(そうか! ここにいる妹紅は私と一緒に過去に来た妹紅じゃなくて、この時代の妹紅なんだ!)
確か彼女の自宅は迷いの竹林にあった筈だし、未来の彼女は遠い昔に結構な頻度で輝夜と殺し合いをやっていたと話していた。
その〝遠い昔″である現在、ここで〝この時間軸の妹紅″に出会ってもなんもおかしくない。
私は早速輝夜に耳打ちする。
「なあ。たぶんここにいる妹紅はきっとこの時代の妹紅だと思うぜ。ほら、なんか雰囲気が全然違うだろ」
すると輝夜もまた声を潜めながらこう言った。
「……ああーたしかに! この話の噛み合わなさはそんな感じがするわね。あの妹紅ったらさっきの妹紅とは違って私に敵意剥き出しだし」
「どうするんだ?」
「さっきのネタでちょっかいかけてみようかしら。面白い反応をしそうだし」
「おい! なに二人でコソコソ話してるんだよ!」
小声でヒソヒソ話をしていたのが気に障ったのか、怒鳴りつけてきた妹紅。
そんな彼女に、輝夜は皮肉めいた笑みを浮かべながらこう言った。
「あーら、もしかして妹紅ったら嫉妬してるの? あなたの大好きな輝夜様が、他の女と仲良くしてることに」
「は? お前脳みそ腐ってんのか?」
「うふふふふ、照れなくても良いのよ? 私に構ってもらえないから寂しくてしょうがないんでしょ? 妹紅ちゃんは寂しがり屋ですものねぇ」
「……殺す!」
輝夜に散々焚きつけられた妹紅は右腕に炎を纏い、彼女目がけて突っ込んでいった。
「いいわ。かかってきなさい!」
「あわわ、どうしよう」
鈴仙がどうしたらいいか迷っている中、輝夜もまた妹紅に向かって行き、二人が激突しようと言う所で。
「ストップだ!」
私がありったけの大声で叫ぶと、二人の動きはピタリと止まった。
「二人とも喧嘩はやめてくれ。特に輝夜、妹紅を挑発しないでくれ。今はそんなことしてる場合じゃないだろ」
「クス、そうね。ついついからかいたくなっちゃって。ごめんね妹紅ー私は忙しいの。また今度遊んであげるわ」
「はあっ!? なんだよそれ! 私にも詳しく説明しろ!」
納得いかない様子の妹紅は再び激昂し、このままでは再び喧嘩になってしまいそうな空気なので、私は輝夜の一歩前に出て説明することにする。
「妹紅、実を言うとね。私はタイムトラベラーなんだ」
すると妹紅は表情を変え、こちらに大きく関心を示した様子。
「タイムトラベラーって、時間を行ったり来たりするあの?」
「ああ。そして私には未来の幻想郷を救う目的があって、その為に輝夜に協力して貰っているんだ。だから今ここで喧嘩されては困る」
妹紅は一瞬考え込む素振りを見せた後、私の目をはっきりとみる。
「…………なあ、魔理沙は過去にも戻ることが出来るのか?」
「もちろん出来るぜ。範囲はどこでも、いつまでもだ」
「なら少し話を聞いてくれないか。頼みがあるんだ」
「……構わないぜ、話してくれ」
彼女にはここより遥か未来で助けられた恩があるし、真剣な態度から読み取るに、もしかしたら重大な話なのかもしれないので、邪険にすることは出来ない。
「私はね、この不老不死の肉体が憎くてたまらないんだ。父上を侮辱した輝夜への恨みで、普通の少女だった私は蓬莱の薬を飲んでしまったんだ」
「それから先は後悔ばかりの日々。何故こんな愚かなことをしてしまったのか? と常に苦しんできた。だからさ、過去に戻って私が蓬莱の薬を飲むのを阻止してくれないか。……私を殺してくれないか?」
「…………」
ひしひしと語る妹紅の言葉に、先程までの喧騒は嘘のように静まり返り、竹の葉が風で擦れる音だけが響いていた。
無言のまま形容しがたい微妙な表情をしている輝夜と鈴仙。
しかし私は、この話を聞いた時点で答えは決まっている。
「悪いけど、それはお断りだ」
「なんでだよ!?」
「私は命を奪うためでなく、救うために時間移動魔法を覚えたんだ。そんな遠回しの自殺に付き合う事は出来ん」
「アンタには分からないかもしれないけどな! 私はもう生きるのにうんざりしてるんだよ! この老いない死ねない体のせいでどこに行っても化物扱いされた! 忌み嫌われてきた! 友達ができてもすぐに別れが来てしまう! 人としても、女としての幸せも享受出来ないままずっと一人で生きてきた私にとって、それがどれだけ辛いことか分かるか!」
心の奥底に溜めこんだ激情を吐き出す彼女の口は止まらない。
「ああ、そうさ! どうせ私の苦しみなんか誰も理解してくれない! 誰も見てはくれない! 結局私はいつまで経っても一人なんだっ……!」
静まり返った竹藪の中、涙を流しながら訴える彼女は心の底からそう思っているのだろう。
しかし歴史を紐解いてみれば、不老不死は人類の夢とされ、それを目指して錬金術や魔法などを切磋琢磨してきた人間が数多くいる。
なので彼女の苦しみを理解することも共感することもできないし、誰が何を言っても言葉の重みなんてものは存在しないだろう。
だけどそれでも、彼女は一つ、決定的な勘違いをしていることだけは分かる。
「それは違うぞ。妹紅にだって居なくなったら悲しい想いをする人がいるだろう。死別の苦しみが痛いほど分かるのなら、なおさら自分が消えることで残された人の気持ちを考えたらどうだ」
「私にそんな人なんて――」
「上白沢慧音、彼女は違うのか?」
「……!」
その名前に妹紅は明らかに動揺し、言葉を詰まらせた。
私は妹紅と慧音の関係性について詳しくは知らないが、今朝未来の妹紅が慧音と再会を果たした時、彼女は泣きじゃくる妹紅を何も言わずに抱きしめて宥めていた。
さらにその後も『何があったんだ?』と何度も心配そうに訊ねていたのを間近で見ている。
だから、慧音は妹紅の事をかなり目をかけているのが部外者の私でもよく分かる。
「彼女だってお前が居なくなったら悲しむだろうし、私だって悲しくなる。陳腐な言葉かもしれないが、私は妹紅に生きてもらいたいんだ。ここより遥か未来でお前にはかなり助けられた、迷い苦しんだ時心の支えとなってくれたんだ」
「私が……魔理沙を?」
妹紅は信じられないといった感じに私を見ている。
「それに輝夜だって少なからず妹紅の事を良く思っているはずだ。違うか?」
「え? あーうん、そうね。妹紅とはもう腐れ縁みたいなものだし、居なくなっちゃたら私も寂しいわ」
「!」
彼女に取っては仇敵である筈の輝夜から掛けられた優しい言葉にいたく驚いた様子。
好きの反対は無関心という言葉があるように、輝夜が妹紅のことを本当に嫌っているのならばいちいち相手などせず徹底的に無視すれば良いだけだ。
