魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

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第83話 時の女神

「まず私の正体なんだけどね。私は時間の概念の象徴――ざっくり言ってしまえば神に近い存在なのよ」

「時間の神だって?」

 

 唖然としている私をよそに、咲夜は言葉を続けていく。

 

「遥か昔、ビッグバンによりこの宇宙が誕生し、〝無″しか存在しなかった世界に〝時間″の概念が確立された瞬間に、〝私″も誕生したの。その時から全宇宙の時間の流れを統括し、因果が崩れないように宇宙を書き換えて、現在の法則を創造したわ」

「なんかもう途方もない話だな……」

 

 アンナという宇宙人の存在といい咲夜の素性といい、衝撃的な事実が多すぎてもう一生分驚き尽くしたかもしれない。

 

「そして魔理沙がいるこの場所は私の領域――【時の回廊】よ」

「時の回廊?」

「今真の姿を見せてあげるわ」

 

 そう言って咲夜は右腕を掲げ、指を弾く。

 氷が割れた時のような清涼な音と共に、真っ暗だった空間が一気に明るくなり、この場所の全容が見えて来た。

 空に浮かんでいた時計は消えてなくなって、変わりに雲一つない青空がどこまでも広がっている。

 北東の方角には、天を貫く高さの巨大な時計塔。外観はざっくり言えば紅魔館の時計台に非常によく似たゴシック建築様式。しかもこの距離からでもはっきり時計の文字盤が読めるということは、多分数㎞~数十㎞は離れているんじゃないかな。詳しくは分からないけど。

 続いて正面に目を向けると、私と咲夜・宇宙飛行機を囲むように幅が100m以上の広い通路があり、路肩部分には古びた石柱が一定の間隔で建てられている。この通路はどこまでも続いていて、終点は見えない。

 通路の外側――石柱の向こう側――は見る方角によって違う景色が広がっている。

 一方には満開の桜が咲き乱れる風光明媚な場所と、茜色に色付いた落葉樹から葉がヒラヒラと舞い落ちる雅な紅葉が広がる地域が見える。

 またもう片方には、先程の巨大な時計塔が目立つ荒涼とした砂漠地帯が地平線の果てまで続いていて、ある境界を過ぎると雪だるまが作れそうなくらい雪が降り積もる地域となっている。

 四季の象徴となる景色がいっぺんに並ぶ、気候も地形も常識も吹き飛んだごちゃまぜな世界となっていた。

 

「ほぉ~まさかこんな愉快な場所だったとはなあ」

 

 さながら観光客のようにキョロキョロとする私に、咲夜は説明を続けていく。

 

「ざっくり言ってしまえば、ここは〝時間の概念が誕生した瞬間から、時の最果てまで自由に通行可能な通路″だと思ってくれて構わないわ。物質的にしろ精神的にしろ時間移動する手段は幾つかあるけれど、どの手段で跳ぶにしても必ずここを通らないと過去や未来に行けないの。私がそうなるように宇宙の法則を〝創った″からね」

 

 その言葉には自信が満ち溢れており、生前? の彼女と性格が変わっていないことに、安心感を得ていた。

 

「……お前がとにかく凄い存在だと言うのは分かった。でもそしたら、幻想郷にいた十六夜咲夜は何だったんだ?」

 

 幻想郷で出会った彼女が人間だったのは、当時葬式に参列した私や彼女の死亡診断書を記した永琳が証明している。しかし咲夜が全宇宙の時間を司る神様で、気が遠くなるような時間を過ごして来たのであれば、これは明らかにおかしいことになってしまう。

 すると、今までニコニコしていた咲夜は陰りを見せ始める。

 

「……森羅万象全てに、始まりがあれば終わりがある。それはこの宇宙でも例外ではないわ。ありとあらゆる存在は時間の檻から逃れられず、生滅を繰り返す。まさに栄枯盛衰ね。時の回廊から眺めていた私は常に孤独だったわ」

