「さあ、着いたな」
「うわあ……!」
エレベーターの外に出た私は、その光景に驚いた。
柵で囲まれ、透明な八角形の膜のようなものに覆われたビルの屋上。
目の前には赤色の鳥居、奥には扁額に博麗神社と記された神社の拝殿。1000年前、私が人間だった頃となんら変わらない姿でそこに建っていた。
「博麗神社だっ!」
その興奮と同時に、博麗の神社の周囲にそびえ立つ高層ビル群の無機質な街並みが、私を現実に呼び戻す。
しかしそれでも、変わり果てた世界において幻想郷の面影が残っている事実に、胸の奥でこみ上げてくるものがあった。
奥に目をやると、拝殿に向かって手を合わせるスーツ姿の老人が佇んでいた。
妹紅と共にその老人に近づいていくと、私達の気配を感じ取ったのか、参拝を止めゆっくりと振り返る。
彼はポケットに手を突っ込んだまま立っている妹紅の姿を見ると、柔和な笑みを浮かべた。
「おやおや、妹紅ちゃんじゃないか。今日も来てくれたのかい?」
「こんにちはお爺さん。今日は友達と一緒にお参りに来たんだ」
「どうも、霧雨魔理沙です」
その場の空気を読み、いつものように馴れ馴れしくせずに軽く会釈する。
「これはこれは。儂はこのビルのオーナーを務める佐藤という者じゃ。今時の若者にしては珍しく信心深いのう。感心な事じゃ」
嬉しそうに頷くお爺さん。
私と妹紅は少女の姿のまま不老長寿・不老不死になったので、実際の見た目よりも遥かに長生きしている。
このお爺さんよりも実は私と妹紅の方が年上だと思うけれど、今それを口にするのは野暮な事だ。
「……遥か昔、ここには幻想郷という国が在ってな、そこには神様が住まわれていたのじゃ。しかし嘆かわしい事に、科学の発展と共に人々は神様を忘れてしまったのじゃよ」
「政府はやれ娯楽緩和政策とか、自然融和政策とか打ち出しているようじゃが、ご先祖様たちはそんな事をせずとも日々の感謝を忘れずに生きて来た」
「しかし今やもう、人々は心の安寧さえも失い、社会の歯車になってしまっておる。まるで死ぬ為に生きているようじゃ。全く、何のためにこの世に生を受けたのか分かりやしない」
憂いた表情で語るお爺さん言葉の意味はところどころ分からなかったけれど、この世の中について嘆いていることだけは、はっきりと分かった。
私達が微妙な表情をしている事に気づいたのか、老人は愚痴を止めた。
「……っと、いきなり長話をしてすまないねぇ。お嬢ちゃん達には何の関係もないことなのに」
「いえ……」
私達はまさにその幻想郷を取り戻そうと頑張っているので、あまり関係がないとも言い切れない。
「儂はそろそろ行くよ。妹紅ちゃん魔理沙ちゃん、好きなだけゆっくりしていきなさい」
そう言い残し、老人はエレベーターに乗って下に降りて行った。
「……驚いたな、まだ幻想郷を知っている人間がいるなんて」
「柳研究所によって一度は破壊され尽くしたこの神社を再建させたのも、あのお爺さんなんだってさ。なんでも、祖父が幻想郷に住んでいたとか」
「へぇ」
「中でも材料となる木材を集めるのが非常に大変だったみたいでさ、このビルのおよそ1.5倍の建築費が掛かったんだって」
「えぇ? 信じられない」
私の感覚では、神社なんかよりも150階建ての超高層ビルの方が建築費が掛かってそうなもんなんだがな。
幻想郷では至る所に自生しているモノが外の世界ではそこまで貴重なものだったとは。
人間達が幻想郷に攻めて来た理由がよく分かった気がする。
「でもそれだけ手間がかかっても、あのお爺さんは神様を求めたってことなのかもしれないな」
たとえどれだけ科学が発展しようとも、神様に対する畏怖の念は誰しもが持つものなのかもしれない。
「さて、私もお参りをしようかな」
私は一歩前に出た後、軽く会釈をしてからポケットに入っていた5円玉を賽銭箱に投げ入れる。
そして屋根から釣り下げられた本坪鈴を鳴らし、祈りを捧げる。
(博麗の名もなき神様。どうか私に力を与えてください!)
幻想郷が崩壊してしまった今、もう神様は存在しないのかもしれない。
しかし神社というのは神様が住まわれる社なのだ。もしかしたらという気持ちが膨らんでいく。
そんな願いが通じたのか私の中で〝流れ″が変わり始めた。
「こっこれは――!」
「ど、どうしたんだ?」
突然大声を出した私に一瞬驚いた妹紅に私はこう答えた。
「凄い! 魔力が満たされていく……!」
例えるなら空っぽのバケツに水が注がれていくように、マナが体の隅々にまで行き渡るのを感じていた。
幻想が消えてしまった31世紀、もしかしたらこの場所が幻想が満ちる最後の砦なのかもしれない。
そしてバケツが満タンになったところで、私は妹紅の方を向いた。
「よっし、これで時間移動が出来そうだ! これも妹紅のおかげだよ、ありがとな!」
何度も言うが本当に妹紅には感謝の気持ちしかない。
私だけだったらあの高さから助からなかっただろうし、この場所に辿り着く事もなかっただろう。
「くすっ、それは良かった。私も一緒にいけるかな?」
「理論的には可能なはずだけど、実際に試した事がないから分からない。もしかしたら失敗しちゃうかもしれない。……それでも良いのなら」
私だけならば99.99%以上の確率で成功するのだが、私以外が一緒に跳ぶとなるとその意味合いは大きく変わってくる。
なので妹紅の質問に対して私は嘘偽りなく正直に答えた。
「なあに私は不老不死なんだ。失敗したって何とかなるでしょ」
「――ははっ、それもそうだな。うん、一緒に行こうか」
呆気らかんと言い放ったメンタルの強さに、私は自然と笑顔になっていた。