大変お待たせいたしました。
――西暦100溝年12月31日午後0時59分――
――幻想郷、博麗神社――
「さて、そろそろか……」
時刻は西暦100溝年12月31日午後0時59分。私は神社の縁側に座り、しんと静まり返った境内を眺めながらユリの帰りを待っていた。
私のタイムジャンプはキリのいい時間を指定する事が多く、ユリを飛ばした時間から逆算すると、午後1時になるだろうからな。多少の待ち時間は発生するが、後でタイムラインを纏める時に整理しやすいので、よほど切羽詰まった状況でもない限り揃えるようにしている。
午後1時。私の予想通り、目の前の地面にタイムジャンプ魔法陣が出現し、光と共にユリが現れ――え?
『魔理ちゃんただいま~!』
「へえ~博麗神社も全然変わってない――」
「霊夢!」
気づけば私は立ち上がり、衝動的に霊夢を抱きしめていた。
「あぁ、霊夢……! まさか、また、お前と会えるなんて……!」
彼女の温もりも、匂いも、声も、全てが懐かしく、涙が溢れて止まらない。あぁ、私の胸の中に霊夢がいる。私の知らない霊夢が、ここにいる。どうしよう、感情がぐちゃぐちゃで纏まらない。こんな情けない姿、霊夢には見せたくなかったのに。
「魔理沙……」
霊夢は一瞬戸惑いながらも、抱きしめ返してくれた。ユリは空気を読んでいるのか、無言で私達を見てるし。
しばらく涙を流しながら霊夢と抱き合っているうちに、少し落ち着いてきたが、まだ感情の昂ぶりが収まらない。このまま永遠に霊夢と触れ合っていたい。
ああ、私はこんなにも霊夢に依存していたのか。
いっそのこと霊夢も一緒に第二宇宙へ連れて行ってしまおうか。そうしたらまた霊夢と一緒に過ごす日々が帰ってくるし、霊夢を知る妖怪達も喜ぶだろう。
――いや、駄目だ。落ち着け、冷静になれ。無理やり連れて行ったって霊夢は喜ばないし、何よりも因果が崩壊して歴史の初期化が起きてしまう。私は時間の超越者だ。私情を挟むな!
かろうじて理性を取り戻した私は、霊夢の背中に回している手を離すと、彼女も手を離した。私は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔をハンカチで拭き、ポケットに戻してから頭を下げる。
「……急に抱きついたりしてすまなかったな、霊夢」
「謝らないでよ。私と貴女の仲でしょ?」
『魔理ちゃん。大丈夫?』
「あぁ……。霊夢がいてびっくりしただけだ」
私は咳ばらいをした後、努めていつもの調子で霊夢に「で、どうして霊夢がこの時代に来たんだ?」と訊ねる。
本来なら霊夢はこの時代に居てはいけない妖怪だ。無用な時間移動は、時間の秩序を乱す行為であり、余計なバタフライエフェクトを発生させる可能性がある。ここは心を鬼にして、元の時代に強制送還するべきだろう。
……でもその前に、理由だけでも聞いていいよな、うん。
「私は魔理沙が心配で来たのよ」
まるで異変を解決する時のように、真剣な眼差しで私を見据える霊夢。……参ったな、これじゃ帰そうにも帰せないじゃないか。
霊夢に時間移動する能力は無いので、無視しようと思えば無視できるが、彼女の想いを踏みにじることはできない。
「……分かった。詳しいことは中で聞こうか」
私と霊夢とユリは神社の居間に移動し、ちゃぶ台を囲うように着座する。ユリが淹れたお茶を飲みつつ、霊夢とユリはこれまでの経緯を話していった。
「――という訳なのよ」
「なるほどな……」
霊夢が来たのはユリの計らいだったのか。
これまで霊夢は終末の幻想郷に興味を示すことはあっても、直接時間移動を望む歴史の分岐は存在しなかった。ユリの時間遡行は、少なくない影響を与えていたようだな。
それに過去の私の行動が変化している事が気にかかる。霊夢の話では、霊夢の時代の私が未来に送り出したようだが、私の記憶ではそんなことをした覚えもないし、私自身の歴史改変も発生していない。現在の歴史が観測出来なくなっているのも、その影響があるだろう。
