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スキマの中は異空間となっており、一筋の光すらも差し込まない暗闇には無数に浮かび上がる巨大な〝目″が三百六十度全方位に広がっていて、控えめに言っても気持ちの良いモノではなかった。
「お前よくこんな気味の悪い空間を出入りできるなぁ。気分悪くなったりしないのかよ?」
堪らずボヤくと、先頭を歩く紫は顔だけ此方にむけながらこう言った。
「慣れてしまえば何とも思わないわ。それにね、妖怪として威圧感を与えるためにもこれくらい不気味な方が良いのよ」
「へぇ」
紫は2000年以上を生きる大妖怪だが、外の世界の女子高生でも通用するくらい若々しい容姿を持つ。
私も昔、人里で女だからと言う理由で侮られた苦い経験があるので、もしかしたら紫も過去に似たような経験をしたのかもしれない。
「さあ、もうすぐ到着よ」
そうしてスキマを出た先には明度が高い暗闇が広がる大きな部屋があった。
そこには背丈以上の高さの本棚のような形をした黒い箱が縦一直線に何列も並んでいて、それらから重低音が、擬音で表すならばブオーンって感じの耳障りな音が聞こえてきた。
さらにこの部屋には窓がなく、出入り口は角にガラスがはめ込まれた一枚の扉だけで、閉塞感があるな。という印象を受ける。
「ここがサーバールームなのか。なんか雰囲気が暗いな」
「暗いな。電気付けちゃ駄目なの?」
「灯り付けたらバレちゃうでしょ。じきに目が慣れるし、それまで我慢我慢」
「ちぇっ」
「それじゃあ藍、早速始めて頂戴」
「はい」
紫の指示を受け、藍はまず手近にある黒い箱の扉を開く。
中には群青色に光る平べったい機械――恐らくこれがサーバーと言うものだろう――が幾つも積み上げられ、コードが蜘蛛の巣のように張り巡らされていて、それでもなおコードを接続出来そうな穴が幾つか空いていた。
「ふむ……なるほど」
ざっと中身を見渡した藍はその場に座り、背負っていたリュックサックを床に置き、中の荷物を取り出していった。
そして水色のケーブルをサーバーに繋いだ後、先程取り出した拳大程度の小さな機械につなぎ、その小さな機械と折り畳み式のパソコンをまた別のコードで接続した。
彼女がパソコンのスイッチを入れると真っ青な画面が表示され、白字で記された英文が点滅しており、キーボードを叩くと、今度は黒色の小窓が瞬間的に幾つも開いたり閉じたりしながら高速でスクロールされていった。
……というか藍のやってる事が分からなさ過ぎて、この描写ですら曖昧になってしまっている。
「侵入成功。次はどこにデータが入っているかだが……」
「そんなのすぐに全部消去しちゃダメなのか?」
「今の時代、サイバー攻撃された場合に緊急避難先のサーバーに情報が移動するプログラムが組まれていることもある。だから関連性のあるファイルを紐づけして、一斉にデリートしないと意味がないんだ」
「へぇ」
そう言いながら、藍はその中を次々と精査していく。
そんな中、ふと気になるタイトルのファイルを見つけた私は、藍に言う。
「ん、なんだこれ? ちょっと止めてくれ」
藍が手を止めると、画面には【テラフォーミングコロニー計画について】というタイトルのファイルがあった。 私は早速そのファイルを開き、中身を読み上げていった。
「えっと……。『21世紀初頭、人類は多くの問題に直面していた。人口の爆発的な増加や二酸化炭素の排出による大規模な環境変動、それに伴う食糧危機。有機性資源の枯渇による民族問題の悪化、世界各地で局所的に勃発する紛争。世界各国の人工衛星・
「『ところが204X年、人類に大きな転機が訪れた』」
「『兼ねてから世間では『宇宙開発が成功しないのは、宇宙人の妨害があるからだ』と噂されていたが、204X年、
