とてもうれしく思います。
「私達が地上の人間の宇宙進出に反対しているのは、さっき依姫が説明した通り『地上に蔓延する〝穢れ″を月に侵入させない事』それが理由よ」
確かに依姫はそんなことを言っていたな。
「つまり〝穢れ″が月にさえ入ってこなければ、そして〝穢れ″を浄化する手段さえあれば私達に反対する理由はないわ」
「話が見えないな。何が言いたいんだ?」
「結論から言いましょう。【原初の石】をある程度――そうねぇ、10㎏くらい持って来てくれれば、地上への干渉を止めるわ」
「原初の石?」
(聞いたことがないな……。なんか凄そうなイメージはあるけど)
それが私の第一印象だった。
「初めて聞く名前だな。取って来ても構わないが、それはどこにあるんだ?」
「どこにもないわよ」
「は?」
『持ってきて欲しい』と頼んだくせに『ない』と答えるなんて、こいつは一体何を言っているんだ?
「より正確に言うと、〝今この時代″にはもうなくなってしまっているの」
「……情報を小出しにしないでもっと詳しく教えてくれ」
「私達が生まれ落ちた地球――正確な年代は今も不明だけれど、それはおおよそ45億5000万年前に誕生したと言われているわ。その頃は地表は全てマグマに覆われ、生き物は誕生していなかった……。ちなみに月も、同じ頃に物凄くおっきな天体が地球に衝突して分離し、砕け散った岩石が固まって誕生した『巨大衝突説』が有力とされているわ」
「……ああ、それで?」
いきなりスケールが大きな話になったことに困惑しながらも、私は豊姫の言葉の続きを待った。
「それからおよそ1億年後、地球が現在のような大きさになっていくと同時に地表を覆っていたマグマは冷えていき、大量の水蒸気が発生した。その大気中の水蒸気が雨となって1000年以上に渡って地表に降り注ぎ、それはやがて海になったわ」
どうやら豊姫が語っているのは地球誕生の歴史のようだ。
「そこからさらに4億年後――今からおよそ40億年くらい前に原始海洋に最初の生命が誕生し、その2億年後に生物が海から這い上がったと言われているの。それ以降進化と発展を続け、現在に至るわ」
(最後の部分、大きくはしょったな)
「原初の石――それは、太古の地球、生命が誕生した頃に存在したとされる石でね、星を形作ったエネルギーが大量に含まれていたらしいの。でも地球に生命が誕生し、過酷な生存競争の過程の内に、地上は穢れで満たされ星の力を失ってしまった……」
『あくまで仮説の域を出ないんだけどね』と補足した豊姫は、さらに話を続ける。
「その原初の石には恐らく【穢れ】を除きとり、私達に新たな力を与え、真の浄土にする力がある筈。その石を月に持ち込んで解明して、力を増幅させることが出来れば、人間たちが宇宙進出してきても問題はない、と考えているのよ」
「なるほど。つまり話を纏めると、私に40億年前の地球に時間移動して、その石を月に持って来い、というわけか」
「ええ。でも当時の地球は常に隕石が降り注ぐ危険な状態だったらしいから、跳ぶなら39億年前が良いと思うわ。貴女のタイムジャンプは時間制限がないのでしょう?」
「ああ。実際に試したことはないが理論的にはどの時間でも行けるぜ」
「なら問題ないわね。どう? やってくれるのかしら?」
「そうだな……私は別に構わないが」
返事を出そうとしたところで、横からこんな声が入って来た。
「そんな昔に跳んで大丈夫なのか?」
「どういう意味だ妹紅?」
「外の世界の有名な例え話なんだけどさ、生命が誕生する確率は『25mプールに時計の部品を投げ込み水流だけで時計が組み上がる確率』と同じなんだって」
「そんなの不可能なんじゃないのか?」
時計はシンプルな見た目の割に非常に精巧に出来ているから、たとえ水の流れで自然に同じ場所へ部品が集まることがあっても、〝時計″として組み上がるところは全く想像できない。
何千何百――下手すれば何億何兆と試してみても時計が出来ることはないだろう。
「つまりそれくらい奇跡に等しい確率で、地球に生命が誕生したってことなんだよ。もしそんな大昔に行くことで、バタフライエフェクトが発生したらどうする。最悪生命が誕生しなくなる可能性もあるんだぞ?」
「ふむ…………」
妹紅の鋭い指摘に私は答えられなかった。――というかそんなこと考えたことすらなかった。
どう答えるべきか迷っていた時、口を出したのは豊姫だった。
「その可能性は万に一つもないでしょう。そもそもあなたはバタフライ効果を勘違いしているわ」
「え?」
「原初の地球は今の地球に比べて重力も弱いし、大気中の酸素もない。今と全く物理法則が異なるのよ? 今の時代から見れば異世界のようなもの。バタフライ効果は、起きる前と起きた後の世界の条件が同じでないと起こりえない」
『それに』と付け加えた後、さらに豊姫はこう続けた。
「この世界はあなた方が思っている以上に良く出来ているわ。心配しなくても大丈夫よ」
「いやでも、バタフライエフェクトってのは、些細な出来事が結果的に大きな出来事に変わるって意味なんだけど」
「あまりにも些細過ぎる変化は、事象を変えるにあたらず、通常と同じような結果へ収束するのよ? 私はてっきり、それを承知の上で時間移動をしているのだとばかり思ってたけど」
「この例えで言うなら、あなた達が原始海洋をむやみにかき回したり泳いだりしなければ、未来は変わりません。地上で石を採取するだけなら何の影響もないでしょう」
豊姫が自信満々に断言したことで、妹紅は押し黙ってしまった。
「ならその案に乗るぜ。それだけで済むなら安いもんだ」
「大丈夫かな……、何もなければいいんだけど」
妹紅は不安そうに呟いていた。
「さて、早速時間遡航しようと思うんだが、今『酸素がない』って言ってなかったか?」
もしそれが本当なら、何か対策を講じないと呼吸が出来ず活動不能になってしまう。
「ええ、原始の地球の大気濃度は今のように窒素と酸素で構成されてなくてね、主に水素やヘリウムガスで構成されているらしいの。ちなみに大気中に酸素が含まれるようになったのはおよそ23~20億年前。シアノバクテリアや植物プランクトンが光合成を始めたことがきっかけと言われているわ」
「へぇ~そうなのか。随分と詳しいんだな」
まるで学術書からそっくりそのまま引用したかのようにペラペラと語る豊姫に、私は感心していた。
「一時期地球の歴史に嵌ってね、調べてたことがあったのよ」
「ふーん。なら調べる手間が省けたな」
「もしあなた方が原初の地球へ赴くのであれば、こちらも最低限の支援を行いましょう」
「驚いたな。お前は反対じゃなかったのか?」
「お姉様の決定なら拒否する理由はありません」
「それなら協力を頼むよ。取り敢えず宇宙服だっけ? それが欲しい」
「分かりました。早速用意しておきましょう。ロケットに積んでおきます」
そう言って立ち上がったちょうどその時、扉がノックされる音が聞こえ、皆の視線が一斉に扉に集まった。