こういうイレギュラーな事態は起こりえない。きっとこの機会を逃したら、私は延々と迷い続けるだろう。ならば霊夢に話してもいいのかもしれない。恥も外聞も殴り捨てて、私の想いを率直に伝えよう。
「霊夢。私はな、第二宇宙に進むのを躊躇っているんだ。ユリが言っていた霊夢への未練、それはあながち嘘じゃないのかもしれない。現に今の私は、霊夢に会えて久々に胸が躍っている。この時間が永遠に続けば良いと思ってしまうほどに。私にとって、霊夢は光だった。いつも明るくて、私に生きる希望を与えてくれていた。……お前が居なくなってからの幻想郷は、とても寂しいものだったよ」
西暦215X年に比べて、幻想郷は大きく発展した。かつては日本の○○の一部を囲っていた博麗大結界は今や日本列島全体を包む程になり、人間と妖怪は共生に成功し、人口が1000万の大台に到達した。
外の世界の様々な種族達とも友好的な関係を築き、日本全体を外界から隔離することに成功しており、幻想郷の存続が脅かされる事も無い。全体的に見れば充分な成果だろう。
それでも私にとっては、霊夢のいない幻想郷にあまり価値を見出せなかった。きっと私は幻想郷の賢者失格なのだろう。
「私がここまで頑張ってこれたのも、偏に霊夢が愛した幻想郷を守る為だ。間違いなく私は霊夢に執着しているんだろう」
私の姉さんも霊夢とは親友だったが、私ほどに霊夢に強い感情は抱いてなかった。それも当然だろう。姉さんと私とでは出発点が違うのだから。
「ああ、そうだ。私の道しるべは霊夢だったんだ。お前が居なくなってから、私はずっと空虚感を抱いているよ。“博麗霊夢”を人工的に再現させようと本気で考えたくらいにな……」
クローン、AI、無機物の人型への人格と記憶の複製等、手段を選ばなければ外の世界の科学技術を用いて博麗霊夢を創造する事だって可能だ。しかし私が実行に移さなかったのは、霊夢への冒涜であるのに加えて、そこに“魂”が無いからだ。
さて、ここで言う魂とは何なのだろうか? 観測した結果も踏まえて私の持論はこうだ。
基本的に地球に発生する有機物の生命体は、命が生まれついた時に魂がその肉体に定着する為、元の肉体が死んだ時に魂も失われる。無機物の肉体――代表的な所だと機械の肉体――に意識と記憶を移した所で、元々備わっていた魂が消えてしまうので、純粋な無機物の生命体に比べると意識の完全消失が起きやすい。有機物の生命体に宿った魂は、無機物の肉体に適応するのが非常に難しいのだ。
魂とは、この世界に留まる為の“楔”であると私は考えている。なので、魂の無い器にどれだけ精巧な“博麗霊夢”を製造しても、そこに命は存在せず、虚しさのみが残るだけだ。
「私は時間の超越者にならずに、霊夢と一緒に死にたかったんだ。……ごめんな、こんな重い話を聞かせて。私は……うぅ……」
駄目だ、また涙が出てきてしまった。霊夢を前にするとどうしても涙もろくなってしまう。だって生前の霊夢とはもう会わないって決めてたのに、そっちから会いに来るなんて思わないだろ?
霊夢はさめざめと泣く私の手を握った。
「魔理沙は頑張ったのね。……未来の私が貴女を置いて行ってごめんね。まさかそんなに苦しんでいるとは思わなかったわ……」
「そんなの、霊夢が謝ることじゃない、だろ……。霊夢は最期まで私を――」
霊夢が亡くなった時の事を思い起こそうとした瞬間、頭が割れそうなくらい激しい頭痛が走り、その場に蹲ってしまう。
「あ、ああ、ああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
「魔理沙!?」
『魔理ちゃん!?』
同時に猛烈な吐き気に襲われ、溜らず口元に手を当てた。
「うっ――!」
「魔理沙、しっかり!」
『私、お水持ってきますね!』
霊夢に背中をさすられ、ユリの足音が遠ざかっていく。私に、何が、起きている?
