魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

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第4話 紅魔館にて

 しばらくすると、眼下に紅魔館が見えて来たので、私はゆっくりと地上へと降りて行った。

 紅魔館は人里から離れた霧の湖のほとりにポツンと建っている大きな洋館だ。

 周りは高い煉瓦の壁で囲われており、正門には門番もいる警備が非常に厳重な館で、真っ赤な外装と屋根の天辺に建つ巨大な時計台が特徴的な建物だ。

 

「よし」

 

 綺麗に着地を決め、敷地内にいざ入ろうと歩を進めようとしたその時、門番に声を掛けられた。  

 

「あれ、魔理沙さんじゃないですか? 久しぶりですねー」

「悪いが悠長に話している暇はないんだ。そこを通してくれ」

「何故です?」

「……パチュリーに相談したい事があるんだ」

「へぇ、いつも有無を言わさずその八卦炉で私を吹き飛ばして強引に入っていくくせに珍しいですねぇ。どういう風の吹き回しですか?」

 

 皮肉めいた口調の門番に、私の心はズキリと痛む。

 確かに彼女の言う通り、いつもの私ならそうしていただろうが、今の私はなんというかもう心がグチャグチャで、とてもじゃないがそんな気分にはなれなかった。

 現にこうして立っているだけでも、震えが止まらず、涙がこぼれ落ちてきそうだ。

 

「それだけ大事な用事なんだ。頼む、入れてくれ」

 

 私は門番に向かって、頭を下げる。

 

「うわっ、魔理沙さんが頭を下げる所なんて初めて見ました。……そこまでするなんて、余程焦っているようですね。――分かりました! 通ってもいいですよ」

「悪い、恩に着るぜ」

 

 私はお礼を言いながら鉄格子の門を開き、中庭を抜けて館の玄関から中に入って行った。

 

 

 

「はあっはあっ……くそっ、この館は相変わらず広いな」

 

 そんな文句を垂れつつ、地下の大図書館に向かって廊下を全力疾走していた時、目の前にナイフを持った咲夜が忽然と現れ、私は急停止する。

 

「魔理沙、また勝手に入ってたのね! 全く、美鈴にも困ったものだわ」

 

 こめかみを押さえながら呟く咲夜に私は反論する。

 

「言っておくがな、今回の私はちゃんと正門から彼女の許可を貰って入って来たんだ。不法侵入してきたわけじゃないぜ」

「本当に? 信じられないわね」

「なんだったら直接彼女に聞いて来いよ。私は急いでるんだからこれで失礼するぜ!」

「あ、ちょっと!」

 

 呼び止める咲夜の声を無視して隣をすり抜け、その奥へと駆けだして行った。

 

 

 

 やがて図書館に通じる階段の元へと辿り着いた私は、そこを一気に駆け下りて、行き止まりにある両開きの扉を勢いよく開いた。

 

「パチュリーいるか!」

 

 突然の私の来訪に、奥のソファーで読書をしていた様子のパチュリーは、ビクっと驚いていた。

 

「魔理沙。急にどうしたの? 最近はおとなしくなったとアリスから聞いていたのだけれど」

「はあっはあっ。やっと追いついた~」

 

 さらに私に続いて息を切らしたアリスが図書館へとやってきた。

 

「ちょっと魔理沙、急にどうしたのよ。置いていかないでよー」

 

 しかし私はアリスの問いには答えず、パチュリーの正面にまで黙って歩いていく。

 

「なあパチュリー。お前に訊ねたいことがあるんだ。話を聞いてくれないか?」

 

 私の真剣な雰囲気を察したのか、パチュリーは本を閉じて、目線を合わせながら聞き返してきた。

 

「急に改まってどうしたのよ?」

「過去に戻る魔法――っていうのはないのか?」

「魔理沙あなた――!」

 

 今の一言で私の考えを読み取ったのか、アリスは驚きの声を上げており、パチュリーもまたアリスと同じ結論に至ったようで、目を細めていた。

 

