誤字報告いつもありがとうございます。
――西暦1885年4月12日午後1時15分――
――博麗神社――
時間移動はつつがなく終わり、光が収まると共に私は千絵から離れる。
桜の木が紅く色づき始めた賑やかな境内は、桃色の花が咲き誇る閑散とした境内に変化し、年季の入った築150年の博麗神社は新築に蘇る。肌寒い気温は和らぎ、境内の石畳はピカピカに磨き上げられていた。
「元の時間に帰って来たのね……。なんだか懐かしさを覚えるわ」
「215X年では1ヵ月滞在したが、ここではまだ5分しか経っていないぜ」
「つくづく時間移動とは不思議なものね」
千絵は博麗神社の玄関に向かって歩いていき、引き戸を開けたところで振り返った。
「ねえ、上がっていかない? お茶くらいなら出すわよ」
――その時、時間が引き延ばされていくような感覚が発生。私の脳内にメッセージが送られてきた。
【【――私だ。お前は今重大な歴史の分岐点に立っている。まずは選択を間違えた場合の最悪な未来予測を見て欲しい】】
なじみ深い声と共に、鮮明な映像が送られてくる――。
↓ ↓ ↓
――(仮想の歴史a【千絵と別れて元の時代に帰る】開始)――
――西暦215X年11月3日午後0時20分――
――魔法の森――
千絵を元の時代に送り届けた後、タイムジャンプした時間の5分後の自宅を指定してタイムジャンプしたのだが、そこには空き地が広がっていた。私の自宅があった場所には雑草が生い茂り、姉さんが集めてきた珍品の数々も無くなっている。まるで初めからここには何も存在しなかったようだ。
勿論私が自宅の場所を間違えるなんてことはありえない。魔法の森は私にとって庭みたいなものだからだ。
(ふむ、なるほど。そういうことか)
この歴史の結果を読んで理由を察した私は、自衛の為に身体能力を魔法で強化した後、身体の表面を時間の膜で覆い、更に肉体も時間の位相をずらす。こうすることで、外敵からの物理的・概念的な攻撃から身を守れる。危険な時空を探索する時に必須の技術だ。
私は改めて現状を確認するべくアリスの家に向かい、彼女との対話を試みようとしたが、それもまた失敗に終わる。アリスの家の立地は変わっていなかったが、自宅と庭を取り囲むように強力な魔法結界が張り巡らされていたからだ。私の目算では、弱い妖怪なら触れるだけで身体が消し飛ぶし、大妖怪であっても無傷では済まないだろう。
更に魔法結界を守る様に、百体以上のアリスの人形達が巡回している。今は草むらに隠れているものの、もし姿を見せようものなら一斉に攻撃してくるだろう。もしも無理に押し通ったら本気のアリスと殺し合いになるだろうし、これは諦めた方が良さそうだな。私は人形達に見つからないように、アリスの家から離れていった。
次に私は空に飛びあがり、人里に向かって飛んでいく。やがて遠目に見えて来たところで、魔力で視力を強化して、軽く観察してみる。
私が居た歴史では来るもの拒まずだった人里は、大昔に存在した環濠集落まで文明が逆行し、退魔師と槍や弓で武装した人々が至る所に配置されており、厳戒態勢が敷かれている。面積も元の歴史の半分以下に縮小し、人通りもまばらで目に見えて活気がない。慧音の寺子屋や稗田の屋敷も無くなっていたし、私の実家も別の民家になっている。妖怪の姿も全く見かけないし、どうやら知り合いは居なさそうだ。
私は高度を下げて人里の正門に続く林道に着地し、そこから人里へと歩いて向かっていく。しばらく悠々と歩いていたが、人里の正門が見えてきたところで足を止める。総勢20人の退魔師と武装した里人が正門前に集まっていて、私に対して殺意をみなぎらせており、これ以上近づくと攻撃されかねないからだ。
