魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

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※2018/04/07 読みやすいように一部改稿しました。

※2021/01/30 更に読みやすくしました。


第80話 妹紅の疑問

「…………」

 

 機内に戻った私達は睡眠スペースのベッドに腰かけ、ヘルメットを脱いで静かに隣に置いた。

 

「ふう~、やっぱヘルメット着けてるとなーんか圧迫感あるよなぁ。魔理沙もそう思わないか?」

「…………」

 

 正面のベッドに座り、同じようにヘルメットを脱いだ妹紅が話しかけてきたが、今の私には呑気に雑談する精神的な余裕はなかった。

 さっきまでは、にとりやアンナと話すことでネガティブな気持ちを紛らすことが出来たが、改めて腰を落ち着かせたところで、再びネガティブな感情に苛まれてしまう。

 

「はぁ」

 

 妹紅は大きくため息を吐き、正面のベッドから私の隣に移動した。

 

「いつまで落ち込んでいるんだよ? そんなに暗く落ち込む姿なんて魔理沙らしくないぞ?」

「明るく振舞えるわけないだろ……。私にとってはかなりショックな出来事なんだからさ……」

 

 並行世界論では過去改変など不可能――その事実が重くのしかかり、私をいたく苦しめる。

 沈黙がしばらく続いたが、やがて妹紅が口を開いた。

 

「……私さ、あれからずっと考えてたんだけどさ、やっぱり並行世界説は間違っていると思うんだよ」

「だからもう気休めはいらないって言ってんじゃん。あっち行っててくれよ」

「まあいいから聞いてくれって。確かに魔理沙の仮説は割と筋が通ってると思うよ? でもさ、一つ気になる所があるんだよ」

「……なんだよ?」

 

 このまま邪険にしてしまうのも酷いかな、という感情に加え、妹紅の話に少し興味が湧いた私は、顔を上げて彼女に視線を向ける。

 

「この宇宙飛行機のことだよ。確かにとりが西暦213X年に魔理沙から設計図を貰ったって話らしいじゃん?」

「……それがどうしたんだよ?」

「でも魔理沙は設計図の存在すら知らず、渡した事実もない。これってさ、原因に対する結果――つまり因果が逆転してるよね」

 

 その事は確かに気になってはいたが、それが何か関係あるのだろうか。

 

「もし、時間移動して過去を変えた瞬間に並行世界へ移動するのならさ、因果そのものが消滅するから、未来の魔理沙が宇宙飛行機の設計図を渡す動機がなくなると思うんだ」

「?」

「未来の魔理沙は西暦213X年4月11日に設計図をにとりに渡して、20年後に今の魔理沙――未来の魔理沙から見て過去になる――が完成した宇宙飛行機を利用している。これってつまり、西暦213X年から西暦215X年まで、世界の時間が繋がっている証拠にならないか? もし並行世界が存在するのなら、未来の魔理沙が設計図を渡した時点で世界が分岐して、今の魔理沙が宇宙飛行機を利用することはなくなるだろうし」

「……待ってくれ、話を頭の中で纏めるから。え~っと……」

 

 今の世界線とは違う別の世界線から来た私がにとりに設計図を渡した時点でさらに別の世界線に分岐するのなら、元々の世界線にいた私は――

 ……駄目だ、ややこしすぎる。きちんと一から整理して考えてみよう。

 

 まず最初のきっかけが西暦215X年9月18日。

 あの時はタイムジャンプ魔法の強化の為に一度元の時間の自宅に戻り、重さに関する制限を取っ払った。続いて外の世界で魔法が使えるようにするために、予めマナを蓄えて置こうと思い玄武の沢を訪れた。その際、上流から流されてきたにとりと偶然出会い『あんたに頼まれていた物が遂に完成したんだよ!』という言葉を聞いた。

 

 あの時は何のことかさっぱり分からず、頭の片隅に留めておくだけにして、柳研究所を襲撃するために西暦250X年へ戻って行ったが、今思い返してみればこの時点で、未来の私による伏線が張られていた。

 

 そして私が宇宙飛行機の存在を明確に知った日が、西暦215X年9月19日、慧音と輝夜が自宅を訪れた日だ。

 

