ダイの大冒険――幸せを求める世界   作:山ノ内辰巳

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ヒュンケルとエイミの話です。

エイミさん結構好きです。

原作では、突然の告白に読者が置いてきぼりをくらったものですが、キャラクター個々にはそれに至るまでの歴史があるはずなので、その辺りを勝手に色々想像して書いてみました。


美醜 ①

 真上には、冴え冴えとした光を放つ月。

 鎌のように細い月でも、雲一つなく澄みきった夜空にはまた眩しい。か細い銀月の代わりを務めるように、星々もまた互いが競うように光を地上に投げかけている。

 涼やかな光がゴツゴツした岩肌を照らす。下の方には緑もあるが、いまこの場所には視界を遮るものは何もない。遥か南西を見下ろせばパプニカの王城を要として都が広がっているのが一望できた。

「綺麗ね…」

 エイミはぽつりと呟いた。

 月光に照らされる都は、城は……綺麗だった。よく見ればまだまだ瓦礫が放置された場所も見つかるのはわかっているし、破壊の爪痕生々しい箇所もあるのは知っている。それでも、噴煙の一本も上がっていない。悲鳴の一つも聞こえはしない。―――三年前からの死に物狂いの復興。エイミの主君とエイミ達自身の努力の結晶。それが着々と実を結ぼうとしているこの光景が美しくなくてなんだろう。

 

 じゃりじゃりと小さな音がエイミの方に近づいてきた。それは一度止まり、すぐに間隔を短くして鳴りだした。

 名を呼ばれる前に、彼女は音の主に振り向く。同時に、頭上の月と同じ色の髪を持つ男が、彼女の視界に入った。

「エイミ…!」

 驚いたような、僅かに呆れたような声で、彼はエイミを呼んだ。

「何故ここに?! まさか、ずっと…?」

「ええ。貴方がここに残ったと聞いたから、迎えに来たのよ…ヒュンケル」

 相手の困惑などお構いなしに、エイミは穏やかに笑って「捜索隊の者に聞いたの」と告げた。

「坊やが気にしていたわ」

「……そうか」

 かすかに瞠目し、ヒュンケルは頷いた。苦笑に似た表情になる。

 ヒュンケルは数刻前に救出した子供―――ルースの負けん気の強い顔を思い出した。

 捜索隊の者から聞いて、ルースは、誰が己を助けたのかを知ったのだろう。

 

 フレイザードによってマグマに呑まれた地底魔城。しかし、元々が死火山だったところを無理やり起こされた―――フレイザードの言い方を借りれば「活」を入れたということだったが―――ため、結局噴火はすぐに収まり、溶岩も大した量は流れず、すぐに冷えて固まった。

 そのため、城の全てが溶岩に埋もれたわけではなく、無事な箇所もかなり残っている。特に、かつての闘技場の上階席からは比較的自由に内部に出入りが可能なので、今では山の獣や弱いモンスター、時には盗賊などが棲みつく場所になっていた。

元々が前大戦の頃に魔王ハドラーの根城だった場所である。しかも三年前は不死騎団の魔物…つまりアンデッド系モンスターの住処となっていたため、誰からも恐れられている場所だ。普段は近づく者とてない。

 

 だが今日は違った。

 

 剣の修行だと言って、周りが止めるのも聞かずに闘技場から入っていった少年がいたのだ。

 

「怒って…いただろうな……」

 正体を明かせば、少年はきっと、意地でも自分の手は取ってはくれなかっただろう。何とか発見したものの、あのまま闇雲に進めば、通路に仕掛けられている罠がまだ活きているかもしれない状況―――実際に幾つかは作動して、ヒュンケルがルースを見つけたのは落とし穴の先だったのだ―――では危険極まりない。そう思い、単に『捜索隊の者だ』としか名乗らなかった自分の判断は間違いではなかったと思っている。

 

 けれど―――

 

 迷子になった事の恥ずかしさを誤魔化すためか、ルースという少年はよく喋った。

 曰く、いつも剣の鍛練をしているという事。大戦でパプニカの兵士であった父親を喪ったという事。腕試しのために噂に聞く地底魔城の魔物を倒しに来たのだという事。

 

 いつか、父の仇である元魔王軍不死騎団長ヒュンケルを斃したいのだという事………。

 

 ―――告げるべきだったのかもしれない。

 