「お~い、中に入ってもいいか~?」
「ここは人間の里だ! 妖怪は消え失せろ!」
槍を構える門番の男の答えを皮切りに、櫓の上にいた弓隊が矢を放ってきたので、私は大人しく引き返すことにする。千絵の時代より警備が厳重になってるな。
(次は博麗神社に向かうか)
私は再び空に舞い上がり、博麗神社に向かって飛んでいくと、見覚えのある妖怪封じの結界が張り巡らされていた。初めて見たのはいつの歴史だったか。確か西暦215X年9月18日で、白玉楼で人間のまま亡くなった幽霊の咲夜にレミリアの手紙を渡した時の歴史だったな。最早懐かしささえ覚えてしまう。
あの時は鳥居から中に入ったはいいものの、結界内では魔法が使えなくて、杏子に危うく退治されそうになったんだよな。しかし今の私なら結界の影響は受けないだろう。
私は頂上付近の石段に降り立ち、そこから石段を登って鳥居をくぐって結界内に侵入する。次の瞬間、陰陽球が飛んできたものの、身体に当たることなく通過していく。博麗神社の本殿の前には、幣を片手に私を睨みつける杏子が立っていた。
「なっ……! 妖怪が博麗神社に何の用だ?」
少なからず動揺している様子の杏子に、私はいつもの調子で話しかける。
「よう、杏子。私は霧雨魔理沙だ。覚えていないか?」
「何故私の名を? 貴様とは初対面だが」
まあこの反応は当然だ。あの時の歴史とは似て非なるものだからな。この間にも博麗の札が飛んできたが、やはり私には当たらない。
「くっ、結界が効いてないのか……!」
「別に私はお前を脅かすつもりはない。ちょっと聞きたいことがあるんだ 博麗霊夢という名前に聞き覚えは有るか?」
「博麗? 私には親族はいない!」
「そうか。邪魔したな」
「あっ、待ちなさい!」
私は彼女に背中を向けると、鳥居を抜けて結界の外へと脱出する。幸いなことに追撃されることは無かったので一安心だ。
(折角だから他の場所も見てみようかな)
それから私は幻想郷の各地を回っていく。
紅魔館では門で見張りをしている美鈴に私が話しかけようとした途端、強烈な蹴りが飛んできたので退散する。
続いて迷いの竹林を抜けて永遠亭を目指すものの、何故か辿り着くことが出来なかったし、妖怪の山は白狼天狗の巡回が強化されており、取り付く島もなかった。
旧地獄、天界、彼岸、畜生界、魔界、冥界、地獄等、いわゆる“異界”に繋がる入り口も消えてしまっている。この歴史では妖怪同士の横の繋がりさえも消えた非常に閉鎖的な世界だと言えよう。
一通り見た私は魔法の森の自宅があった土地に戻り、そこに座り込んだ。
(やっぱりこの幻想郷は寂しいな)
さてここで種明かしをしよう。結論から言うと現在の歴史は、弾幕ごっこが存在しない幻想郷になっている。理由は色々あるが、大元の原因を辿ると、千絵が西暦215X年の幻想郷に来たことだ。
彼女が私の時代で約1か月過ごしたことで、元の歴史よりも強くなり、妖怪を退治する数と速度が飛躍的に上昇した。更に妖怪への敵対心が薄れた事で博麗の巫女制度に賛成派の妖怪との融和が進み、慧音のような人間の味方となる妖怪との関係が改善されていった。
それに脅威を感じたのは博麗の巫女制度に反対派の妖怪達だ。彼らは密かに結託して、西暦1885年4月29日の午前1時に博麗神社を急襲する事件――百鬼夜行事件を起こし、不意を突かれた千絵は敗北を喫してしまう。現代では考えられない事だが、それだけこの時期の幻想郷は群雄割拠の厳しい環境と言えよう。紫は急遽代役の博麗の巫女を立てて、どうにか幻想郷を維持したものの、問題となるのは千絵の死だ。
