魔法使いになったその日から私の日常は一変した。
パチュリーが話していた通り、お腹が減る事もなくなり夜になっても眠気が訪れなくなった為、必然的に眠る回数がどんどんと減って行って、空いた多くの時間を研究に費やすようになった。
それに時間に対する自分の認識も大きく変化した。
何と言えばいいか、〝一週間″のスピードが〝一日″のようにとても速く感じてしまうようになったのだ。
私が人間だった時、『妖怪達は時間に対してとてもおおらかで、あくせくと働く事がない』と聞いた事があって、実際に知り合いの妖怪達もぐうたらしてる奴が多かった。
それをまさに今痛感しており、人間だった頃よりもルーズな生活になってしまった。アリスが未だに食事と睡眠をしっかりとっているのも、もしかしたら日常にメリハリを持たせるためなのかもしれない。
だが悪い事ばかりではなく、良い事もある。
魔法使いになった瞬間から魔力の量がおおよそ五倍に増え、風向きや大気、地中を流れるマナの動向、星の動き等がはっきりと掴めるようになった。更に真暗な夜でも1㎞先まではっきりと視えるようにもなったし、箒を使わなくても自由に空を飛べるようにもなった。
人間だった時に『これは最強の魔法だ』と思っていた魔法も、今思い返せば陳腐な物に感じてしまい、その他にも数々の発見や驚きもあったが、まあ数を挙げるとキリがないのでこのくらいにする。
私は時々紅魔館に赴いてパチュリーに意見を求めたり、近くに住むアリスにちょっかいを掛けられたりしながらも、時間移動の理論を構築する為に研究に明け暮れた。
――時間移動の研究を開始してから一年経つが、一向に完成する気配がない。
果たしていつになったら終わるのだろう?
――時間移動の研究を開始してから五年後、ふと何気なしに鏡を見た時、毎年ちょびっとずつ伸びていた身長が止まっているのに気づいた。
相変わらず散らかり放題の自宅を漁り、人間だった頃の写真を掘り返してみる。
「おぉ」
鏡に写る今の自分の姿と見比べてみても全く姿形が変わっておらず、『ああ、私は本当に魔法使いになったんだな』と、この時強く実感した。
――時間移動の研究を開始してから十年後、咲夜が亡くなった。
永琳によると、死因は時間停止能力の使い過ぎによる副作用らしく、本来よりも早く寿命を迎えてしまったらしい。つい最近紅魔館でお喋りした時は元気そうに見えたので、まさかの死に衝撃を隠せない。
咲夜の葬式は、紅魔館で身内と親しい人間のみ集まってひっそりと執り行われた。
棺桶に入れられた彼女は、十代の頃の美しさを保ったまま綺麗な姿で眼を閉じており、すぐに動き出してもおかしくない遺体だった。
(『自分の体内時間を能力で止めているのよ』と生前に咲夜から直接聞いていたので、驚きはない)
悲しみに包まれた空気で粛々と行なわれた葬式で、レミリアが棺桶に縋りつきながら恥も外聞もなくワンワンと泣いていたのが、今も尚強く印象に残っている。
享年二十七歳、周囲の人々からとても惜しまれた死だった。
――時間移動の研究を開始してから二十年後、何気なく人里の中を歩いていたら、親父にばったりと遭遇してしまった。
二十年振りに再会した親父は、昔のような威厳がなく、白髪や顔の皺、肌のたるみが増えて前に会った時よりも目に見えて老いており、私は時の流れというモノを強く実感した。
親父は若い頃から全く変わってない私の姿を見て、『……とうとう妖怪になったのか。お前なんか私の娘じゃない! 二度と顔を見せるな!』と強く言い放って、立ち去ってしまった。
後日、この瞬間を文屋に撮られて記事になっているのを知り頭を抱えることになったのだが、それはまた別の話。