 地上に出てからでは、他の面々もいる。あの子の恨みを晴らさせてやる為には魔城内で名乗るべきだったろう。けれど、それを考えるたびにヒュンケルの中で制止の声が掛った。

 

 あんたの番で、鎖を斬ってくれ

 

 ―――それは、以前、弟弟子に言われた言葉だ。

 

 憎しみの連鎖をこれ以上繋げさせるな……その言葉はヒュンケルに大きな感銘を与えた。

 自分の事を、復讐されるべき、討たれるべき存在だと考える意識が消えたわけではない。それでも、少なくとも、生きている事にも意義があるのだと思えるようになったのだ。

 だが、そんなヒュンケルの心情をルース少年が理解する義理も義務もないのも確かだ。己を助けに来てくれた、やたらと迷宮に詳しい兵士の正体が、実は斃すべき仇だったと知れば、少年の気分が良かろうはずもない。

 

 怨まれている事を恐れて名乗ることもしない卑怯者だと考えたかもしれない。あるいは、己の恨みを無視する…他人の痛みを理解できない男だとも。

 

「……あの子は、何か…言っていたか?」

 しばしの沈黙のあと、ヒュンケルはエイミに問う。彼女は先程から変わらぬ笑みのまま、頷いた。

「『ありがとう』」

「…え?」

 耳を打った短い言葉は、余りにも予想とは違っていた。反射的に訊き返した彼に、エイミの微笑は深くなる。

「『助けてくれてありがとう』って貴方に伝えてほしい。そう言われたわ」

「……まさか」

 信じられない。

「あら、本当よ」

 ヒュンケルの心の声が聞こえたかのようにエイミは告げ、立ち尽くす彼に、さあ、と声をかけ、防寒用のマントを渡した。

「もう遅いわ。帰りましょう、ヒュンケル」

「あ、ああ…………」

 促されるままにヒュンケルは頷き、マントを羽織った。

 

 いくら鍛えた身体とはいえ、夜のこんな高地では寒さが堪える。乾いた風を孕んで、二人のマントが大きく膨らんだ。

 エイミはマントを手繰り寄せて身を窄め、ヒュンケルの横に並んだ。彼女がポケットからキメラの翼を取り出すのが見えた。使用すれば瞬く間に望んだ場所へと連れて行ってくれる魔法の道具だ。

 細く白い手がヒュンケルの肩に置かれた。だが、エイミが翼を放り上げる前に、ヒュンケルはその動作を片手をわずかに上げる事で制止した。

 

「ヒュンケル?」

「…すまん、エイミ。俺は…まだ少し、ここにいようと思う」

 迎えに来てくれた彼女の厚意を無駄にするのを申し訳なく感じつつも、思わず止めてしまっていた。

「どうしたの? まだ、何か調べないといけない事があるの?」

 訝しげに問われ、答えに窮する。言われてみれば、地底魔城に残る理由を捜索隊の者たちに話す時、「まだ作動する罠があってはいけないから調べようと思う」というような事を告げた事を思い出す。勿論それは、ルースから離れるための言い訳だったが、一応は尤もな理由なので、皆納得してくれたのだ。

 

 エイミが大きな瞳でじっと見つめてくる。ここで「そうだ」と答えれば、彼女は「手伝うわ」とでも言うのだろう。言い訳に巻き込むのは本意ではない。

「いや…」

 彼女に嘘は吐きたくはない。それに、こういう時は彼女に嘘が通じないのもわかっている。もう長い付き合いだ。

「そうじゃないんだ…。その…すぐに街に戻るというのは、どうにも違う気がしてな……」

 説明が難しい。もとから口下手なのは自覚があるが、こういう感覚的なことを他人に話した経験などほとんど無い。

 エイミの表情は変わらない。不思議そうにするわけでも、不審げに眉を顰めるわけでもない。

 

「すまない…上手く説明が出来ない。……朝までには、歩いて帰れるだろうと思う」

 

 明日も城での仕事がある。エイミも同様だ。それを考えれば、深夜までこんな所にいるのは間違っているだろうことはわかっている。時間を有効に使うには、キメラの翼でもルーラでも何でも良いから活用して、さっさと帰宅すべきなのだ。

 だが、いまはそれが嫌だった。…そう、嫌なのだ。別にその移動法に含む処があるわけではない。ただ単に、目の前の風景が一瞬にして移り変わるというのを想像すると、いまこの時に限ってどうにも抵抗を覚えるのだ。こんな意味のわからない我儘など、説明のしようがない。

