「ん~魔理沙? 何だか騒がしいけど、誰かお客さん来てる……の……!」
あくびをしながら階段から降りて来た妹紅は、リビングにいる私達を見て固まった。
そんな彼女に慧音は立ち上がり、近づきながら優しく声を掛ける。
「あれ、妹紅? こんなところで会うなんて奇遇だな。魔理沙の家に泊まっていたのか?」
「慧音っ――!」
答える間もなく妹紅は突然駆け出していき、慧音に正面から抱き着いた。
「妹紅!?」
「この感触、この、声。ううっ、まさか、また、こうして会えるなんて……っ、グスッ。本当にっ、良かったっ……!」
面食らってポカンとしている慧音とは対照的に、妹紅はぽろぽろと大きい雨粒のような涙を落としていた。
「……何があったのか分からないけど、私でよければ胸を貸すぞ」
戸惑いながらも慧音はすすり泣く妹紅をそっと抱きしめており、傍から見ると子供をなだめる母親のように、母性を感じさせる姿だった。
そんな場面を唖然とした表情で眺めていた輝夜は、やがて不貞腐れながら私がかろうじて聞き取れるくらいの声量で呟く。
「まるで感動の再会って感じね。こうも目の前で見せつけられると面白くないわ」
しかしその一方で、私は妹紅の行動原理についてある程度の予測を立てていた。
(あーそうか。慧音は確か240X年に亡くなったって妹紅が言ってたな)
妹紅は慧音と生前とても仲が良かった。と本人の口から聞いていた。
私も霊夢の自殺を防ぐために時間移動をしたので、死別の辛さは痛いほど分かる。
これはあくまで推測に過ぎないが、妹紅がこの時間へ転移する際に渋っていたのは、もしかしたら彼女と会いたくなかったからなのかもしれない。
彼女の死については心の整理を付けていたのに、その決意が揺らぐことになるからだ。
自らの不老不死ゆえに、今まで数々の出会いと別れを経験し、筆舌にし難い苦労を重ねて来たと前に彼女から聞いたことがある。
こうして友達にまた会えたのは素晴らしいことだが、同時に再び残酷な現実を突き付けられることになるかもしれない。
(………………)
それはまさに今の私にも当てはまることであり、心に何とも言えない複雑な感情が胸にわだかまりとして残る。
やがて妹紅はひとしきり泣きはらした後、そっと慧音から離れた。
「……グスッ。いきなり抱き着いたりしてごめん慧音。もう大丈夫、ありがとう」
「本当に大丈夫か? 只事ではなかったぞ」
慧音の右肩に残された涙の跡が妹紅の情動の強さを表しており、未だに目鼻が赤く、震える声の彼女を心配しているようだ。
「それは……」
言葉に詰まった妹紅を見て、傍観していた輝夜がやや意地悪そうな笑みを浮かべながら。
「ふふ、妹紅にもこんな一面があったなんてね。後でからかってあげよ」
「ん? あー、輝夜! おまえいつからそこにいたんだよ!」
妹紅は初めて輝夜の存在に気づいたように指を指した。
「いつからも何も最初から居たわよ。貴女が気づかなかっただけでしょ。感動的なシーンだったわ。クスクスクス」
「ぬぬぬ、よりにもよってコイツに見られていたとは……!」
いたずらっぽく笑う輝夜に妹紅は顔を真っ赤にしながら頭を抱えていたが、すぐに立ち直り。
「でも本当、懐かしいな。なんだかんだ言ってお前と再会できて良かったよ」
「……え、貴女本当に妹紅? 何か変なものでも食べた? ちょっと気持ち悪いんだけど」
優しい笑顔という形容詞がピッタリな表情をしている彼女に、輝夜は顔を引きつらせていた。
「なっ、気持ち悪いとはなんだよ! 失礼だな!」
「だって本当のことじゃないの。妹紅が私に優しい言葉を掛けるなんて、あなたのキャラじゃないわ」
「……そこまで言うか。おい、表に出ろ! 一回死んでその認識を改めろ!」
「上等じゃない! 返り討ちにしてあげるわ」
売り言葉に買い言葉、輝夜も立ち上がり外に出ようとしかけた所で、慧音がその間に割って入る。
「やめないか二人とも! 今日はそんなことをしに来たわけじゃないだろう! 私の目の黒い内は殺し合いなんかさせないからな!」
「……ごめん」
「はいはい、分かったわよ」
妹紅はしょんぼりとした様子で謝って輝夜は元の席に座り、二人は矛を収めた。
「というかどうして慧音と輝夜がここにいるんだよ? 特に輝夜、お前なんかほとんど竹藪から出てこないくせにさ」
「あら、随分な言い草ね。私がここまで足を運んだのは、彼女が幻想郷に現れたからなのよ?」
「え?」
「あーその事なんだけどな」
私は妹紅に先程までの話の流れをかいつまんで説明する。
「……へぇ、私が寝てる間にそんなことを話していたのか」
私の隣のソファーに座った妹紅は、納得がいったように呟いた。
「まさか貴女がこんなところに居るなんて思いもしなかったわ。知ってたらもうちょっと準備していたのに」
「準備ってなんだよ!?」
「妹紅、改めて聞くが一体何があったんだ? 私で良ければ話を聞くぞ?」
「えっと、その……」
慧音の声色や態度は彼女を心から心配しており、事情を話すべきかどうか迷っているようだった。なのでここは私から助け船を出すことにする。
「実はな、ここに居る妹紅は私が西暦300X年から連れて来たんだよ」
「「え!?」」
「ちょっ、なんでばらすんだよ!」
「元々話すつもりだったし良いだろ? さっきみたいなことをしでかしておいて、誤魔化すのは無理だ」
驚く二人と対照的に慌てた様子の妹紅を宥めさせるように私は言った。
傍から見れば、先程の妹紅は演技とかで済ますには無理があるくらい鬼気迫る行動だった。
もしあれが演技なのだとしたら、私は妹紅に対する評価を改めなくてはならないだろう。
「西暦300X年ってなになに? その辺の話詳しく教えなさいよ」
「分かってるって。実はな――」
若干興奮した様子の輝夜に、私はこれまでに体験した出来事をかいつまんで話した。
「――と、いうわけなんだ」
「わぁ、何それ! すっごい面白そうじゃない! というか、私って幻想郷が滅んだ時月に帰っているのねぇ。一生戻る事はないと思ってたけど、人生分からないものね」
「未来の幻想郷はそんなことになってるのか……はぁ」
目を輝かせている輝夜とは対照的に、慧音は暗い表情をしていた。
「それじゃつまり、さっきの妹紅は」
「ああ。ネタバラシしてしまうと、妹紅が生きている時代にはもうお前はこの世からいなくなっているんだ」
押し黙ったままの妹紅の代わりに私が説明すると、慧音は妹紅に視線を向け、お互いに目と目が合う形となっていた。
「妹紅は、私が死んでもなお覚えていてくれたのか」
「当たり前だ! 慧音には今まで散々助けられたし、色々な思い出を作った。――忘れられるわけ、ないよ」
「そうか……、妹紅にとって私はそれだけ大きな存在だったのだな……」
切々と訴えるように語り掛ける妹紅に、慧音は神妙な態度で頷いていた。
その抑揚や表情には複雑な思いが込められているようで、悟り妖怪でもない私が彼女の心情を斟酌するのはとても難しい。
なので私は彼女達の会話には混ざらず、手持ち無沙汰な様子の輝夜に改めて訊ねることにした。