魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

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第84話 主観と客観

「む」

「結局お前はレミリアをダシに使ったんじゃないのか?」

 

 自分でも底意地の悪い質問だとは思っているが、つい気になってしまい口に出してしまった。

 何故ならレミリアは本気で咲夜に頼り過ぎてしまった事を悔やみ、プライドの高い彼女がそれを投げ捨ててまで過去を変えて欲しいと懇願してきたのだ。もし咲夜がその未来を知りつつ敢えて何もしなかったのだとしたら、かなり独善的であると言わざるを得ない。

 私の言わんとすることが伝わったのか、咲夜はムッとした表情で答える。

 

「確かに私は無限の時間を見通すことが出来るわ。けれどね、それはあくまで時間軸の外側――時間の概念が存在しない時の回廊――から眺めている私の主観でしかないの。分かる? 私が世界に介入したことで、観測した歴史が改変されてしまったのよ。気づいた時にはもう、幻想郷に記憶喪失の私が存在していた……。一度送り出してしまった以上、やり直しは利かないのよ」

「……ちょっと待て。どういう意味だ? 咲夜は時間の流れから独立した客観的存在、いわば観測者ではないのか? その〝変化した歴史も込み″で、未来を見通せないのか?」

「そもそも時間という概念を客観的に見る事は不可能よ。何故なら主観をどこに置くかで大きく変わってしまうから」

「は?」

「じゃあ魔理沙に聞くけれど、過去・現在・未来っていつからいつを指すの?」

「そんなの、西暦215X年9月19日が現在でそれ以前が過去。それ以降が未来なんじゃないのか?」

「それは魔理沙の主観が西暦215X年9月19日にあるからよね? なら仮に西暦220X年に主観を置いた場合なら、過去・現在、そして未来はどうなると思う?」

「……西暦220X年が現在になって、それ以前が過去、それ以降が未来になるな」

 

 主観が50年ズレることで、過去・現在・未来の定義もそっくりそのまま50年ズレる事になる。

 

「つまり主観とは、どこか一点に留まる事なく時間の流れに乗って常に未来へと流動性を持っているの。それは無機物有機物問わず、宇宙の全ての存在に当てはまるわ。でもその例外が私と魔理沙。時間の流れを飛び越える存在にとって、主観はないに等しい」

「ふむ……」

 

 観測者の〝主観″がどこに委ねられるかで過去・現在・未来の定義が変わる――咲夜の説明は、的を射ているように思える。

 

「地球では、時間が人間によって1日=24時間・1時間=60分・1分=60秒と定義されているように、常に規則性を持って過去から未来へ流れているわ。敢えて客観性を見出すとしたらここね。人間は強引にでも客観性を創り上げなければ、自らの生活が成り立たなくなってしまうから」

 

 確かに、今や当たり前のように使われている時制の概念が無かったら生活はめちゃくちゃになっているかもしれない。三時のおやつの時間も分からなくなるし。

 

「幾ら私でも二つの主観を同時に持つことはできない。幻想郷に人間の十六夜咲夜が出現した瞬間に、私の主観は〝幻想郷に記憶喪失状態で現れた十六夜咲夜″と、〝時の回廊に居る私″に別れたの。時の回廊に居る私が時間軸に干渉してしまえば、再び歴史が改変されてしまうから手出しは無理。だから、人間の十六夜咲夜が人としての生涯を閉じて、その魂が輪廻の輪から抜け出て本体である私の元に戻るのを待っていたのよ」

「成程なぁ」

 

 纏めると、時間とはあくまで相対的なもので、絶対的な客観性を保つためには時間の外側である時の回廊に居なければならない。そこから動いてしまえば宇宙の歴史が変わってしまい、客観性が崩れてしまうって事か。

 それなら色々と納得がいく。もしあんな結末を事前に知っていたのだとしたら、悲嘆に暮れるレミリアを放っておくわけがないだろうし。

 

「そして魔理沙の疑問に対する答えはこうよ。『私が幻想郷で十六夜咲夜という人間として過ごしていた時は、時の神としての〝私″の存在や使命なんかすっかり忘れて、人間として日々を一生懸命生きていた。お嬢様を心の底から敬愛し、忠誠を誓っていた』。この言葉に噓偽りはないわ。二度とお嬢様を侮辱しないでもらえる?」