「『その最中、〝自らの正義″を主張して月目掛けて核兵器を使用したとある国家があった。しかし宇宙空間に出たところで月から放射された謎の光線により消滅。逆鱗に触れたかの国は発射された88発の弾道ミサイルにより壊滅。首都・軍事拠点・インフラ設備、その他大勢の死者や財産が失われ国力は著しく低下。その国は国家としての機能を果たせなくなり、月の軍事力に世界中が大いに震撼した』」
「『前述した地球が抱える様々な問題、そして我々人類に対して敵対的な未知なる知的生命体の存在。これを受け、我々日本を含む先進国をリーダーとして、人為的に惑星の環境を変化させて人類の住める星に改造しそこに移住する――通称テラフォーミングコロニー計画が考案されると、即座に
「『結果として22世紀に入る頃には計画は頓挫。この計画は幻に終わることとなった。これを契機に、産業革命以後続いて来た人類の発展は頭打ちを迎えて徐々に衰退していった。さらに残念な事に、公的に宇宙開発が終了したとされる24世紀に至るまで、月の文明の姿どころか知的生命体の影すら掴むことすら叶わなかった』……か」
結構硬い文章なので、途中で何度か噛みそうになりながらも全部読み上げた私。
どうやらこのファイルは、西暦280X年の紫が遺した記録をより詳細に、人間側から見た視点による記録のようだ。
外の世界で使われていると思しき用語が沢山使われているので、半分くらいしか文章の意味が分からなかったが、『食糧危機』や『紛争』といった単語から察するに、外の世界は私の思う以上に深刻な問題を抱えていたようだ。
このファイルで語られている宇宙に関するゴタゴタがあった時も、当時の幻想郷は特に大きな争いもなく至って平和だった。と私は記憶している。
「月の連中は気に入らないけれど、これに関していえば人間達の自業自得としか言いようがないわね。同情する余地はないわ」
「いつの時代になっても人の本質ってのは変わらないな。やれやれだ」
「愚かな人間達に相応しい末路だな。……さあ、霧雨。そろそろ退いてくれないか? あまり時間を掛け過ぎるとセキリュティシステムに感知される可能性があるんだ」
「おお、邪魔して悪かったな」
私はパソコンの前から退き、入れ替わるように藍が正面に座り込み、再び作業に入って行った。
「目的の達成にはまだしばらく時間が掛かりそうです。皆さんは休んでいてください」
そうして藍はブツブツと一人で呟きながら、完全に作業に没頭していった。
「休むも何もまだなーんもやってないんだけどなぁ」
「こうして待ってるのも暇だし、いっそのこと誰か来ないかな」
妹紅が冗談交じりに呟いたその時、入り口の扉が乱暴に開かれた音が耳に入る
「「!」」
私はすぐさまサーバーの影に張りつくように隠れながら、顔だけ出して扉のある方向を窺う。
そこには、懐中電灯で足元を照らしながらゆっくりと歩く一人の男がいた。
「ふぁ~あ~あ。あークッソねっみぃなぁ。早く交代の時間が来て欲しいぜ」
頭を無造作にかき上げながら大きな欠伸をしており、彼の身に付ける青い作業服から察するに、この研究所の警備員なのだろう。
私はすぐ隣で様子を窺う妹紅に、小声で話しかけた。
「おい。妹紅が『誰か来ないかな』とか言うから本当に来ちゃったじゃないか」
藍はまだハッキングの最中なので、ここで見つかってしまうのはまずい。
「……悪かったよ、そんな目で見ないでくれ。私がやるから魔理沙は下がってて」
私は無言で頷いて後ろに一歩下がり、妹紅はサーバーの角に行き、じっと息を潜めて機会をうかがっていく。
一歩一歩足音が聞こえ、懐中電灯の光が届く範囲にまで近づき、男の体が見えた瞬間、妹紅は飛び出した。
「はあっ!」
「ぐほぁっ……!」
脇腹にものの見事にボディーブローを喰らった男は、そのまま床に崩れ落ちてピクリとも動かなくなった。
白目を剝き口から泡を吹いてるので、余程強烈な一撃だったのだろう。
「ふう。何とか気づかれずに済んだかな」
「お疲れ。なかなかいいパンチだったぞ」
私はありのままの感想を述べた。
妹紅が警備員をノックアウトして以降、特にこれといったアクシデントもなく、退屈しのぎに妹紅と駄弁っていると、ずっと画面に向かって作業し続けていた藍が口を開いた。
