魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

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高評価ありがとうございます。




第62話 宇宙空間

 西暦200X年7月30日――

 

 

 side ――――魔理沙――――――

 

 

 

 闇の渦から飛び出した先は、またもや真っ暗な空間だった。

 

「ん? なんだよ、全然景色が変わってないじゃんか」

「何言ってんのさ。ここ宇宙だよ! ほら、窓の外をよく見てみて!」

 

 興奮を抑えきれないにとりの言葉に従うと、果てしない暗闇の中に無数の星々が燦然と輝き、先程までいた場所とは明らかに違う光景が広がっていた。

 さらにコックピット内の後ろ側、両サイド一杯に他の星々よりも一際美しい巨大な星が見えていて、青色に輝くそれは間違いなく私達の住む惑星――地球だ。

 

「うわぁ~すっごく綺麗だなぁ……!」

 

 地球は半分以上が海に覆われ、北西から南に掛けて緑と茶色が混ざった巨大な大陸が広がり、表面のあちこちには雲が広がっている。

 それはもう目を奪われるような美しさで、言葉では表現し尽くせない絶景が広がっていた。

 

「これが地球か~スッゴイなぁ~、あれが日本かな?」

 

 妹紅が指さす先には、渺々たる大海に面する飛びぬけて大きな緑色の大陸――ユーラシア大陸の東端、海に囲まれている細長い弓のような形をした島が浮かぶ。あの特徴的な形は間違いなく私達の故郷、日本だ。

 

「地図で見たのと全く同じ形をしてるんだな~」

 

 私はそんな当たり前のことをつぶやいていた。

 

「うんうん。もうこの景色を見る事が出来ただけでも宇宙に来たかいがあったね!」

 

 にとりも目に見えて興奮した様子で周囲の景色を眺めていた。

 そして私は日本の南東側に広がる大海――太平洋上に目線を移した時、ふと気になる物を発見した。

 

 

 

「ん? あれなんだろ?」

 

 それはこの宇宙飛行機から遥か遠く、トンボの羽のように沢山のパネルが付いた巨大な人工建造物が地球の軌道上を飛んでいた。

 近くには、羽に〝endeavor″と記された私達の乗る宇宙飛行機に似た形の乗り物がくっついている。

 更に宇宙空間には、巨大な人工建造物から伸びた沢山のパイプに繋がれた状態で浮かぶ一人の人間がいて、つま先から頭のてっぺんまで隙間なく完全に防護された白い服を着用している。背中の平たい箱や、ガラスが嵌め込まれたヘルメットはとても重そうだ。

 

「あれって多分外の世界の人間だよね」

「ちょっとズームしてみよっか」

 

 にとりがそう言うと、頭上にあるモニターにその巨大な人工建造物がくっきりと映しだされる。もちろん宇宙空間にいる人の顔も鮮明に表示されていて、30~40代くらいの男性のようだ。

 

「見た感じ日本人じゃなくて白人っぽいね、宇宙服の肩に星条旗が付いてるしアメリカの人間じゃないかな」

「へえ~そうなのか」

「この時代にはもう宇宙に人が出てたんだなぁ。私の暮らしていた頃なんか、宇宙の話なんか一切出てこなかったのに」

 

 しみじみと呟く妹紅の言葉を聞いた時、私の脳内にテラフォーミング計画の内容が思い浮かぶ。

 

「もしかしてあれって宇宙ステーションじゃないか? ほら、紫の話だと21世紀初頭の外の世界の人間達は宇宙に積極的に出ていたらしいし」

「あ~言われてみればそれっぽいな」

「だとすると時間移動はちゃんと成功したのかな」

 

 自然と口をついて出た疑問に答えてくれたのはにとりだった。

 

「地球の衛星軌道上を飛んでいる人工衛星から今電波を拾ったんだけどね、現在時刻は西暦200X年7月30日午前8時25分って表示されているよ!」

「お~なんだかんだで成功したのか! 良かった、良かった」

 

