依姫とにとりが退席したことで真剣な話が終わり、張り詰めた空気は栓の抜けた風船のようにしぼんだ。
「ふわぁ~あ。つっかれたー! 遠い過去の話なんて、息苦しくなるだけね」
ソファーに深く背中を預けたまま、大きく腕を伸ばしあくびをする輝夜。すっかりだらけきってしまった彼女に「はしたないですよ」と永琳は注意していたが、聞く耳を持たない様子。
そんな輝夜の愚痴にも近い呟きに反応したのは、終始無言で聞き役に徹していたサグメだった。
「ですが私達にあまり時間が残されていないのも事実。月のリソースもそろそろ限界が近づいています」
豊姫も真剣な表情で「そうねぇ。やはりあの計画を実行に移す日が近づいて来てるのかもしれないわ」と相槌を打っていた。
そんな彼女達の会話が気になった私は、「そんなヤバイのか?」と質問する。月の都の寂れ具合から、何となく大変なことになってそうなのは薄々感じていたが……。
「遥か昔にここが〝穢れ″に侵食された際、万が一に備えて幻想郷に遷都する計画があったのよ。まあ霊夢が解決してくれたからその計画は幻に終わったんだけどね」
「へぇ、でもそれが今の話と何か関係あるのか?」
「地球というストッパーが消えて、影響力をより増した銀河帝国の余波で私達も少しずつ追い詰められてきてるのよ。敵の敵は味方ってことで銀河連邦と手を組んだまでは良かったけれど……」
彼女の何とも歯切れの悪い返答に、私はさらに突っ込んで質問する。
「……まずさ、銀河連邦ってなんだよ? その前提条件が分からん」
「あらごめんなさい、説明不足だったわね。銀河連邦とは、勢力を拡大し続ける銀河帝国に対抗する為に10の弱小銀河国家が同盟を結んだ、宇宙全体で見てもトップ3に入る巨大な組織のことよ。彼らの理念は宇宙の平和と惑星の保護。ここから1億光年離れたプロッチェン銀河に拠点を構えているわ」
「! それってさっきの話に出て来たアンナの星がある銀河じゃないか」
「39億年もの昔、アプト星が目指していた〝宇宙平和″の理念は、長い時を経て復活し彼らが受け継いでいるわ。地球の情勢が危なかった時にも、未開惑星保全条約に則りギリギリまで銀河帝国を説得していたのよね」
『まあ結果は御覧のあり様なんだけど』と肩を落とす豊姫。
ちなみに未開惑星保全条約とは、簡潔に述べると〝文明が発達しきっていない惑星に高水準の科学力を持つ文明が干渉して、その星を滅茶苦茶にするのを防ぐ″――という内容のもので、これが適用される基準の一つがワープ航法の有無らしく、当時の地球はこの条件に当てはまっていた。と豊姫は解説する。
この話を聞く限りでは銀河連邦が〝善″で、銀河帝国が〝悪″のように思えるが……。
「だったら何が悪いんだ?」
「今その銀河で銀河帝国と銀河連邦の全面戦争が起こっていてね、連邦側がジリジリと戦況が押されている状態なのよ。そのせいか永世中立の条件で同盟を結んだ私達にも兵力を出せってうるさくて、脱退も考えている所なのよ。こっちだって宇宙平和の為に金銭面や技術面で援助してきたのに、酷い話だわ」
「ふ~ん」
プリプリとしている豊姫だったが、私的にはタイムトラベルとは全く無縁の話だったので、急激に興味が無くなってしまった。
1億光年先の宇宙戦争についてどんな意見を述べればいいのか分からないが、敢えて答えるとするならば、単独で10もの銀河国家と対等に渡り合う銀河帝国はよほど強いんだろうな、と思う。
「そういう訳でね、もし銀河連邦が敗北するようなことがあれば、月を捨てて別の星に移住することも考えているのよ」
「んん!? そんなこと簡単にできるのかよ?」
「私達の科学力ならお茶の子さいさいよ。ここから5000光年離れた場所に月と似た条件の星を発見してね、万一の為にテラフォーミングの準備を進めているのよ」
テラフォーミング……確か、自分達が住みやすいように星を改造することだっけか。
「だけど魔理沙が過去改変に成功すれば、現在は新たな歴史へと再構築されて、今の私達も新しい私達に生まれ変わるわ。だからそうならないように、お願いね」
「……でもさ、銀河帝国について知れば知る程不安になるんだが、本当にさっきの話は正しいのか?」
依姫は『アンナの口封じ』と『人工衛星の破壊』が地球存続の鍵だと話していたけれど、結局は滅亡の時期が早いか遅いかだけの違いな気がする。
「多重並行光量子コンピューターが導き出した結果によれば、宇宙人の少女の歴史を変えることで〝時間の秘密探求″の大義を失うことによる【銀河帝国の弱体化】が。そして2025年での人工衛星の破壊は、【人類と銀河帝国の宇宙戦争の日時延長、もしくは動機の消失】が高い確率で見込めるのよ。大丈夫、私達を信じて」
「……そうだな」
結局のところ私が行動しなければ何も変わらない。どうせ他に良さそうな案もないわけだし、綿月姉妹の提案が駄目だった時に改めて考えることにしよう。
「とはいえ、今はあなた達が乗って来た宇宙船の改良が済むまで動けないのよね。もしここに滞在するつもりなら、賓客としておもてなしするわよ?」
「せっかくだけど、私はそれが終わるまでサクッとスキップさせてもらうよ」
どうせ一朝一夕では終わらなそうだし、いつ終わるか分からない作業をのんびりと待つよりかは、すぐに結果を手にしたい所。
「どれくらいかかりそうなんだ?」
「そうねぇ……多分一月もすれば終わるんじゃないかしら」
「そうなのか、じゃあ来月に跳ぼうかな。妹紅はどうする? 私と一緒に来るか?」
お菓子をつまみながらぼんやりとしていた妹紅は、一瞬ビクッとして。
「行く行く。〝私″とかち合うのも嫌だしね」
示し合わせるように私と妹紅は立ち上がり、部屋の中でも比較的開けた場所へと歩いて行った。
「もしかしてこの部屋で時間移動するの?」
「ああ、そのつもりだけど」
「そう……! 銀河帝国が躍起になって探し続けた時間移動を今、目の当たりにすることになるわけね」
「大げさだなぁ」
少し興奮気味の豊姫に釣られるように全員の視線が私達に集まるものの、注目に慣れてる私は特に何も感じることはない。
「さあ、来てくれ」
「うん」
妹紅と一言二言交わした後に、正面から抱擁する。
「!」
「それじゃ6月8日の正午に跳ぶから、よろしく頼むぜ」
「え、ええ。依姫に伝えておくわね」
「へぇ~そうやって時間移動するの! うふふっ、仲が良いのね♪」
「茶化すな輝夜」
目を見開いたまま釘付けになっているサグメ。若干声が上ずる豊姫に、妙にニコニコしてる輝夜、永琳は……興味無さそうだった。
「タイムジャンプ発動! 行先は西暦300X年6月8日正午!」
妙にざわめいた空気が漂う中、歯車模様の魔法陣が足元に出現し、私達は未来に向かって跳んでいった。