「見つけました! 恐らくこれが300年後の紫様が遺したデータの原形かと思われます」
「おっどれどれ?」
その言葉を聞いて画面をのぞき込んでみると、文字や数字が不規則に並ぶランダム性の高い文章がずらっと並ぶファイルが表示されていた。
私には何が何だか分からなかったが、紫はそれを見てこう呟いた。
「もう既にここまで解明しているとはね……、恐ろしいものだわ。藍、早速そのデータを消し去りなさい」
「承知しました」
八雲藍は一本のUSBと書かれたスティックを自分のノートパソコンに指し、エンターキーをタイプした。
すると、画面の中に映し出されたファイルが瞬く間に消去されていく。
「これは私がプログラムしたデータ消去ソフトでな、起動すれば二度と復元できないくらいにデジタルデータを壊すんだ」
「へぇ、よく分からんがこれで大丈夫なのか?」
「私の腕に間違いはない」
私の疑いに八雲藍は自信ありげに断言していた。
そしてしばらくすると、デリート完了のウインドウが出現し、画面の中は全て真白に消え去っていた。
「ん、終わったの?」
「これで完了です。この研究所内のデータ、さらにはクラウド上にあるバックアップファイルまで全て抹消されました」
「よくやってくれたわ。さあ、後は――」
「貴様らここで何をしている!」
紫の言葉を遮るように男の大声が響き、懐中電灯の光が向けられた。
眩しいなと思いながら光の方向を見て見ると、そこには先程妹紅によってノックアウトされた警備員とは別の男が。
「あらあら、見つかってしまいましたわね」
「いつまでも交代要員が帰ってこないと思えば、まさか侵入者がいたとはな。……おい、しっかりしろ!」
駆けつけた警備員の男が、地面に倒れている男に呼びかける。
すると倒れていた男が目を覚まし、咳をしながら起き上がった。
「うっ……ゴホッゴホッ。チクショウあの女め……! 許さねえ!」
妹紅によって倒された男は殴られた箇所を抑えつつ、激しい敵意を向けていた。
「一体どこから入り込んだんだ! それに……狐?」
困惑する男の一方で、当の八雲藍は見向きもせずに持参した荷物をリュックサックに仕舞い込んでいた。
「なあなあ。最終確認だけどさ、もうやっちゃっていいんだよな?」
「ええ。もう用事は済ませましたので、存分に」
「よっしゃ、やっと出番が来たか!」
「何をベラベラと――」
直後、妹紅は拳に炎を纏わせると扉が開きっぱなしだったサーバー内部を思いっきり殴りつけた。
すると、小規模な爆発音が生じ、火が瞬く間に燃え広がっていった。
「うわああああ! き、貴様ら何を!」
「はっ、おっさん! 早く逃げないとお前らも焼き尽くすぞ!」
そう言って妹紅は炎弾を放ち、男達のすぐ真横のサーバーに直撃させた。
「な、なんだあの女っ! 手から炎をだしてやがる!」
「クソッ、俺達じゃ手が負えん! 引き返すぞ!」
男達は脇目も降らず一目散に逃げて行き、妹紅は「……情けないな。さっきまでの威勢のよさは何所へ行ったんだか」と肩を竦めていた。
それを見て私もポケットに入れておいたマナカプセルを飲み込んだ。
「んじゃまー私もそろそろ暴れさせてもらおうかな。魔符、《スターダストレヴァリエ》!」
八卦炉から星形の弾幕を無数にばら撒いて部屋中のサーバーに直撃させ、次々に壊して行く。
この私のスペル、本来ならば弾幕ごっこ用に殺傷能力を抜いてあるのだが、今回は手加減抜きの大盤振る舞い。自らの魔力をありったけに込めているので威力は折り紙付きだ。
「不死《火の鳥-鳳翼天翔-》!」
妹紅もまた、不死鳥を連想させる巨大な火の鳥を創りだして一直線に放ち、それが通った部分は焦げた跡だけが残っていた。
そして炎は壁や天井に燃え移って行き 同時にけたたましいサイレンが鳴り響く。
「そろそろこの部屋から出ないとまずくないか?」
「だな。丸焦げになっちゃう前に出るとするか」
私達は燃え上がるサーバールームから駆け足で退室していった。