――西暦200X年8月2日――
すんなりと150年の時を遡った宇宙飛行機は、そのまま大気圏を抜けて宇宙に飛び出し、月を目指して飛んで行った。
移動中は特に大きな出来事もなく、にとりが自宅から持ち込んだトランプや将棋、すごろくなどのアナログゲームを楽しみつつ、およそ半日後に月の裏側に到着。事前に場所が分かっていた事もあり、今度は月の都の入り口付近に着陸することができた。
現在時刻は西暦200X年8月2日午前10時。幻想郷と宇宙の時差、そして移動時間を考慮したタイムジャンプが見事に成功し、当たり障りのない時間に到着することが出来た。
綿月姉妹と顔を合わせたくないと言うにとりを残し、私と妹紅は二人がかりで原初の石が入った箱を抱えて外に出る。間もなく私達の到着を待ち構えていたかのように、都から綿月姉妹とその配下の兎たちが現れた。
「ご苦労さまです。中を拝見しても宜しいですか?」
「いいぜ。よし、降ろすぞ」
「うん」
私と妹紅は中身を傷つけないよう、息を合わせて慎重に地面に下ろし、その後で蓋を開ける。
正方形の箱の上側からテカテカと光る巨大な石の塊を覗き込む綿月姉妹。しばらくじっと見つめた後、ゆっくりと手を伸ばした。
「なるほど、これが原初の石ですか……。一見すると普通の石に見えますが、触ってみると明らかに違いますね」
「上手く言葉にできないけど、神秘的な力を感じるわ。これなら――!」
豊姫は愛おしそうに、石の表面を撫でていた。
「お前達の希望通り39億年前の地球に跳んで、手ごろな大きさのを持って来た。これで良いか?」
「ええ、充分よ。約束通り、地上の民達への妨害は止めましょう」
(よし、これで未来は変わりそうだな)
「だけど今すぐにと言う訳にはいかないわ。原初の石の解析を行って穢れを除く効果を実証した後、この月の都の意思決定を行う賢者様方の承認を得るプロセスを踏む必要があるの」
「なんかその言い方だと、計画が頓挫する可能性がありそうだが」
「魔理沙がこの月を出てすぐに、賢者様方が集まる会合であなたの話をしましたが、保守的な意見が多く状況はあまり芳しくありません。ですがこの石の力を見せれば上層部も理解を示してくれるはずです。必ず約束は守ると誓いましょう」
「……分かった。お前達を信じよう」
できる限りの手は打ったし、月の実態の全てを知るわけでもないので、後は彼女達に任せるしかないのも事実。
もしダメだったのなら、その時にまた新たな手を考えるしかなさそうだ。
「さて、用事も済んだし帰ろうかな――ん?」
宇宙飛行機に引き返そうとしたその時、視線を感じて立ち止まる。
「どうかしたか魔理沙?」
「いや、なんか視線を感じるんだけど」
そう呟きつつ辺りを見渡してみると、都の入り口から口元を抑えた一人の少女が私を覗いており、彼女と目が合った。
ルビーのような赤い瞳にハーフアップに結った銀髪。服装は白いジャケットに紫色のワンピースを着用している。そして背中から片側だけ生える天使のように白い翼が特徴的。
頭からウサ耳が生えてないので玉兎ではないようだが、翼が生えているのでただの人間でもないだろう。
「あそこから覗いてる少女は誰なんだ?」
そう言って彼女に向けて指を差す。
「あの方はサグメ様ですね」
「サグメ?」
聞き覚えのない名前に首を傾げると、依姫がさらに詳しい解説をしてくれた。
「フルネームは【稀神サグメ】。月の賢者の一人で、あなたの案に好意的な意見を表明された方ですよ。……最も、なぜあんな場所から覗いているのかは分かりませんが」
「へぇ」
そう話している間にも彼女は此方にゆっくり近づき、私の前で立ち止まった。
無表情で私の目を見つめるサグメにプレッシャーのようなものを感じつつ、問いかける。
「わ、私に何か用か?」
「………………」
しかし彼女から反応はなく、相変わらず口元を抑えたまま無言を貫いていて、依姫達もどうしたらいいか手をこまねいている様子。
(あ~これは私から切り出した方が良さそうだな)
「黙ってるだけじゃ何も伝わらないぜ? どこぞの悟り妖怪と違って私は読心能力を持ち合わせてないからな。何もないなら私は帰らせてもらうが」
面と向かってきっぱりと告げたのが功を奏したのか、彼女は言葉を選ぶようにゆっくりと語り始めた。
「……依姫から事情は聞いているわ。あなたは150年後から来た時間旅行者だそうね?」
「そうだけど、それがどうかしたか?」
「……やっぱりね」
「なんだよ?」
「あなたは時を飛び越え、どれ程の事象に介入し、起こり得た結果を改竄してきたの? もしくはする予定なの?」
「……何が言いたい?」
「あなたからとてつもない力を感じるのよ。それこそ私の言葉と同等、もしくはそれ以上の強い力をね。恐らく私が何を語ろうと、あなたの運命に影響を及ぼせないでしょう。確定した事象や結果を不確定にしたうえで自由に選び直せるあなたと違って、私は観測者ではないのだから」
「??」
彼女が何を言いたいのかよく分からないが、サラッと重要な事を言ったような気もする。
「けれどこれだけは言わせてもらうわ。あなたが39億年前から原初の石を月に持ち込んだ――この瞬間から【閉鎖的な月の都の運命は動き始めた】。【例え誰であってもこの結果は覆せない】。舌禍をもたらす女神の名において保証しましょう」
「!?」
サグメは特に抑揚が強い訳でもなく、至って普通に、冷静沈着に話しており、彼女の迂遠な言い回しに周りはピンと来ない様子だった。
しかし私からしてみれば、会話の一部分に、例えるなら言霊のような不思議な力を感じ取ったがために、身の毛がよだつような恐怖を覚えていた。
「地上の民が為そうとする事柄は、かつて月の民が通った道と非常に似ているけれど、根本的な所に違いがあるわ。その事実を念頭におけば未来がどうなるか自ずと見えてくるわ。用心することね」
最後まで煙に巻くような言い回しのまま、彼女は都の中に帰って行った。
「……なんなんだアイツは」
時の回廊の咲夜と言いサグメと言い、どうも私の周りには満足にコミュニケーションを取れる人物が少ない気がする。もっと分かりやすい言葉を使って会話のキャッチボールをして欲しい。
「……驚きましたね。サグメ様があんなに饒舌に自らの考えを語るなんて」
「魔理沙に何か惹かれる所があったのかしら」
しかし私の気持ちとは裏腹に、依姫と豊姫はサグメの後ろ姿を見て少し驚いているようだった。
「随分と意味ありげな内容だったな。舌禍をもたらす女神だっけ? これが本当ならまずくない?」
「確かに、サグメ様の最後の言葉が気になりますね。また新たな何かが起ころうとしているのかもしれません」
「そんな事言われても知らん。なるようになるしかないだろ」
自らそう名乗った以上、自分の口から語る言葉がどうなるか分かっている筈。いたずらに事態を悪くするような悪手はとらないと信じたい。
「まあでも、もし未来で何か不都合なことがあったら知らせに来るよ」
サグメの話していた通り、未来の歴史を知った上で対策を立てられるのが時間移動の強みだし。
そう言葉を発したところで、ふと、輝夜から聞いた話を思い出す。