魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

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第6話 紅魔館にて③

 やがて地下の大図書館へと辿り着いた私は、扉を開けて中へと入った。

 

「パチュリー居るか~!」

「そんな大きな声を出さなくても聞こえてるわよ」

 

 大図書館の奥、理路整然と並ぶ本棚の間に空いた空間に置かれたいつものデスクに座るパチュリーから、気怠そうな返答が聞こえてきた。

 テキパキと図書整理に勤しむ小悪魔を横目に、私はそこから真っ直ぐ彼女の傍へと近づいて行き、借りていた魔導書を机の上に置く。

 

「ここに書かれている内容が難しすぎる」

「……それで?」

「私に教えてくれないだろうか。この通りだ」

 

 そう言って頭を下げながら手を合わせる私。

 パチュリー・ノーレッジという女性は誠意を見せて頼み込めば快く教えてくれる性格なのを私は知っている。……今まではプライドが邪魔して出来なかったことだが。

 返事を待っていると、彼女はポツリと呟いた。

 

「……貴女、変わったわね」

「え?」

 

 思ってもみなかった言葉に、私は顔を上げた。

 

「今までの貴女なら、そんな風に頭を下げて教えを乞う事もなかったし、誰が何と言おうと我が道を進んでいたじゃない。その心境の変化は博麗霊夢が亡くなったからなの?」

「……そう言われてみれば、そうかもしれん」

 

 時間が経てば自然と悲しみは癒える。とよく言うが、自分がトリガーとなって死んだ人の場合には、その法則が当てはまるのだろうか。恐らくそれは“否”だろう。

 今の私はとにかく何かに縋りつかなければ、再び引き篭もってしまいそうだ。昔のように馬鹿をやったり、ふざけたりする気にはなれそうにない。

 

「……やれやれ、貴女がいつまでもそんなんじゃ、調子が狂うわ。ちょっとこっち来なさい。どこが分からないの?」

「実はな――」

 

 私はパチュリーの隣に座って、魔導書を開いた。

 

 

 

「……と、ここはこんな感じに解釈すればいいのよ」

「成程な、その発想はなかったぜ」

 

 二時間にも渡るパチュリーの講義は、私では気づきえなかったとっかかりというものが、頭の中にスッと入ってくるものだった。

 “動かない大図書館”の異名を持つだけあって、知識が豊富だな。と心の中でパチュリーを褒め称える。

 

「大体こんなものかしらね」

「早速帰って実践してみるぜ! ありがとな、パチュリー」

「待ちなさい」

 

 帰ろうとする私をパチュリーが呼び止めて来たため、腰を上げていた私は再びその腰を下ろした。

 

「なんだよ?」

「三日前に貴女が興味を持った時から伝えるべきか迷っていた事だけど、やはりちゃんと話す事にするわ」

「?」

「魔理沙。結論から言うと今のままでは時間移動魔法は絶対に完成しないわよ」

「っ! それはどういう意味だよ!」

 

 パチュリーのぶっきらぼうな物言いに私は声を荒げたが、彼女は冷静に答える。

 

「その二冊の魔導書の著者はね、時間移動の理論を発見するだけで七十年近く掛かっているの。にもかかわらずその理論は実証されておらず、あくまで〝仮説″でしかないの。仮説を提唱するだけで人の一生分の時間を費やしてしまう――それだけ、〝時間″という概念は難解で複雑なのよ」

 

 諭すように言葉を紡ぐパチュリーに、私も頭が冷えてきた。

 

「……結局何が言いたいんだよ?」

「前々から勧めていた事だけどね。これもいい機会だしそろそろ本物の【魔法使い】になりなさい。せいぜい七、八十年程度で塵に還ってしまう人間のままでは、実在するかどうか、完成するかもわからない魔法を発見する前に、死神のお迎えが来てしまうわ」

「!」

 

 パチュリーの言葉に、私は目を見開いた。 

 

「貴女が望むのなら、手助けしてあげても良いわ。よく考えることね」

「……いや、決めたよ。パチュリー、私は魔法使いになるぜ」

 

 そもそも私が完全な魔法使いにならなかったのは、霊夢の存在が大きかったからだ。

 元々私自身不老長寿には興味あったものの、霊夢が博麗の巫女という〝人間側″の立場でいる以上、絶対に妖怪になる事はない。

 大切な親友をおいて行くのは私の本意ではないし、霊夢が人間のまま死ぬというのなら私もそのつもりだった。

 だけどその霊夢がいなくなってしまった以上、人間を辞める事に今更躊躇いはない。

 

「そう……! それじゃ早速始めましょうか」

「おう、頼むぜ」

 

 どことなく嬉しそうにしているパチュリーを少し不思議に思いながらも、私は〝魔法使い″になるために勉強を始めた。

 その後、パチュリーと話を聞いたアリスの手助けもあり、わずか二日で捨食と捨虫の法をマスターし、晴れて〝魔法使い″となった。


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