「……ううっ」
「おぉ……!」
「目を覚ましたぞ!」
「すげえ!」
「生きてるぞあの娘」
「奇跡だわ!」
「良かったぁ」
「身代わりになったあの少女も報われたな」
周囲の喧騒と、感心したような声に引っ張られるように私は目を覚ました。
「イテテテテ」
ゆっくり起き上がると首から下にじんわりとした痛みがあったけど、猛烈に痛いって程ではなかった。
(ほっ、死を覚悟していたが助かって良かった。受け止めてくれたあの女の子には感謝しないとな……)
そんなことを思っていたその時、至近距離から男性の大声が響く。
「傷者の少女が目を覚ましました!」
「!?」
私はビクっとしながら慌てて視線をあげた。
天高くまで伸びる高層ビルの下、手を伸ばせば届くくらいの距離に、顎にマスクを下げて全身水色のブカブカな衣装を身に纏った若い男の人が立っていた。
その衣装の左胸には救急救命士と刺繍が施されており、字面的に命を急いで助ける役割を持つ人なのだろう。
ついでに今気づいたことだが、私は彼のお腹の高さに浮かぶストレッチャーに寝かされていたようで、胸から下には毛布が被せられていた。
彼のすぐ近くの路肩には、上部に赤色灯、真っ白なボディーに救急車と赤くペイントされた自動車が停車している。救急救命士が乗って来た車なのだろうか?
隣には、陰陽玉のように白と黒にくっきりと分かれた細長いボディーの自動車が停車していて、日本警察と黒文字でペイントされていた。
高層ビルも自動車も幻想郷には全く無い物だが、紫からその存在だけは聞いていた。
だけど紫が話してた自動車にはタイヤというものがあったはずなんだけど、目の前の二台にはそれが無く、地面から10㎝ほど浮いている。
さらに少し離れた場所からは、私達を囲むように野次馬が集まっていて、幾人かが丸型レンズがくっついた箱型の機械をこっちに向けて、シャッターを切っていた。
あの形状は恐らくデジタルカメラという奴だろう。
(ちょっ、何勝手に撮ってんだ!)
そう文句を付けようとした時、救急救命士の男の人が私に声を掛けて来た。
「君、名前は?」
「え? あ、はい。霧雨魔理沙です」
敬語で丁寧に答えると、その男の人は胸ポケットに手を伸ばす。
手のひらサイズの薄くて平たい機械を取り出すと、画面を何度か触りながら言った。
「え~と、霧雨魔理沙さんね。ふむふむ、ついさっきここでバイタルチェックをした限りでは骨や筋肉、神経に異常は見られなかったけれど。どうだい? ちゃんと手や足は動くかな?」
彼に言われるがままに私は指先や足先に力をこめてみる。
すると、先程まで感じていた痛みや硬直は無くなっていて、自分の意図する通りにはっきりと動いた。
「特に痛みもないですし、大丈夫です」
「そうかそうか。大事なくて良かったよ。一応病院で詳しい検査を受けることも出来るけど、乗っていくかい?」
「い、いえ。大丈夫です」
後ろの救急車を指さしながらそう提案してきた彼に、私はやんわりと断った。
『乗っていくかい?』の意味は分からなかったけれど、救急車という文字と病院で検査という言葉から推測するに、これは怪我した人や病人なんかを急いで治療施設に運んでくれる乗り物なのだろう。
怪我がないと分かった以上、それに乗る必要はない。
むしろそんなことよりも聞きたい事があった。
「あの、私を助けてくれた少女がいる筈なんですけど、彼女はどこにいますか? 一言お礼を言いたくて」
「それはっ……!」
私が質問した途端、彼は気まずそうな顔に変わり、言葉を詰まらせていた。
彼の態度を不審に思い、再び周囲を観察して見ると、私が落ちて来たと思われる歩道の一部が目に付いた。
そこでは背中に〝警察″と記された紺色のジャンパーを身に付け、腕に〝警察官″と文字が記された腕章を着けた二人の壮年男性が、その場を隠すようにくしゃくしゃのブルーシートで囲っていた。
さらに同じ恰好をした三人の若い警察官が、現場の近くで地面にしゃがみ込んだまま周囲の状況を調べており、重い空気が流れていた。
(……)
何気なしに私の体に掛けられていた毛布を少し捲ってみると、自分のエプロンドレスの前面やスカートに血がべったりと付いていた。
私がどこも怪我していないのは私自身が良く分かっているし、隣の彼もそれを保障していた。
つまりこの血の主は……。
「まさか――!」
「あっ霧雨さん!」
嫌な予感を抱いた私はストレッチャーから飛び降り、彼の制止を振りきってブルーシートに囲われた場所に駆けていく。
「おい君! 入っちゃいかんよ!」
途中、私の接近に気づいて警察官が呼び止めていたが、私はその間を上手に潜り抜けてブルーシートの中に突入した。
「!!」
中の光景を見た私は、絶句してしまった。
灰色の地面にはおびただしい量の血だまりができていて、そこを中心に少女の〝体だったもの″が服の破片と共に散らばり、最早元の姿も判別できないくらいにぐちゃぐちゃになっていた。
さらにその凄惨な現場では、ビニール手袋をはめた二人の救急救命士の男性が死んだ目で後片付けをしている。
この現場の光景、そして救急救命士の彼らの行動――それはつまり、誰がどう見ても遺体の処理をしているとすぐに理解出来るわけで……
その事実を否応なしに理解してしまった私は、感情を抑えきれず絶叫した。
「そ、そんな……! イヤアアアアアアア!!」
見ず知らずのあの少女は私の身代わりとなってしまった……。
私のせいで……。
「こ、こらっ! 勝手に入るんじゃない!」
ぎょっとした様子の救急救命士達が手を止めて私を見上げる中、ブルーシートの外から慌てて入って来た壮年の警察官に後ろから羽交い絞めにされた私は、そのまま引き摺りだされた。
「離してぇ! 離してよぉっ!」
「お、おいっ暴れるな! 落ち着けっ!」
手足をバタつかせて抵抗するものの、この警察官の力はかなり強く、一介の少女でしかない私の力では抜け出す事が出来なかった。
「被疑者が錯乱している! 取り押さえろ!」
羽交い絞めにしている壮年の警察官の指示で駆けつけてきた別の警察官が、暴れる私の腕や足、さらに腰を掴み、ますます身動きが取れなくなってしまった。
「よし、そのまま連行しろ!」
「待ちなよ」
その時、聞こえるはずのない少女の声がブルーシートの中から聞こえ、私を含めた全員の動きが止まる。
直後、ブルーシートがはためき始めたかと思えば、不死鳥の形をした炎が巻き上がり、一瞬で消えた。
そして炎の中心から一つの人影が現れ、その姿を現した。
「大の男が女の子によってたかって襲いかかるなんて、恥ずかしくないのかい?」
突然の出来事に尻餅を付いた救急救命士、唖然とした様子の警察官、水を打ったかのように静まりかえる野次馬達。
そんな彼らの中心で、少女は格好つけたように佇んでいた。
一方私は、その少女の顔に見覚えがあり、錯乱状態に陥っていた頭が一気に冷静になった。
「お前は――! 妹紅じゃないか!」
「久しぶりだな魔理沙。こうして顔を合わせるのは約九百年ぶりか?」
西暦300X年、見知らぬ土地の遠い未来で再会した妹紅は、クールな笑みを浮かべていた――。