とてもうれしく思っています。
白塗りの壁で囲まれたシャワー室の中は、大の字になって寝転がれる程度の広さとなっていて、浴槽はなくシャワーノズルだけが壁から伸びている。
「んじゃまず体を濡らそうかな」
私はシャワーノズルを手に取って蛇口を回した。
ノズルの先端から雨粒のように湯気が立つ水の塊が小さな球となって空気中に放出され、浴室内に漂いだす。
その小さな水球に手を伸ばしてみると、人肌くらいのお湯が水玉のように肌に張り付いて離れなかった。
「お~これ面白いなぁ」
地上と宇宙での水の流れの違いを新鮮に思いながら、私はいつものように体を洗っていった。
特に髪が富士山のように上に向かって広がってしまい、頭を洗うのが少し大変だったけれど、それもまた面白い経験だったので対して苦にはならなかった。
そして全身が石鹸の泡塗れになり、洗い流そうと思って蛇口をひねった所でふと、ある事に気づく。
「そういえばこれ、体を洗い流した後どうしたらいいんだ?」
地上では頭からお湯をかければ自然と洗い流されるのだが、この場所は水が上から下へと流れ落ちないのではそうはいかない。
何かヒントがないか室内を見回したところ、排水と書かれたボタンを発見。早速そのボタンを押すと、壁と床の一部分がパックリと開き、強烈な風によってお湯や泡が吸い込まれていく。
私も危うくそこに吸い込まれそうになり、慌てて扉の取っ手を掴むアクシデントがあったものの、無事に排水が終わった。
「そうだ。良い事思いついた」
私は再び人肌くらいのお湯を出し続けていき、やがて充分な量が貯まった所で蛇口を止める。その後手でかき集めて体全体がすっぽりと埋まりそうな湯球を創り出し、その中に入っていた。
「ふぅ~これは中々いいんじゃないか?」
私の首から下がすっぽりとお湯の球に覆われ、さながらお風呂のように体全体がポカポカと温まり、しかも無重力なので、揺り籠のようにプカプカと浮かび上がる。
これもまた、地球では絶対に味わえない心地よい感覚だ。
次に私は最初に入った時から気になっていた事に、改めて注目を向ける。
「この窓って書かれたスイッチはなんだろうな?」
それは入り口から左側の壁に埋め込まれているのだが、もちろんこのシャワー室には窓なんかない。
「ちょっと試しに押してみるか」
すると、機械の作動する音と共に、スイッチのあった場所に顔がギリギリ入るくらいのガラス張りの小窓が出現し、そこからは満点の星空が見えた。
「うわ~綺麗だなぁ!」
地上から見上げる星空と、至近距離で見る星空はまた違ったもので、星屑をばら撒いたような幻想的な光景は、思わずうっとりとしてしまうものだった。
「ふふ、これもちょっとした贅沢だな」
私はしばらく外の景色を楽しんでいった。
「あ~気持ち良かった~」
おおよそ30分後、シャワー室から出た私は身も心もスッキリとした気分になっていた。
お風呂は心の洗濯なんて言葉もあるが、今ならその気持ちが良く分かる。
ちなみに入浴後の室内は、現在暴風のような風が吹き荒れており、中に入る事はできない。
この工程は残った水分や湿気を吸い取るためで、宇宙飛行機内で水分を放置するのは禁忌に近く、面倒でも必ずしなければいけない事なのだそうで、ついさっきまで私は丹念に室内の水気をふき取る作業をしていた。
その面倒くささを差し引いても、やっぱり無重力でのシャワーは良かったと思う。
「ふう~……」
大きく息を吐きながら、私は使い終わったタオルをダストボックスに入れ、入浴道具を元の場所に仕舞う。
それが終わった私は、再び全身鏡を見つめる。
「う~ん……いつも通り、だよなぁ」
そこには見飽きた自分の裸が映るだけで、特に体に異常が出ているようには見られない。
もちろん入浴中にも痛みや異変は起こらなかった。
さっきの異変は一体何だったんだろうか?
そんなわだかまりを抱いたまま、私は着替えていった。