これを投稿する前に、以前投稿したものを誤って再投稿してしまいました。謹んでお詫び申し上げます。
いまの展開のアニメ見てから投稿するの駄目ですね。メンタルやられるわ…原作知ってるのになあ…。
中天に太陽が輝く時刻、温められたレンガ道を軽い足取りでその2人は歩いていた。
ベンガーナの街は、いつ訪れても活気がある。大戦の被害をほとんど受けなかった事もあって、町並みも美しい。豊かさが肌で感じられるこの王都は、買い物に来た人々の財布の紐を容易く緩めさせるのだ。
そんなベンガーナ王都だが、普段はポップのみが登城する為に訪れ、マァムは留守を預かっている事が多かった。ポップとマァムが2人揃って王都にやってくるのは久しぶりだった。
デパートには行かず、その辺りの商店を廻っていた2人の鼻先に、ふんわりとあたたかな香りが漂う。
「あら、この店…」
「ん?」
マァムは通りかかった店の前で立ち止まる。丁度それは香りの源泉であったらしい。
看板には大きなパンの絵がいくつも描かれているが、それを見なくとも食欲を刺激されるあたたかな匂いを辿れば、この界隈の人々は皆ここでパンを買って行くだろう。
「ああ、ここか」
明るいポップの声に、「え?」とマァムは振り返る。知っている店なのかという彼女の問いに、ポップは笑って頷いた。
「この辺じゃ有名なパン屋だよ。ほら、お前ぇも食べたことあるだろ。俺がベンガーナに行ったら必ず買って帰るパン。あれはこの店のなんだ」
言われて、よく見れば、確かに彼女も看板に書いてある店の名は見たことがあった。ポップが土産に持ち帰るパンの袋に、いつも判で押されている店名だ。ここで買っていたのか。
「そうだったの。じゃあ今日も買って帰りましょう…よ……って、凄い人ね」
今更ながらに、マァムは店内を見てその客数に驚いた。さして広いとも言えない店の中に、20人はいるだろうか。
老若男女―――客層は様々だが、皆が皆この店の味のファンなのだろう。目当てのパンを取るために、他人を避けながら必死でトングを持つ手を伸ばしている。カウンターではちょっぴり太目の小母さんが、並んだ客から忙しそうに代金を受け取り、お釣りを数えていた。奥で新たに焼きあがるパンの熱気もあるだろうけれど、それよりも賑やかさが原因で、みんな汗を浮かべている。
和気藹々というには、ちょっとした競争心を孕んだ店内の喧騒に、少しマァムはたじろいだ。 ウィンドウ越しに見えるのは彼女の好きな苺クリーム入りのパンだが、今にも売り切れそうだ。けれど、先客を掻き分けてあれを買うのはちょっと気が引ける。
お気に入りのパンは諦めるつもりで、「後で寄りましょう」と横に立つ恋人に苦笑して告げる。
だが、ポップはへらりと笑う。ひと言残して、彼は混みあっているパン屋のドアを引いた。
「大丈夫。
「また来ておくれよ、ポップちゃん!!」
待つこと2分。ポップはすぐに店から出てきた。しかも小母さんの見送りつきで。
「もっちろん! いつもありがとなー!」
ドアを開けた格好のまま、にこやかに手を振る丸い女性に、ポップは振り向いて、両手に抱えるパンの袋を目の高さまで持ち上げた。小母さんは、恰幅のいい身体をゆさゆさと揺らして笑っている。
呆気にとられて2人を見るのは、マァムだけではない。店内の他の客も同様だ。
「んじゃ、行こうか。マァム」
店内の視線は、どこ吹く風と先に歩いていくポップだけでなく、彼の連れであるマァムにまで注がれ始めた。ガラス越しとは言え、キツイ。かなりキツイ。彼女は小走りでその場を去った。
角を曲がり、振り向いても完全にパン屋が視界から消えるようになって、ようやくマァムは自分でも知らずに詰めていた息を吐いた。
「どした?」
のほほんとした声が頭上から降ってくるのが、なんだか恨めしい。
「お、あそこで一服しようか。…焼きたての方がいいと思って、明日食べる分と別に、もう1個買っといたぜ」
何という用意のよさ。
ポップはにこやかに先にある公園を顎で示した。マァムはもう頷くだけだった。
きらめく噴水を正面にして、2人はベンチに並んで座った。
先に買っておいた日用雑貨を脇に、ポップは紙袋から焼きたてのパンを二つ取り出す。
「ほい、苺クリーム」
「…ありがとう」
チョコレートを練りこんだクロワッサンを美味しそうに齧る恋人の横顔を見ながら、マァムはパンを千切る。
美味しい。確かにこれは焼きたてでないと味わえない。しかし、棚に残っていたのはもう僅かだったはずだ。どうやってあの短時間でポップはこうもしっかり買って来られたのか。
「なんだよ、さっきから?」
「あ…うん。どうやったのかな…って」
まさか彼に限って、肩書きを使って他人を蹴散らすわけでもなし。もしそうなら、店の小母さんのあの笑顔は説明がつかないだろう。
それを言うと、ポップはパンを口に入れたまま、にまっと笑った。
「呪文を使ったんだ」
「呪文??」
「そ。特に、ああいう小母ちゃんにめちゃくちゃ効く呪文」
「いらっしゃい! …あら! ポップちゃん、ひさしぶりだね!」
「こんちは。うわー相変わらず繁盛してんなぁ」
「おかげさまでね」
「こりゃあ、パンを取るのも大変そうだな。いつもの奴買いたかったんだけど、出直すよ」
「おや、そうかい?」
「うん。『お姉さん』のパンを買えないのは残念だけどな」
マァムは脱力した。
「―――相変わらず、口が巧いわね」
「おや」
ポップはやはり、へらりと笑う。
「策士と呼んで欲しいね」
悪びれずに言って、彼は言葉を続ける。
「誰も傷つかないんだし、いいだろ。しばらくは他の客も小母ちゃんの事を『お姉さん♡』って呼ぶだろうし。小母ちゃんは喜ぶし、客も早く買えてラッキーだし、良いことずくめだろ?」
「…はいはい」
呆れた声で返事をすると、「なんだよ」とポップは肩を上下させた。
「硬いこと言うなって。ほら、んな顔してたらせっかく可愛いのに台無しじゃねぇか」
マァムは今度こそ盛大な溜息をついた。言った端からこの男は。
「だから! そういうお世辞が、口が巧いって言ってるのよ!」
けれど――
「…は?」
――眉根を寄せて睨んだ彼の顔は、あまりにもきょとんとしていて。
「俺、お世辞なんて今は言ってねぇけど…?」
「…………………策士なんだから…」
ぽそりと消え入りそうな呟きは、うつむくマァムからのもの。
「?? おう。サンキュ??」
クリームに使われた苺よりも紅く、頬を染めた彼女を見ながら、ポップは不思議そうにクロワッサンを飲み込んだ。
(終)
(前書きにも書きましたが、再度。)
これを投稿する前に、以前投稿したものを誤って再投稿してしまいました。謹んでお詫び申し上げます。