――時間移動の研究を開始してから二十五年後、文屋の天狗から親父の危篤の一報を受け、私は実家へと急行した。
二十五年ぶりに帰って来た実家に郷愁の念を感じる間もなく、扉を開けて中へ入る。奥の部屋をあけてみれば、布団に横たわっている親父の姿があった。
最後に会った五年前に比べるとかなり衰弱しきっており、いつお迎えが来てもおかしくない状態だった。
「なんで戻って来たんだ」
私の姿に気づいた親父が、口を開いた。
「親父が危篤だって聞いたからさ。いてもたってもいられなくて」
「ふん、余計な事を。二度と顔を見せるなと言ったのに」
そう口では憎まれ口を叩くものの、親父の憔悴しきった姿に、反骨心よりも悲しみの方が深く、幾ら親から嫌われようと、やはり私を生み育ててくれた親には非情になりきれない。
「……魔理沙よ。お前はなんで魔法使いの道に進んだんだ」
「『興味があったから』ってのもあるけど、決め手となったのは〝後悔″したから、かな。霊夢が自殺してしまったあの時、もっと優しくしてやれば良かったと今でも思ってるんだ。だからその後悔を無くす為に、私は魔法使いになったんだ」
「……そうか」
親父は小さく返事し、それっきり口を閉ざしてしまった。
翌朝、再び実家を訪れた時には、既に親父は息を引き取っていた。その死に顔はとても安らかなもので、何かに満たされたかのような、清々しさを感じさせる穏やかな死に顔だった。
私はすぐに葬式を執り行い、葬式には親父と親交のあった人間が幾人か参列し、別れの言葉を述べて言った。
一方で喪主の私には誰も近寄らず、此方を見ながらヒソヒソと小声で話しており、居心地の悪さを感じながらも葬式を最後まで全うした。
――時間移動の研究を開始してから五十年後、早苗がこの世を去った。享年六十八歳だった。
早苗が若い頃はよく会って話す事もあったが、年老いてからは空も飛べなくなって寝たきりになってしまい、その頻度が徐々に減って行ってしまった。
私も定期的には顔を見せていたものの、最後の方は私を私と認識出来なくなるくらい老いてしまい、彼女の若い頃を知るだけに余計悲しかった。
守矢神社で執り行われた早苗の葬式には、人里の人間達が多く詰めかけて涙を流しており、「ああ、早苗は里の人達から愛されていたんだな」と、感極まる思いを感じた。
……人間の友人はこれで全員死んでしまった。ああ、悲しい。
――時間移動の研究を開始してから、とうとう百年が経つ。
流石に百年も経つと記憶が記録になってしまい、良くも悪くも人間への接し方、感じ方が変わってしまった。
幻想郷の勢力も大きく変わり、最早、昔とは状況が大きく違っていた。
しかしこの年に、いつ終わるかも分からない、先の見えない研究に一筋の光が差し込む。天啓ともいうべきか、神がかり的な閃きが私の中に降りて来たのだ。
(こんなチャンスはもうないかもしれない。当分、集中していかないとな)
私はパチュリーとアリスにしばらく会えないかもしれない旨を伝え、自宅に完全に引き篭もって研究の日々を重ねていった。
――時間移動の研究を開始してから百二十年後。
失敗が重なり、私は頭を抱える。
度重なる実験の影響で、私の自宅近辺は火事で焼け落ちた後のように、草木も生えず真っ白になっている。
あと一歩、あと一歩の所まで来てるのに――!
――時間移動の研究を開始してから百三十五年後。
うっかりブラックホールを生成してしまい、危うく幻想郷が消し飛び掛ける事態になり、紫にこっぴどく怒られてしまった。
でもこの実験のおかげで、私は時間移動の手ごたえを強く感じた。完成は近いかもしれない。
――時間移動の研究の開始から百五十年後。
自宅に引き籠る事五十年、とうとう私は時間移動の謎を解き明かす事に成功した――。