魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

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最高評価及び高評価ありがとうございます。
力を入れた部分を評価されたことにとてもうれしく思っています。


第86話 咲夜の助言

「ん~っ! ふうー!」

 

 ずっと席に着いたまま話し込んでいたので体が硬くなってしまい、私は大きく伸びをする。

 

「ちょっと、はしたないわよ」

「んなこと言ってもなあ。疲れたんだし仕方ないだろ」

 

 私は席から立ち上がり、今度は背伸びをして足の痺れをほぐしていき、充分気が済んだところで彼女に向き直る。

 

「咲夜、色々と教えてくれてありがとな。ようやくスッキリしたよ」

 

 時間の流れとは私の予想以上に難解なもので、自分だけでは絶対に分からなかったと思う。

 勝手に勘違いして勝手に絶望していた私に救いの手を差し伸べてくれた咲夜には感謝しかない。

 

「ふふ、どういたしまして。魔理沙にはぜひ真実を知っておいてもらいたかったからね。紀元前39億年の地球で絶望していた貴女をここから観測していて心苦しく思っていたのよ」

「そうだったのか」

 

 まさかあの話を聞かれていたなんて。一体咲夜はどこまで見ているのか気になる。

 

「それとね、私が魔理沙を呼びよせた理由はもう一つ。貴女へのお願いと幾つかの助言を与えようと思って」

「なんだよ?」

「この先、もし人間の頃の私に会っても、時の神としての私の存在は内緒にしておいて」

 

 思いがけない言葉に聞き返す。

 

「それは……いいのか?」

「幻想郷で過ごしたかけがえのない体験が今の私に繋がっているのよ。だから出来れば私の運命を変えないで欲しいわ」

「分かった。覚えておこう」

 

 まあ元々むやみやたらに誰かの人生を弄るつもりはなかったので、咲夜の望みをかなえるのは容易いことだ。

 

「それで、私への助言ってのはなんだ?」

「その前に確認するけれど、貴女がこれから取る行動は、〝宇宙飛行機の因果を解消させてから、原初の石を西暦200X年8月2日の月の都へ届ける″で合ってる?」

「そのつもりだが」

 

 時間軸が一本でつながっているのが分かった以上、未来を変えてしまう前に西暦213X年4月11日のにとりに設計図を手渡さないといけない。それが恐らく必然なんだろうし。

 すると咲夜は身を乗り出して目と鼻の先まで顔を近づけ、私をじっと見つめる。彼女のサファイアのような蒼い瞳には、困惑する自分の顔が映っていた。

 

(なんだ?)

 

 その不可解な行動について理由を聞く前に、咲夜は離れて視線を外す。

 

「う~ん……やっぱり、そうなるのよねぇ」

「……言いたいことがあるならはっきり言ってくれ」

 

 思わせぶりな態度は気になってしょうがないし、何より咲夜の発言なのが興味をくすぐらせる。

 

「魔理沙、原初の石を月の都に届けた後、貴女は西暦215X年9月20日に妖怪の山に向かい、宇宙飛行機を降りてにとりと別れる」

「ああ」

「それから妹紅と一緒に西暦300X年5月8日に時間移動して、幻想郷の未来を確認するつもりでしょ?」

「……驚いたな、私が考えていた段取りと全く一緒だ」

 

 別に咲夜を疑っていたわけではないけど、こうしてピタリと当てられると時の神としての力は本物なんだなって改めて実感させられる。

 

「だけどね、その確認は宇宙飛行機に乗ったまま行うことをお薦めするわ」

「宇宙飛行機に? なんでまた――」

「ここで理由を話したら、魔理沙はその知識を元に多かれ少なかれ行動を変えちゃうでしょ? だから未来を事細かに伝えられないの。……でもたとえどんな結果が待っていたとしても、それを乗り越えた先に貴女が望む未来がやってくるわ。この言葉だけは覚えておいてね」

「む、分かったよ」

 

 憂いた表情をした咲夜の含みのある言葉回しが気になるところだが、別に難しいことでもないので素直に助言に従うことにしよう。

 

「さて、そろそろ行くとしようかな。咲夜、いい加減時間停止を解除してやってくれないか」

 

 咲夜が指を弾くと停止していた宇宙飛行機のヘッドライトが点灯し、そのすぐ後、コックピット内から私達を見下ろすにとりと妹紅の姿が見えた。

 さらに、宇宙飛行機の遥か前方、時の回廊の通路を塞ぐように白色の渦が発生する。

 

「あれは時空の渦。あそこに飛び込めばここから出られるわよ。もし時の回廊に来たくなったら、タイムジャンプ先の時間指定を時の回廊にしてね」

「説明サンキュー。それじゃあな咲夜」

「またね魔理沙。無事を祈ってるわ」

 

 別れの挨拶を交わして、私は宇宙飛行機へと戻っていった。

 

 

 

 

「魔理沙!」

「おかえり」

 

 コックピットに戻って来た私を二人は温かい笑顔で迎え入れてくれた。

 

(そういえばこの二人は時間が止まってたんだっけな)

 

 事情を説明しようと口を開きかけたその時、妹紅が口を開く。

 

「咲夜と魔理沙の話、全部聞こえていたよ。並行世界論じゃなくて良かったな」

「私は話の内容が難しくて所々分からない部分があったけど、全てが悪いことじゃないってのはよく分かったよ」

「え!? だってお前ら私が呼びかけても全く反応してなかったじゃないか!」

 

 自分でもちょっとやり過ぎたかもって思うくらいに、大きな刺激を与えていたのに。

 