「はぁ」

 

 唐突に壮大なバックストーリーを語り始めた咲夜に生返事を返すことしかできなかったが、彼女は気にする様子もなく語って行く。

 

「けれどそんなある時、宇宙の辺境に位置する天の川銀河、そこの太陽系第三惑星に、時間の概念に革命を起こした天才と〝永遠″の概念を持つ人間を発見した。これは魔理沙もよく知る人物よ」

「そんな人いたっけ?」

 

 自分の交友関係を思い巡らしながら、様々な人妖の顔を思い浮かべつつ関係ありそうな人物を絞っていき、やがて該当する人物に行き当たる。

 

「あっ! もしかして永琳と輝夜か?」

「正解。八意永琳は宇宙一の天才よ。物質的な肉体を捨てて無機質な肉体を得る、もしくは精神的な構造体に分離することで疑似的な不老長寿に辿り着いた存在はいたけれど、完全なる不老不死を実現させたのは〝八意永琳″ただ一人なのよ」

「そして蓬莱山輝夜も、ただの人間には有り余る〝永遠と須臾を操る程度の能力″を保有している。私と同格の神様になっていてもおかしくないわ」

「へぇ、そうだったのか」

 

 咲夜はさも凄い事のように語っているけど、私から見た二人の印象は〝戦闘も医術も何でもこなす凄腕の名医″と〝浮世離れした優雅なお姫様″でしかないので、いまいち実感が湧かなかった。

 

「でもそれが何の関係があるんだ?」

「私の中では、時間の理を覆す不滅の存在が現れるのは完全なイレギュラーだったのよ。一体どんな人物なんだろうと気になって、彼女達が生きる時間に意識を向けた」

「そこで日本の○○にある幻想郷という土地を発見してね、永琳と輝夜が多くの時間を過ごす未来を観測した私は、自分の力を徹底的に貶めて分身を創り出し、彼女達の秘密を探るために幻想郷に潜入させたのよ。このままの姿で干渉すると時間軸が崩壊する可能性があったからね。……それが人間〝十六夜咲夜″の正体」

「……んーとつまり分霊みたいなもんか?」

 

 異変の時に神奈子が創り出していたようなアレを思い浮かべる。

 

「ちょっと違うけどまあそう解釈してくれて構わないわ。けれどここで、大きな誤算があった」

「誤算?」

「どこをどう間違えてしまったのか、神格を落として人間の自分の分身を創り出す過程で記憶を写しそこねちゃってね、真っ新な状態になってしまったの。人格や知識、一般常識は残っているのにエピソード記憶だけが存在しない……、いわゆる記憶喪失の状態ね」

「!」

「その時の私の主観では、右も左も分からない状態でいきなり見ず知らずの土地に放り出されて、自分の行動も、名前すらも思い出せない状況にパニックに陥っていた……。そんな私をお嬢様は優しく迎え入れてくださったわ。結局当初の目的は果たせなかったけれど、幻想郷は空っぽだった私に多くのモノを与えてくれた。特に生まれてこの方名前のなかった私に〝十六夜咲夜″という個人名と、温かな居場所を与えてくださったお嬢様には、感謝してもしきれないわ」

「そうだったのか……」

 

 語り終えた咲夜は、晴れやかな表情をしていた。

 今思い返してみれば、生前の咲夜は自分の過去について多くを語ろうとしなかったが、それが記憶喪失なら納得は付く。

 それにレミリアに名前を付けられるまで、時の神としての個人名が存在しなかったのにも驚きだ。名前のない自分なんて、全く想像が付かない。

 だが話を聞いていて、少し腑に落ちない点がある。

 

「一つ疑問なんだけどさ、咲夜は過去も未来も全て見通せる存在なんだろ? ならどうして幻想郷に分霊を送り出す時に、〝記憶を失う″未来を回避しなかったんだ? 未来が見えるなら完全な状態で幻想郷に行けるだろ?」


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