2020 12/14 読みやすくするために地の分に空行を挿入しました
ブルブルと機体の静かな振動だけが響くコックピットに一人残された私は、せっかくなのでこれからのことについて考えることにした。
(まず私がしなくてはいけないのは、月の民の説得なんだよな)
少し今までのあらすじを簡単に振り返ってみようと思う。
これまでの時間移動において、年数にばらつきはあるものの、西暦300X年の未来では必ず科学の力によって幻想郷は滅びて、外の世界と同化してしまっていた。
紆余曲折の末に、その原因が月の民達による外の世界の人間達への宇宙開発の妨害なのではないか――と目を付けた私は、西暦215X年に逆戻りし、にとりと輝夜の協力を取り付け、妨害を行わないよう月の民へお願いするためにロケットに乗った。
(しかし、説得って言ってもどうやって行えばいいかな)
そもそも月の民達が何を考えているのか分からないし、ここから数百年に渡って外の人間を地球に封じ込めるくらいだから、よほど強い意志があるのだと思う。
交渉を優位に進めるこちらのカードといえば、未来の知識とその結末、そして〝紫が死ぬ間際に遺したメモリースティック″くらい。
この手札で上手くいくのか甚だ不安だ。
(それにまた新たな謎も増えたんだよなあ)
宇宙飛行機の高速飛行中に飛ばされた時計だらけの謎の空間、そして身体中に大きく刻まれ、すぐに胸の奥深くに消えていった時計の刻印。
これらの謎について少し落ち着いて考えてみても良いかもしれない。
(とは言っても更衣室で起こったことについては結論が出なかったし、謎の空間について考察してみるか)
(あの空間に跳んでしまう理由として、時間移動が関係しているのは間違いないんだが……)
実は私自身、タイムジャンプの原理について全て理解している訳ではない。
これを誰かに話せば『それでよく今まで時間移動できたな』とか『そんな適当で時間移動出来てしまうのか』みたいなツッコミをされるかもしれないが、本当のことなのでしょうがない。
タイムジャンプとは、私達が今いる三次元世界とは違う高次元の世界へ魔法陣を介して侵入し、その世界を経由して時を移動した後に、三次元世界の元の場所に戻ってくる仕組みとなっている。
この世界において、時間とは川の流れのように、過去という名の上流から未来という名の下流へ常に一方向へしか流れない。私達が住む世界で川を遡ったり一気に川を下るには、膨大なエネルギーが必要となってしまう。
ところが、研究中に偶然見つけ出した〝高次元の世界″は、何度か観測を重ねた結果、私達が抱く時間の既成概念に囚われず、時の流れが滅茶苦茶だということが分かった。
さっきと同じ例えで表すなら、水が下流から上流に流れたり、何の前触れもなく波が発生したり、急にピタリと水の流れが止まるようなイメージで、この高次元の世界では、川を移動するのにさほど苦労する事もなく、過去や未来の往来が簡単にできてしまう。
私のタイムジャンプ魔法とは、いわばこの〝高次元の世界″を安全に、そして進みたい方向へと舵取りできるようになる羅針盤のような魔法と言ってしまってもいい。
(これに則って考えてみると、私が何度か迷い込んでいるあの場所は高次元世界ってことになるんだが……)
いまいち断言しきれないのは、その正体について解き明かしきれていないからだ。
観測といっても、〝時の流れ″と〝高次元世界が在る″のが判っただけで、私達の住む世界の法則とかけ離れた未知の世界であることに変わりはない。
便宜的に高次元の世界と名付けてはいるが、それすらも正しいのか不明で、いつから在るのか? 生き物は存在するのか? などまさに分からないことだらけだ。
それに、あの時計だらけの空間が現れる時と現れない時の条件も、見当が付かない。
普段タイムジャンプする時は、視界がグルグルと渦巻きのようにうねるだけで、そんな場所へと飛ぶことはないはずなのに。
一度目は霊夢の自殺を防いで200X年から215X年へ戻った時、二度目は215X年から200X年へ、宇宙飛行機に乗って高速飛行中に時間遡航した時に迷い込んでいる。
どちらとも200X年から215X年へと時間移動したタイミングで現れているので、この150年の間に何かあるのだろうか?
もしくは歴史が大きく変わる瞬間にあの高次元の世界が出現するのか。
でもそう考えると後者の理由が説明つかなくなるな。
まさか宇宙に飛び出たという理由で歴史が変わる訳でもないだろうし、仮にそうだとしても、何が変化したのか分からない。
時間を移動する力を持っていても、全てを自由にコントロールできる訳ではないからだ。
「う~ん……」
なにか取っ掛かりのようなものがあれば一気にすべて解決しそうな気もするが、今の私には何も思い浮かばず唸るばかり。
偉そうに色々と考えてみたけれど、結局のところ分からない事だらけだ。
「お待たせ~」
そんな風に考え込んでいると、食事を終えたにとりが戻って来た。
コックピット内のデジタル時計を見ると、にとりが立ち去ってから30分も経過していた。こんなに考え込んでしまっていたのか。
「いや~ありがとね~魔理沙。おかげでお腹いっぱい食べれたよ」
にとりから微かに野菜の匂いがするので、もしかしたら冷凍庫に入っていたあのきゅうりを食べたのだろうか。
「それは良かったな。ところで月まで後どれくらいで着くんだ?」
宇宙は真っ暗なので実感はわきにくいが、今の時間は午後2時すぎくらいだ。
「ん~このペースだと後6時間くらいかなぁ」
「はーまだまだ長いな。私も寝てこようかな」
「うん、そうするといいよ。着きそうになったら起こしてあげるから」
「悪いな」
私はコックピットを出て睡眠スペースへと移動し、妹紅の向かい側のベッドで仮眠をとることにした。