 少ない語彙しか持たぬ身でどう表現すべきか迷っているヒュンケルに、エイミは小さく笑って点頭した。

 

「わかったわ。なら私も残ります」

 

 目を大きく見開いたヒュンケルが何か言い出すのを制するように、エイミは続ける。

「せっかく迎えに来たんだもの。貴方の気が済むまで一緒にいます。それに、あっという間に帰ってしまうと、ちょっと勿体無いわ。こんなに綺麗なんだもの」

 綺麗? 何の事かと思えば、エイミは視線を外し、前を見た。つられてそちらを見る。

 

 果ての無い世界があった。

 

 眼下にはパプニカ王城を臨む街。彼方に広がる海は黒く、空との境を無くして星々を映している。鏡映しになった無数の星と細い月が作り出す、柔らかな蒼い夜の世界。

 広大なパノラマ。見えていたはずなのに気付いていなかったその光景に、ヒュンケルは一瞬息を詰まらせた。

 

「ね。綺麗でしょう? キメラの翼を使って帰ってしまうと、この感動が此処に置いてけぼりになってしまうわね」

 朗らかに笑うエイミの言葉に、ヒュンケルは素直に頷いた。感動が置いてけぼりになる……なるほど、自分が感じていた抵抗も、そうなのかもしれない、と。

 もっとも、彼が置いて行きそうになると感じたのは目の前の美しい光景への感動ではない。

 再生する街に目を向けながら、背中を振り返りたいと言う衝動を堪える。

 

 エイミのいる場で、振り向くべきではない。

 置き去ってしまうと感じたのは、断絶してしまうのは、先程まで訪れていた地底魔城―――その空気への思慕なのだから。

 

 

 

 エイミは、愛しい男の乏しい表情の下で、どんな思いが渦巻いているのか想像していた。

 捜索隊にヒュンケルが加わったと聞いて、彼女は、救助対象がどんな子供なのか調べたのだ。孤児院の子だと言うなら、今現在、院に入っている子供のほとんどは戦災孤児だ。そこに、いくら地底魔城の地理に詳しいとは言え、ヒュンケルが行く事には抵抗を覚えたのだ。止められることではないにしても。

 

 もう戦の終結から3年が経つ。だが、まだたったの3年でしか経っていないとも言える。人々の中には、魔王軍の将だったヒュンケルを深く憎む者も、まだまだ多くいるのだ。

 ルース少年も、その一人だった。

 常日頃から剣の鍛練をし、その事を褒められれば、「父親の仇を討つためだ」と口癖のように返す子だという情報を耳にして、エイミは、心に不安の黒雲が湧き立つのを止められなかった。

 

 ヒュンケルがそんな情報を事前に得ていたのかどうかは知らないが、今の反応を見れば、きっと彼はルースの境遇は知っているのだろう。知っているからこその苦笑であり、問いなのだ。

 少年が無事に救助されたという事と、ヒュンケルがすぐに地底魔城の探索に取って返したとの知らせを聞いて、エイミは孤児院に帰ったルースを訪ねた。二人とも無事なようで何よりだったが、何かしらの問題が起こっていないかとの心配は当然のものだった。

 だが、そんな心配は、実際に少年に会ってみて、朝日の前の夜霧のように霧散した。

 

『助けてくれて、ありがとうって…伝えてもらえませんか……?』

 

 ヒュンケルの正体を知ってなお、少年が礼を言うなど、誰も想像すらしていなかったに違いない。実際に、孤児院の院長や子供たちは驚いて顔を見合わせていた。

 だが、ルースの瞳に嘘はなかった。怒りはあったかもしれない…それでも、憎しみや恨みといった冥いものには翳っていなかった。彼はぽつりと呟いた。

 

『ああいう人なんですね…』

 

 ぽつりと呟かれたルースの言葉に、エイミは静かに頷いた。

 

 ルースはヒュンケルに『何か』を見たのだ。それはきっと―――

 

 

 

 風の届かない岩陰に腰をおろして、二人はただ静かに座っている。

 エイミからルースのことを聞いても、ヒュンケルは何も言わない。ただそれは、何も思わないという事ではないというのを彼女は知っている。

 僅かに瞳を泳がせ伏し目がちになる…そんな、困惑する男の表情を見つつ、エイミは尋ねる。

「ねえ、ヒュンケル。地底魔城であの子とどんな話をしたの?」

「話?」

「ええ。何も話さなかったわけではないんでしょう? 入ってから救出まで一時間はかかったって聞いたもの」

「それはまあ、そうだが。何も大したことは話していないぞ。城の中に住む魔物達のことくらいだ」

 素っ気ない答えはいつもの事だ。

 

