翌日の10月30日、午前6時30分。博麗神社は昨晩の喧騒が嘘のように静まり返っている。居間のちゃぶ台に肘を付きながら待っていると、巫女装束に着替えた霊夢、ユリ、杏子、千絵が寝室から出てきた。
「よう、おはよう」
「おはよ」
「おはよう魔理沙」
『おっはよー! 今日もいい朝だね!』
「お、おはようございます魔理沙さん。……うっぷ」
『きょ、杏子ちゃん大丈夫!?』
「あんまり大丈夫じゃないかもしれません……」
「あらら、二日酔いね。確かここに薬が――あったわ。ほら、これ飲みなさい」
霊夢はタンスの上に置かれた救急箱に常備されている永琳お手製の酔い止め薬を杏子に渡す。あれは水無しでも飲めるタイプの錠剤で、私の家にも置いてある。
「ありがとうございます、霊夢様」
杏子が薬を飲むと、みるみるうちに顔色が良くなっていく。
「すっきりしてきました! やっぱり永琳さんの薬は凄いですね」
『えーりんの技術は幻想郷一だよ!』
「本当はあまり薬に頼らないほうがいいんだけどね」
霊夢とユリと杏子がそんな話をする一方で、千絵は私をじっと見つめていた。
「千絵。私に何か言いたいことでもあるのか?」
「あんたってさ、殆ど毎日来てるわよね。暇なの?」
「お前とユリをこの時代に連れてきた責任があるし、万が一の事があってはいけないからな」
「それって、私じゃなくて博麗霊夢の為なんでしょ?」
「まあ身も蓋もない言い方をすればそうなるな。お前が強くなる事が、霊夢の幸せに繋がると思っているぜ」
「ふ~ん。あんたって本当に彼女が大事なのね」
千絵は霊夢を興味深そうに見下ろしていた。
「ところで、私からもお前とユリに話しておきたいことがある」
「何よ」
『え、何~?』
ユリの名を出すとのそのそとこっちに近寄ってきたので、私は二人を見ながら言った。
「そろそろお前達が帰る時間が近づいてきたから、その日時を伝えておこうと思ってな」
「そう。もうすぐ1か月経つのね」
『いつなの?』
「四日後の11月3日正午だ。最初にユリを西暦100溝年12月31日の午後1時に帰してから、千絵を西暦1885年4月12日午後1時15分に送り届けるぜ」
「了解したわ」
『え~? もっとこの時代に居たいなあ』
「駄目だ。千絵より早いタイミングで帰らないと、歴史改変が面倒になるんだからな」
『は~い』
すんなりと頷いた千絵に対し、ユリは未練があるようだ。
「もうすぐ帰っちゃうんですね……。寂しいなぁ」
「思い返してみると、この1か月はあっという間に過ぎた気がするわね」
「まだ振り返るには早いわ。残された時間をさっさと修行するわよ」
パンと手を叩いた千絵は、いつものように外へと出ていった。
「千絵は変わらないわね。私達も行きましょうか」
そうして霊夢と杏子とユリは外に出ていった。一人残された私は縁側に座り、修行中の四人を見ながら11月3日以降の流れを整理することにした。
先程も皆に伝えたが、11月3日の正午になった時、まずユリ一人をタイムジャンプ魔法陣を介して未来に飛ばしてから千絵を送り届ける。ここで肝心なのが、私も千絵と一緒に元の時間の4分後――西暦1885年4月12日の午後1時15分に時間遡行する事だ。
というのも千絵を元の時代に帰すだけだと、椿さん(霊夢の母さん)が西暦200X年7月20日に現れる夢を操る妖怪を退治して、霊夢の自殺を防ぐからだ。一見すると悲劇的な結末を未然に防ぐ望ましい歴史改変に思えるが、問題なのが私がタイムトラベラーになる因果が消えてしまう事だ。
