しばらくしてからにとりの自宅へと到着した私は、格納庫の中で宇宙飛行機のメンテナンスをしていた彼女に声を掛ける。
「おーいにとりー! 月の羽衣借りて来たよ!」
「待ってたよ!」
にとりがこっちに来るのを見計らって、私は箱から月の羽衣を出した。
「へえ~これが月の羽衣かぁ。なんだか不思議な雰囲気を感じるよ」
にとりは空に向かって掲げながらしげしげと見つめていた。
「永琳曰く満月の日に飛んだ方がより成功率が高くなるらしいから、その日に飛んだ方が良いと思うんだ」
「だったら今日満月だしちょうど良いじゃん」
「あれ、そうだったっけ」
彼女に指摘されて初めて気づいた私。
ここの所時間移動し過ぎてるせいか、月齢が曖昧になってしまったのかもしれない。
「それでさ、私が月に到着したい時間が150年前、200X年7月30日なんだけど、その時間でも構わないか?」
私が時間遡航したいと思っている200X年で、私が霊夢の自殺を防ぐ時間以降で一番近い満月の日がこの日になる。
月の最新技術を盗みたいと思っているにとりとは考えが相反することになるのだが。
「全然オッケーさ! むしろ時間移動が体験出来るなんて、ワクワクするよ!」
にとりは快諾してくれたので、私もホッとした。
「よっし。それじゃ早速この羽衣をエンジンに組み込んでくるよ!」
「頼む。私は一度家に戻って協力者を呼んでくるから」
「協力者? ってことは魔理沙以外にもこの宇宙飛行機に乗りたい人がいるのかい?」
「ああ。藤原妹紅っていうんだけど、乗せても平気か?」
かねてから言おう言おうと思っていたけれど、話すタイミングを逃してしまっていた。
「この宇宙飛行機は最大4人まで乗れるからオーケーさ。私はメンテナンスしてるから、その間に連れてきなよ」
「分かった。なるべくすぐ戻って来るよ」
「ねえねえ、私も立ち会ってもいい? 凄く興味があるのよ」
「もちろん!」
にとりと輝夜は宇宙飛行機の下部、巨大な噴出口がある方へと向かって行き、私は格納庫を後にした。
それからおよそ15分後、自宅に辿り着いた私は遠慮なしに玄関の扉を開く。
「おかえり魔理沙」
「ただいま。どうだ? 話はついたか?」
今の妹紅と慧音は先程の席に座ったまま動いた形跡がなく、特に何かイベントが起こったようには見えなかった。
「うん。私はもう大丈夫。慧音と久しぶりに話せて楽しかったよ」
憑き物が落ちたかのように清々しい表情で答える妹紅だったが、対照的に慧音は少し硬い表情をしていた。
「どうした? なんだか浮かない顔をしているな」
傍に近づきながらそう尋ねると、慧音は少し迷ったようなそぶりを見せてから口を開く。
「なあ魔理沙。私はこれから妹紅とどう接すればいいんだろうな……?」
「え?」
「どうも彼女は私に対する依存性が強すぎる気がするんだ。いずれ死に逝く私にこれでは、本人のためにも良くないと思うんだが」
「それだけ仲が良いなんて結構なことじゃないか。何を気にする必要があるんだ?」
「……私の知る妹紅は心を閉ざし、自ら人を遠ざけている印象があるからな。目の前にいる妹紅とのギャップが激しくて、少し混乱しているのかもしれない」
私が思うに、この時代の妹紅と未来の彼女とでは積み重ねてきた経験が違うので、その間に性格や彼女への思い入れが変わってしまっていてもおかしくはない。
失ってから分かる幸せとはよく言ったもので、私も霊夢とはもっと過ごしていたかった。という気持ちがある。
「それは違う、それは違うよ。慧音」
「え?」
慧音は驚いたような顔で妹紅を見た。
「私が今こうして生きていられるのも、慧音との数々の思い出があるからなんだ。慧音がいてこそ今の私があるんだ。それを否定することはすなわち、今の私をも否定することになっちゃう。だからそんなこと言わないで」
「……すまなかった。今の言葉は忘れてくれ」
それっきり二人の会話は止まり、この場に重い空気が流れる。私はそんな雰囲気を払拭するように口を開く。
「そういえば妹紅。良いニュースがあるぞ」
「良いニュース?」
「実はね――」
私は妹紅がいない間に妖怪の山と永遠亭で起こった出来事を話す。
「……妖怪の山に宇宙飛行機か。なんともまあ、スケールのデカイ話だな」
妹紅は目を見開いて驚き。
「そういえば、最近、とてつもなく大きな飛行物体が空を飛んでいた――という話を聞いたが、あれはにとりの実験だったのか」
慧音もまた、宇宙飛行機に思い当たる節があったようだ。
「まあそういうわけで、月に行くための算段が整った。今から行こうぜ!」
「分かった。行くよ」
「それなら私も見届けさせてくれ」
そうして妹紅と慧音は立ち上がり、私の自宅を出た。
そしてにとりの自宅へ三人並んで飛んでいる間、隣を飛ぶ妹紅がこんなことを言いだした。
「そういえば魔理沙。竹林で過去の私に出会ったんだろう?」
「ああ」
「あの時の私はとてもやさぐれていてさ、何もかもが嫌になってた時期だったんだ。みっともなくて情けないよね」
自嘲気味に笑いながら、妹紅は言葉を続ける。
「あれから私は、自分の身の振り方についてじっくり考えて、もっといろんな人と友好的になろうと思ったんだ。だから、きっかけを作ってくれた魔理沙に感謝しているんだ」
(そうか!)
「……博麗ビルで話してた意味、やっと分かったよ」
あの時は何を言ってるのかさっぱり分からなかったが、今更ながらに気づいた。
私にとってたった今行われた出来事が、妹紅にとっては遠い過去の出来事だったという認識の違いだったのだろう。
「いっつも慧音に言われてた事が、魔理沙に言われてようやく気付くなんて、やはり強情だったんだろうな」
妹紅は過去を悔やむように呟いていたが、私は、この失敗を生かして自分が変わる事が出来たのなら、それはそれで良い経験になったのではないかな。と思う。
その後も何とも言えない雰囲気のままにとりの自宅近くの格納庫へと辿り着き、その中に入って行く。
声を掛けようと口を開きかけた所で、私達の気配に気づいたにとりが機先を制するように喋り始める。
「あっ来た来た! こっちは準備オッケーだよ! いつでも行ける!」
「こっちも例の協力者を連れてきたぜ」
そう言って私は隣にいる妹紅を指さす。
「私は藤原妹紅だ。ここから850年後の未来から来てな、魔理沙とは協力関係にあるんだ。よろしく頼むよ」
「へぇ、あんたが魔理沙が言ってた協力者ってやつか。私は河城にとり、よろしくね」
お互いに自己紹介をしている中、慧音は巨大な宇宙飛行機を見上げながらにとりに尋ねた。
「ふむ、こうして間近で見るとかなり大きな乗り物だな。月までどのくらいの時間で行けるんだ?」
「着陸などの時間込みで、大体12時間もあれば確実に到着できる筈さ!」
「そんなすぐに着くのか。大したものだな」
大昔に紅魔館のロケットに乗った時は2週間近く掛かった記憶があるが、その時よりも断然早く到着できそうだ。
「んじゃま、さっさと行こうぜ」
「ちょっとちょっと、勝手に仕切らないでよね! この船を造った私がリーダーなんだから」
「ははは」
こうして私、妹紅、にとりの三人は宇宙飛行機に乗り込んだ。