西暦215X年9月15日――
「やった、ついに完成したぜ!」
時間移動の法則、時間の理を解き明かした私は、机の上に散乱している書類が舞う事も構わず、椅子から立ち上がって大きくガッツポーズをする。苦節百五十年、強い達成感と歓喜の気持ちに満ち溢れ、長年の努力が実を結んだ瞬間だった。
私が開発した時間移動魔法――名づけて【タイムジャンプ】。文字通り過去や未来へ時間を移動する魔法だ。
時間移動に掛かる移動時間は僅か一分程度、行ける年数は無制限。やろうと思えば恐竜がいた時代、地球が太陽に呑みこまれる何億年もの先の遠い未来にまで移動出来る。
さらに凄い所は大規模な儀式や生贄・対価が必要なく、中程度のマナと頭の中で何年何月何日何秒と時間を指定するだけで跳べてしまうかなりお手軽な魔法である所だ。
敢えて欠点を挙げるとすれば、空間座標の指定が出来ない事くらいだ。
「後は成功するかどうかだな。まずは五分前に飛んでみる事にするか」
流石に初タイムトラベルで、いきなり長時間の時間移動は怖いので、短い〝時間″を設定する。
私は壁掛け時計を見て、現在時刻【午後1時5分】を確認した後、一度外に出てから魔法を発動させる。
「タイムジャンプ発動! 行先は西暦215X年9月15日午後1時!」
胸の高鳴りを感じながら宣言した瞬間、足元に自分の両手を伸ばした大きさくらいの歯車魔法陣が現れ、そこから発せられる光が私を包み込む。
「うっ」
その眩しさに目を閉じ、光が収まった頃に目を開く。
「成功……したのか?」
きょろきょろと辺りを見渡せば、そこは自宅の扉の前。窓からそっと中を覗いてみれば、机に向かいながら完成間近のタイムジャンプ魔法の最終調整をしてる〝私″の後ろ姿があった。
(私がいる!? って事は成功したんだな!)
私は思いっきりガッツポーズを取るが、すぐに冷静になる。
(っと、喜ぶのもいいけど、私の体に問題は出てないか?)
私は自分の体にスキャンを掛けて、どこか異常が出ていないかチェックする。手足はしっかり動くし、眼も良く見えている。記憶もちゃんと残っているし、体内に流れる魔力も問題ない。
(よし、どこにも異常なし! 完璧に成功したな! 私の理論は完璧だった!)
そう喜んでいた時、過去の私が急に立ち上がり『やった、ついに完成したぜ!』とガッツポーズしてる姿が見えた。
(やばっ、隠れないと!)
この後の行動を予測した私は、急いで自宅の横側の壁、玄関の扉を開けた場所からは死角になる位置に隠れる。
それからすぐに玄関が開く音がし、足音が聞こえた後『行先は西暦215X年9月15日、午後1時にタイムジャンプ!』の言葉と同時に辺りは閃光に包まれる。
その光が収束した後、私は顔だけ出して誰もいない事を確認した後に、そこから出た。
「ふう、危ない危ない。こんな些細な事でタイムパラドックスを起こしたら敵わんからな」
私が午後1時5分で跳んだ際には、過去に戻っていた〝未来の私″には気づいていなかった。自分の記憶に入れ違いがあるような事は可能な限り避けなければならない。
私は自宅の扉を開いて中に入り、まだ温もりが残っている机の椅子に着席した。
「さて、次は未来に飛べるかどうかなんだが……」
私は壁掛け時計を見上げる。時計の短針と長針は、それぞれ1と2を指していた。
「そうだな、10分後に飛ぶか。――タイムジャンプ発動! 行先は西暦215X年9月15日午後1時20分!」
座ったまま宣言した直後再び光に包まれ、それが収まった頃にゆっくりと目を開く。
「成功したのかな」
眼を開いた先には散らかり放題の机があった。さらに目線が低く、お尻と背中に柔らかいクッションが当たっている感触がある事から、椅子に座った状態なのだとすぐに理解する。
「おう、間違いなく成功してるぜ」
「!?」
振り返った先には、何と〝私″がいた。
「わ、私!?」
「正確に言うと、お前から見て10分後の私だ。何なら時計も見てみろ」
