「最後に一つだけよろしいですか? 実は魔理沙との面会を希望する人物がいるのです」
「私にか?」
依姫は未だにぐったりしたままの妹紅に一瞬目をやり、再び私に視線を戻す。
「ロレン星で偵察中の〝彼女″に先月の出来事をメッセージで送ったところ、『直接会って少し話をしたい』とのことで、つい先日帰って来たのですが……、事前に確認もなく会わせるのはまずいと思い、私の判断で別の部屋で待ってもらってます」
敢えてその名前を避けるような、奥歯に物が挟まったような言い回し。そしてつい先程に見せた不自然なまでの目の動き。この事から推察するに……。
「もしかして……?」
妹紅を指さしながら聞いてみると、依姫ははっきりと頷き、肯定の意思を示した。
「何分直接会う――なんてことは前例がないことですし、何が起こるか分からないので」
確か咲夜は、妹紅について『特異点になった魔理沙に引っ張られるように、彼女も一時的に特異点化して世界の上書きから逃れてる』と話していた。更に改変前の世界から私と一緒に時間移動してきた人間に関して、『特異点化が解消されるタイミングは、改竄された後の歴史に生きる〝自分″と顔を付きあわせた時、もしくは時間移動する因果が過去改変により消え去った時』だとも語っていた。
つまりこの理論に当てはめると、隣でグダっている妹紅と、この歴史で生きてきた妹紅の二人が出会うことで、二つの歴史が一つに統一されて妹紅の存在が消えることになる。
しかし咲夜は、妹紅に限っては『西暦300X年時点で幻想郷が存続する未来に変わった時』と断言していた。
先述した話と矛盾しているように思えるが、無理矢理辻褄を合わせるとするならば、どちらの妹紅も結果はどうあれ過去に跳ぶ動機が同じなため、特異点化の解消が為されないのだろうか。
もしかしたら咲夜がこんな発言をしたのも、この未来を予め見ていたからなのか……?
「会っても大丈夫な筈。少なくとも二人が消えたり、宇宙の歴史が消える……なんてことはないから」
「そうですか。では呼んできますね」
依姫が席を立ち、やがて数分もしない内に一人の少女を伴って戻って来る。
床に付きそうなくらい長い銀髪を白地に赤いラインが入ったリボンで止め、白いシャツに赤色のモンペを履いた少女。彼女は間違いなく藤原妹紅本人だった。
(彼女がこの歴史に生きた妹紅か。しかしこれは……)
どこか違和感を覚えつつも、彼女は一直線に私の元まで歩み寄る。そして値踏みするような視線で見下ろしながら口を開く。
「アンタが霧雨魔理沙か?」
「そうだけど」
そう肯定の返事をすると、彼女は硬い表情を崩し、笑顔を見せた。
「そっかそっか! いやぁ懐かしい名前だなぁ。あまりに久しぶりすぎて、顔と名前が一致しなかったよ。ハハハ」
「お、おう」
この歴史に生きる妹紅は、隣でグッタリしてる妹紅よりも何というか……刺々しい雰囲気であり、表情は柔らかいものの何となく身構えてしまう。
「事情は依姫から聞いてるよ。まさかこの世界が既に改変された結果だったとはね。言うなれば踏み台ってところか。全く、私はとんだ貧乏くじを引かされたものだ」
そう言ってこの歴史に生きたモコウ――ややこしい上にいちいち長ったらしいので、彼女のことをカタカナで【モコウ】と区別することにする。別段イントネーションに違いはない――は肩を竦めていた。
「それは――」
開きかけた口を、モコウは手の平を突き出して制止する。
「ああ、いいんだ。こんな未来になるとは誰も予測できなかったし、別に責めてるわけじゃない。私からしてみれば、この現状に責任を感じて劇的に変えようとしている。その言動だけで満足だからさ」
「モコウ……」
「アンタは私にとって希望の星なんだ。私のような存在を生むのは、これで最後にしてくれよ?」
「……ああ!」
妹紅との雰囲気の違いに少し身構えてしまったが、それは完全な杞憂だったようだ。やはり環境が違っていたとしても、芯となる部分は変わらないのかもしれない。
「ん~、なんか聞き覚えのある声が…………ん!?」
妹紅が声のした方に首を向け、目の前にいる“自分”を認識した途端、跳ね起きた。
「う、嘘……! お、おまえはまさか……!」
「ふん、随分とだらけた顔してるな、〝私″」
震える手で指を差しながら愕然としている妹紅に、鼻を鳴らしながら見下ろすモコウ。姿形が瓜二つの人間が違う表情で向かい合っているのは、とても奇妙な感覚に陥る。
「わあっ、とうとう2人の妹紅が出会ってしまったのね! こんなこと普通じゃ有り得ないし、ちょっと写真撮っちゃおうかしら」
「姫様、カメラならここに」
「さっすが永琳。用意が良いわね! ほら、サグメも見てみなさいよ!」
「……よろしいのですか?」
「遠慮しなくていいのよー? ほらほら、こっち来なさいよ!」
デジタルカメラで遠慮なく写真を撮る輝夜の近くに永琳とサグメが集まり、
「それにしても本当にそっくりなのねぇ。依姫はどっちがどっちか見分けつく?」
「ぱっと見では分かりませんね。今はまだ立ち位置で判別できますが、もしシャッフルされたら、当てる自信はないですね」
「現実にもしドッペルゲンガーがいたとしたら、こんな感じになるのかなぁ?」
豊姫、依姫、にとりは興味深そうに彼女達を見ている。
渦中の二人は全く反応せず、お互いに無言で見つめ合うばかり。最初に口を開いたのは、この歴史のモコウだった。
「……いざ自分を目の当たりにしても、何を話せばいいか分からないな。けれどまあ、アンタも相当苦労してるってことだけは分かるぜ」
「あなたに比べたら、私なんかたいしたことしてないって。ここまで結構な修羅場をかいくぐってきたんじゃない?」
「そうか?」
「顔や佇まいを見ればね。私とは全然雰囲気が違うし、びっくりしてるよ」
確かにこの歴史のモコウは、一見すると普通に談笑してるように見えても、立ち振舞いに隙がなく、放つオーラが百戦錬磨というか、歴戦の戦士とでもいうべきか、近寄りがたい雰囲気を出している。
「……幻想郷は温もりに溢れ、異変はあれどもみんなが楽しく平和に暮らしていた。けれど宇宙は想像以上に冷たく過酷な環境でね。多くの苦難を経ていくうちに私は変わってしまったんだろうな……。アンタを見てるとそれをつくづく実感させられるよ」
「…………」
モコウの静かな告白を、妹紅は複雑な表情で聞いていた。
「なあ〝私″。魔理沙に協力して、輝かしい未来を切り開いてくれよ? もうこんな現実はうんざりなんだ」
「うん。あなたの分まで私、頑張るね」
妹紅は決意を強めるように、はっきりと頷いていた。
テンポ悪くなってしまってすみません
次の話で月の都から出発します