 いつもなら成功している感覚というか手応えがあるんだけど、あの変な空間に飛ばされてしまったから自信がなかった。

 なのでにとりの言葉と、215X年にはもう無くなってしまっているであろう宇宙ステーションの存在によって、時間移動の成功が保証されたのは本当に嬉しい。

 結局あの謎の空間についての疑問は解けなかったけど、終わり良ければすべて良しということで納得しよう――。

 そう思っていたのだが、妹紅は私と違って納得していないみたいでこんなことを口にする。

 

「なあ疑問なんだがさ、その時刻ってのは何を基準としてるんだ?」

「え? 時刻は時刻だろ? それ以外に何があるっていうんだよ」

「外の世界――じゃなくて地球では時差ってのがあってさ、場所によって時刻が違うんだよ。幻想郷が昼だとしたら、幻想郷から見た地球の裏側にある国は夜になってるんだ」

「へぇ~それは知らなかった」

「だからさ、今にとりが言った時刻ってのはどこの国の時刻なんだ? 今私達は幻想郷じゃなくて宇宙にいるじゃん? それによって大分変わって来るだろ」

「……確かに」

 

 妹紅に指摘されるまで宇宙の時間なんて考えたことすらなかった。

 恐らくあの謎の空間から脱出する時に、時間転移する時の空間座標がずれてしまったのだろうと思うが……。

 私のタイムジャンプは、過去も未来も全く同じ場所に出てくるようになっているので、今回のようなケースは完全に想定外だ。

 

「えっとね~、人工衛星からの情報だとUTC――協定世界時によるものみたいだよ。宇宙の時間=この時間と置き換えて間違いないみたい」

「協定世界時ってなんだよ?」

「外の世界で、〝時刻″の基準となっている時間の事だよ。イギリスのロンドンを基準として世界中の国々の時間が定められているんだ」

「ん? ってことはもしかして協定世界時=日本時間じゃないのか?」

「そうそう。日本時間の方が9時間進んでいることになるから、幻想郷は今200X年7月30日午後5時27分ってことになるな」

 

 妹紅はにとりの傍にあるモニターに表示されている【AD200X/7/30 8:27:32 UTC】という数字を見ながら、私の疑問に答えていた。

 私は215X年の幻想郷から跳ぶ時、確かに200X年7月30日午前8時と指定した。

 勿論その時は時差なんてものを考慮してはいなかったし、その存在すら今知ったくらい。なのに指定した時刻にきちんと時間移動が出来た。

 

「ってことはさ、私の時間移動は、時間移動中に遠く離れた場所へワープしても、跳んだ先の土地の時間に自動的に変換されることになるぞ! これは新発見だ!」

 

 全くの偶然だけれど、新たな法則を発見出来たことに私は喜んでいた時、コックピット内の下方にあるランプが緑色に点滅している事に気づいた。

 

「にとり、なんかそこ光ってないか?」

 

 私はコックピットに付いているランプが緑色に光っている事に気づく。

 

「あ、本当だ。なになに……、これ通信の合図だね。発信元は――あそこに浮かんでいる宇宙ステーションからみたい」

「宇宙ステーションから?」

 

 何気なく頭上のモニターを見てみると、先程の宇宙服の男性がこちらに向かって人当たりの良い笑顔で手を振っていた。

 

「どうしよっか?」

「いや、ここは応答しない方がいいだろう。私達は未来から来たんだ。あまり外の世界に影響を与えたくない」

「分かった。それじゃ切っておくね」

 

 にとりはそう言ってボタンを操作すると、緑色のランプは消えた。

 そして頭上のモニターも電源が落ちて真っ暗になり、ゆっくりと飛行していた宇宙飛行機は再び動き出した。

 

「ここから先は自動運転に切り替えるから、好きに歩き回ってもいいよ。月に到着するのは午後8時を予定してるよ!」

「約12時間かぁ。結構長いなあ~」

「私が乗った時なんか二週間近く掛かったんだから大分早い方だぜ? まあのんびり行こうじゃないか」

「それもそうだね。よーし、んじゃちょっと歩いてこよっかな」

 

