千絵は私を居間に通した後、荷物を置いてからお茶を淹れてくるわと言い残して私室に向かっていった。
私は部屋の中を眺めてみる。間取りは西暦215X年と全く変わってないので、入口の反対側の障子を開けると、無人の境内と縁側が広がっている。私の時代から見ると古さを感じるが、卓袱台、タンス、柱時計もこの頃からあるようだ。
卓袱台の前に座り、しばらく待っていると千絵が台所から二人分の湯呑を持ってやってきた。私は礼を述べて、お茶を口に含む。うん。いつの時代もお茶の味は変わらないな。千絵もお茶を味わい、笑みがこぼれている。霊夢のご先祖様なだけはあるな。
「さて、千絵。早速だがお前に話しておきたいことがある。構わないか?」
「改まって何よ?」
「結論から言うとな、今から17日後の西暦1885年4月29日の午前1時にお前が死ぬ未来が見えた」
死亡宣告を聞いた千絵は湯呑を卓袱台に置き、深刻な表情で問い返す。
「……冗談って訳じゃなさそうね。死因は?」
「百鬼夜行事件だ。お前を憎む百匹の妖怪達が結託してここを襲撃してな、不意を突かれたお前は碌に抵抗も出来ずに敗北したんだ」
事のあらましを簡単に説明すると、千絵は眉間に皺を寄せながら口を開く。
「――つまり、修行して力を付けた私が多くの妖怪を退治したことで恨みを買い、妖怪の団結を招いたという訳ね。しかもわざわざ満月の日を狙って来るなんて、かなり計画的じゃない。どうやらかなり知能が高い妖怪が参加しているようね」
狼や吸血鬼に限らず、大抵の妖怪は満月の日に力が増加する。なのでこの時代では月齢を気にしている人が多い。
「でも私は妖怪退治を控えるつもりは無いわよ? 妖怪の脅威に晒されている人達を見捨てるわけにはいかないわ」
「分かっている。私の見立てでは百鬼夜行が発生した時間にきちんと迎え撃つ態勢が出来ていれば、お前が遅れを取ることは無い」
本気の幽香とある程度戦える時点で、千絵の実力は折り紙付きだ。
「そう。でも知ったからには黙っているわけにはいかないわ。魔理沙、百鬼夜行を起こす妖怪の人数と名前と現在地を教えなさい。今から全員退治してやるわ」
「そのことなんだが千絵。ここは敢えて百鬼夜行が起きてから退治する方法を取ってくれないか?」
「……どういうつもり?」
刺すような目つきで睨みつけてくる千絵に、私は説明を開始する。
「理由は二つある。仮に私が幻想郷中に散らばっている妖怪の居場所を教えて各個撃破していったとしても、全員倒しきる前に逃げられてしまう。そうなった場合、彼らの行動が変化する。複雑な未来予測が必要で現時点ではまだ絞り切れないが、特に可能性が高いのは、人里の襲撃と、規模と時刻を変えた百鬼夜行の発生だ。いずれにしても歴史改変の効力が薄く、広範囲に被害が及ぶ。それよりかはお前が囮となって、妖怪達を引き付けた方がマシだ」
「二つ目の理由は?」
「お前の実力の顕示だ。百鬼夜行を解決したとなれば、幻想郷中にその功績が広まって、結果的に妖怪達への抑止力になる。しばらくの間妖怪に襲われる人々が減るし、後代の博麗の巫女が命を狙われる確率だって下がるんだ。長い目で見ると、百鬼夜行を未然に防ぐよりも多くの人々が救われることになる」
この時代は博麗の巫女制度が確立されたばかりで、妖怪達からは軽んじられ、人々からも――勿論頼りにはしているが――実力を疑問視する声が多い。史実では時間をかけて実力と信頼を築き上げていったが、今回はそれを短期間で証明するつもりだ。
「ふうん? でも、百鬼夜行が起きるまでの間、妖怪達は自由に行動する訳よね?」
「あぁ。だから人々に被害が出ないように、お前には一層頑張ってもらいたい」
「……百鬼夜行の夜は、人里にも妖怪の大群が来るのかしら?」
「いや、この事件はあくまでお前を狙って起きるものだ。その時お前がここにいれば、人里に被害は無いぜ」
私は更に言葉を続ける。
「お前が百鬼夜行で死んでしまうとな、未来で霊夢も生まれなくなるし、幻想郷も滅んでしまう。だから私は西暦1885年の4月29日までこの時代に滞在して、お前に全面的に協力する。百鬼夜行さえお前が上手く乗り切る事が出来れば、今後の人生で何かしらの問題が発生してもお前の実力なら問題なく解決できる筈だ」