私は彼女達に碌に返事もできず、依然として収まらない頭痛と吐き気の中で、いつかどこかの光景がフラッシュバックしていた――
――
――――
――――――
――幻想郷、霊夢の家――
霊夢の寝室にて、私は布団で横になる霊夢の枕元に正座し、手を握っていた。
『魔理沙。多分私、近いうちに死ぬと思う。日に日に力が衰えていてね、なんとなく分かるのよ』
『……ああ』
霊夢は見た目こそ昔と変わっていないが、既に身体はボロボロだった。
まるで死人のように顔色は悪く、手は氷のように冷たくて、生気を感じない。霊夢の部屋は、妖怪達が見舞いの時に持ってきた色とりどりの花々で溢れている。
『私が居なくなっても大丈夫? 私ね、魔理沙が心配なのよ』
『心配要らないぜ。無理せずにゆっくり休んでいてくれ、霊夢。今までありがとな』
『うん。おやすみ、魔理沙』
『おやすみ、霊夢』
精一杯の笑みを浮かべると、霊夢は安堵の表情で目を閉じる。それが、霊夢との最期の会話だった。
――幻想郷、紫の家――
紫の自宅の客間で、私は紫と机越しに向かい合うように座っていた。
『私をここに呼び出すとは、何の用だ紫?』
『ねえ、魔理沙。貴女顔色が悪いわよ』
『何を言っているんだ紫? 私は、全然、大丈夫だぜ?』
『つまらない嘘をつかないの。仕事は全部私が引き受けるから、しばらく休みなさい。まだ霊夢の事を――』
『うううぅっ、霊夢ぅぅ……』
『……ごめんなさい。彼女の名前は禁句だったわね……』
崩れ落ちて泣き続ける私の頭上から、紫の申し訳なさそうな声が聞こえた。
――幻想郷、墓地――
――霊夢の命日――
分厚い雲に覆われた日、私は霊夢が眠る墓石の前で線香を上げていると、誰かが此方に近づいてくる気配を感じた。見上げると喪服を纏った咲夜が立っていた。
『あら、もう来てたのね』
『咲夜か』
咲夜は花立に菊とカーネーションを飾り、線香を上げると、私の隣にしゃがみこんで手を合わせる。
『もう10年になるのね。つくづく惜しい人を亡くしたわね』
『あぁ……』
『あの頃が懐かしいわ。たまにふらっと遊びに来て二人でお喋りした時もあれば、お嬢様も交えてとりとめのない話で盛り上がることもあったわ』
『あぁ』
『姉のマリサとアリスが大図書館を訪ねてきて、パチュリー様と一緒に魔法の研究に熱中していてね、私は彼女達に紅茶とケーキを提供するの。稀に霊夢が降りてくると、お嬢様も大図書館にいらっしゃって、仕事中の私も含めて一緒にお話ししたわ。とても素敵な時間だったわね』
『……あぁ』
『……魔理沙。辛かったらいつでも私を頼りなさい。くれぐれも後を追わないでよ?』
『分かってる。私は霊夢の為にも、幻想郷を存続させなきゃいけないんだ。それが霊夢にできる唯一の手向けだからな』
『魔理沙……』
私は墓石をじっと見つめていた。
――幻想郷、永遠亭診察室――
この日の私は永遠亭を訪れていた。妖怪兎の案内で診察室を開けると、診察デスクの前に永琳が座っていた。
『久々ね魔理沙。今日はどうしたの?』
私は永琳の前の椅子に座り、用件を伝える。
『……霊夢が忘れられないんだ』
『そう……。魔理沙。心はね、どんな薬でも治すことはできないのよ』
『そこをなんとかならないか永琳? 霊夢が居なくなってから、私の人生はすっかり色褪せてしまった。……胸が張り裂けそうで苦しいんだ』
『死別の悲しみは時間が癒す……って言うけれど、彼女が亡くなってからもう100年経っているものね。貴女の時間移動で解決できないのかしら?』
