ダイの大冒険――幸せを求める世界   作:山ノ内辰巳

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本日二話目。

前話『手』の続きです。


記憶の痕

 ワルツが終了し、二人はまだ踊り足りぬといった男女の間を抜けた。

 偶然にも丁度そこは、園遊会の主催者であるパプニカ女王の席の近くだった。友人たちの楽しげな様子を見守っていた女王は、付き人たちを置いて、二人に歩み寄った。

「レオナ」

「姫さん」

 二人は同時に女王―――レオナに気付き、笑う。対するレオナも笑顔だ。

「やるじゃない、ポップ君」

 にこやかに彼女は笑い、小声で言う。

「あの『サラボの華』を上手くあしらったみたいじゃない?」

 からかう色も浮かべつつ、その目はちゃんと二人を祝福してする優しさに溢れていた。

 他人の恋愛沙汰に首を突っ込むのは、一国の君主としてはあまり褒められた行動ではないのだが、それでもやはり、レオナとしては友人であるマァムが困っているならばマァムが喜ぶ方法で事をまとめてほしいと思っていたのだ。

「…やっぱり、レオナが話したの?」

 ほんの少し顔を赤らめて、マァムが尋ねてくる。

「ええ~? 何のことかしら~?」

 レオナはとぼけた表情で、しれっと返した。

 

 レオナはマァムに相談事を持ちかけられていた。

 美容液のことから始まり、例の『サラボの華』についての一件だったが、それをポップには口外するなと頼まれていたのだ。

 噛み砕いて言えば―――

 

「とっても美人の姫が、私(マァム)に『貴女は大魔道士様に相応しくないわ』って言ってきて……。私…手はガサガサだし、オシャレでもないし、でもその人は美人で、手だってスベスベで…(中略)…あ、ポップが心配するからこの事は内緒にしてね?!」

 

 ―――というもので、レオナにしてみれば恋愛オンチの友人のそう言った言動に微笑ましいものを感じつつも、心配を募らせてくれる相談内容だった。

 案の定、同居するポップが違和感を感じる程度には、マァムの行動は妙だったようだ。そして、そのポップがレオナの所に「マァムの行動について思い当たる事はないか?」と訪れたため、結局レオナはマァムの相談内容をポップに打ち明け、彼の頼みに協力したのだ。

 頼みと言っても大したことではなかった。「夏用の魔法使いの衣装を一着、園遊会で貸してほしい」というもので、彼がそれをどのように活用したのかは今もってレオナは知らない。

 だが、『サラボの華』と取り巻きの者たちが、大魔道士殿の元からそそくさと退散したという、会場の片隅で実にささやかな出来事があったことを聞き、その直後にマァムがとても嬉しそうな顔でポップとワルツを踊っているのを見ただけである。

 それだけで充分だった。

 

 

 

「もう…。でも、ありがとう」

 柔らかな笑みを浮かべ、マァムはレオナに礼を述べた。

 自身が、こと恋愛というものにおいて、同年代のレベルに果てしなく及んでいない事は、一応の自覚がある彼女だった。

 無自覚だった頃は、そのせいで周りを振り回したこともある―――と言っても、彼女は常に誠実だったわけだが―――ため、今回の件は何とか自分だけで解決したいと思っていたのだけれど…やはりレオナを頼って正解だったのだろう。

 レオナがどんな風にポップに話したのかは知らないし、問うつもりもない。そんな必要などどこにもないからだ。

 先程ポップが『サラボの華』…ブオム伯爵令嬢に取った行動と、自分にくれた言葉は、マァムの心をあたたかい物で満たしてくれるものだった。

 

 ―――俺は、彼女みたいな綺麗なだけの手よりは、強くて逞しい、働き者の手の方が、ずっと好きだ

 

 ワルツの間、彼はいつもよりもずっと強く、マァムの手を握っていてくれた。

 今は飲み物を取りにテーブルに向かった彼に目を向ける。酒のせいで傷跡の浮き出たその手は、遠目にも鮮やかに紅かった。

「ポップ君たら、凄い手ね」

 レオナがそれに目をとめた。

「ええ…。昔の…3年前の傷ね。お酒を飲むと、浮き出てくるのよ」

 言えば、レオナは納得したように頤を引いた。

「そう…。普段は手袋をしてるものね。ダイ君も、貴女も、ヒュンケルも、凄く傷だらけになって戦ってたって印象があるんだけど、ポップ君のは怪我が目立ちにくい格好だったから…あんなに怪我をしてたなんて、知らなかったわ」

