11月2日。私は普段通り博麗神社に朝早く訪れる。今日は姉さんも一緒に来ていて、昨晩私と行った会話を霊夢とユリに伝えていた。
二人は驚きながらも、姉さんが宇宙の終わりまで生きる決意をしたことに喜んでいた。
それから修行が始まり、姉さんが茶々を入れながらも穏やかな時間が過ぎていく。
変化が訪れたのは時刻が午前11時10分になった時。水休憩を済ませた千絵が私に声を掛けてきた。
「ねえ、ちょっと話したいことがあるから一緒に来てくれないかしら」
「いいぜ」
「ん? どこか出かけるの?」
「すぐ戻ってくるわ」
千絵は霊夢達にそう告げて、静かに飛び立っていく。私も飛行魔法を使用して後を追っていく。やがて千絵は人里が見える場所まで移動したところで、近くにある小高い丘の上に降りていったので、私も彼女の隣に降りる。
「ここだと人里が良く見えるでしょう? 上白沢慧音が教えてくれたわ」
穏やかな秋晴れの空の下、人里では人々が思い思いの時間を過ごしており、千絵は柔和な笑みを浮かべながら眺めていた。
「いよいよ明日、元の時代に帰るのよね」
「そうだな」
「この時代はとても平和ね。博麗神社に奇襲を仕掛ける妖怪も居なければ、妖怪退治の依頼も全然来ないし、それどころか友好的な妖怪達が神社に集まってくるんですもの。拍子抜けしてしまったわ」
博麗神社というより、霊夢に会いに来た妖怪が殆どなのだが、敢えて指摘するのは野暮だろう。
「だけど、そんな時間も悪く無かったわ。妖怪の脅威に備える時間が無くなって、じっくりと修行が行えたし、不本意ながらも妖怪達の実情を知る事が出来た。人々を餌としか思っていない獣だと思っていたけれど、ただ種族が違うだけで、人間と同じように感情と心があるのね」
一概には言い切れないが、基本的に低級の妖怪は本能のままに行動しており、ある程度格が高い妖怪――少なくとも人型になれる妖怪は、幻想郷のルールを守り、比較的話が通じる場合が多い。
特に霊夢が弾幕ごっこを導入してから、人間に友好的な妖怪はかなり増えた。終末の幻想郷まで弾幕ごっこが残っている事を考えても、画期的な発明と言えるだろう。
「お前から見て霊夢はどう思った?」
「そうね。彼女の技を一通り見せてもらったけれど、霊力と才能は私以上だわ。それに加えて数々の“異変”を解決してきたそうじゃない。きっと歴史に名を残す最高の博麗の巫女だったのでしょうね」
「あぁ。霊夢は本当に凄い奴だよ」
霊夢が歴代最高の博麗の巫女であることに異論は無い。きっと他の妖怪も同じ意見を持っていることだろう。
思い返してみれば、私はずっと霊夢の背中を追いかけ続けてきた。時間の超越者になってようやく彼女の隣に立てたような気がする。
「だからこそ私の末裔が妖怪になってることにも、最初は失望したわ。だけどね、上白沢慧音を含む人里での好意的な評判と、霊夢を知る妖怪達の話を聞き、実際に霊夢と過ごしているうちに人々の味方として働いている事を理解したわ。事と次第によっては退治する事も考えていたけれど、今の彼女なら、“博麗”を名乗る事を認めるわ」
「やれやれおっかないな」
どうやら千絵は霊夢に好意的な印象を抱いたようだ。
「……私が進む道の先に、この世界があるのね」
眼下に広がる人里を見渡しながら、しみじみとつぶやく千絵。私は彼女の隣に立ち、秋風を感じながら静かに次の言葉を待った。
「ねえ魔理沙、未来を見せてくれてありがとう。もう私は迷わない。博麗の巫女としてこの世界を守るために頑張っていくわ」
「あぁ」
晴れやかな笑みを浮かべる千絵に、私は心から安堵する。半ば強引に連れてきた形にはなったが、彼女の迷いを晴らす手助けになれたのであれば何よりだ。