彼女が急死してしまったことで、退治される筈だった妖怪が生き残り、パワーバランスが大きく傾いた結果、人間の勢力圏は縮小を余儀なくされている。殉職する陰陽師・退魔師や博麗の巫女も多く、人間にとってはかなり生きづらい世界だ。
そして何よりも致命的なのが、千絵が子孫を残すことが出来なかった為、霊夢が誕生しなくなってしまった事だ。彼女は稀代の天才で、異変解決のスペシャリストであり、“弾幕ごっこ”を考案した偉大な功績がある。
もし、弾幕ごっこ成立以降に幻想郷で発生した“異変”が、“弾幕ごっこ”というルール無しで起きたらどうなるのか? 結果は、先ほど出会った杏子が第130代目の博麗の巫女――元の歴史では14代目だ――である事と、人里の物々しい警備が物語っている。
この歴史では人間と妖怪の対立と分断が進み、幻想郷の賢者達や博麗の巫女が何とか取りなしているが、いつ戦争が起きてもおかしくない状況だ。
ちなみにこの歴史の私も、アリスやパチュリーといった魔法使いと知り合う事も無く、実家を飛び出してすぐにひっそりと死んでしまったからな。跡継ぎを失った私の実家は父の死と共に廃業し、霧雨の血族も途絶えてしまっている。
紫は寝る間も惜しんで幻想郷の維持に苦心しているが、無理が祟って本来の歴史では起きえなかった死が訪れてしまうし、そこまで頑張っても改変前の歴史をなぞるように幻想郷は滅亡する。全てが最悪な方向に転がっているな。
幻想郷には霊夢が必要不可欠であり、私個人の思いとしても、霊夢が誕生しない歴史の時点で何の価値もない。IFの歴史だと分かっているからこそ、心の安寧を保てている訳だしな。
私の歴史改変が完全に裏目に出た結果だが、まだ現実のものとはなっていないのが救いだ。当然ながら“改変前の歴史の記憶”を持つ妖怪は存在しない。そろそろ戻るとしようか。
――(仮想の歴史終了)――
【【今の映像は見たな? あの歴史を回避するには、ここで千絵と別れてはならず、17日後の西暦1885年4月29日の午前1時に博麗神社で発生する百鬼夜行に勝利できるようにサポートしろ。さもなくば霊夢が誕生しなくなり、幻想郷が滅びるぞ。】】
【【百鬼夜行には現代まで生き残っている妖怪――即ち私や霊夢の知り合いの妖怪は一切参加しておらず、改変前・後の歴史においても西暦200X年までに博麗の巫女や人里の陰陽師・退魔師に退治される運命にある妖怪なので、遠慮は要らない】】
【【ここさえ乗り切ってしまえば、博麗の巫女反対派の妖怪の勢力が衰える為、私が関与せずとも千絵は天寿を全う出来る。今回は私自身が起こした歴史改変だから、百鬼夜行の発生を忠告しても問題ない。検討を祈るぜ。】】
ここで未来の私からのメッセージは途切れた。このタイミングで未来の情報が送られてくる事は事前に知ってはいたが、現在の私の主観では初めての体験なので、少し不思議な感覚だ。
(細かい手順が指定されていないという事は、ある程度自由に行動してもいいという事か。なら私が助太刀に入らなくても忠告だけで良さそうだな)
状況によっては、秒単位で特定の行動をしなければ歴史改変が成功しない場合もあるので、今回は充分な猶予があると言える。千絵の実力なら不意を突かれなければ負けない筈だからな。
……それにしても、千絵も霊夢も不意打ちで死亡する歴史があったなんて、何とも因果な話だな。
「……ちょっと、私の話を聞いてる?」
千絵の声で意識が現実に戻る。彼女はいつの間にか私の前に立っていて、怪訝そうな顔で睨んでいる。
「急にぼうっとして、どうかしたの?」
「――ああ、すまんすまん。せっかくだからお邪魔させてもらうぜ。ちょうど話したいこともあるしな」
そう答えて私は千絵の後に続いて神社に上がり込む。さて、ここからが正念場だな。