 どことなく申し訳なさそうに言われたその言葉には答えず、マァムは微かに口元を綻ばせただけだった。

 

 彼女の前には、少年の姿があった。3年前の、魔法使いの少年の姿―――視線の先にいる恋人に、その姿は重なっていた。

 

 

 

 大勢の男女が笑いさざめく中を、ポップはグラスを探していた。ワインやらカクテルやらのグラスならば探すのが馬鹿らしいほどにたくさんあるのだが、ただの水となると逆に難しい。 給仕に頼めばいいのだが、どうにもそういう『人を使う』という行為には慣れないのが、彼という人間だった。

 

「どうされました、大魔道士殿?」

 テーブルからテーブルへときょろきょろ目を移していると、不意に声をかけられ、彼は慌てて振り向いた。

「あ…なんだ。アポロさんか」

「すまない。びっくりさせたかな?」

 パプニカ三賢者の筆頭であるアポロが、にこやかに笑いながらそこにいた。園遊会に呼ばれる立場になったとは言え、ポップには貴族階級に気安い人物などほとんどいない。アポロはその数少ない例外の一人だった。

「いや…俺、ちょっと酔ってて、頭がぼーっとしてるんで」

 思考に靄がかかった状態で、急に声をかけられると驚くのも無理はなかった。

 小さく笑って、アポロは通りかかった給仕を呼び止めた。「水を」と簡潔に言う。

 使われることよりも、命じることに慣れた者の声だった。それでもその動作は似合っており、嫌味に感じることもない。育ちの良さと人格の良さが合わさると、『貴族』という呼称も素直に受け取れるものだと、ポップは感心する。

 ほどなくして給仕が持ってきてくれた冷たい水を、ポップは礼を述べて受け取った。

 

 先程ポップは、わざと酔うために無茶な飲み方をした。そのせいか、妙に喉が乾いて仕方がない。アルコールを薄めようと、身体が混じり気のない水を求めている気がする。

 一気にグラスの中身を喉に流し込むことで、ようやく少し身体の熱が落ち着いた。

「あ~…助かったよ、アポロさん。ありがとう」

 実は、頑張ってまっすぐ立ってはいるものの、酔いは足にまで回ってきていた。ガブ飲みしたあとで踊ったのだから当然である。マァムとレオナの前でこけたりせずに済んで、ポップは内心ほっとしていたのだ。

 

「……随分、大変な思いをしたんだね」

「はは…まぁ、大変と言われればそうなんですけど…踊ったのがまずかったかな……」

照れくさそうに頭をかく彼に、アポロは苦笑する。

「そうじゃないよ、ポップ君」

「え?」

「腕の傷のことだ。…大戦で?」

 指摘され、ああ、とポップは目を細めた。両腕は、まだ真っ赤に火照っていて、傷跡が浮き出ている。

「まぁ…修行中の分は残ってないはずなんで、そうなりますかね」

 薄く笑う。

 必死で駆け抜けた3年前の戦―――命がけでなかった戦いなど、一度もなかった。

 だが、ポップの中で大戦が本当に終わったのは、つい最近のことだ。親友が帰還し、ようやく未来というものを真っ直ぐ見て歩けるようになって数ヶ月。それまでは、こんな風に思い出話として話す気分にはなれなかった。

 

 

 

 アポロが密やかに尋ねた。

「痛みはないのかい?」

「大丈夫っすよ。たまに引き攣れる感じはするけど、完治してますから」

「そうか…」

 頷くアポロ。しかし、彼の表情は暗い。

「あの…? どうかしました?」

 何となく心配になり、ポップは目の前の賢者に尋ねた。自分の怪我は、もう完治していると言ったのに、何かまだ不安なことでもあるのだろうか?

