魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

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第81話 アンナとの別れ

 妹紅に慰められながら、ただただ無為な時間を過ごす事約二時間。にとりから『修理が終わったよ!』と連絡が入ったので、深くため息を吐きながら重い腰を上げる。

 積極的に話しかけてくる妹紅に生返事を返しながらヘルメットを被り直し、再びアンナの宇宙船へと向かって行った。

 

「~ってことなんだよ」

「そうなんですか~、ありがとうございます♪」

 

 そこには地面に散らかった工具を箱に戻すにとりと、細長く光る謎のパイプのような物を持ちながら談笑するアンナの姿があった。

 

(なんで楽しそうに話していられるんだよ……。――っ!)

 

 和気藹々とした姿を見て、一瞬黒い気持ちが湧き上がってしまった自分の思考に、嫌な女だなと自己嫌悪に陥ってしまう。

 

(ああ……もう最悪だ。嫉妬するなんて私らしくもない)

 

 そんな葛藤をよそに、妹紅はにとりに声をかける。

 

「終わったのか?」

「うん、これで多分直った筈なんだけど。なにせ宇宙船の修理なんて初めての事だからねぇ。アンナ、ちゃんとエンジンが掛かるかどうか確認してくれる?」

「はいっ!」

 

 元気よく返事して、アンナは駆け足で宇宙船に乗り込んでいった。

 

「……魔理沙大丈夫? なんだか目が赤いよ?」

「私のことは気にしないでくれ。大丈夫、大丈夫だから」

「でも……」

 

 まだ何か言いたげなにとりだったが、私の険な雰囲気を感じ取ったのか、黙りこんだ。

 自分が明らかにムードを悪くしている事を理解しているが、かと言って明るく振舞える程気持ちの整理も付いていない。

 会話もなく微妙な空気が漂う中、ふと、アンナの宇宙船に変化が生じる。

 静かに撫でるような音を立てながら宇宙船の上部のライトが点灯し、地面に深々と突き刺さっていた機体が1m程度浮かびあがる。

 

「にとりさん、動きましたよっ!」

 

 開いたハッチから輝く笑顔を覗かせるアンナに、にとりは白い歯を見せながらサムズアップしていて、どうやら修理は完璧だったようだ。

 それからアンナは宇宙船を着陸させた後、私達の前に降りてきた。

 

「一時はどうなることかと思いましたが、これで母星に帰ることが出来そうです! ありがとうございました! 貴女達は命の恩人です!」

「いやいや、私は特に何もしてないし、お礼ならにとりに言ってくれ」

「私も良い体験をさせてもらったし、むしろこっちがお礼を言いたいくらいさ」

 

 快活な笑顔を見せるアンナは、今の私にはとても眩しいものに思えてしまい、俯いてしまう。

 

「それと魔理沙さん! 貴女にもぜひお礼をさせてください!」

「私?」

 

 名前を呼ばれた私は、顔を上げて彼女を直視する。

 

「もし魔理沙さんと出会うことがなければ、きっとあたしはこの星で朽ち果てていたことでしょう。無限に続く時間の中、貴女と出会えた運命に感謝します」

「運命って……」

 

 なんだかとても表現が大袈裟すぎるし、ほんの少し前までその言葉に悩まされていた私にとって痛烈な皮肉のような気もするけれど、彼女は心の底から思っているようなので、頭ごなしに否定するのは躊躇われた。

 そして彼女は私と目を合わせて、手をぎゅっと握りしめる。

 

「例えこの世界が数多ある可能性の一つだったとしても、あたしが魔理沙さんに救われた事実は変わりません。あまり悲観的にならないでください。貴女がやってきた事には必ず意味があります!」

「……!」

 

 アンナの力強い意志を持った瞳に圧倒され、たじろいでしまう。

 それから手を放したアンナは、ポケットから何かを取り出し、私の右手に握らせる。

 

「これはささやかですがお礼です。受け取ってください」

 

 手渡されたものは、一本のメモリースティックだった。

 

「これは?」

「日本語訳された近距離航海用の宇宙船作製データです」

「え?」

「……あたしは辛いことがあった時、宇宙に飛び出して星を見に行くんです。どんよりとした宇宙の闇に吞み込まれないように、負けないように、と強く光り輝く星々の力に、あたしも負けてられないぞー! って励まされるんです。この太陽系にはプロッチェン銀河にはない素敵な星々が沢山ありますので、魔理沙さんもぜひ、星を間近で見てみると良いですよ♪」

