「よし! それじゃ紫が残したデータを見てみるか」
私は手に持っているメモリースティックのボタンを短く2回押す。
すると、先程のように再び透過ディスプレイが浮かび上がり、そこに文字や写真や数値等のデータが規則正しく羅列された。
試しにその画面を触って動かしてみると、その方向にページがスクロールされていき、そこにも同じような情報がズラリと並べられていた。
私はそれに目を通していく。
「うーん……これはまた中々骨が折れそうだな」
紫の遺したデータは、パチュリーの大図書館に収められている魔導書のように英語や魔界言語で記されているわけではなく、きちんとした日本語で書かれているので、別に未知の言語という訳ではない。
これには柳研究所に勤める構成員の氏名や顔写真、セキリュティーの厳しさ、兵力、妖怪にとって注意しなければならない兵器といった内容が記されているのだが……、データを読む限り、ここは本当に研究施設なのかと疑ってしまうくらい警備が厳重だからだ。
汎用人型兵器、無人航空機、戦車などの様々な現代兵器に加えて、そのどれもが非常識的な存在を無力化する細工が施されており、私の天敵となるアンチマジック装置も多く配備されていた。
これはもはや一種の要塞と言っても過言ではない。
「どうしたもんかな……」
というかよくよく考えてみれば、幻想郷を壊滅させてしまうような組織を私と妹紅の二人だけで潰すのは不可能だ。
幻想郷には私や妹紅以上の実力者がごまんといるのに、そんな彼女達ですら彼らに倒されてしまったのだから。
「ねえ一つ思った事があるんだけど、言ってもいい?」
私が考え込んでいた時、横で同じデータを覗き込んでいた妹紅が口を開いた。
「何か気づいた事があるのか?」
「これってさ280X年時点のデータな訳じゃん? ならもっと昔の、それこそこの研究所が出来たばかりの黎明期に襲撃すれば楽に済むと思うんだけど」
「その手があったか!」
それは私にとって目から鱗が落ちるような名案だった。
早速妹紅の言葉に従い、研究所の歴史部分を重点的に探していく。
「研究所が出来た日付はどこだ~…………お、ここか?」
やがてそれが記されている項目を見つけた私は、その箇所を注視する。
「なるほど、この研究所は西暦250X年5月27日に創設されたのか」
その日付は、ちょうど紫が幻想郷に出来た見えない程度の小さな結界の解れを直した日付だった。
果たしてこれは偶然なのだろうか。
「西暦250X年5月27日かあ、その時って私何してたかなあ……」
「まあ何はともあれ行先は決まったな。よし、早速この時代に――!」
と、ここで私は先程の出来事を思い出す。
「――ってそうじゃん! 魔法が使えないんだよ! どうしよう!」
「まあさっき紫が話してた通り、魔法とか妖術とか陰陽術といった〝幻想″はこの世から消え去ってしまったからねぇ。こうなっていてもしょうがないでしょ」
「そんな呑気な事言ってる場合じゃないぞ! 時間移動出来なかったら私は……!」
私はこの未来を変えることも、元の時代に帰る事も出来なくなってしまう。
緊急事態、絶体絶命、四面楚歌、そんなネガティブな言葉ばかりが思い浮かぶ。
そんな私に、妹紅は優しい声でこう言った。
「まあ待って。まだ諦めるのは早いよ魔理沙」
「え?」
「実はね、この時代にもまだ博麗神社があるんだ。そこにいけばもしかしたら何とかなるかもしれない」
「!」
「案内するから付いて来て!」
「おう!」
そうして走り出した妹紅の後に、私も続いて行った。
「――あれ、そういえば妹紅ってさっき妖術を使っていなかったか?」
確か妹紅は生き返った時や、警察官をビビらせていた時に使っていた。
「私が蓬莱の薬を飲んだ時代ってさ、博麗大結界なんかなくてもちょっと町の外に出れば普通に妖怪がいたんだ。蓬莱の薬は飲んだ瞬間に魂が固定される。だからどんなに世界が変わろうと私は私で在り続けるのさ」
「あーなるほどね」
妹紅が生まれた時代は確か飛鳥時代だと聞いたことがある。
幻想が溢れた時代に生まれた人間だからこそ、今でも妖術が使えるのだろう。
私はそう納得し、目的地に向かって走り続けて行った。