長い廊下の角をいくつも曲がりながら屋敷の奥へ奥へと歩いて行き、やがて輝夜は障子が閉じられた部屋の前で立ち止まる。
障子には床に座る人影が映されていて、そのシルエットから女性だとすぐに分かった。
「永琳、私だけど、入ってもいいー?」
「どうぞ」
返答をもらった輝夜が扉を開き、遠慮なしにずんずんと中に入って行った。
私もそれに続くように部屋の中に入ると、15畳程度の簡素な畳部屋の奥、座卓の横に姿勢正しく正座している永琳の姿があった。
座卓には山積みになった紙束に書きかけの書類とペンがあり、恐らく何かの仕事をしている最中だったと思われる。
「よう、永琳。久しぶりだな」
「あらあら、魔理沙おばあちゃんは随分とまあお若い姿になって現れたのね」
久しぶりに再会した孫を見るような温かい眼差しの永琳に、私は意気消沈しながら「……おばあちゃん言わないでくれ。結構心にくるから」と返した。
「ほら言った通りでしょ! あの新聞は本当だったのよ!」
「なるほど、姫様の言葉は正しかったようですね」
なぜか勝ち誇っている輝夜を、永琳は柔らかい目で眺めていた。
次に永琳は私に視線を向けると、体全体をなめ回すように目線を動かしながら口を開く。
「それにしても、一度死んでから若返って現世に現れるなんてどういうトリックなのかしら? 一回その体、解剖して詳しく調べてみたいところね」
その態度や表情は至って真剣で、全くの冗談で言ってるわけではなさそうなのをひしひしと感じた私は慌てて言った。
「そ、そんな大層な物じゃないぜ。あのな――」
解剖されてはたまらないので、私はその場に座ってここに至るまでの自分の軌跡を簡潔に話し、ついでに私がここに来た目的を伝える。
「……つまり話を纏めると、貴女は100年前に亡くなった霧雨魔理沙とは別人で違う世界線からやって来た霧雨魔理沙だと。そして今のあなたは未来の幻想郷を救う為に活動していて、その一環として月に行きたいから、ここに置いてある月の羽衣を貸してほしい。ということね?」
「そうだ」
「永琳、私からもお願いするわ。彼女のやることって、なんだかとても面白そうじゃない?」
私と輝夜からのお願いに永琳は私を見ながら少し考え込み、やがて口を開いた。
「ずいぶんとまあ突拍子のない話ですけど、良いでしょう。あなたが嘘を吐いている訳ではないようですし。取ってくるから少し待っていなさい」
そう言って永琳は立ち上がって私の脇を通って部屋を出て行き、およそ5分後、両手に箱を抱えて戻って来た。
「これが月の羽衣よ」
元の場所に正座した永琳がその箱を開けると、中には綺麗に折りたたまれた半透明の布が入っていた。
手に取って広げてみると、それは2,3m程の長さで、魔力のような見えない何かが籠っているのを感じた。
「輝夜からこれを組み込めば月の裏側に行けるって聞いたんだけど本当か?」
「本来の用途はそれを身に着ける事で月の都と地上を行き来する道具なのよ。けれど、姫様の仰る通りこれを宇宙飛行機に埋め込めば確実に到着出来るでしょうね。……あなたは知らなかったのかもしれないけど、遥か昔、いわゆる第二次月面戦争で紅魔館のロケットに乗った時にも、月の羽衣の一部を埋め込んでいたのよ?」
「え、そうだったの?」
ここで知った新たな真実に、キョトンとした私。
「知らなかったのならそれはそれで別にいいけどね。大事な物だからきちんと返してね」
「勿論わかってるよ。もうそういう手癖の悪いことからは足を洗ったんだ」
月の羽衣が入っていた箱を永琳から受け取りながら答えた。
「それともう一つ助言を与えるわ。月に行くのなら、月がよりよく見える満月の日を狙うと良いわよ?」
「分かった。そうさせてもらうよ」
そして箱の中に畳んで仕舞い込んだ後、小脇に抱えたまま立ち上がり、永琳の部屋を後にしようとする。
「それじゃ私はこれで失礼するぜ。ありがとな、永琳」
「気を付けてね」
「せっかくだから私も宇宙飛行機が飛ぶところを見届けてこようかな。いいわよね?」
「もちろんだ。てか、輝夜には竹林の出口まで案内してもらわないと困る」
私は輝夜と共に部屋を出た。
「ん?」
永遠亭を出た所で、何やら敷門の向こう側が騒がしい事に気づいた。
「輝夜あああ! 出て来ーい!」
(この声は!)
声の主に心当たりを感じた私は、少し駆け足で敷門に向かって行く。
「も、妹紅さん、少し落ち着いてください。あまり騒がれると困ります!」
「退いてくれ鈴仙ちゃん! アイツに話があるんだ!」
門を出ると、薬籠を背負い込んだ鈴仙が食い下がる妹紅を制止させていて、只事じゃない様子。
(あれ? なんで妹紅はあんなに怒ってるんだ?)
首を傾げていると、後ろからついてきていた輝夜が私の一歩前に出る。
「あら、妹紅じゃないの。あの先生とのお話は終わったの?」
「……は? なんで慧音の名前が出てくるんだよ。お前には関係ないだろ!」
「え、ええ? だってさっきまで一緒にいたじゃないのよ?」
「知らないよそんなの! 誰かと見間違えたんじゃないのか?」
戸惑っている輝夜をよそに、妹紅は語気を強めて怒りを露わにしていた。
「どうしたんだよ妹紅、そんなに怒っちゃってさ。何かあったのか?」
その言葉に妹紅は初めて私の存在に気づいたように、一瞬驚いたように見え。
「ん? 確かあんたは……霧雨魔理沙だっけか。とっくの昔に亡くなったって風の噂で聞いてたけど、生きてたのか?」
「いや、何を言って――」
まるで久しぶりに会った知人のようなその口ぶりに、私はこの違和感の正体を悟る。