町中を歩いていくことおよそ10分、隣を行く妹紅は歩道の途中で立ち止まった。
「着いた着いた。ここだよ」
「えっここ?」
案内された場所は、つい先程私が空から落ちてきた現場だった。
ざっと辺りを見渡してみても、鉄筋コンクリート造りの高層ビルや舗装された道路を行き来する自動車、何かの端末を持ちながら歩道を往来する歩行者しか見えない。
私がよく知る博麗神社の、いわゆる神社建築様式の建物なんて影も形もなく、もちろんここに来るまでの道のりの中にもそんなものは見当たらなかった。
「どこにもないじゃん」
「博麗神社はこのビルの屋上にあるんだ」
「ええっ!?」
指さした先にある建物は、私が落ちる寸前に妹紅が出て来たビルだった。
ガラス扉の入り口付近には【博麗ビル】と建て書きが記されており、それがこのビルの名前なのだと理解出来る。
博麗ビルの外観は、この町ではよく見かける灰色で無個性なデザインで、天まで届きそうなくらい――というか、屋根が見えないくらい超高いビルだった。
しかしよくよく見てみれば、周りに建っているビルもこの博麗ビルと同等以上の高いビルばかりなので、もしかしたらこの時代では普通なのかもしれない。
「さあ、行くぞ。入るなら警察の連中がいない今の内だ」
確かにその言葉通り、博麗ビルの前は歩行者はあれど警察官の姿はなかった。
「勝手に入っても大丈夫なのか?」
「ここのオーナーとは知り合いなんだ。『いつでも来ていいよ』って言われてるから問題ないよ」
そして私と妹紅は博麗ビルの中に入って行った。
博麗ビルに入ってすぐのエントランスホールは、壁や床、天井に至るまで顔がぼんやりと映り込むくらい磨き上げられていた。
全面ガラス張りの入り口からは、太陽の光が差し込み、無色感をより際立たせている。
正面には、黒く塗りつぶされた鋼鉄製の扉が5つ並べられているだけで、他に通路らしきものは一切ない。
その扉の横には、それぞれ上矢印と下矢印を模した透明なボタンが壁に埋め込まれ、扉の上には黒い帯に透明な数字が刻まれていた。
私はそれに近づき、扉の一つを思いっきり引っ張ったり叩いたりしてみたけれど、まるで石のように固くて動かすことが出来ない。
「なんだこれ、この扉全然開かないぞ?」
「これはエレベーターって言ってな、人や荷物が高い所や低い所に移動する時に使う機械仕掛けの乗り物なんだ。そこのボタンを押すと作動するよ」
「ふーん、こんなもの使わないと移動出来ないなんて不便なんだな」
「はは、まあこれもこれで便利なものだよ」
そう言いながら、妹紅は上矢印模様の透明なボタンを押す。
すると、簡素な電子音と共に目の前のドアが開く。
「来た来た」
私は妹紅の後に続いてその中に入って行く。
そこは黒い壁に囲まれた密室となっていて、5、6人も乗ればすし詰め状態になりそうな程に狭く、天井からぼんやりと照らし出される灯りがその閉塞感を強めていた。
妹紅は入り口のドア付近に埋め込まれた黒い画面をポチポチと操作する。
すると、扉がすっとしまった後小さなモーター音と共に体が浮き上がる感覚が生じた。
扉の上に設置された黒いモニターの数字が、上矢印と共に一つずつカウントアップされていくことから、私達は上階に向けて昇って行っているのだろう。
妹紅はモニターを見上げながら呟く。
「行先はこのビルの150階にある展望台さ。そこに博麗神社が建っているんだ」
「150階って、なんだよそれ!?」
「しかもこのビル、高さは570mなんだって。信じられないよね」
「はぁ~ため息しか出ないな」
私の自宅は2階までしかないし、紅魔館だって3階までしかない。
随分と高い建物だなとは思っていたが、まさかこれほどまでとは思いもしなかった。
別に幻想郷を貶す訳ではないが、外の世界は発展具合が桁違いすぎて、何だか最近は驚きっぱなしだ。
「妹紅は随分と外の世界に詳しいんだな」
「幻想郷が壊れて200年、ずっと外の世界で暮らしてきたからね。そんだけの歳月があれば嫌でも詳しくなっちゃうのさ」
そして妹紅は続けてこう言った。
「……私はね魔理沙に感謝してるんだ」
「え?」
「850年前のあの日、やさぐれていた私を優しく諭してくれたからこそ、今の私があると言っても過言じゃないよ」
「え、ちょっと待って、本当になんのことだ?」
850年前という時点で、この世界にいた元々の霧雨魔理沙ではなく、私の事を言っているのだと分かる。
だけど、全く身に覚えのない事でいきなり感謝されても、戸惑うばかりだ。
「え? いやだって――」
そう言いかけた時「――あっ! なるほど、そういうことね。魔理沙、悪いが今の言葉は忘れてくれ」
「ええー? なんだよ、気になるじゃんか?」
「いや、本当に何でもないんだ」
思わせぶりな言葉が気になるけれど、妹紅は自分で勝手に納得してそれっきり口を閉じてしまった。
やがてモニターにカウントアップされていく数字が150になった頃、再び簡素な電子音と共にエレベーターの扉が開いた。