「……大変な目に、合わせてしまったんだなと…今更ながらに思ってね…。君達のような子供に、死にそうな目に合わせて……私は、何も出来なかった」

 低い声だった。ポップ以外に聞き取れる者のいようはずがない。―――実際、アポロはポップ以外に聞かせる気はないのだろう。彼が呟いた内容は、彼の真摯な想いであると同時に、周囲の者が聞いたらどう受け止めるかわからない危険を孕んでいる。

 ポップは苦笑した。

「何言ってんすか」

 その笑みにアポロはつられなかった。

 彼にしてみれば、3年前の大戦は自身の不甲斐なさに歯噛みする日々だった。

 国を焼かれ、主君を捕らえられ、日々磨いてきたはずの魔法の腕は、前線でほとんど通用しなかった。情けなさに身を切られるような思いを、ずっと味わってきたのだ。

 賢者と呼ばれ、一国の要職にあって…戦うべき大人であった彼の代わりに、戦場に立ったのは若干十二歳の少年をリーダーとする勇者一行だった。特に大魔王との戦いで中心になったのは、最も年若い二人だったと聞いている。

 そう―――十二歳の勇者と、目の前の当時十五歳だった大魔道士の二人だ。

 二人の友情や、大魔王戦での戦いぶりは、世界中で英雄譚として謳われているが、彼らは英雄だから勝利したのではない。勝利できたからこそ英雄として扱われているのだ。ぼろぼろになり、血塗れになって、首の皮一枚の差で辛うじて掴んだ勝利ゆえに。

「ダイ君が戻ってきてくれて……、姫…陛下は毎日がとても楽しそうでね。年相応の表情をされるようになったのを見ると、本当に…無理をさせていた事に気付くんだよ。陛下だけじゃなく、君達全員にね」

「…………。」

 悲しい瞳で見られ、ポップはばつの悪い表情になる。潔癖なこの賢者にとって、自分の腕の傷は、罪の証のように見えているのかもしれない。

「…そんな考え方も、有りかもしれねぇけど……」

 自身も、年下のダイに最後の戦いで頼らねばならなかったことを申し訳なく思う部分があるため、アポロの気持ちはよくわかる。わかるが―――

「けど、それはお互い様でしょ。アポロさんだって俺らが出来ないことをしてくれたんだし」

「…え?」

 

 

 

 アポロが上げた視線の先には、ポップの笑みがあった。

「俺らだけじゃサミットなんて開けやしなかった。どこぞの馬の骨の魔法使いが『一致団結して魔王軍と戦うために会議を開くから集まって下さい』なんて言っても、誰も来てくれなかったろうし、会場の手配だって出来なかった。他にも…支援物資を送るのだって、食料の配給だって、皆アポロさん達のお陰だ」

「…だが私は…君達のようには……」

 その先をポップは遮った。

「もし、俺たちみたいな奴だけが偉いんなら、医療班の兵隊さん達はどうなるんすか。危険な街道を武器を運んでくれた商隊の人は。メシ作ってくれた人は。俺、マァムと漂流したことがあって身体ガチガチに冷え切ってたけど、食堂のおばちゃんが『お疲れ様』って、めちゃくちゃ美味いスープ出してくれて涙出たし。それに―――」

 ポップの例えは続く。

 アポロは胸のつかえが取れていく気がした。いくつもいくつも挙げられる例は、ポップがそれらの人々に本当に感謝しているからに他ならない。

 

「それに―――アポロさんは柱を凍らせてくれた。…あれ、一箇所でも凍ってなかったら今頃地上は無いんすよ?」

 だから、お互い様ですって―――にこやかな笑みを向けられ、アポロは、思わず微笑んだ。

「そう…だね…」

「そうっすよ。大体、俺の知ってる魔法使いの爺さんなんか、普段がとんでもねぇのに、『最後の最後で柱を凍らせた』って自慢してるんすから」

 ポップの言う人物に心当たりがあるアポロは、破顔する。その笑みを見て、ポップは内心で安堵の息をついた。

 実際の戦闘は確かに自分達が戦った。だがそれは後方からの支援が滞らず、安心して目の前の危機に集中できたからだ。その心強さをくれた人々に申し訳なく思われたりすれば、ポップにしてみれば立つ瀬がない。

 

 あの大戦で、人は皆、それぞれ出来ることを精一杯したのだ。

 

「ありがとう…。時間を取らせて申し訳なかったね」

 普段どおりとまではいかずとも、声に明るさの戻ったアポロの様子に、ポップは軽く肩をすくめた。

「いいっすよ。アポロさんは気を遣い過ぎだぜ」

「そうかな? ああ…それじゃ、遣い過ぎついでと言ってはなんだが……」

 言い差す賢者の視線は、やはりポップの腕に向けられていた。

「その傷、念入りに回復呪文をかければ痕を消すことも出来ると思うんだよ。もし、君が望むなら回復呪文に精通した医師を紹介しよう」

 