時間の超越者になった事実と、その過程の歴史は上書きされた歴史の礎となって記録されている為、所謂親殺しのパラドックスが起きる事は無いが、霊夢と姉さんが妖怪になる因果が消えるので、今この時代に生きている霊夢と姉さんが故人となってしまう。霊夢も姉さんも私と生きる事を選んでくれたので、彼女たちの意思を蔑ろにする訳にはいかない。
なので、西暦200X年7月20日に霊夢の母さんを博麗神社から遠ざけつつ、この日に遡ってくる過去の“私”――普通のタイムトラベラーの私――に、私の行動を改変しないように釘を刺す必要がある。現時点の私にはそんな記憶は存在しないが、千絵を元の時代に帰した後にその記憶が再構成されるだろう。
それだけでは無く、元の時代に帰るまでの間に千絵、椿さん、霊夢、姉さんの人生の要所要所の時間に飛んで、改変後の歴史が順調に進んでいるのかこの目で確認するつもりだ。
女神咲夜みたいに時の回廊から観測するのもありっちゃありだが、やっぱり直接足を運んだ方が私の好みだな。
(よし、方針は決まった。後は四日後を待つだけだな。千絵に渡す予定のリストも書き終えたし準備万端だ)
10月31日。今日も今日とて朝6時に支度を終え、博麗神社に飛び立つべくリビングから玄関へと向かっていると、階段から降りてきた姉さんが声を掛けてきた。
「なあなあ今日はハロウィンだぜー? お前は仮装していかないのかよ?」
姉さんはカボチャの小物が着いたウィッチハットと、橙色を基調にしたハロウィン仕様のエプロンドレスが掛けられたハンガーを持っていた。
「私は修行を見守る義務があるからな。今年はパスだ」
「なんだよノリが悪いな~」
「それに千絵もユリもハロウィンを知らないぞ?」
「何、そうなのか?」
「日本にハロウィンが文化として定着したのは1997年だし、西暦100溝年の幻想郷ではとっくに忘れ去られたイベントだしな」
「へぇ……。それならなおの事博麗神社に行かないとな。よし、妹よ! 今日は私も一緒に行くぜ! 着替えてくるから待っててくれ!」
「ああ」
ドタドタと自室へ戻っていた姉さんを見送った後、私は台所に向かい、お湯を沸かしてインスタントコーヒーをマグカップに淹れる。
リビングのソファーに座って、コーヒーを味わいながらのんびり待っていると30分程で着替え終わった姉さんが降りてきた。私が言うのもなんだが、姉さんのハロウィンのコスプレは似合っているな。
「待たせたな!」
私は少し温くなったインスタントコーヒーを一気に飲み干して立ち上がった。
「んじゃ行くか?」
「まあ待て。その前にアリスの家に行こうぜ!」
「今から行ってもまだ寝てると思うぞ? 朝は色々忙しいんだし、もうちょっと待ってから行こうぜ」
「む、確かにそうだな。何時に行くよ?」
「私のオススメは午前9時以降だな。それより前に行くと高確率で不機嫌になるぜ」
「じゃあそれまで待つか」
私達は雑談したり、弾幕ごっこをやりながら時間を潰し、午前9時を過ぎたところでアリスの家へと向かった。
「お~いアリスー! 起きてるかー?」
「今出るわー!」
姉さんが扉をノックしながら呼びかけると少ししてから開く。アリスはエプロンをしており、家の中からは甘い匂いが漂ってきた。どうやら料理中のようだ。
「あらおはよう。今日は姉妹揃っているのね」
「なあ、後でお菓子を持って博麗神社に来てくれないか? ユリと千絵はハロウィンを知らないらしいんだ」
「良いわよ。今ちょうどカボチャケーキを焼いていた所なの。出来上がったら持っていくわ」
「頼んだぜ! 私達は先に行ってるからな」