『霊夢はな、天寿を全うしたんだ。私が歴史改変を起こす余地は全く無い。“完璧で自然な死”だからこそ、私は苦しいんだ。霊夢の死をただ見送る事しかできなかったからな』
霊夢が自殺した歴史の時のように、原因を取り除く事で霊夢を生存させることができたのなら、私はすぐに歴史改変を起こしただろう。
しかしあらゆる生命に定められた“寿命”ばかりは自然の摂理であり、どうしようもない。人間より遥かに長命な妖怪といえども、無限の生がある訳ではないのだ。唯一それを覆せるのは――
『それとも何か!? 蓬莱の薬が欲しいと言ったらお前はくれるのか?』
『いくら魔理沙の頼みでも、それは駄目ね。あの薬は、もう二度と造らないし、渡さないと決めたのだから』
私は感情のままに立ち上がり、永琳に詰め寄りながら『そうだろう!? お前はどんな歴史でも絶対にそう答えるんだ! 仮にこっそり盗ったとしても、お前達の協力が得られず、宇宙船地球号は完成しないんだからな!』と叫ぶ。
永琳の叡智と輝夜の能力は幻想郷を――ひいてはこの宇宙に生きる人々が存在する為に必要不可欠だ。そして輝夜は私の歴史改変を不完全ながら感知できるので、時間移動を利用した泥棒も不可能なのだ。
『……私だって万能じゃないんだ。出来ないことだってある』
『……軽率な発言だったわね。謝罪するわ』
『いや、私の方こそ急に怒鳴ってすまなかった』
私は静かに席に着く。しばしの無言が続いた後、考え込んでいた永琳は重い口を開く。
『魔理沙。どうしてもと言うならあまりお勧めしないけど一つだけ方法があるわ』
『なんだよ』
『霊夢に関する記憶を全部消すのよ。私なら、少し時間を貰えれば記憶を消す薬を造れるわ』
『お前はそんな芸当もできるのか。だが悪いな、霊夢との思い出を忘れるくらいなら、私は悲嘆に暮れていた方がマシだぜ』
『そうでしょうね』
『だが、お前の提案のおかげで、一つだけ方法が見えて来た。今度はそれを試してみるぜ』
『魔理沙、カウンセリングならいつでも受け付けているから、またいらっしゃい』
『ああ』
――時の回廊――
時の回廊で、私は女神咲夜と対峙していた。
『よく来たわね魔理沙。事情は全て観測させてもらったわ』
『なら話が早い。咲夜。お前の力で、霊夢の死の歴史を封印してくれないか?』
『因果を壊すから無理な相談ね。だけど、魔理沙が観測できないようにすることは可能よ』
『それでも構わん。頼む』
女神咲夜は私の頭に手を当てて――
――――――
――――
――
(ああ、そうだったのか……。私は霊夢の死を認められなかったんだな……)
封印されていた記憶の一部を思い出した事で、頭痛と吐き気が波のように引いていく。恐らくこの体調不良は心の防衛反応だ。今まで無意識的に避けてきた記憶が、過去の霊夢と会った事で一部甦り、受け入れた事で乗り越えたのだろう。
「魔理ちゃん! お水持ってきたよ!」
「ありがとな」
慌てて駆け寄ってきたユリに礼を言いながら水を一気に飲み、一息付く。水の冷たさが身体に染み込み、頭も少し冷えた気がする。
「体調は大丈夫なの?」
「もう落ち着いた。心配かけてすまんな」
しかし霊夢とユリは私の言葉を信じていないようで、じっと見つめてくる。先ほどの豹変ぶりを隠し通すのは無理か……。
「実はな――」
私は先ほど思い出した記憶を話す。
「――と、言う訳なんだ。どうやら私は、霊夢の死を受け入れられなかったらしい。……はは、情けない話だぜ」
「魔理沙……もう無理しないで。私の事よりも、魔理沙自身の為に生きてよ……!」
霊夢は声が震わせながら私を優しく抱きしめ、涙を流している。やっぱり霊夢は優しいな。
