総文字数5937文字です。
2021/02/14 文章の改稿と追記を行いました。
彼女はHBの鉛筆を手に取って、真っ新な紙に一本の横線を引き、それぞれの端に過去・未来と記す。
「まずイメージとして、世界はこの一本の線だと思ってちょうだい」
「おう」
咲夜は横線の左端付近に〝西暦200X年7月20日″、右端付近に〝西暦215X年9月15日″と注釈をつけた縦線を追加する。
「一番最初の霊夢のケースで例えると、魔理沙が西暦200X年7月20日に跳んで過去を変えた時、世界はこのように変化していったの」
続けて、西暦215X年9月15日から西暦200X年7月20日にかけて半円状に矢印を伸ばした後、そこから、元々記されていた横線の上をなぞって真っ直ぐ横線を引き、右端に【霊夢・生】と付け加える。
寸分の狂い無く綺麗に二度書きすることで、横線――つまり世界線は鉛筆の濃さで例えるならHBからBにまで濃くなった。
この行為が意味することはすなわち。
「世界が……上書きされた?」
「その通り。魔理沙が西暦200X年7月20日に歴史を改変したことで、この日以降の時間軸も上書きされたのよ。魔理沙の仮説と大きく違うのは、〝IF(もしも)の世界が存続するかしないか″」
私がアリスに説明した時は、西暦200X年7月20日の出来事を変えた時に歴史が分岐すると話した。だが咲夜によるとそれは大きな間違いで、並行世界に分岐することは有り得ないと言う。
「しかしこれだと元々の世界、私が過去を変える前の世界はどうなるんだ? ……ま、まさか消えてなくなってしまうのか?」
「違うわ。【西暦200X年7月20日に霊夢が自殺した】歴史を元に、【霊夢が自殺した事実は無くなり、西暦200X年7月20日には何も起こらなかった】という歴史へ〝上書き″するだけ。世界はあくまで一つしかないから」
「つまり私が過去を変えた場合、〝改変前の歴史は全て改変後の歴史に塗りつぶされる″ってことか」
「過去が変わるきっかけを除いてね。私が挙げたケースで言えば霊夢がちょうどこの条件に当てはまるけれど、彼女の場合自ら命を絶ってしまったから、死後の記憶は残っていないでしょう」
「……ん? ってことはもしかして、レミリアや紫も改変される前の過去を覚えているのか!?」
私の指摘に咲夜は頷いた。
「間違いなくそうでしょうね。魔理沙が過去を変えてから再会した時、二人に何か言われなかった?」
その問いかけで記憶の底を漁っていくと。
「……そういえば」
「思い当たる節があるようね」
レミリアには『貴女は良くやってくれたわ。私が今こうして立ち直れているのも、全て貴女のおかげと言っても過言ではないわ』と感謝され、紫には一緒に過去へ戻ろうと誘った時『過程がどうあれ結果的に幻想郷の崩壊を止めることが出来なかったんですもの。過去に戻っても悲しいだけですわ。私は、ここで未来が変わるのを待つことにしますわ』と断られた。
当時は何とも思わなかったけど、今思い返せばこの含みを持たせる言い回しは世界が同一であることの伏線だったのかもしれない。
「ここまでの話を纏めると、【魔理沙が過去を変える度に、世界は新たな歴史へ書き換えられる】。貴女以外で変わる前の歴史を認識できるのは〝過去が変わるきっかけとなった当事者″と、時の回廊で観測する私。例外は輝夜くらいでしょうね」
「輝夜も?」
「彼女の〝永遠と須臾を操る程度の能力″は、世界の上書きを受け付けないのよ。だから魔理沙がどれだけ歴史を書き換えたとしても、輝夜だけは以前の歴史を持ち続けることになるわ」
「成程なあ」
私の家で語っていた輝夜の仮説は結果的には間違っていたものの、あれは今までの体験の裏付けだったんだろう。今度輝夜に会った時にこの話を伝えることにしよう。アイツの性格的に喜びそうな気がする。
「さて、次の疑問『何故人間の霧雨魔理沙とタイムトラベラー霧雨魔理沙が結びつかないか』については、このように説明できる」
咲夜は鉛筆の先端で紙に記された世界線を指す。
「私はさっき、この世界線をそのままなぞったわ。一見すると一本しかないように見えるけど、実際にはピッタリ二本重なっている。つまり魔理沙が時間移動して歴史を改竄するたびに、世界が動いた痕跡がミルフィーユのように幾層も積み重なっていくの」
「……どういうことなんだ?」
「先程も話した通り、世界は0から再構成されるのではなく、元々存在した時間軸上に新たな〝上書き″を施すわ」
咲夜は西暦215X年9月15日、と記された縦線部分に鉛筆の先端を向けた。
「この日付は貴女が150年掛けて時間移動の理論を確立し、タイムトラベラーとなった日」
再確認させるように述べた後、鉛筆を置いて黒色のマジックペンを手に持ち、この縦線と世界線の交点に印を付ける。
