魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

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第87話 にとりへの依頼

 ――side 魔理沙――

 

 

 ――西暦215X年9月19日午前6時(協定世界時)――

 

 

 

 時空の渦に飛び込んだ瞬間、明るく陽気な景色から一転して、真っ暗で辛気臭い宇宙に窓の外は変化した。

 黒く覆われた宇宙の闇に散りばめられた無数の星の光。中心には西暦200X年と変わらずデカデカと映る青い地球の姿。39億年前に大きく西へ移動したせいか、私達の日本列島(故郷)ではなく、ヨーロッパ大陸とアフリカ大陸、北アメリカ大陸の一部が見える。

 ざっと見た感じでは、ある一点を除いて特に何かが変わった様子はない。

 だがそのある一点、西暦200X年と違うのは、地球の周囲――確か衛星軌道上だっけか?――を漂うゴミの量が目立つことだ。

 そのどれもが何かの機械の残骸のようなものばかりで、10㎝くらいの小さな鉄の塊もあれば、この宇宙飛行機並みのデカさの塊、さらには西暦200X年に見た宇宙ステーションっぽい形をしたかなり巨大な残骸も漂っている。当時の宇宙ゴミの量を1とすると、この時代は50くらいありそうだ。

 ……いや、『漂う』と言う表現は正しくないな。地球の周囲を矢のような速さで周回してるし。もしあれに当たってしまえばひとたまりもないだろう。

 この時代の宇宙がこんなに汚いなんて知らなかった。幻想郷から見上げる空は、美しかったのに。

 

「スペースデブリばっかりだな。こんなに多いと地球へ再突入するのも難しいんじゃないか?」

 

 今私達が乗っている宇宙飛行機は地球全体を俯瞰できる場所にいるので、ここに留まっていれば安全だが。

 

「そうだねぇ。タイミングを計ればやれなくもないけど……」

「タイミングを掴まなきゃいけない時点でなんかもうダメっぽくないか」

「う~ん、じゃあ一度西暦200X年を経由してから、改めてこの時間に来ようかな」

 

 ここは無理する場面でもないし。

 私は一度当初の目的時間である西暦200X年8月1日午後6時にタイムジャンプ。

 そこからユーラシア大陸の東端に移動した後日本列島へ大気圏突入を果たし、地球の成層圏内に入った所で西暦215X年9月19日午後3時に跳んでいった。

 

 

 

 タイムジャンプ後、にとりはレーダーを見ながら日本列島上空を移動していき、やがて幻想郷のある○○上空に辿り着いたところで、宇宙飛行機は下降を始める。

 宇宙に近い場所から博麗大結界を通過して雲が浮かぶ高さへ、そして雲を突き抜け地上が見え始めてきたくらいの高度になったところで速度を落とし、にとりは反重力装置を起動。巨大な機体を器用に操りながらヘリコプターのように自宅前へ垂直着陸させた。

 にとりは自宅で休憩する為に、妹紅は外の空気を吸いに、私は20年前へ跳ぶために。それぞれの理由で宇宙飛行機から降りると、出口には輝夜と慧音が待っていて、それぞれ驚きの表情で私達を見ていた。

 

「お前達もう帰って来たのか!? 少し前に飛んで行ったばっかりじゃないか!」

 

 空を指さしながら驚嘆する慧音を見て私は現在の時刻を確認する。脳内時計は『AD215X/09/18 15:12:02』と表示されていた。

 

「出発の10分後に設定して帰って来たところだからな。私達の主観ではもう2日以上経っているんだ」

 

 そのほとんどが月と地球の移動時間だけど。

 

「私の主観と魔理沙の主観では体験する時間が違っているのか。なるほどなぁ、これが時間移動か。う~む、さっぱり想像できん」

 

 唸る慧音の横で輝夜が「それで、もう目的は果たせたの?」と訊ねてきたが。

 

「実はまだ途中なんだ。私はやらなきゃいけない事があって今から20年前に戻るから、詳細は妹紅から聞いてくれ」

「げっそこで私に振るのかよ」

「私は自宅に戻ってるから後はよろしくねー」

 

 嫌そうな顔をする妹紅の横で、にとりは少し疲れた表情で家の中に入って行った。

 

「ウフフ、それじゃ詳しく聞かせてね妹紅~♪」

 

「なんでそんなご機嫌なんだよお前は……」

 

 輝夜の態度に妹紅は呆れていたが、話す事そのものを拒否するつもりはないようで、「しょうがないな」と前置きしてから二人に語り始めた。

 そして私は彼女達と少し距離を取って、周りに何もないことを確認してから、タイムジャンプ魔法を発動した。

 

