決定打:ポップとマァムと『彼』の短い話。
どちらも、元拍手お礼。
『石碑』
目の前にある小さな石碑の前で、少年はひざまずいた。
胸に手をあて、目を伏せる。
その様子を、薄緑の法衣を着た青年が、数歩後ろから見つめていた。
花を供え、二人は石碑の前に並んで立った。
青年が微笑みをたたえる。
「師匠、ダイが帰ってきたぜ」
「…遅くなりました。マトリフさん」
まるでこの日の空のような、真っ青な服がとても似合う少年が、頭を下げた。
「看取ったのは、先生とマァムのお袋さんと、俺だ」
「発作の間隔が短くなってきてな。そろそろ駄目なんじゃないかって…、俺も……師匠も、予想はしてた」
「外に出たいって言い出してな…。おぶって海辺に連れていって……その日の夜だったよ」
月の綺麗な夜だったよ、と淡々と話す青年の隣で、少年はただただ頷いていた。
少年が地上に戻ってきた時、すでに横の親友の師匠たる老人は鬼籍に入っていた―――今日より少し肌寒い、秋の初めだったという。
墓に詣でたいという自分の願いを、親友は二つ返事でOKしてくれた。
大戦で世話になった礼を、ついに直接にはきちんと言えなかった。その事が悔やまれる。
それを親友に言えば、彼は、くしゃりと少年の頭を撫でた。
「大丈夫だ。師匠は言ってたぜ」
「あとはお前らに任せた―――ってな」
「…うん」
強く頷く。
青年が、にっと笑った。
せめて、その約束はきちんと守ろう。
それが、偉大なる大魔道士への、最上にして唯一の礼なのだから。
(終)
―――――――――――――――
『決定打』
目的の村にはまだ少しある。 テラン領の、しかも王都ではなく村になど、訪れる者はほとんどいない。予想通り街道―――というのも憚られる田舎道―――に休息所などなく、さらに日も暮れてきた。
青年は左手に見えた湧き水の横で馬車を停めた。今晩はここで野宿することになりそうだった。
焚き火で薪がパチリと爆ぜる。簡素な食事のあとは、虫の音だけの静かな時間が出来ていた。
「バーンは、馬が好きなのか?」
青年がおもむろに、少し離れて座る魔族に問いかけた。
「…なんだ、急に」
「いや別に? ただの質問。さっき、パティの頭をなでてやってただろ?」
だからふと思っただけ。そう言って、彼はまた火に向き直った。
「…嫌いではない」
「好きって事よね」
楽しそうに言うのは、薬草を入れる皮袋を繕っていた娘だった。彼女は焚き火を挟んで座る恋人に「良かったわね」と笑いかける。
笑みを返して、青年は再びバーンの方を振り向いた。
「明日からパティの世話頼むな、バーン」
沈黙の妖精が何周かその場を散歩してから、ようやくバーンの思考は動き出した。
「………いま…なんと言ったのだ、ポップ?」
問いに対して青年は驚いたようだった。
「なんだよ。黙ってるから了解って意味だと思ってたのに。『明日からパトリシアの世話を頼む』って言ったんだよ」
どうやら、ポップは己の台詞が届かなかったという風にはとらなかったらしい。確かに魔族の耳でこの程度の距離の声を聞き漏らすなどありえないが―――問題はそこではない。
「余が、馬の世話だと?」
勇者に敗れたとは言え、元大魔王。魔界の神とも言われた男だ。その彼にしてみれば、一介の馬丁のように馬の世話をしろというポップの言葉は、屈辱をおぼえるのに充分だった。
わずかに剣呑な空気をバーンは纏い、ポップを睨む。
だが、ポップの態度は飄々たるものだった。
「もう身体はそんなに痛まねぇだろ? 三人で日替わり交代なわけだし、最初は俺もマァムも手伝うからさ」
その言葉に、マァムも顔を上げる。
「そうね。リハビリには丁度いいと思うわ―――ここまで快復出来てホントに良かった…」
心底喜んでいる顔で涙まで浮かべられれば、文句など言えるわけもない。
バーンは黙り込んだ。
「バーンもしてくれるようになったら助かるわ。…時間が出来るから、洗濯も捌けるかしら」
マァムが嬉しそうに笑った。
「あー…そっか。俺も調合にもぅちっと時間かけられるな。けどマァム、今の洗濯物は村に着いたら宿屋に頼めよ。水仕事ばっかじゃ手が荒れるぜ?」
「あら、ありがと。…でもそう言ってくれるなら、もう少し草の汁を付けない様にしてくれたら助かるんだけど?」
娘が悪戯っぽく青年の顔を覗き込む。バツが悪そうに彼は肩をすくめた。
「…へいへい。気をつけます」
恋人達の会話を、バーンは半ば呆然と聞いていた。
マァムが立ち上がり、繕い終わった袋を馬車の中に戻しに行く。彼女はくつろいでいる白い馬の鼻先をちょんとつつくと、子供に物語るように囁いた。
「良かったわね、パティ。明日からあなたの友達が一人増えるわよ」
「…………………。」
別にパトリシアの世話をするのは構わない。リハビリだと言われれば思い切ることも出来る。
ただ余りにも急に、自分の意思を放っておかれた状態で決められたため、バーンは何とか今少し抗弁したかった。
したかったのだが―――
彼女の背中を見つめていたポップが、バーンのそんな心理を見越したかのように振り向いた。
その表情は、満面の笑み。
「文句言わずに手伝いやがれ、居候」
―――不可能だった。
にこにこにっこり。
計算された、けれど裏の無い笑み。
バーンが白旗を揚げた、それが決定打だった。
(終)