよ?」
「何度も味わった事がある私より、姉さんの方がいい反応をしてくれそうだからな。引き受けてくれたら、来週の家事当番は私がやるからさ」
「しょうがないな。ユリ、手加減してくれよ?」
『任せて!』
渋々姉さんが前に出て、私達とユリの間に立った。
『改めて行っくよ~! 封印結界!』
ユリが再び大幣を振り下ろすと、博麗の札が貼られた半透明な壁が姉さんを取り囲むように出現して結界となる。
「な、なんだこれ!? 全く出られないぜ!」
姉さんは結界を何度も叩いてみたが、びくともしない。ならばと八卦炉を取り出し、射線上に誰も居ない方角に構えて結界をぶち抜こうとするが、何も変化は起こらず、すぐに焦りの表情に変わっていった。
「おいおい、嘘だろ!? 魔法が使えないぜ!」
『封印結界は、人間以外の種族の力を封じて束縛する術式だよ~。千絵ちゃん。結界に向かって手を伸ばしてみて!』
「ええ」
千絵は姉さんと封印結界を隔てた正面に移動すると、恐る恐る手を伸ばす。彼女の手は結界を通り抜けて、姉さんの肩に触れた。
「なっ……!」
「おいおい、嘘だろ? 千絵は何ともないのかよ?」
「ええ。結界を通り抜けた感覚は全然ないわね」
そう言いながら手を引っ込めて、千絵は後ろに下がった。
「人間には影響が無いって、こういう事なんですねぇ」
『結界の表面の博麗の札の数で、効果が変わってくるの。今はとっても弱くしてるんだけど、全力で使うと喋れなくなっちゃうくらいにきつきつになるんだ!』
そう言いながらユリが封印結界を解除すると、八卦炉に膨大な魔力が集まっていく。これは射線上にある森が消し飛ぶ威力だな。
「――!」
「や、やべっ!」
私以外の少女達に緊張が走る。姉さんは慌てて八卦炉の照準を空に向けて、魔力砲を発射。巨大な虹色の魔力光線は、雲を貫きながら空に消えていった。
「ふう、危なかったぜ。ユリ、急に解除するなよ!」
『ご、ごめんね?』
「全く……。それにしても、封印結界の効果はすさまじいな!」
「この技を私が開発したの……?」
千絵は目の前で起きた出来事に圧倒されている。
「マリサさんの魔力を抑え込むなんて、相当凄いですよ!」
「確かにそこは認めざるを得ないわね。私も使えるようになるのかしら?」
「残念だけど霊夢ちゃんはやらない方がいいと思う。この奥義は純粋な人間じゃないと自滅しちゃうんだ」
「あら、そう」
霊夢は随分あっさりと納得した。
「千絵、杏子。今の技を見ていたでしょ。すぐに使えるように練習するわよ!」
「ええ、そうね」
「はい!」
「ユリ、貴女も協力してもらえるかしら?」
『勿論だよ!』
目の色を変えた千絵とやる気に満ちた杏子は、封印結界の習得に向けた修行を開始する。
まずユリは口頭で奥義の詳細な術式を伝えていき、その後千絵と杏子は大幣に博麗の札を貼り付けて、開けた空間に向かって霊力を篭めて振り下ろしていた。
「上手く行かないわね」
『千絵ちゃん。ここはこんな感じで、霊力をぶわ~っと出してね!』
「ぶわ~っと?」
「イメージ的にはお腹の底から吐き出すようにすると、スムーズに霊力が流れるわよ」
ユリは何度も目の前で実演してみせつつアドバイスを送り、霊夢も助言を行っていた。
ちなみにユリは、霊夢がたった一度見ただけで封印結界の概要を掴んでいることに甚く驚いていた。流石歴代最強の博麗の巫女なだけある。
私と姉さんは神社の縁側に座って巫女達の修行をしばらく見ていたが、姉さんは退屈だったようで霊夢達に一言断ってから家に帰って行った。恐らく開発中の魔法の研究の続きをするんだろう。
私は博麗神社に残り、疲労がある霊夢達に代わって炊事や片付けをしながら修行のサポートをする。
午後3時頃、境内に突如としてスキマが開き、紫が姿を現した。どうやら修行の様子を見に来たようだ。
「千絵、調子はどうかしら? ……ってあら? 貴女は――」
『あっ、紫ちゃん!』
ユリは指導を中断して、紫の元に駆けていく。それを見た霊夢は、杏子と千絵に修行を続けるように命じつつユリの後を追った。