「魔理沙のように時間の理に至り、なおかつ私の認可を受けた知的生命体は時間軸上の〝特異点″になるわ。マジックペンを消しゴムで消すことができないように、特異点になった知的生命体は因果の理から外れ独立する。つまり時間軸が上書きされても存在が消えることはないの」
「!」
「何故なら上書きする前の世界線の痕跡――〝霊夢の自殺を防ぐ為に魔理沙が時間移動を習得し、過去に戻って歴史を変えた″という因果が礎となって、〝霊夢は天寿を全うした″という歴史になったから。これが完全に世界の記録から消滅してしまうと因果律の崩壊が発生してしまうのよ」
「タイムパラドックスってやつか」
「そう。結果として西暦205X年に亡くなった人間の霧雨魔理沙と、今ここで私と会話しているタイムトラベラー霧雨魔理沙は〝容姿も思考も人格も全く同じ別人″になるの。人間魔理沙≠タイムトラベラー魔理沙。これが答えよ」
「……限りなくそっくりな同姓同名の別人ってことになるのか」
(まるでドッペルゲンガーみたいだな。ただ一つ違うのは、どっちも本物だということだけど)
咲夜の理論では、今の私が人間の〝霧雨魔理沙″に干渉しても、親殺しのパラドックスは起こらないことになる。
私と〝私″が結びつかない理由については納得出来たが、話を聞いてまた新たな疑問が生まれた。
「一つ疑問なんだが、妹紅の存在についてはどう解釈すればいいんだ? 彼女が生きる時間――西暦300X年5月6日時点で、〝私と一緒に時間移動を繰り返す妹紅″と、〝紫の誘いで西暦282X年に地球から月の都に避難した妹紅″の二人がいる訳だが……、タイムトラベラーじゃない彼女も特異点になるのか?」
後方に停まる宇宙飛行機の中で、今も止まったままの二人を思い浮かべる。
にとりに関してはまだ過去も未来も改変してないので、このにとりは同一性を保っている筈だけど、妹紅については事情が違ってくる。
まず前提として、先程咲夜は『魔理沙のように時間の理に至り、なおかつ私の認可を受けた知的生命体は時間軸上の〝特異点″になるわ』と話していた。言い換えれば、私のように時間を自由に移動する手段を持たなければ特異点にならないとも解釈できる。
実際、私が過去を改変したことで、西暦215X年9月17日のレミリアと西暦300X年5月7日の紫は、改変前の記憶こそあれど、改変後の歴史に沿った人生を送っていた。
しかし妹紅の場合、私と一緒に何度も時間移動して歴史改変を繰り返したことで、既述の通り二通りの歴史を辿った妹紅が存在している。
咲夜の理論に当てはめるなら、特異点化の条件を満たしていない彼女が二人いる事実はタイムパラドックスを引き起こしていることになるのだ。
ちなみに彼女達が動かなくなった理由は、咲夜の登場で何となく想像ついたので、これについては訊ねない。
「ちょっと説明が難しいんだけどね、特異点になった魔理沙に引っ張られるように、彼女も一時的に特異点化して世界の上書きから逃れてるって言えば伝わるかしら」
「どういうことだ?」
「歴史改変は宇宙の記録全てを塗り替える壮大な現象。全ての事象は改変後の歴史に沿って事実が上書きされるわ。けれど特異点と共に行動する知的生命体は、歴史が確定するまでの間暫定的に保護されるのよ。何故ならその時点では彼女の存在が世界にとって不確定な状態にあり、特異点の〝観測″によって存在が証明されているから」
「……ちょっと待ってくれ。それじゃあ妹紅が私から離れたら存在が消えてしまうのか? そんなの――」
「結果的にはそうなるけど早とちりしてはダメ。存在が消えると言っても死ぬわけじゃないの。その時その歴史に沿って生きて来た元々の自分へ、歴史が変わる前の人生と変わった後の人生の二つの記憶を持って再構成されるから」
「えーと、それは妹紅で例を出すなら〝私とタイムトラベルをした記憶″を持つ妹紅と、〝タイムトラベルせずに生きてきた記憶″を所持することになるのか?」
「そうそう、その通り。そして特異点化が解消されるタイミングは、改竄された後の歴史に生きる〝自分″と顔を付きあわせた時、もしくは時間移動する因果が過去改変により消え去った時。先程の妹紅の例では、西暦300X年時点で幻想郷が存続する未来に変わった時になるわ」
「マジか……」
これまで幻想郷を復活させようと一緒に頑張ってきたのに、当の本人はその目で見届けられないことに、何だかやるせない気持ちになってしまう。
「でもね、繰り返す事になるけど死ぬわけじゃないのよ? 融合……一体化するって表現が近いわ」
二人の妹紅が組体操のように肩の上に立つ姿が頭をよぎったけど、首を振ってすぐにそのイメージを取り消す。
「それだと記憶と現実の違いで混乱したりするんじゃないのか?」
「思い出と記録の違い――って例えればいいかしらね。自分で身を持って体験してきた記憶と、本から得た客観的な記録では脳に残る印象は大きく変わってくるでしょ? それと同じように改変前の世界の記憶はまるで夢のように、自分ではない別の誰かのように捉えられる」