「アンナ……!」

「……いつか必ず貴女に会いに行きますので、その時には笑顔の魔理沙さんを見せてくださいね?」

 

 それが不可能なことだと分かっていても、こうして会ったばかりの私を気遣ってくれていることに、胸が一杯になる。

 ずっと私に寄り添って身を案じてくれた妹紅もそうだし、にとりも気遣ってくれている。

 私は結局自分のことしか見えていなかったんだな……。

 

「……ありがとな」

 

 まだ完全には明るくなれないけれど、少しだけ気持ちが楽になった気がする。

 アンナは微笑みながら大きく頷くと、一歩後ろに下がり。

 

「それではあたしはそろそろ行きます! 皆さん本当にありがとうございましたっ! この御恩は一生忘れません!」

「元気でな~!」

「気を付けて帰るんだよ~!」

 

 アンナは再び深々と頭を下げた後宇宙船に乗り込み、ハッチが閉じられる。

 直後ふわりと宙に浮かび上がり、窓から別れを惜しみながら手を振るアンナに私達も手を振り返し、宇宙へと飛び立っていった。

 天へと昇って行く飛行機雲を見ながら、私は感傷に浸るように呟く。

 

「一期一会。もうアンナと会う事はないだろうな……」

 

 ほんの数時間ではあるが、アンナは私に強烈な印象を与え、心に一つの波紋を投じていった。

 彼女は『貴女がやってきた事には必ず意味があります!』と断言していたが、この出会いも未来に繋がっていくのだろうか? その答えもいずれ見つけ出さければならないだろう。

 

「……私達も元の時代に戻ろうか」

「うん」

 

 この場から立ち去る事に名残惜しさを感じつつ、私達も宇宙飛行機に引き上げていった。

 

 

 

 宇宙服を脱いでいつもの恰好に戻り、コックピットに座って発進を待っていると、横から妹紅が口を出してきた。

 

「なあ、アンナのプレゼントはなんだったんだよ? ちょっと見てみようぜ」

「そうだな」

 

 にとりのせわしない手の動きから、まだ発進には時間がかかりそうだと判断した私は、ポケットからメモリースティックを取り出して外面に付いたボタンを押す。

 すると表面の小さなガラス球から光が放射され、空中に投影される。

 

「なんだこれ?」

 

 画面には、細かい紙面が幾つも重ねられたファイルが表示されており、その一枚一枚には特殊な形の謎の図面と、各部分の特徴について解説が付いた文章が表記されていた。

 アンナは『近距離航海用の宇宙船作製データ』と話していたけど、こんなに複雑な内容だったとは。

 

「ああーー!」

「!!」

 

 感心していたその時、ずっと作業していたにとりが手を止め、投影された画面を見て大声をあげた。

 

「き、急に大声を出すなよ!」

「これ! この宇宙飛行機の設計図だよ!」

「なんだって!?」

「間違いないよ! だってこの図に見覚えがあるもん! 私の家にあるのと全くおんなじだよ!」

 

 興奮気味に語るにとりの横で、顎に手を当てながら妹紅が呟く。

 

「……ってことはアレか? 未来の魔理沙が設計図を手に入れたのはこの瞬間だったってことなのか?」

「そう……なのかもな」

 

 予想だにしていない展開に、私は困惑するばかりだ。

 

「ってことはやっぱり並行世界論は間違いなんじゃないのか? やっぱり因果がおかしくなってるじゃん」

「……ひとまず200X年に戻ろう。考えるのは後だ」

 

 また深く考え込むと、気持ちが沈んでしまう。

 それなら現実から逃げるように、目の前の事に集中した方が良い。

 

「準備できた! それじゃ発進するよ~!」

 

 宇宙飛行機は地球を脱出し、宇宙空間へ飛び出す。

 もうこの時代に来る事は無いだろう。

 

「よし。タイムジャンプ発動! 行先は西暦200X年8月1日午後6時!」

 

 直後、再び縦に機体が大きく揺れたかと思えば、今度は下に吸い込まれていった。


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