 延々と湧いてくる幻想を解明する研究所を潰しててもキリがない、という事で私の発案の元、月の民を説得する流れとなった。

 しかし問題は月へ向かう手段で、この時私は西暦215X年9月18日に聞いたにとりの意味深長な言葉を思い出し、一度その日に遡ることに決めた。

 

 そして翌日、思わぬ訪問客でもある輝夜の提案で永遠亭に向かう事になり、道中妖怪の山へと寄り道した時に宇宙飛行機の存在を知る。さらににとりの証言で〝未来の私″が仕組んだ事と理解した私は、この方法で月に向かう事を決めた。

 

 こうして整理してみると、〝未来の私が設計図を手渡した西暦213X年4月11日″から〝柳研究所を壊す前の西暦215X年9月18日″、そして〝柳研究所やその他沢山の研究所を壊した後の西暦215X年9月19日″の世界線は違うことになる。

 

 そうなると西暦213X年4月11日に設計図が手に入った瞬間に世界が分岐したのならば、西暦215X年の私は宇宙飛行機に辿り着けず、結果的に現在の状況と矛盾してることになり……。

 

(あーもう、こんがらがってきたぞ! 訳分からん! ――いや、待て。こう考えればいいのか?)

 

 自棄になりかけたが、何とか踏みとどまってさらなる長考に突入する。

 まず柳研究所に関していえば、そもそも西暦215X年には存在しないし、西暦250X年5月29日に私達が破壊したことで世界が分岐した為、この時点では世界線は同じなはずだ。もっと整理して考えよう。

 

 私がこれまで歩んできた軌跡を辿ると、まず霊夢が自殺した世界線――私がタイムトラベラーになるきっかけとなった最初の世界線――をAとして、西暦200X年7月20日に時間遡航し〝霊夢が自殺しなかった″過去へと改変することで、AからBの世界線へと移った。

 

 その後紅魔館を訪れた際、レミリアの願いもあって私は西暦200X年9月1日に舞い戻り、その時代の咲夜へ手紙を届けた。でも咲夜はレミリアによる吸血鬼化を拒み、『201X年6月6日に亡くなる』結果は変わらなかった。しかし、自分の寿命を伝え聞いていた咲夜が10年越しの手紙を送る事で、レミリアは後悔から立ち直り、それに伴って私はBからCの世界線へと移動した。

 

 次にややこしいのはCの世界線にまつわる時間の流れだが、これもまあなんとか説明がつく。

 

 まずCの世界線の未来――西暦300X年では幻想郷が滅亡してしまっており、その原因は博麗大結界の解れだと分かったので、一度250X年5月27日に戻り、紫にその事実を伝えた。

 その後に未来へ戻ると、今度は幻想郷が人間に侵略されて都会になってしまっており、妹紅に話を聞いたところそれが人間による幻想の解明だと分かり、色々と失敗を重ねつつも頑張ってきた。

 Cの世界線の未来も含めると、失敗した回数は合計で12回。失敗する度に世界線が一つずつずれていったのだとしたら、私が西暦300X年の博麗ビルの屋上で月へ行くと決断した世界線はOになっている筈だ。

 

 上述の通り、世界が分岐する一番早いタイミングが西暦250X年5月29日ならば、このCの世界線とOの世界線の歴史は、未来の幻想郷が〝滅亡して廃墟″になるか、〝滅亡して人の手により都会″になるかの違いでしかないので、西暦250X年5月28日以前の世界線はC≒Oが成り立つ。

 

 だがしかし、ここで問題になるのは、【〝未来の私″が西暦213X年4月11日のにとりに設計図を渡したのがどの世界線なのか】、【その設計図を渡した〝未来の私″が、どこの世界線からやって来た私なのか】の二点だ。

 

 私の考えだとCの世界線だと思うのだけれど、C~Oの世界線で幻想郷が滅亡した原因を考えると、AとBの世界線の未来でも幻想郷が滅亡している可能性が非常に高い。そうなってくるとAの世界線で渡された可能性も浮上するが、妖怪の山であんな大きな乗り物を建造しているなんて話は、見た事も聞いたことがない。

 ……しかし、この世界線の私はとにかく霊夢を救う執念で研究を続けてきたので、もしかしたら知らなかっただけかもしれない。

 

 つまり何が言いたいのかと言うと、〝未来の私″がどの世界線でにとりに設計図を渡したのか、断定できないのだ。

  