「体は動かなかったけど意識はしっかりあったんだよ。必死に呼びかけてたのに答えられなくてごめんね」

 

 そう弁明するにとりの横で、妹紅は『くすぐり攻撃はかなり効いたけどね。笑い死ぬかと思ったよ』と苦笑していた。

 

 私は身を乗り出して窓の外を見ると、いつの間にか机と椅子が片付けられた時の回廊で、此方を見上げる咲夜と目が合いウインクをしてきた。

 

(はぁ、アイツは何がしたいんだよ)

 

 しかし説明する手間が省けたので、そこに文句をつけるのはやめておくことにする。

 

「まあ聞いていたのなら話は早い」

 

 私は座席に着き、ヘッドセットを嵌めた。

 

「にとり、それじゃ時の回廊を出たいから発進してくれ」

「オーケー! あの渦に飛び込めば良いんだね?」

「うん。そして跳び先は西暦200X年8月1日じゃなくて、西暦215X年9月19日なんだ」

「あれ、原初の石を届けにいくんじゃないの?」

「もちろんそのつもりだ。でもその前にやっておかないといけないことがあるんだよ」

 

 私はポケットに入れていたアンナから貰ったメモリースティックを見せる。

 

「咲夜の口ぶりや今まで得た情報から考えると、月の都に原初の石を引き渡した瞬間に間違いなく歴史が変わる。でもその前に、私が西暦213X年4月11日のにとりに宇宙飛行機の設計図を渡さないとダメなんだ」

「「?」」

 

 現時点で未来の幻想郷が滅んでしまう原因は、月の民による宇宙開発の妨害により地球の資源が急速に浪費され、自然が豊富な幻想郷が目を付けられてしまったから。

 なのでここで原初の石を月の民に渡してしまえば、人間達の宇宙開発も順調に進み、やがて宇宙へと飛び出し、結果的に幻想郷へ目を向けられる可能性は少なくなる筈。

 それに加えて【月の羽衣】や【第四槐安通路】といった月へ向かう手段が幾つかある中、敢えてにとりの宇宙飛行機で月へ向かう選択をした理由は、未来の〝私″が彼女の発明に関わっていると知ったからだった。

 つまり〝月の民による宇宙開発の妨害が行われる歴史″を変える前に、宇宙飛行機の設計図をにとりに渡すことで、【過去の私が宇宙飛行機に乗る選択を取る因果が成立する】。

 咲夜は時間の流れに客観性はないと話していた。それすなわち【現在の私】の主観で歴史が変わることを意味する。

 この理屈を疑問符を浮かべている二人に話すと。

 

「あーなるほどね。ここでやっておかないと、過去の魔理沙が月へ行けなくなっちゃうんだな。……なんかもうややこしいな」

「私にとっては過去の出来事がこれから始まるなんて不思議だねぇ」

「それがタイムトラベルの難しさでもあり、面白さでもあると思うぜ。ははっ」

 

 時間の仕組みを勘違いして咲夜と会うまでずっと悲観していた私だったけれど、ようやく現状を楽しむ余裕がでてきた。

 

「ん? でもそれならなんで素直に最初から西暦213X年に跳ばないんだよ?」

 

 妹紅の疑問を予測していた私は、あらかじめ考えていた答えを出す。

 

「幻想郷には博麗大結界があるだろ? あれって紫と藍と当代の博麗の巫女が管理している筈だし、もし私達がその時代で侵入したら絶対彼女達が駆けつけてくると思うんだよ」

「無用な混乱を避けるために、ってことか」

「そうそう。一度幻想郷の中に入ってから、西暦213X年4月11日に跳ぼうと思って」

 

 西暦215X年9月19日――私達が宇宙へ飛び立った日ならば、何もおかしなことはない。そこから20年前に遡るつもりだ。

 ちなみににとり曰く、この宇宙飛行機には紫の能力が組み込まれているらしく、博麗大結界を越えられない心配はないとのこと。

 そうして話が纏まったところで、宇宙飛行機が飛び立つ準備が整う。

 

「よ~し行こう!」

 

 にとりはレバーを引き、爆音と共に発進。

 さてタイムジャンプするに当たって時差を踏まえて計算すると……。

 

「タイムジャンプ発動! 行先は西暦215X年9月19日午前6時!」

 

 程なくして時空の渦へと飛び込んでいった。

 

 

 

 ――side out――

 

 

 

 霧雨魔理沙達を乗せた宇宙飛行機が時の回廊を脱出した後、一人残された十六夜咲夜は、真剣な表情で周囲の四季模様――時間軸に視線を送り、彼女の行く末を観測する。

 緊迫した空気に包まれる中、あらかじめ視ていた〝未来(結末)″の変化を観測した瞬間、彼女の顔は僅かに綻んだ。

 

「はぁ、良かった。これで【魔理沙の死の運命】は回避されたわね。幻想郷の〝私″の例もあったし伝えるべきかギリギリまで迷ったけど、やっぱり正解だったようね」

 

 しかし安堵したのも束の間、変化した後の未来を観測した十六夜咲夜の表情は暗くなる。

 

「けれど……この歴史は酷いものね。月の民は独善的な選択を取ったけれど、功利主義の観点から見れば結果的に正しかった……。不幸な未来が待っているけれど、幻想郷を救うステップアップと思って頑張って欲しい所ね」

 

 それから十六夜咲夜は、霧雨魔理沙が歩む可能性が高い道筋の観測――おびただしい数の可能性――を続けていき。

 

「! フフッ」

 

 彼女が望んだ未来を観測した十六夜咲夜は、優しい笑みを浮かべていた。

 

 

 

 ―――――――――


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