誰でもそうなんでしょうけども。
……需要があるのだろうか。これ。結局重たい話をUPしていますね。すみません。
☆☆☆
身体が痛い。気付いて最初に思ったのはその事だった。そうしてすぐに、ハッと周りを見回した。
知らない場所だ。
「ここ…どこ…?」
小さな問いに答えてくれる声など、当然存在しなかった。
起き上がろうとすると、身体の下でカシャリと乾いた音が聞こえた。暗闇でも利く瞳は、自分が大事に抱えていた紙工作の潰れて埃まみれになった哀れな姿を認め、涙を盛り上がらせる。
いつものように部屋にいたヒュンケルは、遊びに夢中になっていた。随分上手く使えるようになってきたハサミで色んな形を作っていた彼は、ふと思いついて『お父さん』の剣の鞘を飾るために綺麗な紙で星や月を模した飾りを沢山作った。
明るいランプに照らされて、金紙や銀紙で作ったそれらは、キラキラと光った。太陽の下に出る事はあるものの、あの眩しい光より、夜に外に連れて行ってもらった時に見た月や星の方が、闇に慣れたヒュンケルには好ましいものだった。作り上げた飾りは会心の出来。にこにこと満足気にそれを見て、ヒュンケルは、「これなら、お父さんのかっこいい剣を、もっともっとかっこよくしてくれる」と思った。
脳裏に浮かぶのは、絵本で見た『星屑の剣』。お父さんがわるいてきをやっつけるときには、ぼくがつくったこのおほしさまが、お父さんの剣で光るんだ…!
お父さんは、きっとこのかざりをよろこんでくれる。鞘や、ろっ骨や、くびの骨をかざってあげるんだ。そしたら、きっとお父さんは、いまよりももっとりっぱでかっこよくなって、まおーさまだって、みんなだって、お父さんのことを「ものずきな騎士」なんて、いわなくなる。「さすがまおーぐん1の騎士バルトスだ!」ってほめるだろう。
そしたら、ぼくもほめてもらえるかな? 「ニンゲンのこども」なんてなまえじゃなくて、「バルトスのむすこのヒュンケル」っていってもらえるかな? そしたら、お父さんは、ぼくのことを、「まおーぐんのいちいん」としてなかまにいれてくれるよね?
見せに行こう―――幼子ならではの純粋さと短絡さが、そんな結論を出すのはごく自然なことだった。
部屋を飛び出して、いつも父親が仕事をするという『地上』へ、ヒュンケルは向かった。逸る気持ちのまま、暗い廊下を走る。時折すれ違う魔物達が、驚いてこちらを見るのも構わずに、紙飾りを抱きしめながら一路父親を目指して。
けれど、何度か角を曲がった時、ふと違和感を覚えてヒュンケルは立ち止まる。似ているが知っている景色ではないような気がして……しかし戻るのが惜しかった。結果、早く父親に会いたい一心で幼いヒュンケルはそのまま進んだ。
足下が沈んだ。奇妙な浮遊感を感じたのは一瞬のことだった。
落とし穴の中は、真っ暗だった。天井の穴は既に塞がっており、明かりは一条たりとも差し込むことはない。こういった洞窟の落とし穴は、くまなく歩き回れば脱出の手段を見つけられるようになっている事が多い―――設置者が誤って落ちる場合もあるからだろう―――のだが、そのような冒険者や洞窟探索マニアのみに通じる暗黙のルールを、幼い子供が知っているわけもない。ヒュンケルは途方に暮れてその場に座り込んだ。
ヒュンケルや。部屋の外をうろついてはいけない。知っている場所以外は行ってはいけないよ。さもなければ、帰ってこられなくなる。広いお城の中で、人間はお前一人なのだから……
いつもいつも聞かされていたお父さんの言いつけを、破ってしまった……父の声が脳裏に蘇り、ヒュンケルの胸がきゅうっとなった。
「お父さん…」
返るはずのないいらえ。しん、とした空間にいくつかの気配はあるが、それは父親とは全く別の魔物のものばかり。
ふよふよと浮かびながらメーダが前を横切っていった。大きな目玉がじろりとヒュンケルを睨み、興味がないとばかりについと逸らされる。ドラキーの羽音が微かに聞こえ、スライムが不思議そうにこちらを見つめる。その都度、ヒュンケルは声を掛けようとして逃げられてしまった。
父バルトスが人間の子供を育てているという事を知っているからか、はたまた父の匂いがするからか、ヒュンケルに襲いかかって来る魔物はいないが、誰もが遠巻きに自分を見ているだけなのをヒュンケルは感じていた。膝小僧を強く抱え込む。挫いた足が痛むが、慣れているはずの暗闇が今は怖かった。このまま真っ暗な闇に包まれて、自分の存在が誰からも隠されてしまうような、絶対的な恐怖。
喚きたいのに、喉が痺れてしまったように声が出ない。心臓の音がしじまの世界にうるさいほど響いて聞こえる。ヒュンケルはただ震えてしゃくり上げるだけだった。
いつしか喉の奥がかさかさして、鼻の奥が痛くなって、涙すらも出なくなって。考えるのは父の事ばかり。
お父さん、たすけて。お父さん、はやくきて。ぎゅってだきしめて。お父さん、ぼくをよんで。ヒュンケルってよんで。お父さん。お父さん。お父さん。
お父さん……!!