「本当に全面的に協力するのよね?」
「二言は無いぜ」
千絵の目を見ながらはっきりと頷くと、彼女はしばらく考え込んでから口を開いた。
「……分かったわ。あんたの提案に乗ってあげる。早速だけど、百鬼夜行が起きるまでに、妖怪に襲われる人の名前・場所・時刻を前もって教えなさい。死傷者を0にするのよ」
「お安い御用だぜ」
ここで死傷者がなくなることで、将来的に人里の人口が増えるが、霊夢の生存と幻想郷の存続という観点から見ると、些細な誤差に過ぎないので問題は無い。乱暴な言い方にはなるが、霊夢という主演と、私・阿求・小鈴のような、霊夢の人生や後々の異変に大きく関わる助演の出生に関わらなければ、どれだけ端役が増えても構わない。
私個人の感情としても、死亡者が減るに越したことはないからな。
「まず今日襲われる人は3人だ。名前は斎藤梅、高橋福吉、佐藤清。時刻は順に午後3時12分、午後5時19分、午後5時33分だ。場所については口頭で説明するのが難しいから私が直接案内するぜ」
何故妖怪に襲われる危険性を負ってまで人里の外に出るのか疑問を覚えるかもしれないが、彼らは生活のために外出する場合が多い。
今回の場合、斎藤梅は薬の材料となる薬草の採取で、高橋福吉は木こりとしての仕事、佐藤清は家計を助けるために食用植物の採取をしていたという動機が存在する。
そして妖怪に襲われる人間の大多数は、人里から離れた人気のない場所で被害にあっている。当然そういった場所は目印が無い事が多く、座標点や人里からの方角・里数で現しても伝わるとは限らない。それなら私が道案内した方が効率が良い。
「梅お婆さんが襲われるなんて……。時間は……まだ余裕がありそうね」
千絵は柱時計をチラ見する。現在時刻は午後1時13分。この時代では最新式の時計で、現代まで使われているグレゴリオ暦で表示されている。
「注意点を二つ伝えておくぜ。まず被害者が妖怪に襲われる事実を無かった事にするのではなく、“被害者が襲われても無傷だった”という方法でやってもらいたい」
「どう違うの?」
「前者については、例えば被害者に事前に外出しないように伝える事で、妖怪に襲われる結果を消す方法だ。一方後者は被害者が妖怪に襲われる場所にお前が先回りして、妖怪が襲ってきた時に退治する方法だ」
「未来の知識がある前提で考えると、後者はまるで茶番ね。なんで前者は駄目なの?」
「お前が被害を防いでる事に気づく人はいないし、何よりお前が妖怪を退治する数が減って、百鬼夜行が起きなくなるんだ」
「なるほどね。分かったわ」
「次に私が道案内をする時だが、私の姿がこの時代の人間や妖怪にばれてしまうとまずいので、姿を消して案内するぜ」
私はマジックボックスに入った光学迷彩装置を取り出す。手のひらサイズに収まる、小さなボールのような形をしていて、これを少し強めに握ると私の姿が周囲の風景に溶け込む。
「どうだ?」
「……驚いたわね。まるで霧のように消えたわ。でも姿が見えなくてもあんたがそこに居る事は分かるわね」
「お前に意識されるように、敢えて気配を放っているからな」
とはいえ、本当に気配を絶っても千絵みたいに察知力が高い人には気づかれることがあるので完ぺきではないのだが。
私は光学迷彩を解除して、マジックボックスに片付ける。
「注意点は以上だ。明日以降の被害者については、その日になってから伝えるぜ」
「分かったわ。さっきの話に戻るけど、百鬼夜行についてもっと詳しい話を聞かせなさい」
「ああ」
私は百鬼夜行に参加する妖怪の姿・人数・能力について詳らかに語っていく。幸いな事に一部の妖怪を除いて、大半の妖怪は私や霊夢の知人・友人が持つ、『~する程度の能力』とつく大それた力は無く、有象無象の雑魚に過ぎない。
能力を持つその一部の妖怪も、『群れを率いる程度の能力』『火を噴く程度の能力』と、理不尽な能力では無いので、千絵の実力なら問題は無いだろう。
とはいえ人間よりも身体能力が有るので、油断は禁物ではあるが。
「一匹一匹の妖怪自体は大した強さじゃないみたいだけど、問題は数ね。援軍を頼みたいところだけど……」