 大戦後、エイミはヒュンケルに付いて旅をした。求められての事ではない。ヒュンケルが同行者として頼みにしていたのは半魔の戦士ラーハルトであって、エイミはただの押し掛けでしかなかった。

 元々魔王軍の超竜軍団に属していたというラーハルトは、戦いを通してヒュンケルと互いを認め合ったのだ。その関わりを証明するように、いざ戦闘となった時に彼らは実に息の合ったコンビだった。エイミが役に立つ事などほとんど無かったと言っていい。

 それでも彼らはエイミを邪険には扱わなかった。そのうちに時折、補助呪文で戦闘の援護をし、人里での情報収集を多く担当するというような形で彼女は二人の旅に受け入れられ、打ち解けていったのだ。

 

「魔物達の話? あの子に? 興味があるわ。教えてくれないかしら?」

 放っておけば必要最小限のことしか喋らない二人との旅の間、エイミはいつも話題を探しては話しかけた。黙っていられるだけでは場が持たないというのもあったし、親睦を深めたいというのも勿論だった。だが、一番の理由は、単に知りたかったからなのかもしれない。

 

 人間を憎んで魔王軍に属し、祖国を壊滅状態にした…そしてその後は地上を救うために全身全霊を捧げた男が、何を考え何を想うのかを。

 

 

 

 不思議な女だ―――心中で独りごちる。

 それは、ヒュンケルがエイミによく思う事だった。

 いつも親しく話しかけてくる彼女は、ヒュンケルにとっては不思議な存在だ。

 好意を持ってくれている事は、直接告げられた事もあるから当然知っている。だが、その理由が理解できないため、不思議としか言いようがない。

 

 愛している―――そう告げられ、もう戦わないでと懇願された。もう三年も前の、大魔王軍との戦いも終わりに近づいていた頃の話だ。恋愛感情というものを、まさか自分が向けられることがあるなどとは、ついぞ思っていなかった。

 

 ましてや、エイミはパプニカの人間なのだ。

 

 自分が一度滅ぼした…滅ぼしかけた国の人間。そんな彼女が、仇敵である自分に恋愛感情を抱くというのが理解できない。そして、自分にその想いを受け取る資格があるはずもない。

 今もこうして、ルースに喋った事を訊かれるままに答えてはいるが、魔物たちの生態などを聞いてもエイミには面白い事など何も無いだろう。むしろ、魔物について詳しい自分に忌々しさを感じるのではないかと思う。なのに彼女は熱心に聞くのだ。

 目許が柔らかな弧を描いて、紅を薄く入れた唇が時折ほころぶ。それは、彼女がいつもよく見せてくれる笑顔だ。

 受け入れてくれているという嬉しさや、ありがたさを覚えると同時に、何故そんなにも好意を持ってくれるのだろう、との問いも浮かぶ。自分は元は敵だったのに。何故、赦してくれるのだ。自分は罪人だというのに。

 

 あのルース少年が自分に礼を言っていたというのも信じられない。いや、エイミが嘘を言っているとは思わないが、それでも、少年が自分に対して礼を述べる筋合いなどないだろうに。

 肉親を奪われた辛さと悲しみは、知っている。そして、その仇が、大手を振って生きている事に対する、恨めしさと憎悪も。

 

 奇しくも、ルース少年が喪ったのも父親だ。そう、まるで…昔の自分の再来ではないか。アバンを憎み続けた3年前までの自分の………

 

「ヒュンケル?」

 エイミの呼ぶ声が、意識を現実に引き戻した。

「あ…すまない。どこまで話したかな」

「………。坊やが引っ掛かった落とし穴は、貴方も知っている仕掛けだった。って…」

 僅かな躊躇いが瞳に浮かんでいたが、彼女は何も触れなかった。

「ああ…そうだったな。…あの子が落ちていたのは、旧魔王軍の時代からの仕掛けだったんだ」

 もう20年以上も昔の、幼い頃の記憶に心が飛ぶ。ヒュンケルは遠い目をした。

 




続きはまた後程。
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