「ヒュンケル!!!」
光が差した。
もう聞くはずもないと思っていた優しい声で自分の名を呼ばれ、ヒュンケルは声の主を見上げた。
「ヒュンケル! おお…おお…生きていてくれたか!! 良かった。ありがとう…!!」
天井からの光を背負うようにして、父バルトスが目の前に降りてきた。六本の腕がヒュンケルを壊れ物のように優しく抱き上げる。
「ぉと…さん」
枯れたはずの声が微かに出た。父の白くて綺麗な骨を小さい手で懸命に握りしめて、ヒュンケルは父親の顔を見た。この世の全ての優しさと力強さを以て、安心を与えてくれるその白い顔。
落ち窪んだ眼窩の闇の向こうに、微笑みを見つけた瞬間、張り詰めていたものが緩み、ヒュンケルは深い眠りに落ちた。
☆☆☆
「古い話だ…」
微苦笑を浮かべて話すヒュンケルの横顔を、エイミは見つめた。
いままで、こんな風に彼が昔の事を話してくれる事など無かったから、一種の感動があった。
「父が助けに来てくれたのは、落ちてから数時間ほどしてからだったらしい。スライムかリカントか…誰かが父に知らせてくれたようだった」
積極的には助けてくれなかったが、皆、俺のことを気にはかけていてくれていたよ―――と懐かしそうに呟く。浮かぶのは柔らかい笑み。
ああ、とエイミは思う。きっとこの笑みをアバンの使徒たちならば何度も目にしているのだろう。
「…お父様が来てくれて、本当に良かったわね」
地底魔城に住んでいた事は知っている。「地獄の騎士」とさえ言われる骸骨剣士の中でも最上位の騎士に拾われて育てられたという事も。けれど―――
「ああ。父はあの頃の俺にとって、誰よりも強くて、誰よりも偉い…世界の全てだったからな……」
幼子にとって、親とは世界そのものだ。無条件に甘えられる存在。庇護してくれる、愛してくれる存在。ヒュンケルと地獄の騎士バルトスの関係も、何ら違いはない。人間と魔族という違いなど何の障害にもならないのだ。
―――ヒュンケルにとって、あの地底魔城は故郷なのだとエイミは改めて思い知った。愛してくれた家族、見守ってくれた周りの者達…そうでない者の存在は無視しえないとしても、彼にとっての家は、あの暗くて静かな地下世界なのだ、と。
ならば…幼いヒュンケルがアバン様を憎むのも、当然だったのだろう。とエイミは、現在カールにいるヒュンケルの師の穏やかな顔を思い浮かべた。
聞いた話では、ヒュンケルの父親を殺したのは、上司である当時の魔王、ハドラーだったらしい。父親は勇者アバンと闘い敗北したが殺されはしなかった。負けを認めて守っていた地獄門を勇者に通過させ、ために魔王の怒りを買って「処分」されたのだ。その事実を知らなかったヒュンケルは、勇者アバンを父の仇と憎み、彼が守った人間社会全てにその怒りを向けた……
思いを馳せる彼女の耳に、ヒュンケルの自嘲に満ちた声が届く。
「あの子にも、きっとそうだったんだろう……結局…俺は、また…繋げてしまった………」
「……繋げる?」
「…以前、ポップに言われた。『憎しみの連鎖』を俺の番で斬れと。だが、今更だな…とうに連ねてしまった」
柔らかさはそのままに、口調は己に向けた嘲りと怒りと蔑みに満ちていた。その視線の先にあるのは何だろうか。過去の自分か、それとも今日助けたルースの姿か。
ヒュンケルという名の鎖の輪に連なった、続きの輪は多すぎた。ルース少年はその内の一つだ―――けれども、
『助けてくれて、ありがとうって…伝えてもらえませんか……?』
―――けれども、少なくともルースの輪から次は、きっともう繋がる事はない。
「…解けて落ちる鎖だってあるわ」
ぽつりとエイミは呟いた。
その言葉にヒュンケルは驚いたように彼女を見た。思いがけない事を言われた―――そんな表情だった。
「今日の坊や―――ルース君みたいに、貴方への憎しみを捨てる人だっているのよ、ヒュンケル」
エイミはヒュンケルに微笑んだ。対するヒュンケルは戸惑いを隠せないでいる。いつも冷静な彼のそんな表情は、エイミにとってとても新鮮なもので、けれどもその苦悩は、間断なく見続けてきたものだ。
「そんな事は…あの子が俺を許すなど、あり得ないだろう」
言葉を選ぶように、ゆっくりと、ヒュンケルは呟く。その呻くような低い声にエイミは痛みを覚えた。
