「跳ぶ時間は500年前の5月27日だっけか」
「うん。その日の午後4時5分に跳ぶつもりなんだ」
「なんでそんな夕方なの?」
「私がこの時間を指定して跳んだ時刻が午後4時だからな。色々とややこしくなるから、〝私″とかち合いたくないんだ」
「成程ね。時間移動する時って何か儀式とかやるのか?」
「いや、そんな大それたことはしないよ。タイムジャンプ魔法は私と私の周りごと転移するんだ。それは私の触れる範囲が広ければ広い程成功するようになってる」
何故このやり方にしているかといえば、まず一番の理由は範囲を自分だけにしてしまうと私の着てる服や所持品などが跳躍前の時間に置いていかれちゃうからで、人としても女としてもそれは絶対に許されないから。
さらにもう一つ、跳んだ先に人や物があっても、私を覆う空気の圧力でそれを押しのけて着地するという意味合いもある。
もしこれがないと、壁の中に体がはまってしまうような事態になりかねない。
空間座標を自由に指定出来ればこんな問題は起きないのだけれど、あいにくそこまで手が回らなかった。
「ふ~ん、よく分からないけど魔理沙の近くに行けばいいの?」
そう言いながら妹紅は私の目と鼻の先まで近づいて来たが。
「いやいや、もっとこんくらいやらないと」
私は手を伸ばし、妹紅にそっと抱き着く。
「なっ、いきなり何するんだよ!?」
彼女は驚きながら私を突き飛ばして距離を取った。
「でもこれが一番成功率の高いやり方なんだぜ? さっきも話した通り、私が触れる範囲が多いほど、時間移動の成功率が上がるんだ。失敗すると最悪どの時間にも所属できず永遠に時間の狭間をさまようはめになるぞ?」
「!」
「嫌かもしれないけど、少しの間だけ我慢してくれないだろうか」
「……はあ、そういうことならしょうがないな。いいよ」
妹紅は溜息を付きながら、腕をだらりと垂らした。
「それじゃ失礼して……」
私は一歩前に踏み出し、腕を妹紅の肩のあたりにまわすように抱き着いた。
ふわりとした花のような柔らかな香りと、彼女の温もりが身体全体に伝わり、私もなんだかふわふわと温かい気持ちになってくる。
今の私と妹紅は、お互いの肩の上に顔を乗っけるような形となっている。
「私の魔法が終わるまで目を閉じておいた方が良いぜ? 時間酔いするかもしれないからな」
時間移動の最中は、自分が立つ場所は変わらず視界だけが渦巻きのように360度回転するので物凄く酔ってしまう。
酔い止めの魔法を使えば我慢できないこともないけれど、そんな無駄なことに魔法を使いたくないし、見ていても全く面白い訳でもないので、目を閉じていた方がいい。
「分かった」
そして私は頭の中で算式と魔法式を構築して行き、タイムジャンプ魔法の準備に取り掛かる。
「それじゃ跳ぶぞ? 心の準備は良いか?」
「OKだ! どんとこい!」
覚悟を決めたような威勢の良い返事を聞き、私はタイムジャンプ魔法を発動させる。
「タイムジャンプ発動! 行先は西暦250X年5月27日午後4時5分!」
時間を指定したところで、足元から妹紅の体がギリギリ入るくらいの歯車模様の魔法陣が出現した。
ところがいつまで経っても魔法陣の歯車が回りだす気配がなく、一人で跳ぶ時には聞こえてこなかった時計の針が刻む音が聞こえ、その音はどんどんと遅くなっていく。
まるで魔法が止まっていくような現象に、私はすぐに当たりを付けた。
(これは……そうか! 妹紅が重いのか!)
誤解のないように言っておくと、この〝重い″の意味は体重的な意味ではない。
こうして抱き着いていれば分かることだが、妹紅は平均よりもちょい痩せくらいの体型なので、極端に重いと言う訳ではない。
私が言いたいのは〝魂″の重さだ。
蓬莱人は例え体が無くなってしまっても魂から復活する完全不滅の存在だ。文字通り魂の質が他の生物とは違うのかもしれない。
(まずいな……)
これは完全に私の失態だ。
現状、時間移動の遂行に大きな遅延が発生していて、このままではタイムジャンプ魔法が完全に完了する前に私の魔力が尽きてしまう。
でももうタイムジャンプを宣言してしまった以上、下手にキャンセルすれば何が起こるか分からないのでもはや後に引くことはできない。
「タイムアクセラレーション!」
私は咲夜が使っていた周りの時間を加速させる魔法を使用し、私の保有する魔力が尽きてしまう前にタイムジャンプ魔法を完全に発動させる、いわゆる〝発動時間″を大幅に短縮させる荒業を使う。
「お、おい。何だか別の魔法を使ったみたいだが大丈夫なのか?」
耳元から妹紅の不安そうな声が聞こえるがそれに答えている余裕はなかった。
「妹紅、スマンがもう少しくっつかせてもらうぞ!」
妹紅に一言詫びを入れた後、私は遠慮を止めて彼女にしがみつくように体を密着させ、時間移動に掛かるエネルギーのロスを減らしていく。
「ちょっ、え!?」
「マジックバースト!」
それに追加して、魔力が尽きて無くなってしまう前に自分の体力を削って魔力爆発を起こし、速度を加速させる。
その甲斐あって、錆びついたかのように硬い歯車は徐々に動き始め、油を注したように完全に軌道に乗っていった。
しかしその魔法の反動は大きく、一気に疲れが押し寄せ私の頭の中は真っ白になっていた。
(あ、意識が……ヤバイ)
妹紅を手放さないよう気を付けながらも、私の意識は暗闇に落ちて行った。
―――――――― side out ――――――――――――
黒く塗りつぶされた大地に、宵闇のような夜空。
そこには丸、三角、四角、菱形など様々な形の数え切れない無数の時計が浮遊していたが、その針は全て抜け落ちていた。
大地には不規則になぞられた白い細道が地平線の先から先まで伸び、その果ては留まるところを知らない。
そしてこの瞬間にもまた、大地には新たな白色線がなぞられていった。
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