魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

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第46話 side out 紫の思惑

 ――――――――side out――――――

 

 

 

「行先は西暦300X年5月7日、午後1時!」

 

 霧雨魔理沙の言葉を皮切りに、彼女と藤原妹紅の両名はタイムジャンプ魔法陣に包まれながらこの時空間から消えていった。

 再び静寂が訪れた境内で、八雲藍はポツリと呟いた。

 

「……行ってしまいましたね」

「次の再会は500年後……、妖怪の身といえどもとても長い時間だわ……」

 

 遠い未来を見果てるように夜空を見上げる八雲紫に、八雲藍は続けて。

 

「今更ですが紫様、霧雨魔理沙を信用しても良かったのですか? 彼女の魔法は天地の法則をも捻じ曲げる危険な能力なのでは? いつ我々の存在が脅かされてもおかしくありません」

「またその話? 心配は無用よ藍。魔理沙は他の誰にも負けないくらいに幻想郷をこよなく愛しているわ。その気持ちがある限り、敵対する理由はないでしょう?」

「……随分とあの魔法使いを買っているのですね」

 

 八雲藍が不服そうに主張すると、八雲紫は興味深そうに口を開く。

 

「あら、藍がそこまで食い下がってくるなんて珍しいわね」

「いえ、そういうわけでは……」

「今から2000年以上昔、私がまだ妖怪として未熟だった時の話だけどね」

「え?」

 

 唐突な昔話に八雲藍は首を傾げていたが、八雲紫はそれに構わず話を続けていった。

 

「当時の私はその辺の野良妖怪にも劣るくらいに力が弱くてね、自分の能力もよく把握出来ていなかった。そんな私が強力な妖怪に襲われて殺されそうになった時、颯爽と助けだしてくれた女の子がいたのよ」

「……過去にそんなことがあったのですか、初耳ですね」

 

 驚き混じりに相槌を打つ八雲藍。八雲紫はさらに話を続けていく。

 

「その女の子は結局最後まで名前を名乗らずにいなくなってしまったけれど、今思い返してみれば彼女は未来から来た魔理沙だったんじゃないか――と思うのよね」

「! それはなぜです?」

「彼女はついさっき未来に跳んで行った魔理沙と瓜二つの容姿だったし、去り際に『遠い未来で宜しく!』って言葉を残していったのよ。あの時は何を言っていたのかさっぱり分からなかったけれど、昔から抱いていた疑問がここ最近になってようやく解けたわ」

「……つまり紫様は、その時の恩義を彼女に感じている、と?」

「そこまで大袈裟なものではないわよ。ただ、あの子を好意的に見てるのは確かね。あの女の子との出会いが、私の妖怪観に影響を与え、人間に興味を示すようになったきっかけの一つですもの」

「失礼ですが紫様。霧雨魔理沙が過去の紫様を助け出すことで、貴女にいい印象を与え、未来で自分が上手く立ち回れるように画策した可能性もあるのでは?」

「彼女がそこまで狡猾な性格だとは思えないわ。一見派手で騒がしく見えても、心の中では常識的で優しい心を持つ娘ですもの。それは貴女もよく分かっているでしょう?」

「む……」

 

 同意を求めるような八雲紫の言葉に、八雲藍は言葉を詰まらせる。

 そして「……紫様がそこまで仰るのなら、私は口を慎みます。出過ぎた真似をしました」と一礼した。

 

「ええ、それで良いわ」

 

そして八雲紫は裾を翻し、自らの目の前にスキマを開く。

 

「紫様。どちらへ?」

「これから最後の仕上げにあの男の元へと行ってくるわ。藍、念のためにここで待機していなさい」

「かしこまりました」

 

 八雲藍の深々としたお辞儀に見送られながら、八雲紫はスキマの中に消えていった。

 

 

 

 同時刻、F県N市――

 

 

 

 都会から少し離れた郊外に位置する閑静な住宅街、その一画に一際大きい住宅が堂々と建っていた。

 その2階の寝室、電気が落とされた薄暗い部屋のベッドには一人の老人が熟睡しており、部屋の中は無音に包まれていた。

 しかし突然、その静寂を破るように枕元に置いてあった携帯電話がけたたましく鳴り出した。

 熟睡中だった老人は強制的に意識を覚醒させられ、おぼつかない手つきでベッドに入ったまま携帯電話を手に取る。

 ディスプレイの画面には『佐藤』の文字が表示され、老人は自らの研究所の副所長の顔を思い浮かべながら呟く。

 

「………こんな夜中になんだ一体」

 

 画面に表示されていた午前2時05分という時刻に呆れつつも、老人は携帯電話の通話ボタンを押した。

 

「おい佐藤。今何時だと思っているんだ。こんな真夜中に掛けてくるなんて非常識とは思わんのかね?」

『す、すみません。ですが柳所長! 緊急事態でして!』

 

 開口一番に苦言を呈した老人だったが、電話相手の声色から真剣な話だと判断し、その態度を軟化させた。

 

「……一体どうしたというのかね?」

『研究所から非常通報があったので、わたくし現場に急行したのですが……、わたくしたちが勤める研究所が跡形もなく壊滅しておりまして……!』

「なんだと!?」

 