『俺を許すなど、あり得ないだろう』というその言葉は、自嘲と共に彼を切り刻む刃に等しい。本当は許されたいと願っているのに、その願いを持つ事さえもヒュンケル自身が断罪する。そうして益々彼は罪を増やし、救われるべきでない罪人として罰を望まれるのだ―――彼自身に。
ヒュンケルの存在を知り、その正体を知った時から、エイミは彼を目で追うようになっていた。だから知っている。彼がいつも悩み苦しんで、己を責め続けている事を。
彼は故国を壊滅させた人物であり、敵であった人間なのだと……わかっている。
国民の多くが不死の軍団に殺され、美しかった街並みは瓦礫の山と化した。戦の陣頭に立った先王は、三年を経ても未だ遺体すら見つからぬままだ。
当時の事を思い出せば、記憶の大半は紅に染まっている。その中でも、パプニカ城陥落の時の事は一際鮮やかだ。
レオナ姫を守って城から脱出する際、振り向いたエイミが見たのは、炎に呑まれる街。そして、死霊の群れの中にあって彼らを指揮する、唯一の生者だった。何故だか、遠目に鮮やかな銀の髪が目に入ったその時、「敵の指揮官は人間のようだ」という情報があった事を思い出し、彼がそうなのだと直感した。
(どうして?! どうして人間が魔王軍に与するの?! どうして私たちと同じ人間が、魔物に味方をして私たちを襲うの?!)
怒りと疑問ではち切れそうになりながら、エイミは走った。悲鳴を乗せて自分を追いかけてくる風を、ただひたすらに背に受けて振り切るように。
紅蓮の思い出に、拳を作る。そうして、その原因となった男の苦悩に沈む横顔を見、エイミは視線を地に落とした。
ヒュンケルは悲劇を生みだした人間だ。パプニカの民にとって、憎んで当然の相手だ。罵って当然の人間だ。
けれど―――憎む
「あり得なくはないでしょう…。貴方が憎しみを捨てたように」
返事はなかった。静かに息を飲む音が横で聞こえただけだった。
「ね、ヒュンケル。貴方はどうしてアバン様を許せたの?」
あえて軽い声音を作って問う。
ヒュンケルはどこか困ったように顔を歪めた。彼にとって楽しい質問であるはずがないので当然だろう。
「どうしてと言われてもな……。先生は父の仇ではなかった。マァムが魂の貝殻で父の遺言を…」
「知ってるわ。でも、それはマァムが偶然、魂の貝殻を手に入れて貴方に渡してくれたからわかった事でしょう?」
眉を僅かに顰めた彼は、怪訝な表情だ。何が言いたいのか? と無言で問うてくる。
「お父様の死の真相を知らないままなら、貴方はずっとアバン様を憎んで、その弟子のダイ君たちを恨み続けたの?」
「っ! それは…」
違う―――と言いかけて、ヒュンケルは固まった。
どうしたの? エイミの瞳はそう問うている。
答えられずにヒュンケルは言葉を探すが、そもそもが、何故答えられないのかがわからなかった。
三年前のダイたちとの闘いがヒュンケルの脳裏に蘇り、エイミの問いを反芻する。
あの時、マァムが魂の貝殻を自分に渡して、父バルトスの遺言を聞かせてくれなかったら……どうしていたのだろう。
ダイとポップを手に掛けて、勇者アバンを超えたと、父の仇を討てたと満足したのだろうか。
想像し、すぐに否定する。
その瞬間は満足しても、きっと後悔に似た気分に襲われたはずだ。
何故なら、自分は復讐のために師事しながら、心の奥底ではアバンを先生として慕っていたのだから。
「違うのでしょう? アバン様を貴方がずっと憎み続けるだけだなんて、想像できないもの…」
「…ああ」
エイミの確信に満ちた言葉に、ヒュンケルはただ頷いた。
彼女の言いたい事が何となくわかった。
自分がアバン先生を父親の仇として憎むだけでなく、いつしか慕っていたように、パプニカの民も自分の事をただ憎むばかりではないのだ、と……
そうなのかもしれない。だが、嬉しさに似た感情が湧きあがるのをヒュンケルは抑え込んだ。仮令そうだとしても―――
「だが、先生は正義の為に戦ったのだ。俺は、そうではない」
憎しみの為に戦い、憎しみの為に破壊して殺した。それが許されるはずはないのだ。
「―――パプニカの民は、自分が、八つ当たりで殺したのだから」
次回で『美醜』は完結します。
……こういうの需要あるのかなあと思っても、誰にも聞けないからわからないんですよね。
まあ、好きな事を書いて、同好の士が見つかれば御の字というのが同人といふもの。とわかっちゃいるのですが。