サムズアップしながら答える未来の私から目線を外し、カーテンが閉められ薄暗くなった部屋の壁掛け時計を見上げてみれば、午後一時二十分を表示していた。
(未来に行けたか! 良かった良かった、私の魔法は完璧だな)
心の中で安堵した後、私は後ろに立っている〝10分後の私″を見据える。自分をこうして客観的に見るのは、鏡で見る時とは違って不思議な感じがするが、それよりもまずは言いたい事があった。
「なんで私を待ち構えているんだよ!? タイムパラドックスが起きたらどうすんだ!」
そんな私の苦情を予測していたかのように〝10分後の私″はこう返した。
「お前が10分前に戻った時に、今の私が話している事と同じ行動、同じ言葉を喋れば大丈夫だろ」
「む、言われてみれば」
「それにな、同一人物が出会う事でおかしなことが起こらないか、念には念を入れて確かめてみたかったんだ。でもお互いに何も起こってないみたいだし、これで私の研究が正しいことが実証された」
(成程ね)
満足そうに頷く〝10分後の私″の言葉に、私はすぐに意図している事が理解できた。
「さあ、実験は成功しただろ? ほら、さっさと帰った帰った」
「なんでそんな偉そうなんだよ……まあいいけどさ」
しっし、と追い払うように邪険な行動を取る〝10分後の私″に呆れながらも、私は元の時間に戻るべく、タイムジャンプ魔法を発動させる。
(む、待てよ。ちょうど〝10分前″だと被る恐れがあるな。少し時間をずらすか)
ピッタリ午後1時10分に跳ぶと、もしかしたら時間移動する前の自分に出くわしてしまうかもしれない。無駄なタイムパラドックスを避けるためにも、戻る時間をずらした方が賢明だろう。
「タイムジャンプ発動! 行先は西暦215X年9月15日午後1時11分!」
眩い光と共に元の時間の一分後に戻った私は、九分後に備えてカーテンを閉めて椅子の後ろに移動し準備をする。
そして午後1時20分になったと同時に、目の前に歯車の形をした魔法陣が出現し、〝過去の私″が現れる。
(ふーん、こうなるのか)
その後私は、一字一句同じ言葉と同じ仕草をし、〝過去から来た私″を送り返す事に成功すると、私は大きく息を吐く。
「ふう、何だかどっと疲れたぜ。なるべくもう〝自分″に出会わないようにしよう。頭がこんがらがりそうだ」
続いて私はさらに呟く。
「――さて、実験も成功した事だし今すぐ霊夢に会いに行ってもいいんだが、一応アリスとパチュリーには挨拶をしておくかなぁ。もしかしたら、永遠の別れになるかもしれないし」
私の頭の中には、何かと世話になった彼女達の顔が浮かんでいた。未来が変わってしまえば、自分の存在が消えてなくなる事も否定は出来ない。
「ついでに150年前に借りた魔導書も返しに行くか。どこへやったかなぁ」
私はごそごそと家探しを行い、やがて探し物を見つけ机の上に置き、風呂敷に包む。続けて机に無造作に積まれた本の一番上にある、一冊のルーズリーフを手に取った。
「これどうしよっかなぁ」
ここには時間移動の概要についてザックリと書かれているので、聡明で魔法が使える人間・妖怪ならば、私と同じ魔法が使えるようになってしまう代物だ。
「……焼却処分しておくか。好き勝手に時間移動されたら危険だ」
私はキッチンに向かい、すっかりと蜘蛛の巣が張られてしまったガラス張りの食器棚の中から一枚のお皿を取り出す。それを机の上に置き、八卦炉でライターのような微弱な火を起こし、皿の上に置かれたルーズリーフに近づけていく――。
が、触れる寸前に私は火を消してしまう。
「駄目だ。やっぱり、燃やす事なんて出来ない」
このルーズリーフは私の150年の研究成果。血と涙の結晶を燃やしてしまうなんて不可能だ。
「とりあえずこれをどうするかは保留だな。後回しにしよう」
私はエプロンドレスの内ポケットに仕舞い込む。
「よし、それじゃ出かけよう。こっからだと近いのはアリスの家かな」
私は風呂敷を持って玄関の扉を出て、魔法の森を飛んで行った。