こうして霊夢に打ち明けた事で、心の整理がついて少し楽になった。憂鬱だが、私は残酷な現実を告げなければならない。
「……悪いな、霊夢。私は第二宇宙に向かうぜ」
「そんな、どうしてよ? もう魔理沙が傷つく必要なんてないわ!」
「霊夢。私が時間の超越者をやめたらな、宇宙船地球号は完成せずに、幻想郷は地球と運命を共にする。現在の幻想郷にいる約1000万の人間と妖怪、更に幻想郷外の現実世界に生きる約10億の異星人、楽園サーバーに構築された約100京人が生きる宇宙も消えてしまうんだ」
現在の宇宙は物理法則すらも崩壊した“死の宇宙”であり、宇宙船地球号を覆う私の時間の力と、宇宙船地球号の維持に用いられている輝夜の永遠の力と咲夜の時間の力がなければ、一瞬で宇宙船は木っ端みじんになってしまう。
宇宙船地球号は、幻想郷の存続と保護を目的に、霧雨グループと旧月の民の協力の元に建造した宇宙船であり、その名の通り地球を忠実に再現している。対外的にも“自然環境の保護”として禁足地に指定し、宇宙艦隊を護衛につけて厳重に警備していた。ちなみに宇宙船内をドローンカメラで撮影した地球由来の美しい自然の映像は、シリーズ化するほど消費者達からは好評だった。
私は幻想郷の存続を優先して行動してきており、幻想郷に危害が及ばない限り、外の世界の社会情勢には極力関わらなかった。それがその時代を生きる人々の選択であり、尊重したいと思っていたからだ。
しかし宇宙の死が近づき、滅びの運命が決定づけられた時、私はその方針を変えて、難民となった彼らを条件付きで宇宙船地球号に受け入れる事にした。
その理由については、まず当時の宇宙情勢から説明するべきだろう。
宇宙の死が迫っている事を知った外の世界の人々は、宇宙文明の垣根を越え、最先端の科学技術を結集して延命策を取った。だが結局防ぐことができず、次々と星々が滅びていった。何故ならその根幹を成す物理法則そのものが崩壊してしまった為、どれだけ優れた科学技術を保有していても、それらを実行できずに終わってしまったからだ。もちろん霧雨グループが所有する星系や宇宙船もその例に漏れず、どんどんと崩壊していた。
これがどれだけ深刻な事態なのかを水で例えてみよう。地球の地上において、水は100度まで熱すれば沸騰するし、0度まで冷やせば氷になる。しかし物理法則が崩壊した宇宙では、水を100度まで熱してもお湯にならないし、0度まで冷やしても凍り付かない。それどころか、場所や時間によっては30度でお湯になったり、60度で氷に変化する。こういった再現性の無い現象が多くの物理法則で起きていたのだ。
宇宙全体が崩壊していく中で、唯一無傷の宇宙船があるとなると、世間の注目を否が応でも集め、各星の様々な政府・組織・団体から受け入れ要請が殺到し、中には軍事力をちらつかせて強引に解放を求める団体まで現れ始めたのだ。
これらを無視し続ける事は社会的道義上難しく、私個人の思いとしても、救える命は救いたいと思っていたので、受け入れを決めたのだ。
しかし幻想郷の存続が優先なので、私は受け入れの条件を付けた。それは自然環境の保護と、日本列島への接近・干渉・情報収集の禁止、宇宙船地球号の管理と意思決定への関与と干渉の禁止の三点だ。他にも宇宙船地球号の破壊や構造解析、私に対する情報収集の禁止等、細かい条件はあるが、全部説明すると長くなるのでここでは省くぜ。
これらの条件を受け入れた人々を受け入れていき、更に楽園サーバーという名の仮想世界の宇宙を構築する心臓までも受け入れ、現在に至る。