「手間を掛けさせて悪いな、アリス」
私からも感謝を述べると、アリスは微笑みながら「別にいいのよ。私が好きでやっていることだから」と答えた。人里の子供達から人気があるのも頷けるな。
調理に戻ったアリスと別れて、私と姉さんは博麗神社に到着する。時刻は午前9時30分。既に千絵と杏子は境内の隅で日課の修業をこなしていた。
「まずは霊夢とユリから行くか!」
姉さんは縁側に座ってお茶を飲む霊夢とユリに狙いを定めて急降下していったので、私も急いで後を追いかける。
「とうっ!」
私が静かに着地したのに対し、姉さんは箒から華麗に飛び降りて、採点競技なら満点を叩き出してそうな着地を霊夢とユリの前で決め、満面の笑みで右手を差し出した。
「よぉ霊夢、ユリ! トリック・オア・トリート! お菓子をくれないと悪戯するぜ!」
変わらずお茶をすする霊夢と、ポカーンとしているユリ。最初に反応したのは霊夢だった。
「あぁ、そういえば今日はそんな日だったわね。えっと、これでいいかしら?」
キョロキョロと辺りを見渡した霊夢が差し出したのは、お茶請けに用意された煎餅皿に入っていた煎餅だった。
「あのなぁ……、それはちょっと違うんじゃないか?」
「何よ。文句言うならあげないわよ」
「別に要らないとは言ってないんだぜ」
半ばひったくるように霊夢の煎餅を奪い取ると、そのままバリバリと食べ始める。二人がそんなやり取りをしている間に、私は霊夢とユリと挨拶を交わしていた。
「この後アリスがケーキを持ってくるぜ!」
「ケーキ! ふふ、それは楽しみだわ」
『お姉さん。今日はいつもと雰囲気が違うね?』
「ふっふっふ、教えてやろう。この時代の10月31日はハロウィンっていうイベントがあってな、さっきのセリフを言えばお菓子を貰えるんだぜ!」
『できなかったらどうなるの?』
「イタズラしちゃうぜ~!」
『面白そう! お姉さん! 私お菓子持ってないから悪戯してほしいな!』
「ほうほう?」
目を輝かせながら両手を上げるユリに姉さんは笑みを浮かべながら近づいていき。
「こうしてやるぜ!」
腰に素早く手を差し込みくすぐり始めた。
『う、うふふ、あっははは! ちょ、ちょっとそれっ、無理だって! お、お腹がく、苦しい~!』
身をよじりながら逃げ出そうとするも、姉さんはユリを抱きしめるようにがっしりと身体を掴んで放そうとせず、くすぐりつづけている。
「そ~れこちょこちょこちょこちょ!」
『あっはははははあ! ひ、ひぃ~!』
「何やってんのよあんたは……」
呆れる霊夢を横目に姉さんはしばらくくすぐり続け、ようやく解放された時には縁側にぐったりと寝転がっていた。
『あはっ、あははっ……』
「大丈夫?」
ユリは笑い疲れて涙と汗とよだれでぐっしょりしており、見かねた霊夢がハンカチで顔を拭いていた。
「よっし、次はあの二人だな」
次に姉さんは本殿の近くで修行中の杏子と千絵の元へと歩いていく。
「杏子! 千絵!」
「はい?」
手を止めて振り返った二人に向かって、姉さんは「トリック・オア・トリート! お菓子をくれないと悪戯するぜ!」と満面の笑みで右手を差し出した。
「あっ! す、すぐにお菓子を持ってきますね!」
杏子が慌ててこっちに駆けてきて、すれ違いざまに「魔理沙さんいらっしゃい! ゆっくりしていってくださいね!」と言いながら靴を脱ぎ捨て、上がり込んでいく。一方千絵は、怪訝そうな目つきで姉さんを見ていた。
「は? 何よそれ?」
「毎年10月31日はハロウィンというイベントがあるんだ。さっきのセリフを言ったらお菓子が貰えるんだぜ!」