「いや、それは止めておいた方がいい」
「なんでよ?」
「人里の陰陽師や退魔師を呼んだ場合、お前は多少楽が出来るが、最低でも参加者の半分が死亡する。そうなると、人里の防衛力が下がり、結果として妖怪に襲われる人間が増加する」
「それが事実なら、確かにやめておいた方がいいけど……百体の妖怪を退治するのは骨が折れそうだわ」
「心配ない。お前が考えている封印結界の発展形を完成させれば瞬殺だからな」
「まだ形にさえなっていないのに、簡単に言ってくれるわね。それとも私が望んだら答えを明かしてくれるのかしら?」
「勿論だ。私としてもその方が望ましいからな」
「!」
私の答えを予想していなかったのか、千絵は目を丸くしている。
「とはいえ私も無理強いするつもりはない。あくまで決めるのはお前だ。どうする?」
「そんなの迷うまでも無いわ。教えてちょうだい」
「分かったぜ。だが私は封印結界を使えないから、未来のお前が遺した“コツ”を伝えるぜ。『敵の周囲を結界で閉じ込めるのではなく、自分と結界を世界と一体化し、解放したまま閉じ込める』とのことだ」
「解放したまま閉じ込める……」
千絵は私の言葉を反芻する。
「歴代の博麗の巫女で真の封印結界を習得できたのは、お前と霊夢だけだった。そのくらい難しい奥義みたいだな」
「!! 閃いたわ!」
突然立ち上がった千絵は、近くに置いてあったお祓い棒を掴んで玄関に向かって駆けていき、その後境内に姿を現す。私は縁側に座ったまま、彼女を観察する事にした。
千絵はお祓い棒を掲げたまま、目を閉じる。集中する彼女を中心に天と地から霊力が集まり、膨大な力が蓄えられていく。すぐに危険を察した私は、身体の表面を時間の膜で覆い、更に肉体も時間の位相をずらす。
やがて噴火寸前の火山のように霊力をため込んだ千絵は、目を見開きながらお祓い棒を振り下ろす。
「封印結界!」
彼女から膨大な霊力が放出され、博麗神社のみならず、この山全体を覆う巨大な結界が出現した。風は止み、日差しの暖かさは消えて、静寂が辺りを支配する。
「ふぅ、こんなものかしら」
「流石だな」
私は拍手を送る。まさか一発でモノにするとは。やはり彼女は天才だな。
しかし千絵はこっちに歩いてくると、私を見て不満そうに言った。
「効力を弱めているとはいえ、あんたは何ともなさそうね。本当に効果が出てるのかしら?」
この結界内では全ての妖怪が力を封じられて動けなくなる。まさに封印結界が広範囲になった奥義だ。
「ちゃんと効果が出てるぜ。種明かしをすると、私が動けているのは私自身の時間をこの時間からずらしているからだ。今お前の目の前にいる私は、西暦1885年4月12日に存在しない」
それを証明するように、私は千絵に向かって手を伸ばし、彼女の身体をすり抜ける所を見せる。
どれだけ強力な技でも、咲夜のような時間操作系の能力者でもない限り、時間の壁を飛び越えて攻撃することは出来ない。時間を用いた防御策は、時間旅行者の特権だ。
「ふ~ん、時間移動ってそんな芸当も出来るのね」
「それよりもさっさと封印結界を解いてくれ。他の妖怪に気づかれるぞ」
「気づかれるとまずいの?」
「真の封印結界がばれたら、相手も警戒してくるだろ? 百鬼夜行当日まで隠して、相手に対策させる隙を与えずに倒した方がいいぜ」
この作戦を後世の言葉で表現するなら、“初見殺し”が一番適切だろう。
「なるほど。悪くない案ね」
千絵の封印結界の解除を確認したところで、私も“時間のずれ”を解除する。
「……はぁ、この技結構疲れるわね。霊力操作の精度の甘さが課題点ね」
「おいおい、これから妖怪退治が控えているんだぞ。大丈夫か?」
「少し休憩すれば問題無いわ」
千絵は縁側から居間に上がり込み、残ったお茶を飲み干した。彼女に気を利かせて、私が急須に残ったお茶を暖めて――八卦炉の火力の調整はお手の物だ――淹れなおすと、彼女は喜んでいた。
そうして十分に休息を入れた後、時間が近づいてきたので千絵は支度を始める。と言ってもお祓い棒に陰陽球、博麗の札と後世の博麗の巫女と装備は変わらない。
「よし、行くぜ」
「ええ」
一人目の被害者を助けるべく、私と千絵は北の方角に飛び立っていった。