「ふ~ん。だけど私は過去の自分に会った時にはそんなこと起こらなかったぜ?」
時間移動を完成させた西暦215X年9月15日、実験と称して〝5分前″と〝10分後″に跳んだ事を思い出す。
「それは跳んだ時間がごく僅かで、尚且つ未来に大きく影響を与えるような出来事ではないからね。何故ならその輪の中で因果が完結してるから。だけどもっと大きな歴史の分岐点で過去の自分に影響を及ぼした場合、魔理沙の記憶も先の妹紅の例のように再構築されるわよ」
「へぇ」
咲夜の言葉を具体的な例を挙げてイメージすると、現在の私が過去に戻り、未来を変えるトリガーとなる出来事に介入しようとしている〝私″に『これこれこうだからこうしてくれ』みたいなことを言って取り止めさせると、その過去の私が行った通りに現在の私も再構築されるのだろう。
今の所私はさっき話した実験以外で〝未来の私″と直接顔を合わせてないし、変わる前の記憶と変わった後の記憶の二つを持ち合わせていない。
〝未来の私″が致命的な失敗を犯して、過去に戻って来るようなことがないように祈るばかりだ。
「ふう」
もうどれだけ咲夜と話し込んでいるのだろう。体感的には30分以上話している気がするけど、ここには時間の概念が無いので分からない。
「どう? 色々と判って、気が済んだかしら?」
その問いかけに私はゆっくりと首を横に振った。
何せ彼女と話せば話すだけ興味関心が増えてしまい、キリがない。許されるなら延々と語り続けたいくらいだ。
しかし、咲夜の表情にも疲れが見えてきているのでこれを最後にしようと思う。
「最後に質問いいか?」
「ええ。どうぞ」
「紀元前39億年の地球に跳んだ時の話なんだけどさ、その時アンナって異星人に会ったんだよ」
「あら、それで?」
「そこでタイムトラベルについての話になったんだけどさ、アンナの星では『我々の手の届かない場所に居る〝超越者″、もしくは【神】に等しい存在が全宇宙の時間の流れを制御している』って結論が出ているらしいんだけど、これは事実なのか?」
アンナの口ぶりではまるで私以外に時間旅行者は存在しないような言い方だったし、これが真実なのかそうでないかで、これから私が取りうる行動も変わってくる。
「地球時間の紀元前39億年時点でその結論に至れる成熟した文明を持つ星となるとプロッチェン銀河かもしくは……、成程ね」
咲夜は何やら一人で納得し、そして。
「ええ。それは事実よ」
「!」
きっぱりと断言したことで私は驚いた。
何故私なんだ? ――そう訊ねる前に、咲夜は理由を語りだした。
「この宇宙は言葉で表せられないくらい広く、星の数だけ生命体が存在するの。そして高度な知性を持った生命体が高度な文明を築き上げた際には、すべからく時間に目を付けて時間移動を試みようとするわ」
「……へぇ、それで?」
どうもこの咲夜は物事を大袈裟に語り過ぎる癖がある気がする。神様になってから視点が大きくなってしまったのだろうか。
「けれど時間は誰にでも等しく平等に流れる絶対的な概念。一個人によって歴史が滅茶苦茶になってしまわないように、時の回廊に仕掛けを施したのよ」
そう言って咲夜が指を弾くと、彼女の手の平の上に懐中時計が出現する。
「それはあの時の!」
宇宙飛行機に乗って西暦215X年の幻想郷から西暦200X年に時間跳躍した時に迷い込んだ、真の姿を現す前の時の回廊の中で探し当てた懐中時計だった。
咲夜が生きてた頃に肌身離さず持っていたのになんとなく似ているなあとは思っていたけれど、まさか本当に彼女の持ち物だったとは。
「時の回廊のどこかに在るこの時計を見つけ出し、正しく動かすことで初めてここを利用する権利が与えられるの。これまで時間の理に至った何百人もの知的生命体が挑戦したけど、みんな無残に散っていったわ」
「…………」
その〝散っていった″がどういう意味かは、咲夜の雰囲気で何となく察しがついた。
「けれど魔理沙はたった一度で、完璧に理解して行動した。全宇宙の過去から未来全ての時間において、能動的に時間移動を行える存在は貴女(霧雨魔理沙)だけ。この事を誇るといいわ」
「はぁ、そうなのか」
いつの間にかそんな重大なイベントに巻き込まれていたことに対して怒るべきなのか、それとも咲夜に認められたことに喜ぶべきなのか。一瞬迷った結果気の抜けた返事になってしまった。
「――と、まあここまでが時の神としての建前」
「えっ?」
「十六夜咲夜という一個人として、誰かが不幸になる歴史を認めたくなかったのよ。魔理沙がこの史実を変えてくれるのを期待して……というのが一番の大きな理由。魔理沙は私の代わりに良くやってくれてるわ」
「……そっか」
なんだかんだ言いつつも、咲夜が幻想郷や生前の人間関係に対して愛着を持っていることに嬉しく思う私だった。
ここまで読んでくれてありがとうございました。
今回の話でご不明な点や疑問点等がもしございましたら、お気軽に感想やメッセージを送ってください。