「タイムジャンプ! 行先は西暦213X年4月11日午後1時!」

 

 例によって足元に歯車の形をした魔法陣が出現し、私は過去へと跳んで行く。

 

 

 

 

 ――――西暦213X年4月11日午後1時――――

 

 

 

 

「っと」

 

 時間移動特有のなんとも言えない感覚が終わり、目を開く。

 秋の涼しい気候から、春の訪れを思わせる穏やかな陽気を肌で感じ、遠くからはウグイスの鳴き声も聞こえてきた。川面には桜の絨毯が敷かれており、隙間からはイワナやヤマメなどの春の魚が泳ぐ姿も見える。

 春うららとはまさにこのことで、この心地よさに欠伸が出てしまった。川辺に寝転がってそのまま昼寝したくなったが、すぐに誘惑を振り払う。

 

(さっさと用事を済ませよう)

 

 私はすぐ横に建つにとりの自宅に注目する。

 人気のない妖怪の山の中、玄武の沢のほとりにポツリと建つ、取り立てて特徴のない普通の一軒家。だが20年後と大きく違うのは、自宅の横に巨大な格納庫が建っていない部分だ。

 扉の前まで歩いて行きノックをすると。

 

「はいはーい! 今でまーす!」

 

 元気な返事と共に此方へ近づく足音が聞こえ、ドアがガチャリと開かれる。

 

「よっ元気か?」

「あんたはっ――もしかして魔理沙なのかい!?」

 

 もはや何度目かも分からないこの反応に、心の中で苦笑してしまう。

 

「正真正銘本物の霧雨魔理沙だぜ?」

 

 だけど今まで出会った知り合い達の中で、死後100年近い時間が経っても〝霧雨魔理沙″を忘れた妖怪は一人もいなかった。

 それだけ霧雨魔理沙という人間は、幻想郷の住人に良くも悪くも強烈な印象を与えていたのだろう。この事実について喜ぶべきことなのかもしれない。

 

「うっそー! えぇ~なんで!?」

「実はな――」

 

 私は当時の自分の状況及び未来のにとりから聞いた話と辻褄が合うように情報を取捨選択しつつ、これまでの経緯を話していった。

 具体的には、私がタイムトラベラーになった理由、未来の幻想郷の結末及び月へ向かう理由、そして移動手段について。にとりは好奇心旺盛な様子で、私の話を食い入るように聞いていた。

 

「ふむふむ、事情は良く分かったよ。まさか未来ではそんなことになってるなんてねぇ。こんなに平和なのに信じられないよ」

「それでどうだ? 依頼を請けてくれるか? 可能ならば誰にも見つからないように造って欲しいんだが」

「ちょっと現物を見てからかなぁ。その設計図ってやつを見せてくれる?」

「ほい、この中にあるぜ」

 

 ポケットからメモリースティックを取り出し、彼女に手渡した。

 

「これはなに?」

「このメモリースティックの中にデータが入ってるんだ」

 

 顔の前に持っていきながらジロジロと見つめるにとりに、私は使い方を一通り説明し、データを空中に投影させる。

 

「ふむふむ。ほうほう……」

 

 彼女は透過ディスプレイに映るデータを真剣に目で追って行き、やがて1ページ読み終えた所で目を輝かせた。

 

「これはすごいよ! こんな凄い乗り物がこの世にあったなんてっ!」

 

 小躍りせんばかりに喜ぶにとりはさらに。

 

「これを造るにはまず設備が足りないなぁ。それに材料も見た事がないやつばっかだし。あっ! でも設備はあの時の発明を流用すればいいかな?」

「にとり?」

「完成には何年かかるかなぁ。でも、これだけ素晴らしい物ならどれだけ時間が掛かっても――」

「お~い聞いてるかー?」

「まず何から始めたらいいかな――」

 

(聞こえて無さそうだな)

 

 目の前で呼びかけても反応せず、にとりは宇宙飛行機の設計図に完全に魅了されており、自分の世界に入ってしまったようだ。

 だけど、彼女はちゃんと建造する意思を表明してくれたので、この調子なら歴史通り20年後には完成しているだろう。

 

「……帰ろうかな。にとりー! 私は20年後にまた来るからその時はよろしく頼むぞー!」

 

 ブツブツと独り言を呟きながら自宅に戻って行くにとりの後ろ姿に呼びかけたが、果たしてちゃんと届いていたのだろうか。

 そんな不安を残しつつ、私は元の時間に戻って行った。


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