 

 

「お帰りなさい」

 明るい笑顔が、ポップを迎えてくれた。マァムだ。

 アポロと何の話をしていたのかと、彼女は不思議そうに聞いてきた。水を取りに行っただけだったのが、かなり長い時間話し込んでいたので、当然だろう。

 レオナはと見ると、貴族の一人が挨拶に訪れていた。ホスト役の彼女が友人だけを相手に出来るわけもない。―――という事は、マァムを一人で随分待たせてしまったのだろうか。

 詫びながら、ポップは菓子を載せた皿をマァムに渡した。

「ん…まぁ色々と。昔のこととか、な」

 ポップは己の腕を見た。

 無数の傷に飾られた腕。紅く浮き出てしまったそれらは、確かに見栄えのいいものではない。それを利用して『サラボの華』を退散させることも出来たが、普通は見せて歩くようなものではないだろう。こんな風に、血行がよくなり過ぎた時にしか浮かび上がらないとは言え、完全に消せるのならばそうするのも良いのかもしれない。

 けれど―――

「…その傷のこと?」

 小さく尋ねる彼女に、「うん」とポップは頷く。

「これだけ痕が残るくらい、激しい戦いだったんだなって…思い出話」

 アポロの抱えてきた辛さまで、伝える必要はないだろう。そう思い、ポップは話を変える。

「ま、こんだけ痕が残るのは、それだけ俺が弱かったって事なんだけどな」

 にゃははと声を上げると、マァムは苦笑する。

「馬鹿ね。あなたが弱いんじゃなくて、それだけ敵が強くて…必死で戦ったって証拠でしょう?」

 

「―――サンキュ」

 

 どんな時でも最も必要な言葉をくれる恋人に礼を告げ、その手を握る。

「あっちのテーブルにさ、美味そうなケーキがあったんだよ。あとパイも。一緒に食おうぜ?」

 指し示せば苦笑が返り……そして二人は歩き出した。

 

 

 

 武闘家のごつごつと硬い手を、魔法使いの傷だらけの手が引いていく。

 辛かった戦いの日々。忘れたいと…その痕跡を残したくないと思うのは人として当然の考え方だろう。消せるものならば、それも悪くないのかもしれない。

 けれど―――ポップは断った。

 

 

 

『いいんです。これは…残したいと思ってるから』

 せっかくの好意を無下にしてしまい、少々申し訳なく思いつつも、ポップの意思は決まっていた。

『逃げ出し野郎だった俺が、頑張ってきた証みたいなもんですから』

 そう言うと、アポロは頷いた。

『そうか…戦いの記録なんだね』

 感じ入ったように言われ、どうにも気恥ずかしくポップは頬をかく。

『はは…まぁ…それだけじゃ無いんすけどね』

『?』

 不思議そうに首を傾げる賢者に、大魔道士は笑う。どこか、照れくさそうな笑みだった。

『ま、旅してると色々あるんですって』

 

 

 

 アバンやマトリフの下で修行をしている間に負った傷は、ほとんど見つからない。それも当然で、どんなに厳しい修行の時も、さすがに治療にかける時間が足りないなどというような事はなかったからだ。

 だから、これらの痕は、ほぼ全て戦場でついたものだった。そして―――僧侶系の呪文が使えるようになるまでは、ポップ自身に回復の手段は一切無かった……。いや、むしろ覚えてからも……。

「どうしたの?」

 かつての僧侶戦士が、クリームをすくいながら視線の意味を問う。

 スプーンを持つその手は、出会った頃から変わらない。他人のために戦い、他人を癒してくれる、強くて優しい手だ。

 戦場という限られた時間と状況で、幾度もその手が自分を癒してくれた証が、ポップの腕に残っている。

「ん…色々あったなぁって」

しみじみとした声に、彼女はポップを見つめ、微笑んだ。

「そうね。…これからも色々あるわよ、きっと」

 ぽんとポップの腰のあたりを叩き、彼女は「早く食べないと溶けちゃうわよ」と笑う。

 

(これからも…か)

 

 心の中でマァムの台詞を反芻する。

 小さな笑みの理由は、彼にしかわからないだろうけれど。

 

 

 

 うん…これからも宜しくな―――マァム。

 

 

 

(終)

 

 

 

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