「ふぅん、未来にはそういう行事があるのね。でも私、お菓子なんて持ってないわよ?」
「それなら悪戯してやるぜ!」
そう言いながら姉さんは素早く前に踏み込んでいったが、千絵が横にステップを踏んだことでその手は空を切る。姉さんは続けざまに千絵に触れようと、近づいて行ったが、ことごとく避けられてしまった。
千絵は地面を蹴って空に浮かび上がると、姉さんを見下ろしながら言い放った。
「あら、その程度かしら? 私を捕まえたいのなら、もっと本気出しなさい」
「――いいぜ! その挑発乗ってやるぜ!」
空を飛んで逃げていく千絵に楽し気な笑みを浮かべた姉さんは、私達の近くに乗り捨てた箒を魔力で右手に引き寄せると、素早く跨った。それと同時に台所から饅頭を持ってきた杏子が外に出てきた。
「マリサさん、お菓子を持ってきましたよ~!」
「サンキュー!」
姉さんは地面スレスレを低空飛行しながら境内を旋回し、杏子が差し出した饅頭をかすめ取ると、それをほおばりながら千絵を追って空に飛んでいく。二人の姿はあっという間に見えなくなった。
「なんだか慌ただしいですね? 何かあったんですか?」
「イタズラから逃げる千絵を追っかけてどっか行ったわよ」
「そうでしたかぁ」
杏子はぼんやりと空を見上げていたが、やがて思い出したように「そうだ。修行を再開しなきゃ」と呟いて、境内の隅に歩いて行った。
それから30分後、アリスがカボチャケーキが入った少し大きめのバスケットを持ってやってきた。千絵と姉さんは未だに帰ってくる気配が無いので、霊夢の一存で先に食べることにした。
霊夢が人数分のお皿とフォーク、日本茶を配膳し、私達はちゃぶ台を囲みながら切り分けられたケーキを堪能する。カボチャとバターの甘みがきいてとても美味しい。
「美味いな!」
「普段食べてるカボチャがこんなに味が変わるなんて驚きだわ」
「アリスさんのケーキはどれも美味しいですね!」
『ハロウィン最高ー!』
「ふふ、お口に合ったみたいで良かったわ。多めに焼いてきたから、好きなだけ食べてね」
アリスのケーキは全員から好評で、とりとめのない話をしながら楽しい時間を過ごしていると、正午を過ぎた頃に姉さんと千絵が箒に乗って帰ってきた。姉さんの勝ち誇った顔を見る限り、どうやら捕まえたみたいだな。よほど鬼ごっこが激しかったのか、千絵は自力で飛べないくらい疲れているみたいだし。姉さんと千絵もちゃぶ台の前に着席して、アリスのケーキを食べながら事の顛末を話しだした。
千絵は非殺傷性の弾幕をばらまきながら姉さんから逃げ続けていたが、旧地獄に繋がる入口近くで捕まってしまったらしい。更に勇儀と遭遇し、千絵に勝負を挑んでいったが、そこに姉さんも混じって三つ巴の弾幕ごっこが始まり、最終的に姉さんが勝利したようだ。
ちなみに姉さんは千絵にイタズラと称してくすぐり攻撃を仕掛けたみたいだが、千絵はクスリとも笑わなかったのですぐにやめてしまったそうだ。
午後になると、咲夜がクッキーを持ってやってきた。どうやら知り合いや友人に配って回っているようで、妖精達も来ていたみたいだ。
皆に配り終えて帰ろうとする咲夜を姉さんとユリが引き止め、ハロウィンパーティーに参加させる。咲夜は困ったような表情をしながらも、勝手に帰らなかったので満更でも無かったのだろう。
今日は賑やかな一日だった。
11月1日午前7時。修行29日目の日。私は霊夢とユリの間に座り、お茶を飲みながら二人の修行を眺めていた。