 寝耳に水の出来事に老人の眠気は一気に吹き飛び、すぐに飛び起きた。

 

『幸い死人は出ていないみたいなのですが、研究所内の設備は全て使い物にならない状態になっておりまして、完全復旧にはかなりの時間を要するかと……』

「研究データはどうなっている! こんな時の為にバックアップを取っておいただろう!」

『そ、それがですね。先程確認しましたが、複数のクラウド上に残してあったバックアップファイルが完璧に消去されておりまして』 

「馬鹿なっ……! あのサーバーには5000万円を投じた最新鋭のセキリュティプログラムを入れてあったのだぞ! それが破られたというのか!」

『し、しかし実際に突破されておりまして……。今現場でデータの復元を試みているのですが、意味のないデータがノイズのように入り組んでおりまして復元は非常に困難かと思われます。この手口からして、恐らくその道のプロ、超一流のハッカーによる犯行かと思われまして、はい……』

「ぐぬぅぅ! 侵入経路はつかめているのかね!?」

『……これはあくまでわたくしの推測なのですが、そのハッカーは当研究所のサーバールームに直接侵入し、内部からハッキングしてデータを消去した後、証拠隠滅も兼ねて研究所を破壊したのかと……!』

「ぬうううう!!」

 

 電話越しに聞こえてくる部下の狼狽振りに、老人は激しく苛立ちながらもさらに問いかける。

 

「研究所に配置しておいた警備兵はどうした! アイツらには高い金を払ってるんだぞ!」

『警備兵達も負傷して病院で手当てを受けておりまして……、どうやら謎の襲撃者たちにやられてすぐには動けない状態とのことでして……』

「ええい! 儂も今からそっちに向かう!」

『所長――』

 

 怒りが頂点に達した老人は荒々しく携帯電話を切り、ベッドの上に叩きつけた。

 

「クソッ、いったい何が起こってると言うのだ!」

「先程の電話の通りですわ」

「!?」

 

 薄暗い寝室に突如と響く気品溢れる女の声に老人は振り返る。

 その視線の先には、美しくも妖艶な雰囲気を出す一人の女が〝スキマ″の上に座っていた。

 

「な、何者だ! その雰囲気……貴様人間じゃないな! 妖怪か!」

「ご明察。私、幻想郷という土地で管理者を務めております八雲紫と申します。以後お見知りおきを、〝柳哲郎″さん?」

 

 過剰なまでの慇懃無礼な敬語を使う八雲紫の態度に、老人――柳哲郎は苛立ちを見せる。

 

「……やはり妖怪どもの楽園は実在していたのかっ! おのれっ、儂に何の用だ!」

「あなたの研究は踏み込んではいけない領域に足を踏み入れてしまいました。よって、一つ警告を」

 

 言葉を区切り、彼女は壁一面に広がる大きさのスキマを開いた。

 

「これ以上私の世界を踏み荒らすような真似は辞めなさい。さもなくば――」

 

 スキマの中に密集した目が一斉に柳哲郎を捉える。

 

「悪夢のような体験を味合わせてあげるわ」

「っ!」

 

 強力な殺気を漏らしながら言い放たれた言葉に、自らの命の危機を感じ、身の毛もよだつような感覚を覚える柳哲郎だったが、彼は震えながらも答えた。

 

「わ、儂は止まるつもりなどない! それが未来の為、ひいては人類の為になると信じているからだ! 消え失せろっ、妖怪め!」 

「……そう。なら、もういいわ」

 

 八雲紫は表情を消しながらスキマから立ち上がって近づいて行く。

 

「こ、殺すのか、この儂を!」

「殺したりなんかしないわ。――ああ、でも。もしかしたらこれは、人間にとっては死と同じなのかしらね?」

「なにを――」

「さあ、消えなさい」

 

 柳哲郎の目の前で八雲紫が指を弾いた途端、彼は意識を失い床に倒れ込んだ。

 

「永遠にさようなら、うふふふふっ」

 

 八雲紫はそれを冷たいまなざしで見つめ、踵を返すようにスキマの中に戻って行った。

 

 

 

 

 四日後。

 

『続いてのニュースは、柳研究所の襲撃事件についての続報です。先月29日の午前一時頃、N県F市にある柳研究所が何者かに襲撃を受け建物が全壊した事件で、同日の午前三時頃、同市にある自宅で柳研究所の所長、柳哲郎さんが倒れているのが関係者により発見され、O病院に搬送されていた事が捜査関係者への取材で明らかになりました。柳哲郎さんは搬送先の病院でおよそ三時間後に意識を取り戻しましたが、錯乱状態にあり現在も意思疎通が困難な状態との事です。N県警は先に起こった襲撃事件と何らかの関連性があるとみて、回復を待って事情を聞く方針です。なお、未だに犯行グループのメンバーや、犯行に使われた武器、犯行グループの背後にある組織の情報が掴めておらず、N県警に対する批判が高まっています』

 

「ふふ……」

 

 テレビのニュース映像を見ながら、八雲紫は不敵な笑みを浮かべていた。

 

 

 

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