彼らは地域ごとに滅んだ自星の文化を持ち込み、局所的なテラフォーミングを行っているが、きちんと約束を守り、宇宙船地球号を大事に扱ってくれているので問題は無い。
科学技術に追い詰められた幻想郷の住人の能力が、終末宇宙を乗り越える鍵になるとは、何とも皮肉な話だ。
「私の手にはな、時間の超越者になってから現在に至るまでの数えきれない人間・妖怪・種族達の命運が握られているんだ。私のワガママで、彼らの歴史を閉ざすわけにはいかないんだ……!」
定命の命であれば、死後の事はその時代の人間達に任せればよかった。しかし輪廻の輪を破り、長生不老の存在となって歴史に干渉した今、彼らが歴史を紡ぐ土台を作る責任が私にはある。
「最初から私には選択肢なんて無かったんだ。霊夢に会えた事で、踏ん切りが付いたよ」
「魔理沙……」
『ちょ、ちょっと魔理ちゃん! そんな簡単に諦めてもいいの!?』
「そうは言っても無理なもんは無理なんだ。彼方立てれば此方が立たぬとも言うだろ? 今の私はその状況なんだよ。私さえ我慢すれば、大勢の人間や妖怪が救われるんだ」
「……それは、魔理沙じゃないと駄目なの? 他の誰かに変わってもらったり、手を借りる事は出来ないの? それこそ咲夜や輝夜とか……」
「咲夜も輝夜も能力の性質が違うし、女神咲夜はあくまで観測者だからな。あちらのルールを破らない限り静観するだけだ。私がやらないと駄目なんだ」
頭脳や妖力といった総合的な能力の高さだけで見るなら、私よりも紫や隠岐奈に軍配が上がる。それでも私がここまで来れたのは、偏に未来の知識を用いたからだ。それだけ時間移動能力がもたらす恩恵は大きい。
「それならせめて私にも何か出来ることは無い? 魔理沙だけに背負わせたくないわ」
「その気持ちだけで充分だよ、霊夢。言ってしまえばこれは私の自己満足だ。お前は未来の事なんか知らずに、自由に生きてほしい」
「でも……」
霊夢は明らかに納得していない顔で私を見つめてくる。困った、どうしたら霊夢を説得できるのか?
いや、そもそも本当に他に手は無いのだろうか。ここに霊夢が居る事を私は観測していないわけだし、もしかしたら何か新しい方法があるのかもしれない。
(――!)
その時、私に一つのアイデアが思い浮かぶ。さながら天啓が降りてきたかのような衝撃。
(――そうか! 私、私か! 霧雨魔理沙に任せればあるいは……)
かなり可能性は低いが、試してみる価値はある。
「……魔理沙?」
「霊夢、ありがとう。お前のおかげで一つだけ可能性が見えて来たぜ」
「えっ!?」
現在までの歴史を成立させた上で、時間の超越者であった事実を無かった事にする。前提から破綻している矛盾した条件なんてはなから考慮外だった。それに気づかせてくれた霊夢には感謝しかない。
「私は今から女神咲夜と交渉してくる。お前さえ良ければ一緒に来てくれないか?」
「待って! 何をするつもりなの?」
「簡単な話だ。これまでの歴史改変を未来の霧雨魔理沙にやらせるのさ」
「?」
「詳しい説明は時の回廊でやるぜ。さあ、私の手を掴んでくれ」
「分かったわ」
『魔理ちゃん。私も行ってもいい?』
「構わないが、ちゃんと秘密にできるか?」
『うん!』
「ならいいぜ」
霊夢とユリが私の手を掴んだ事を確認したところで、少し待ってから宣言する。
「現在時刻は西暦100溝年12月31日午後1時50分。博麗神社から時の回廊へタイムジャンプ!」
私を中心に空間の裂け目が発生し、時の回廊に向けて瞬間移動していった。
次回に続きます