「――ふ~ん、なるほどね。残念だけど、そんな都合のいい魔法はないわ」

「……そうか」

 

 何となくだけど、そんなもんだろうと薄々感じていたので、あまり衝撃は受けなかった。むしろ本題はここからになる。

 

「それじゃ質問を変えるぜ。時間移動に関する魔道書というのはこの図書館にあるのか?」

 

 私の質問にパチュリーは考え込む素振りを振る舞った後、少し間をおいてから答えた。

 

「幾つか候補はあるけれど、その前に一つ質問いいかしら?」

「なんだ?」

「時間移動に興味を持ったのは、やっぱり霊夢の事がきっかけなの?」

「ああ、そうだ」

 

 私はパチュリーの問いかけに力強く頷き、さらに言葉を続けていく。

 

「もしこの魔法が使えたのなら、あの日に戻って霊夢の死を回避するんだ。今まで塞ぎこんでいた私に見えた唯一の希望の光なんだ。――だから時間移動を私の研究対象にしたいんだ」

 

 切々と訴えかけた言葉を聞いたパチュリーは、再び考え込む様子を見せていた。その最中、傍にいたアリスが口を開く。

 

「時間といえば、咲夜なんか適任じゃないの? 彼女って確か【時間を操る程度の能力】を持ってたじゃない」

「あっ……!」

 

 そういえばアイツは確かそんな能力だったな。いかん、すっかりと忘れてしまっていた。

 

「咲夜の能力は過去に戻れるような能力じゃなかった筈だけれど、一応本人を呼んでみましょうか」

 

 パチュリーはゆっくりと立ち上がり、本が乱雑に置かれている机の上からベルを掴み、清涼な音を鳴らした。

 直後、パチュリーの前に咲夜が現れる。

 

「お呼びでしょうか、パチュリー様」

「貴女に訊ねたい事があるのよ。詳しい話は魔理沙から聞いてもらえるかしら」

「魔理沙が?」

 

 怪訝そうな顔で此方を向いた咲夜に、私は苦笑しながら話し掛ける。

 

「おいおいそんな顔しないでくれよ。実はな――」

 

 私はさっきパチュリーに話した事をそっくりそのまま話した。

 

「なる、ほどね。つまり魔理沙は私の能力を使って過去に飛びたい、と」

「ああそうだ。どんな事だってする。だから頼む、連れて行ってくれ」

 

 私は頭を下げて、咲夜の返事を待った。

 

「残念だけど、私の能力では時間を止めたり空間を広げる事くらいしかできないのよ。時間の加速や減速はできるけど、それはあくまで私の周囲の時間だけ。貴女が考えているような過去や未来への時間移動は不可能よ」

「そうか……。忙しいところ邪魔したな」

「別に良いわ、力になれなくてごめんなさいね。今日はいつものように泥棒に入りに来たわけじゃないみたいだし、お客様として歓迎するわ」

 

 咲夜が指をパチンと弾くと、目の前の机には熱々の紅茶が注がれた人数分のティーカップとお菓子が現れた。

 

「それでは失礼しますね」

「ふふ、いつもありがとう咲夜」

 

 パチュリーの言葉に咲夜はお辞儀をし、また目の前から消えて行った。

 私は席に着き、ティーカップを手に取り口に含ませる。上品な香りが漂い、深みのある味わいでとても美味しく、癒されていくのを感じる。流石咲夜の淹れた紅茶だ。

 束の間の休息、紅茶を味わう私に、パチュリーは問いかける。

 

「ねえ魔理沙、さっきの話の続きなんだけれどね、今まで何人もの魔法使い達が時間移動という魔法に挑んだけれど成功させた人はいないわ。それでもやる気はあるの?」

「ああ、もちろんだ」

 

 私はティーカップをテーブルに置き、パチュリーの目を見てはっきりと頷いた。

 

