ダイの大冒険――幸せを求める世界   作:山ノ内辰巳

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暑中お見舞い申し上げます。暑くて脳みそ融けそうです。


純真の使徒

 

 すったもんだの騒ぎの末、ようやく勉強会はお開きとなった。

 珍しくアバンの使徒全員がこの場にいる―――という事で、お茶はそのままダイの勉強部屋に運ばれた。残念ながら予定が入っているという事で、ダイにいつもの倍の宿題を笑顔で与えると、師は帰ってしまったが。

「ヒュンケルも飲んで頂戴。休憩を取ってないんだし、どのみち私がこの部屋にいる限りは貴方もいなきゃいけないんだもの」

 仕事中だという理由でお茶を辞退しようとした使徒の長兄格に、レオナは笑って告げる。それを見てダイもラーハルトを誘った。

「そうだよ。皆で休憩しよう!」

 宿題の量に少々沈んだ面持ちであった彼も、気を取り直したようだ。にこやかな笑顔に、流石の鉄面皮二人も苦笑を浮かべ、それぞれの主に礼を述べて、席に着いた。

 

 窓の外、ミーン ミーンと大きな声でセミが鳴く。

 まだ日も高い。今日の午後はとても暑くなりそうだった。

 

 

 

「じゃあポップ、あとで図書館でね」

「おう」

 手を振って、マァムがレオナについて部屋を出た。

 久しぶりに女同士の気の置けない会話を楽しみたいのだろう。ヒュンケルの護衛任務も交代時間となったので、お茶と談話を楽しんだあと、レオナはマァムを誘って自室に移っていった。

 

 残されたのは野郎4人である。

 

 このメンバーの場合、大概は年少二人が話して、年長組はだいたい聞き役に回るというのが専らである。そして今回も、その範囲から一歩も漏れるものではなかった。

先程までの会話の続きで、ダイが「便利なんだよ」とポップに言った。

「困った時、結構助かるんだよ、父さんの記憶」

「ほー」

 気の無い返事が、ポップから返ってきた。

「カンニング以外にどんな使い道があると?」

「いや、だから、そういうのは引き出せないんだって!」

「引き出そうとしてただろうが」

 

 だからペナルティ―――大量の宿題というやつだ―――をもらったんだろ。と、ジト目で親友に突っ込まれ、ダイはぐっと言葉に詰まった。

 

「……結果的に引き出せなかったんだからいいだろ」

 なおも抗弁する弟弟子を、苦笑しながらヒュンケルがたしなめた。

「よくないな。ズルは駄目だろう。解けない問題には再度挑めばいい。…俺も先生と一緒にいた頃は、何度か再試を受けたのだしな」

 声は笑いを含んでいても、長兄分である彼の言葉は、ダイをばっさりと切り捨てる。

 

「いくら現在は『自分の紋章』に重なったとは言え、父親の記憶を頼りにするのは駄目だろう?」

 

「うぅ……」

 兄弟子二人に叱られて、しょぼんと落ち込むダイをラーハルトが気の毒そうに見ている。この忠臣がそれでも庇わないのだから、もうちょっといじったろかともポップは思ったが、雨に打たれた子犬のような目でダイに見られて、さすがにその気は失せてしまった。

「…わーったよ」

 くしゃくしゃとダイの髪をかき回し、ヒュンケルにも『もう止めとこうぜ』と目で合図する。もちろん、ヒュンケルも了承した。

「結局引き出せなかったんだもんな」

 未遂だ未遂。

「…うん!」

 許しをもらって、嬉しそうに目を輝かせたダイに、ポップは内心苦笑して話を戻した。

 

「で? 親父さんの記憶ってどんなのがあるんだよ?」

 

 

 

 嬉しそうに、ダイは父親の話をする。

 

「―――母さんとデートした時の記憶もあるんだよ。母さんが空を飛んでみたいって父さんに頼んだんだ」

 

 意外な事実発覚だな―――とポップは心の中で呟いた。ポップが知っているダイの父親は、厳格なイメージでしかない。女性とデートしている姿など想像もつかなかった。

「だから母さんを抱えて、トベルーラで空の散歩をしたみたい。母さんは凄く喜んでた!」

 身振り手振りを交えて、とても楽しそうに話すダイの表情は、曇りのない笑顔だ―――きっと、彼の父バランが最愛の人と散歩したという空も、同じような曇りの無いものだったのだろう。

 

「あと、おれが産まれた時の事とか。父さんはおれを抱き上げるのを凄く怖がっててさ…。母さんを見ながら、凄く上手にあやすなぁって思ってたみたい」

 

 ダイを寝かしつけようとして失敗するバランの慌てぶりと、それを見て苦笑するダイの母親の姿。

 あるいは、おむつを替えたり、お風呂に入れる笑顔の母と、恐る恐るそれらにチャレンジしては、泣かれて失敗するバラン。

 