 続いて【その設計図を渡した〝未来の私″が、どの世界線からやって来た私なのか】についても、並行世界論では断定できない。

 

 何故なら、過去に跳んで歴史を変えるたびに新たな並行世界に分岐するのであれば、実質的に並行世界が無限に存在することになるからだ。結果的に時間移動可能な〝私″もその世界の数に合わせて無限に存在することになり、今こうして考えている間にも増え続けていることになる。

 

 仮に今より未来の私が並行世界に移動した時、それに私も引きずられて別の並行世界に跳ぶことになるのだろうか? もしくはこの世界に留まり続けるのか。私は世界が分岐する瞬間を感じ取れないので分からない。

 

 この問題については、無限に〝私″が存在するのであれば〝私″とは何なのか、世界とは何なのか? という哲学的な命題に行き着いてしまうので、考えるだけ無駄だ。それにもし、これまでの仮説で基準としてきたAの世界線が、私の預かり知らぬ所で未来の〝私″によって改変された結果なのだとしたら、前提から間違っていることになるのでこの仮説も無意味となる。

 

 随分と長くなってしまったが結論を出すと、【〝妹紅の疑問に対して、並行世界論ではどうとでも解釈が取れてしまうので収拾がつかず、真実を導き出せない″】。

 世界線、及び時間軸が一本ならまだ納得のいく説明がつけられるが、今の私と〝人間のまま死んだ霧雨魔理沙″が結びつかない理由が証明されない限り、この説を信じられない。

 なのであまり使いたくはないが、〝並行世界″という万能ワードを使ってこの現象に強引に辻褄を合わせるのなら、恐らくこうなるだろう。

 

「……やっと妹紅の言いたい事が分かったよ」

「結構長かったな。で、魔理沙はどう思ってるんだ?」

「その未来から来た私が〝西暦213X年4月11日に河城にとりに設計図を渡す″事が予め確定している世界に、現在の私が別の並行世界から移動してきた。と考えれば説明がつくだろう」

 

 要するに決定論という奴だ。自己同一性が否定されている以上、並行世界論を覆すにはまだまだ弱い。

 

「……つまり運命だと言いたいのか?」

「ああ、そうだ」

 

 歴史を改変した瞬間に並行世界に分岐してしまうのであれば、即ち全ての人間の行動は運命という名の超自然的意志によって予め定められていることになる。

 

 よく可能性は無限大なんて言葉があるが、普通の人間は未来を知る手段を持たないので、幾ら自分なりに考え抜いて決定した行動であっても、未来から見ればそこに至る経緯、過程など無視して、予め定められた『結果』のみが存在することになる。

 もし並行世界が存在せずに世界線が一本しかないのであれば、過去を変えた瞬間に未来は真っ新になり、世界は一から作り直されることになる……筈だ。

 

「魔理沙らしくない言葉だな。博麗ビルで『私は運命なんて陳腐なものは絶対に認めないからなっ!』と啖呵を切った魔理沙はどこへ行ったんだ? この言葉に私も大きく励まされたんだけどな」

「…………はぁ」

 

 妹紅の言葉は私の胸に深く突き刺さり、堪らず大きなため息が出てしまう。あの時は中々過去が変わらないことに苦しみながらも、いつかより良い未来が待っていると信じて疑わなかった。

 だけど、今は違う。

 幾ら未来を変えても根本的な解決にならないことを知ってしまったから。

 むしろ最初から知らなければよかったとさえ思ってしまう。

 

「っ! うぅ……」

 

 思いを巡らせたところで、遠い未来の別の並行世界で待ちぼうけしている紫やレミリアのことが頭に浮かび、クリアだった視界が滲みはじめていく。

 

「……とにかくあまり思い詰めないでくれよ。私は魔理沙が心配なんだ」

 

 そう言いながら、妹紅はぎゅっと私の手を握る。

 

「しばらくこうしてあげるから、元気出してくれ、な?」

「…………」

 

 彼女の優しい言葉に否定も肯定もせず、私は静かに涙を流していた。

 その間、妹紅は無言のまま頭を撫でてきたリ、肩に手を回してたりしてきたけれど、私はただただ悲嘆に暮れていた。




今回の話を纏めると、魔理沙の現在の知識では妹紅の疑問に対して並行世界論では説明しきれず、並行世界論そのものに疑問を投げかけるという話です。



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