千絵は以前挙げていた封印結界の改良に取り組んでいるようで、自身を中心に一定の範囲に入った妖怪に自動的に封印結界が発動するようにしたいらしい。これは萃香と戦った時に思いついたようで、ユリはその技を知らないと言っていたが、果たして完成するのだろうか。
杏子については、依然として霊力操作でつまづいており、封印結界の成功には至っていない。残念ながら明後日までには間に合わないだろう。決して杏子が無能な訳ではないのだが、歴代の博麗の巫女の中で1番傑出した霊夢と、その次点の千絵と比較すると、どうしても劣って見えてしまう。
(杏子が素直な性格で良かったぜ)
『ねえ魔理ちゃん』
霊夢の隣にいるユリが珍しく深刻な様子で話しかけてきたので、私は思考を中断する。
「どうした?」
『私が元の時代に帰る時に、霊夢ちゃんも一緒に未来に送ってくれないかな?』
「私からもお願いするわ」
「……なんだって?」
予想外の発言に、私は思わず湯呑を落としそうになる。
(おかしい。二人がこんな事言い出すなんて、私の未来予測には無かったぞ)
前代未聞の事態に動揺しながらも、努めて冷静に訊ねた。
「……何故だ?」
「昨日ユリから西暦100溝年のあんたに会ってほしいって頼まれたのよ。それで心配になってね」
そう前置きした霊夢は、昨日の午前0時頃の博麗神社の出来事を話していった。
――――――――
西暦215X年10月31日午前0時。静かな夜だった。
閉め切られた博麗神社の居間に小さな明かりが灯り、寝間着姿のユリと霊夢がちゃぶ台を挟んで向かい合うように座っている。
『こんな夜にごめんね、霊夢ちゃん』
「別にいいわよ。それよりも話って何かしら? 千絵と杏子には聞かれたくないことなの?」
霊夢は寝室に続く襖に視線をやる。二人は千絵と杏子が寝静まった頃合いを図って、寝室から居間に移動していた。
『ううん。聞かれたくないというよりは、二人には全然関係無い話だから』
「ふ~ん?」
『霊夢ちゃんは私がこの時代に来た目的を覚えている?』
「この時代の観光と私って聞いているけど」
『うん。実際にこの時間に来て、霊夢ちゃんと仲良くなれてとても良かったと思ってる。だけどね、実はもう一つ、魔理ちゃんにも言ってない目的があるの』
ユリはここで言葉を切り、ふうと息を吐き出してから語りだした。
『私はね、私の時間の魔理ちゃんの助けになってあげたいの。霊夢ちゃん、私と一緒に時間を飛び越えて、私の時間の魔理ちゃんに会ってくれないかな?』
魔理沙の名前が出た事で、霊夢の顔つきが険しくなる。
「……詳しく聞かせてもらえるかしら?」
『私の時間――西暦100溝年12月31日は、魔理ちゃんの話ではこの宇宙が終わる日なの。――あっ! でもね? 創作にありがちな退廃的な世界とかじゃなくて、今までと何ら変わらない平和な幻想郷がちゃんとあるの。第二宇宙に向かう為の準備も整ってるって魔理ちゃんが言ってたし、宇宙が終わっちゃう心配はしてないんだ』
「あんたを見ていると分かるわ」
『だけどね、私の時間の魔理ちゃんは過去に未練があって明日に進めないの。私には分からないんだけど、魔理ちゃんは何度も何度も同じ日を繰り返して、結論を先延ばしにしてるんだって』
「同じ時間の繰り返し……タイムリープってことかしら?」
『うん。魔理ちゃんは誤魔化していたけど、私はその未練が霊夢ちゃんの存在だと私は思うんだ』
「私?」
『魔理ちゃんは一度“明日”に行ったらもう二度と“今日”に戻ってこれないって話してた。“今日”にあって“明日”に無いのは、間違いなく霊夢ちゃんの存在なんだと私は思う』
