――side 魔理沙――
「もうそろそろ月に到着しそう! 二人ともコックピットに戻って来て!」
「うん……?」
耳の奥まで響き渡るような拡声器の声で、私の意識は強制的に覚醒する。
「ふわぁ~あ、やっと到着か」
向かいのベッドを見れば、大あくびをしながらベルトを外している妹紅の姿があり、彼女も今の拡声器で目が覚めたようだ。
「って魔理沙も寝てたのか」
「暇だったからなぁ。次月に行く事があったら暇つぶしできそうな道具を用意した方がいいかもしれん」
「はは、そうだな」
そして私と妹紅は無重力の船内を泳ぐようにコックピットへ向かい、扉を開ける。
「おおっ!」
いの一番に飛び込んできたのは、コックピットの窓一面に映り込む巨大な月の姿で、表面に空いたクレーターも肉眼でバッチリと捉えられる距離に私達はいるようだ。
「こうして間近で見るとでっかいなぁ」
「月は地球の4分の1程度の直径らしいからね。地球のみならず太陽系全体で見てもかなり大きい衛星なのさ」
「へぇ~」
そんなうんちくを聞きながら、私と妹紅は座席に座ってシートベルトを着用した。もちろんヘッドセットも忘れない。
「皆席に着いたね? それじゃ今から着陸の準備にはいりま~す」
表側の月周辺を滞空していた機体は動き出し、月の裏側へ回り込むように舵を取った。
「こっから見た感じだとただの岩しかないようにみえるがなぁ」
「でもなんだか、月からはエネルギーを感じるよ。これも月の羽衣の影響なのかもしれないね」
窓から地表を覗き込む妹紅は不思議そうに呟く。
確かに月の裏側もまた、表側と同様にボコボコとしたクレーターや岩だらけで、一見すると何もないように見える。
だがそれは仮の姿であり、外の世界の人間達を欺くフェイクであることを私は知っている。
「このまま降りて行けばいずれ分かるさ」
そしてにとりは操縦桿を動かしながら、徐々に速度を落としつつ高度を下げていくと、ある地点――具体的な高さは分からないが――で透明な何かが私の体を通り抜けていく感覚が生じた。
その直後、眼下に見えていた無機質な荒野から一転してコバルトブルーの海が視界いっぱいに広がり、それは月の表側まで続いていた。
もちろんこの〝海″とは比喩的表現ではなく言葉通りの意味であり、私も初めてここに来た時は驚いた記憶がある。
「海だっ!」
「わぁすごい、まさか月に海があるなんてなぁ」
遠くには月独特の中華風の建物群が見えており、私達は間違いなく月の都がある結界の内側に侵入している。
「にとり、あの砂浜に着陸できそうか?」
「やってみるよ!」
前回は着陸に失敗し、この海のど真ん中にロケットが沈んでいった苦い記憶があるので、にとりが無事に着陸してくれることを祈るばかりだ。
「滑走路がないみたいだから、垂直着陸を狙ってみるよ」
そう言いながらにとりは砂浜上空まで宇宙飛行機を近づけた後、レバーを操作して旋回しながらゆっくりと速度を落としていく。
重力フィールドの影響か、周囲の景色が蜃気楼のようにぼやけて霞んでおり、何となく体全体に負荷が掛かっているように感じる。
やがてエンジンが完全に停止し、空中でピタリと止まった後、地面と平行になりながらゆっくりと高度を下げていき、静かに砂浜へと着陸した。
「ふう~……、着陸成功だね」
「あ~良かった」
にとりは安堵したように大きく息を吐き、かくいう私も心の底からホッとしていた。
「いよいよ月面に降り立つのか。ちょっとテンション上がって来たな」
「ヌフフ、楽しみだなぁ」
「よし、外に出るか」
私達は外に出ていった。
――西暦200X年7月31日 午前5時――
空に広がる無限の星々の中心には一際存在感を放つ地球が煌々と輝き、海からはたゆらかなさざ波の音が聞こえ、海岸沿いに茂る木々には熟れた桃がなっていた。
この海の名前は豊かな海という名前らしいのだが、その名に反して海中には魚一匹いないらしく、ここで釣りをしても何も釣れない。
更に言うと今の私達は生身で月の大地に立っているが、特に体に異常はない。
表側の月には大気が全くないのだけれど、どういう訳か結界の内側は酸素があって普通に呼吸ができるので、特別な装備は必要ないのだ。
「これが月から見た地球かぁ。おっきいなぁ~」
妹紅はポケットに手を突っ込みながら夜空を見上げている。
海上に浮かび上がる地球が水面に反射して合わせ鏡のように映り込み、ここでしか見れないファンタジックな風景が目の前に広がっている。
私も思わずその風景に見惚れていると、にとりがこんなことを言いだした。
「それじゃここからは別行動で行こうか」
「別行動?」
その言葉に私は振り向いた。
「私は今からあの都に忍び込んでくるから、あんたたちはあんたたちの用事を済ませて来なよ。また後でこの場所に集合ってことで!」
そう言った直後、にとりの姿は徐々に消えていき、終いには完全に周囲の風景と同化してしまった。
「フフフ、この光学迷彩スーツがあれば恐れるに足らず! 今の気分は大泥棒♪ 待ってろよ~」
小悪党のようなセリフを言い、月の都の方角へ、まっさらな砂浜に足跡が付けられていった。
(そう簡単に行くとは思えないが大丈夫かな……)
にとりの作戦に一抹の不安を覚えたが、まあこっちはこっちでやることがあるのでいつまでも気にしていられない。
「それじゃ私達も行こうか?」
「そうだな」
景色を眺めていた妹紅に声を掛け、私達も月の都へと歩き出して行った。