「わ、悪かったよ」

 

 鋭い眼で睨みつけられたので、素直に謝った。

 ちなみに咲夜のウエディングドレスっぽい衣装については、その方が神様っぽく見えるという理由で着ているだけで、特に拘りがあるわけではないようだ。

 

 

 

「これで魔理沙の疑問には一通り答えたと思うけど」

「いや、まだ聞きたいことがあるんだ」

 

 咲夜の身の上話も大事だったが、それよりももっと核心に迫る真実を聞きたい。

 

「なあに?」

「世界の解釈についてだ。この宇宙に並行世界は一体どれだけあるんだ? いや、そもそも時間の流れとはなんなんだ?」

 

 どれだけ仮説をこねくり回しても、世界の内側にいる私には正しい判断が下せない。ならばいっそ、最も良く知る存在に話を聞いた方が手っ取り早い。こんな機会はもうないかもしれないし。

 

「並行世界? 魔理沙はどこまで知ってるの?」

 

 私はこれまでの出来事と自分の考えを咲夜に全部説明する。

 

「なるほどね。少し長い話になるけど良いかしら?」

 

 私は無言で頷いた。

 

「ではまず結論から話しましょうか。この宇宙には〝並行世界、多次元宇宙といった存在はないの″。宇宙は一つ、時間軸は過去から未来へと常に繋がっているわ」

「なん……だって?」

 

 咲夜の言葉に耳を疑い、心なしか体が震えて来る。

 

「現時点の魔理沙が知り得る情報かつ貴女の主観に沿って話すのなら、貴女がこれまで過去を改変したことで〝霊夢が自殺した歴史″〝お嬢様が私の死に悲嘆する歴史″〝狂った八雲紫が待ちぼうけしている歴史″は無かった事になって、歴史は〝霊夢は天寿を全うし″、〝お嬢様は私の死から立ち直り″、〝幻想郷跡地で八雲紫が未来を変えるのを待ち続ける″結果に塗り替えられたわ」

 

 霊夢達の話が取り上げられていくたびに、心臓が早鐘を打ち続けていく。

 

「ってことはつまり……私は霊夢も、レミリアも救うことができたのか……?」

「その通りよ。貴女はもう思い悩む必要はないの。貴女の行動によって間違いなく歴史が――世界が変わったのだから」

「噓じゃないんだな!?」

「本当よ。そんなに信じられないのなら、今の言葉を神託扱いにしても良いけど?」

「良かった……! 本当に良かったっ……!」

 

 咲夜の言葉は、不思議と胸の中にストンと落ちてくるように響いた。

 自分がこれまでしてきた全てが報われた事。彼女達が真の意味で救われたのを知り、気づけば頬を涙が伝っていた。

 

 

 

「……落ち着いた?」

「ああ、なんか済まないな。見苦しい所を見せちゃって」

 

 しばらく涙を流し続けてようやくほっと一息ついた所で、だんだんと頭が冷静になってくる。

 

「で、でもさ、世界が同一なら、人間の霧雨魔理沙と魔女になった私が結びつかなくなるんだが、それは矛盾じゃないのか!?」

 

 私はこの疑問に解を出せなくて並行世界理論を提唱した。ならば、咲夜はこの答えを知っているのだろうか?

 そう思いつつぶつけた疑問に、咲夜は考える素振りすら見せずきっぱりと断言した。

 

「矛盾はしていないわ。何故なら世界は常に折り重なっているから。貴女が人として亡くなる過去も、時間を移動する術を身に付けて今こうして私と会話する過去も、確かに歴史としては存在したのよ」

「???」

 

 言葉の意味がわからず、私の頭はクエスチョンマークで一杯になっていた。

 

「……その顔を見る限りよく分かってないみたいね。図で書いて説明しましょうか」

 

 そう言って咲夜が指を弾くと、時の回廊のど真ん中に2人掛けの机と椅子が出現し、机の上には真っ新な紙束と筆記用具が置かれていた。

 

「どこからこんなもの出したんだよ?」

「細かいことは気にしないの。座りなさい」

「はぁ」

 

 既に着席していた咲夜に急かされながら、私も対面に座った。


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