「……あんたの話を聞く感じだと、あんたの時間にはもう私は居ないんでしょ? 関係ないんじゃないの?」
『魔理ちゃんは自由に時間を移動できるんだよ? 霊夢ちゃんに会いたくなったらいつでも会いに行けるけど、“明日”になったらそれもできなくなっちゃう』
ユリは言葉を続ける。
『この時間に来て驚いたのがね、霊夢ちゃんと一緒にいる魔理ちゃんがとっても楽しそうにしているところなんだ。私の時間の魔理ちゃんはね、笑うことはあっても、心の奥底では寂しそうな感じがしたの。それはきっと、霊夢ちゃんと魔理ちゃんの時間がずれちゃったから』
「……」
『だからね、私の時間の魔理ちゃんに会って元気づけて欲しいの。きっと喜ぶと思うんだ』
「分かったわ。未来の魔理沙に何があったかは分からないけど、苦しんでいるのなら放ってはおけないわ」
『ありがとう霊夢ちゃん! 早速今日魔理ちゃんが来た時に頼み込んでみるね!』
――――――――――
「――と言うわけなのよ」
「なるほどな」
「本当は昨日話そうと思ってたんだけど、そういう話が出来る雰囲気じゃなかったじゃない?」
『今まで黙っててごめんね? だけど、魔理ちゃんがどうしても心配だったから……』
ユリはしおらしくしているが、私は別に怒っているわけではないのでそれは良い。それよりもまずはこの選択が未来へどのような影響を及ぼすか調べる必要がある。
「悪い、少し考える時間を貰うぜ」
そう言って立ち上がった私は、現在時刻の西暦215X年11月1日午前7時20分から時の回廊へとタイムジャンプする。四季折々の景色とそれを貫くように過去と未来に続く時間軸は、今日も変わらずにここにある。
私はタイムジャンプ前の時間軸上から、霊夢を西暦100溝年12月31日に送った場合の可能性未来の未来視を開始したのだが……。
(何も見えない……だと?)
まるで深い霧に覆われているかのように、未来は見通すことが出来なかった。ならばと西暦100溝年12月31日の時間軸――時の回廊の最果てに移動する。
無限に思える広さを誇る時の回廊だが、第一宇宙に始まりと終わりがあるように、時の回廊にも果てが存在する。西暦100溝年12月31日を境に、その先は見えない壁が存在し、見通す事も足を踏み入れることも出来ない無の空間が広がっているのだ。時間軸の外に広がる春夏秋冬の景色さえも、そこを境にナイフで切り取られたかのように綺麗に分断されており、どことなく不気味な印象を受ける。
私は見えない壁にギリギリ触れないくらいの場所に立ち、直接西暦100溝年12月31日の観測を試みる。女神咲夜が行っていたような透過スクリーンを出現させ、場所と時刻――ここでは正午の博麗神社の居間の映像を指定する。そこには半纏を着こみながら炬燵で暖まるユリが映っていた。
そこから1時間15分進めると、未来の私とユリが炬燵に入っていた。ユリは西暦215X年に滞在した時の出来事を興奮気味に話していて、未来の私は適度な相槌を打ちながら話を聞いていた。
(うん、ちゃんと観測出来ているな)
この映像は西暦215X年11月3日にユリを元の時代に帰した後の出来事であり、当初想定していた歴史が正常に観測出来ている事を確認したうえで、“霊夢を西暦100溝年12月31日に送った場合の可能性未来”という条件をつけて観測を開始する。
だがしかし、先ほどまで博麗神社を鮮明に映し出していた透過スクリーンは、まるでアナログテレビに発生する砂嵐のようになって認識できなくなってしまう。
(おいおい嘘だろ……!? 何が起きてるんだ……?)