「貴女も来ていたのね」
『四日前に魔理ちゃんに連れて来てもらって、観光してたんだ~! この時代の幻想郷も素敵な所だね!』
「ふふ、そう言ってもらえるのは嬉しいわ」
「紫、ユリを知っているの?」
「魔理沙に連れられて、ユリの時代の幻想郷に行った事があるのよ」霊夢に答えた後、紫は近づいてきた私に問いかける。
「魔理沙、ユリを連れて来たのはどういう目的?」
「千絵の修行が成功する為に必要なピースだ」
『私が博麗の巫女の奥義を教えているんだよ!』
「博麗の巫女の奥義? そんなものがあるの?」
私は修行中の彼女達に代わって計画を説明する。
「なるほどねぇ。そういうことなら反対はしないわ」
「千絵も真面目に修行しているし、この調子でいけば奥義も習得できるだろうぜ」
『じゃあ私は指導に戻るね! 紫ちゃん、また後でいっぱいお話ししましょ!』
「私も修行に戻るわ。邪魔をしないなら、好きにして良いわよ」
ユリと霊夢は指導に戻っていき、私と紫は神社の縁側に座りながら修行を見守る事にした。
「初代博麗の巫女と末代の博麗の巫女が同じ時代に集まるなんて、なんだか感慨深いわねぇ」
「この光景は間違いなく身を粉にして働いたお前の献身があってこそだ。誇ってもいいぜ」
「私だけの力では無いわ。ユリの時代まで幻想郷が続くのも、貴女の貢献が大きいのでしょう?」
「私は主に外の世界で頑張っただけだ。お前の協力無しでは無理だったさ」
私の最大の理解者は霊夢と姉さんだったが、紫とは最も長く時間を共に過ごした協力者だった。この事実を初めて知った時は、まさか彼女が吸血鬼や蓬莱人並に長寿な種族だとは思わなくて驚いたもんだ。本人の談では自身の肉体と精神性を保つために、能力をフル活用して“老廃物”を切り離しているそうだが、私には出来そうにない。
「それで、何の用だ? お前の事だ。ただ、修行の様子を見に来たわけじゃないんだろう?」
「ふふ、お見通しなのね。なら本題を話さなくても伝わるんじゃないかしら?」
「私はさとり妖怪じゃないんだ。言葉にしてもらわないと困る」
「あら、そう。では本題に入るわね。魔理沙。以前に幻想郷の今後についての計画を話したじゃない?」
「ああ」
「その中で鍵となる人物として、咲夜と輝夜を挙げたけれど、
紫が言う阿梨夜とは、妖怪の山の聖域の地下にある浅間浄穢山の主、
阿梨夜の変化を辞めさせる程度の能力は、確かに有効に使えそうではあるが。
「彼女の力はな、咲夜と輝夜の能力と相性が悪いんだ。咲夜の時間操作を打ち消してしまうし、輝夜の能力とは相互に干渉しあって上手く働かなくなってしまう。停止と永遠は似て非なるものだからな。そして、彼女の力は私が望むものではない。確かに私は幻想郷の永遠の存続を望んでいるが、それは停止ではないんだ。緩やかな進化を続けつつ、幻想郷を維持するのが私達の使命でもある」
決して阿梨夜を否定しているのではない。方向性が違うだけだ。
彼女が幻想郷を一瞬の時間に切り取る力なのだとしたら、咲夜と輝夜の能力は幻想郷の構成要件を永遠にするものだ。阿梨夜の力は“異変”と認定されて、また時の博麗の巫女が動き出す事態になるので、結局の所利用できないのだ。
その事を説明すると、紫は納得したようだ。
「興味深い話ね。では阿梨夜にはそう伝えておくわね」
「あぁ。……用件はそれだけか?」
「ええ。将来の話はこれで終わりよ」
それだけ言って、紫は修行をする霊夢達に視線を戻した。どうやら修行の様子を見に来たのも事実らしい。
霊夢達の修行は夜まで続き、日が落ちたところで今日は解散となる。ユリが私と紫も博麗神社に泊まっていって欲しいと強く希望したが、紫は外せない予定があるとのことで、夕食だけ一緒に食べて帰って行った。
ユリは霊夢のみならず杏子や千絵にもぐいぐいと話しかけている。距離感の近さに戸惑いながらも、悪くは思っていないようだ。今夜は騒がしい夜になりそうだな。