私が干渉しなくても、千絵は博麗の巫女としての職務を全うするので、結果だけ見れば何も変わらない。しかし、結果だけが全てでは無い。この1か月の経験は、彼女の人生に大きな影響を及ぼすことだろう。
「私が伝えたかった事はそれだけよ。さあ、帰りましょうか」
「待ってくれ」
飛び立とうとした千絵を呼び止める。
「なに?」
「私からも話があるんだ。いいか?」
「いいわよ?」
「実は昨日の事なんだが――」
私は昨日あった出来事を話す。
「――と、言う事があったんだ」
「ふ~ん。どうりで二人の様子がおかしいわけだわ」
「気づいていたのか?」
「流石に1ヵ月も一緒に居れば分かるわよ。で、私に何を求めているの?」
「霊夢が西暦100溝年まで生きる方法について、お前の意見を聞かせてくれないか?」
この件についてユリは千絵には関係ないと言っていたが、私は敢えて訊ねてみることにした。彼女は霊夢のご先祖様な訳だし、出会ったばかりの頃ならともかく、今の態度が柔らかくなった千絵なら答えてくれそうだからな。
「急に言われてもねぇ。まず妖怪に寿命なんてものが存在したことに驚きだわ」
「まあそうだよな」
「幻想郷の外の医療技術でどうにかならないの? 聞いた話だと、独逸の医療は最先端らしいわよ」
「外の世界の技術は駄目なんだ。なんて説明したらいいか……、人間と同じ大きさで、人間そっくりに造られた“鉄の人形”に自分の意識を移して、壊れた部位を金槌で修復することは出来るが、そこには魂が無いから意味がないんだ」
千絵の時代では“ロボット”という単語がまだ生まれていないので、何とも要領を得ない説明になってしまったが。
「なんとなく想像できたわ。272年も経つと、技術の進歩は凄まじいのね。う~ん、それならそうねぇ……」
千絵は少し考えてから口を開いた。
「日本には不老不死の伝承が残っているわ。有名所だと竹取物語や、八百比丘尼伝説があるわね。今挙げた伝承だけでも、その当事者が確か幻想郷にいたでしょ?」
「残念ながら、輝夜姫の従者には蓬莱の薬の使用を断られたし、人魚の肉には不老不死の効果は無いんだぜ」
昔実際に白蓮とわかさぎ姫本人から聞いたことがあるので間違いない。
「あら、そう」
「だが伝承を調べるのは有りだな。ありがとう」
外の世界では只の伝説でも、幻想郷なら真実になり得る。後で霊夢に伝えておくことにしよう。
「それにしても、あんたと霊夢は仲睦まじいわね。私も生涯を添い遂げる相手がいずれ出来るのかしら」
「安心しろ。お前にもいずれ女性の幸せが訪れる。霊夢の存在がその証拠だ」
千絵の時代では、女の幸せとは結婚して家庭を持つことだという価値観があるんだよな。今の時代ではとっくの昔に廃れてしまったが。
「そう……なるのかしら。時間移動って不思議だわ」
「ついでに訂正すると、私と霊夢はあくまで友達だ」
「そうなの?」
不思議そうに私を見つめる千絵。そういえば千絵の時代では、普通に同性愛の文化が残っているんだったか。
「霊夢がどう思ってるかは知らんが、少なくとも私は同性愛者じゃないぜ」
「あら、そう」
話を切り上げて博麗神社に戻ると、台所でユリと杏子が昼食を作っていた。居間では座卓と卓袱台が並び、その前に座った霊夢と姉さんが喋っていたが、私達に気づいて顔を上げる。
「あら、おかえりなさい」
「どんな話をしてたんだ?」
私と千絵は二人の正面に座りながら言った。
「明日帰るって話をしてたぜ。それとな、昨日の事を千絵にも話したんだ」
「そうなの?」
「霊夢。私はあんたの生き方を応援するわ。これから先、想像も出来ないくらい辛いこともあるでしょうけど、頑張りなさい」
「……まさかあんたからそんな言葉が飛び出すなんて思いもしなかったわ。ありがとう、頑張るわ」
それから昼食を摂った後、杏子と千絵は境内の隅で修行を再開し、霊夢とユリも指導の為に同行していった。