 ダイの話からそれらを想像する事は、新鮮さを伴った驚きと楽しみを3人に与えてくれた。

 3年前の大戦で亡くなったダイの父、バラン。その鮮烈な生き様をこの部屋にいる者は全員が知っている。出会いも別れも余りにも辛い形だったため、バランについて語る事は避けられていた節がある―――特にダイの前では。

 それが、こんな風に明るい話題としてお茶のテーブルに上がるとは、意外を通り越して驚きだった。

 …いい傾向だよな………

 親友の笑顔を見ながら、ポップは思う。

 悲劇の将だったバランのイメージが、ダイの話によって、血の通ったあたたかい人物像になっていく。

 何よりダイが、こうして父親の視点から見た思い出をなぞりながら、自分がどれだけ両親に愛されていたかを改めて確認して、喜びを覚えているのだから。

 ちらりと視線をヒュンケルとラーハルトに向け、彼らが自分と同じ想いであることをポップは知る。

 二人の柔らかな笑顔は、ダイとバランの父子を想ってこそのものだ。そもそも、彼らにとっては『父親』や『バラン』という単語そのものが、想いを致すものなのだ。それが良い思い出として語られれば、嬉しくないはずがない。

 

 ポップはふと、以前に行われたダイとの会話を思い出した。風の強い日、とある丘でダイは、己が父親のように人間に絶望したら―――そんな仮定を自分に話した事があったのだ。

 あの時は、紋章を受け継ぐという事が、先祖の記憶の辛さも悲しみも一切合財を引き継ぐ事なのだと遣る瀬無い気分になったものだが、今日の様子を見ていると、悪い面ばかりではないのだと思えてくる。

 あたたかな思い出も、自分では覚えていない事まで伝えられるのなら、素晴らしい事なのだと思う。たとえ凍て付く記憶が多くても、ダイならばその温もりを貴重なものとして守り続けるだろうから。

 

「良い思い出ですね」

 ラーハルトが幼さの残る主に微笑みかける。

「そうだな。赤ん坊の頃の事など、普通は成長すれば忘れてしまうのに、お前はバランの視点から思い出せるのだな」

 大切にしろよ、と優しく言うヒュンケルに、ダイはどこか照れたように「うん」と笑った。

 

「…でもさ、やっぱり全部は引き出せないんだよね」

 

 ちょっと困ったような笑顔で、ダイは父親の記憶を辿る。

 数秒後、「駄目だ」と肩を上下させた。やはり、知りたい部分は引き出せない。

 

「へえ。記憶があやふやなのか? 戦闘中で、親父さんも必死だったとか?」

「いや…そういうんじゃないと思う。母さんと一緒だし」

「お母上と?」

「うん。母さんとの思い出だからオレも知りたいのに、何箇所かは絶対に無理なんだ」

「ふむ?」

 3人が首を傾げたのを受けて、「えーーっとね…」と、ダイはその思い出をわかる範囲で話し始めた。

 

 

 

「多分、父さんは母さんと向き合ってるんだ」

「うん」

「母さんは熱でもあったのかな? 顔が凄く真っ赤でさ」

「…ほう?」

「部屋の中だと思うんだけど、せっかく二人でいるのに、凄く薄暗いんだよ。カーテン開ければいいのにって感じでさ」

「…………はい」

「で、父さんが、母さんの肩に手をのせて―――」

 

 ―――そこまでしか見れないんだ。何だろうね、これ。

 

 

 

 ミーン…というセミの鳴き声を、年長者3人はやけに遠くで聞いた気がした。

 

 

 

 そこから先は、ダイには不思議なやり取りだった。

 

「まぁ…」

 と、ポップが小さく呟いた。

 

「そのうちわかるんじゃねぇかな?」

 

 微妙に彼の顔が赤い気がした。確かに今日は凄く暑いが、なんだか急に室温が上がった気もする。

「そうかなぁ?」と言う自分にラーハルトも頷いた。

 

「左様ですよ、ダイ様。引き出せないと言うことは、今はまだ特にお知りになる必要がないという事でしょうし」

 

 ラーハルトの言うことは尤もなのだと思う。戦闘に関して言えば、知りたい情報が知りたい時に頭に浮かんだ覚えがあるし、両親の思い出もそういうものなのかもしれない。

「…そうだね。でもさ、ちょっと残念だな。父さん達の事、もっと色々知りたかったのに」

 

「だからこそだ、ダイ。両親の大切な思い出だ。……そうあっさりと他人に話すものではないという事だろう」

 

 ヒュンケルの言葉に、ダイは素直に頷いた。

 …視線を逸らされたのは、気のせいだと思う事にする。

 

「うん…そうだね。じゃあレオナ達には内緒にしとくよ」

 

「…おう。それがいいと思うぜ。俺らだけの秘密にしとこう、な?」

 ポップが笑う。ヒュンケルとラーハルトも。

 頷く3人の笑顔は、三者三様に物凄く生温かかった。

 

 

 

 皆が同じような笑顔で自分を見るのが解せず、ダイは一人首を傾げる。

 その胸で、アバンのしるしが、静かに光を放っていた。

 

 

 

(終)

 




サイトのとは、少し単語が変わったりしてます。流れは一緒です。


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