 そう言って部屋の外に出ようとした妹紅に対して、にとりが口を開いた。

 

「コックピットから出る際に何個か注意点。こことキッチン・トイレを除いてオービタ内は基本的に無重力状態にしてあるから、移動する際は気を付けてね!」

「ああそっか。ここは宇宙だから重力がないんだよな」

 

 にとりに注意されて初めて気づいたように妹紅は口にしていた。

 まあこのコックピットは普通に地上と同じように重力が働いているので、うっかりと忘れてしまうのも分かる。

 

「あれ? でもなんでトイレは無重力じゃないんだ? キッチンは火とか使うから危ないのは何となくわかるけどさ」

 

 その疑問に、にとりは渋い顔をしながら答える。

 

「……無重力状態だとね、地球と違って液体は下に落ちずに球になって空気中に漂うんだよ。それだけでもう言いたいこと分かるよね?」

「うへえ、それはやばいな」

 

 その惨状を予測したのか妹紅は苦い顔をしていて、かくいう私も想像しただけでも気分が悪くなってきた。

 ちなみに私は魔法使いなので老廃物を体外に出す行為をする必要がなく、その全てが自動的に魔力として変換される。なので基本的にトイレへ行く必要はない。

 

「それとシャワーを使う時も、地上と違って小さな水の球が無数にばら撒かれるようにお湯が出るから、水の球が口にへばりついて窒息する――なんて事故も起こりえるから気を付けてね」

「へぇ~そんな事になるのか」

 

(無重力って面白いなぁ)

 

「思いつく限りで注意した方が良いところはそれくらいかな? それじゃしばらくは自由行動でいいよ~」

「オッケー」

 

 そうして妹紅はコックピットの扉を開けて、部屋の外へと一歩踏み出そうとしたが、踏み出した足は地面には付かずに身体ごとふわりと浮かんでいった。

 

「お、おおお?」

 

 妹紅は困惑したまま中空で一回転し、そのまま天井に正面からぶつかった。

 

「あたっ」

 

 なおも勢いが止まらず今度は床にぶつかりそうになったところで、妹紅は床に手を付きながらバク転の要領で、また天井に向かって浮かんでいった。

 そしてまた天井に衝突しそうになったところで、張り巡らされた緩衝材が付いたパイプを掴み、その勢いを止めた。

 

「これが無重力か~。面白いなぁ」

 

 妹紅はコウモリのように逆さに張り付きながら、子供のような笑顔を見せていた。

 

「魔理沙もそこで突っ立ってないでこっち来なよ! 面白いぞ!」

「どれどれ?」

 

 私もそれに従って前に一歩足を踏み入れたが、やっぱり普通に歩くことはできずにフワフワと浮かんでいった。

 

「ええっ!」

 

 上手く制御しようと手と足を動かしても思うようにいかず、方向転換するのも難しく。

 

「はははっ、なんだこれ! めっちゃ楽しい!」

「でしょでしょ!」

 

 しょっちゅう空を飛んでいる私だけど、自分の意思で浮くのではなく〝浮かされる″この感覚はなんだかとても新鮮だった。

 

「でも髪の毛がちょっとウザったいなぁ。」

 

 無重力なためか普段のように髪の毛が真っすぐ下に伸びず、扇子のようにブワ~っと広がって顔にかかってしまっていて、かくいう私も結構凄いことになってる。

 

「ちょうどヘアゴム余ってるけど使うか?」

「お、サンキュー」

 

 ポケットに入れてあったヘアゴムを妹紅に手渡し、ついでに自分も鬱陶しくならない程度に髪を縛り止めた後、しばらくの間無重力を楽しんでいった。

 




史実では宇宙ステーションの完成日時は2011年7月21日です。

本文中にある通り宇宙空間内は協定世界時、幻想郷・月の都は日本時間を基準とします。

本当は月の自転・公転周期は地球とは少し違い、およそ30日になるのですが、ややこしくなってしまうので地球と同じくグレゴリオ歴を採用し、365日・24時間とさせていただきます。
申し訳ありません。

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