未来が観測できないなんて今まで起こりえなかった。ちなみに私が死亡している事はありえない。私の未来視は、私自身が死亡する可能性未来も観測可能だからだ。そうなると未来視に何か不具合があるのか? だがこの歴史線以外はちゃんと視えてるしな。
そもそも、10月31日の午前0時に博麗神社で起きた霊夢とユリの会話を本人から言われるまで知覚出来なかったのも問題だ。まるで“最初から存在しなかった歴史”が突然浮かび上がってきたような違和感を覚える。私か霊夢の人生に大きな影響が現れそうな出来事は、細心の注意を払って観測しているのに。
それに未来の私がこの現象について答えを伝えてきてもおかしくないのだが、今のところ――未来においても――その気配は無い。そうなると、今回の選択は大局に影響しないのか? こんなに疑問が尽きないのは、時間の超越者になってから初めてだ。
「お~い咲夜~! 咲夜ー!?」
咲夜に意見を求めるべく周囲に向かって呼びかけてみたが、彼女からの反応は無かった。ふむ、この問題は私自身で解決しろという事か。
私は原因を探るべく、可能性未来が観測不能になった瞬間が何時なのか精査を開始する。結果はすぐに出た。やはりと言うべきか、その時刻は西暦215X年10月31日午前0時だった。
(この時に霊夢がユリの時代の私に会う決心をしたことで歴史の分岐点が発生したのか……!)
元々の予定では、私の時代で修行をするのは千絵だけだった。しかしユリが時間遡行してきて、霊夢に未来の私の話をしたことで興味を持ち、行動が変化したのだろう。
(さて、どうするか……)
ここから軌道修正するのは簡単だ。まだ歴史の分岐点に立っているだけなので、霊夢の希望を断れば可能性が消滅して先ほど観測した歴史に戻る。だが本当にそれで良いのだろうか? いや、良くないよな。
(――面白い)
普段の私なら不鮮明な未来に突入する可能性のある選択は取らない。だが霊夢なら閉塞した未来でも何かやってくれるのではないだろうか? 未来の私もそれを望んでいたことだし、何よりも霊夢が私を想ってくれての選択なんだ。破滅的な結末に向かうような行動では無い限り、私には断れない。
私は透過スクリーンを閉じて、時の回廊から元の時空の5秒後に帰還する。
「どこへ行ってたの?」
「少し時の回廊に行って考え事をしていた」
私は縁側に着席し、隣に座る霊夢の目を見ながら言った。
「答えは決まった。霊夢を未来に送ってもいいが条件がある」
「何よ?」
「11月3日ではなく今から出発する事だ。それでも構わないか?」
何故今日なのかというと、この先の未来がどうなるか分からないからだ。
私自身の歴史改変は過去に及ぶこともあり、今回は現在の時間が起点となる為、今後の行動が変わる可能性が非常に高い。下手したら、千絵の修行という歴史すらも白紙になるかもしれないのだ。
なので西暦100溝年12月31日から帰って来た霊夢から話を聞いた上で、改めて未来を再構築する時間が必要になる。
「良いわよ」
『行こう!』
「よし、それじゃ準備してきてくれ」
霊夢とユリは一度奥に引っ込み、5分程で戻ってくる。霊夢はマフラーとコートを身に着け、ユリはポーチを肩からぶら下げていた。
私は縁側の前に二人を並び立たせた後、脳内で魔法式を瞬時に構築。タイムジャンプ魔法の発動状態に入る。
「霊夢、未来の私をどうかよろしく頼む。お前が思った事を遠慮なくぶつけてやってくれ」
「ふふ、任せなさい」
この選択がどう転がるかは分からない。時間の超越者としての責務を果たし、理想に殉じて生きてきた未来の私がどんな反応を示すか見当が付かない。
しかしどんな結末になろうとも私は受け止めるつもりだ。
「霊夢とユリをタイムジャンプ。行先は西暦100溝年12月31日午後1時の博麗神社だ!」
二人の足元に幾重にも重なった歯車模様の魔法陣が出現。眩い光と共に、二人は時の最果てへ旅立って行った――。
次の話の時系列は「第286話 (2) 魔理沙が忘れた記憶 魔理沙の軌跡⑧ 初代博麗の巫女⑦ 予知夢」で西暦100溝年12月31日の魔理沙がユリを過去に送り出した後になります。
第五章 (2) のエピローグとなります。