「……決意は固いようね。分かったわ。関連してると思われる魔道書を幾つか貸してあげてもいいわよ」

「本当か!?」

「ただし一つだけ条件があるわ」

「何でもいいぜ」

 

 パチュリーは大きく深呼吸し、腹の中から声を出すように言った。

 

「――今までこの図書館から盗んでいった本を全部返しなさい!」

「……分かった。すぐに返すぜ」

 

 ビリビリと痺れる耳を抑えつつ私は頷いた。喘息持ちなのに良く声が出るなぁ。

 本当は死ぬまで借りていたかったのだが、こうまで言われては仕方がない。私一人では、この膨大な図書館からそれに関連する魔導書を盗み出すのは無理だろうし、そろそろ下らない意地を張るのもやめにした方が良いだろう。

 

「ならいいわ。小悪魔ー!」

 

 パチュリーが本棚の奥に向かって呼びかけると、「はいはい、何でしょうか?」と言いながら小悪魔が此方に向かって来た。

 

「D-8とT-3の棚から幾つか本を持ってきて頂戴!」

「畏まりましたー!」

 

 パチュリーの命令を受け、小悪魔は本を取りに行ったようだ。

 

「さて、私は一度家に戻るぜ。荷物を纏めてからまた来るからな」

「分かったわ。こちらもあなたがここに戻って来るときには、纏めておくわ」

 

 私は箒にまたがり、図書館を出た後手近な窓から外へと飛び出した。

 そして自宅に戻った後、床に散らかり放題となっているゴミを踏まないように気を付けながら本棚へ行き、手近にあった風呂敷の中に本を入れていく。

 やがて本棚が空になった所で。

 

「確かこれで全部だろう。他にもあったとしても後は知らん! ……てか重いなこれ」

 

 私はヨロめきながら家の外に出た後、立て掛けてあった箒に風呂敷を結び付け、箒に跨って再び紅魔館の地下図書館へと向かった。

 

「お~っす、持って来たぜー!」

 

 私はドサっと机の上に本が入った風呂敷包みを置いた。

 

「あら、本当に持って来たのね。小悪魔、ちょっと確認しておいてくれるかしら?」

「わっかりましたー!」

 

 本に目を向けたままのパチュリーの指示に小悪魔は元気よく答え、私の持って来た本を机の上に並べていく。

 私はその間にソファーに座り、すっかりと冷めきってしまっている紅茶を口にする。ん? 一人減ってるな。

 

「アリスはどうしたんだ?」

「ついさっき帰ったわよ」

「そっか」

 

 しばらく無言のまま、時間が過ぎていくかと思われたが、パチュリーがおもむろに口を開いた。

 

「……ねえ」

「なんだ?」

「なんでそこまであの巫女に執着してるの? 率直に言って貴女は結構友人が多い方じゃない。あまり引きずっても辛いだけじゃない?」

 

 確かに他の人から見ればそう映るかもしれない。だがしかし。

 

「……私にとって初めて出来た友達で、魔法使いを志すきっかけとなった大切な人なんだ。それなのに、私が冷たくしたから霊夢は……」

「……そう」

 

 そっけない返事をして、パチュリーは再び本に目を落とした。話していく内に自然と涙が出てきてしまう私は、まだまだ精神的に参ってしまっているようだ。

 

「パチュリー様ー! 確認終わりましたよー! ここから盗られた本は全部あるみたいです!」

「ご苦労様」

「また何かあればお申し付けください!」

 

 小悪魔はパチュリーに一礼し、図書館の奥へと消えて行った。

 

「さて、約束通り魔理沙に時間移動に関連した魔導書を貸すわ。返却期限は特に設けないけど、きちんと返してちょうだいね」

「分かってるぜ。ありがとな、パチュリー」

 

 私はお礼を述べて、机の上に置かれた二冊の魔導書を手に取り、図書館を後にした。


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