そうしないのは少なからず思うところがあるという事だ。
「ほらな? 妹紅はもっと周りを見た方が良い。気づかないだけで、お前の事を気に掛けてくれている人がいるんだから。そうすればきっと、幸せだって手に入るさ」
何か良いきっかけさえあれば、いつか妹紅の境遇を理解してくれる男の人が現れるかもしれない。
「くっ……」
妹紅はこの場から逃げるように反対方向に走り去ってしまい、場に再び静寂が訪れた。
やがて走り去った方角をじっと見つめていた輝夜は、傍にいる私が辛うじて聞き取れるくらいの小さな声で、呟いた。
「……彼女のお父様には悪いことをしてしまったわね。もう少し体の良い断り方をすればよかったかしら……」
結局その後も口数少なく、沈んだ空気のまま私達は竹林の外に向かい、「では私はここで」と一礼してから人里に飛び去る鈴仙と別れた後、にとりの自宅に向けて出発した。
もうお気づきの方は多いと思いますがこの話の出来事が3章36話の『神社へ』で妹紅が話していたエピソードになります。
※ここから下は本編とは関係ないので読まなくてもよいです。
ちなみに魔理沙がここで妹紅のお願いを承諾していた場合こんな展開を考えていました。
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妹紅は魔理沙に蓬莱の薬を飲む前に戻って私を殺して欲しい(もしくは飲まないようにしてほしい)と頼み込む
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それを聞いた魔理沙は紆余曲折あってその依頼を受けて平安時代へ飛ぶ。
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妹紅が薬を飲むタイミングでその薬を奪い取り現代へ戻る
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アリスに話を聞くと藤原妹紅という存在は知らないとの答えが帰ってくる
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その後竹藪の中の永遠亭の様子を見に行く
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するとそこにはまるで息ながらにして死んだような様子の輝夜がいた
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永琳に事情を聞くともう生きるのに飽いてしまってもう心が折れて死んだような状態との事(永夜沙事件の時は久々にイキイキとしていた)
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永琳が「輝夜はもう長い生に心が折れてしまった。私では彼女の心の穴埋めができなかったのが悔しい」と言う (さらに「そういえば蓬莱の薬が~」等の話を出して伏線を出すのもあり)
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永遠亭を後にして改めてアリスと、慧音先生に話を聞くと。異変が起きた時収束させるのが大変だったとの事。最後には八雲紫がでしゃばってきて何度も何度も殺しまくった挙句に収束したという話を聞く。今でも思い出したかのように幻想郷を荒らしにくるのでその対処に手を焼いている。と
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それを聞いた魔理沙は妹紅の依頼を受けて自分が平安時代へ飛んだ直後の時間に飛び、突然現れた妹紅に自分がいなくなった時何が起こるかを話す。
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しかし信じようとしない妹紅
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ならばと魔理沙は証拠を見せるべく再び妹紅がいない未来へ飛び、文からビデオカメラを借りるor霖之助の店からビデオカメラを購入した後、妹紅がいないために輝夜が暴れている姿等を撮ってくる(もしくは妹紅本人を連れて行くのもあり ※ただしこうすると矛盾が生じるのでうまく考えなければならなくなる)
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ある程度撮った後妹紅の元へ戻っていき、その映像を妹紅に見せる
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それを見た妹紅の決断(やっぱり私は死にたいor輝夜の苦しむ姿を見て私が支えてあげなきゃ……とか 慧音先生のためにも生きてあげて……等生きる理由を見つける)(このプロットでは生きる理由を見つけるを選択)
蓬莱の薬を飲んで永遠の生を受けることを決意
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魔理沙平安時代へ飛び、薬を奪い取ろうとしている自分に声を掛けて簡単に説明をして奪い取るのをやめさせる(もしくは輝夜と妹紅が仲良くなれるように工作をするという展開もあり)
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再び現代へ戻る
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妹紅の姿を捜して竹藪の奥の永遠亭へ行く
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中へ行くと2人仲が良さそうに過ごしているのが手に取れた
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魔理沙の姿に妹紅が近づき過去の事を清算して生きていく的な和解をする的な発言をして感謝の言葉を述べる。
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fin
このプロットは今までの整合性やキャラクター同士の人間関係、時間軸の矛盾、そして魔理沙の性格的にその選択はしないだろうと考えて没にしましたが、このままお蔵入りにするのももったいないので公開することにしました。