ダイの大冒険――幸せを求める世界   作:山ノ内辰巳

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前話の後日譚となります。


オニたちの物語

 襖を開ければ、部屋の奥、障子で区切られた窓に面する板張りのスペースで、ダイが本を読んでいた。

 その光景にポップは僅か、目を瞠った。

 最近は勉強を熱心にしているのは知っているが、そもそもダイは余り文字を読むことが好きではない。なのに自分から本を読むなんて、珍しいこともあるもんだ、と肩のタオルに手をやりながら部屋に上がると、ダイがこちらを向いた。人懐っこい顔が苦く笑う。

「おかえり。大丈夫?」

「…まぁな。」

 ダイの苦笑にポップも同じ表情で返した。

 ポップの頬には、赤い手形がくっきりとついている。

「久しぶりに見たなぁ。マァムがポップ殴るの。」

 ダイのからかう声に、「うっさい」とポップはむくれた。途端に、手形の部分がひりひりと痛みを訴え、更にむすっとした表情になる。

「大体、あいつは力がありすぎるんだよ。ったく…怪力女なんだからよ……」

 ぼやくポップに、ダイはまた笑う。

「でもあれは、ポップが悪いよ。」

 丸聞こえだったじゃん。と少年はつい先ほどの光景を脳内で再生した。

「おれ、ロマンとかはよくわからないけど、あんな響く所で女の子の話をしてたら、怒られるよ。」

 ついさっき温泉の中でポップがダイに授けた湯煙美人についての講釈は、『そういった方面』に疎い弟分に教えると言う情熱に少々ヒートアップし、女湯のほうにも充分届いてしまったのだった。

 まあ実際、温泉の煙で女性のシルエットがどうたらこうたらという内容は、まずかったかもとポップも反省はしている。と言うか、殴られる事で大いに反省させられたのだった。

 久々のジパング旅行に、ダイ達も連れて来ることが出来たというのがあって、少々舞い上がっていたかもしれない。あとでマァムにはきちんと謝ろうとポップは心の中で呟いた。

 

 そのマァムは、現在レオナと一緒に、旅籠の中の土産物屋を物色している。

 いわゆる『女の子のお買い物』という事象に付き合うのは、男には恐ろしいほどの忍耐を要求するものである。アバンの使徒の中でもその法則は不変であるようで、先に温泉から上がったダイも、脱衣所で頬を冷やしていたポップも、巻き込まれないように退散したのだった。

 そして、今のこの部屋である。

 

「どうせ、この後は旅籠の外の店巡りとかになるぜ、きっと。」

「え? そうなの?」

「そうなの? じゃねぇよ。お前が行かないでどうすんだ。デートみたいなもんなんだからさ。姫さんをエスコートしてやれよ。」

「…そっか。うん、頑張るよ。」

 ――でもオレ、デートって苦手だよ。レオナの買い物の量、凄いんだ。

 ――荷物持ちだけで済んでるんなら構わないだろ。…てか、え? 何? お前の中ではデート=買い物になってんの?

 こちらが呆れて言えば、ダイはにこにこ笑って頷く。そんな会話を交わせることが、ポップには単純に嬉しい。

 何気ない言葉や他愛のない仕草を、そうとして受け止められることが、ポップの中では3年かかって再構築した『日常』だからだと自覚があった。

 

 『日常』の貴重さと有り難さは、一度失ってみなければ気付くものではないのだろう。

 だからこそ、その『日常』が何気なく他愛なく破れてしまうものだという事をも覚悟している。

 

「ところで、何の本を読んでるんだ?」

「あ、これ? さっき、温泉から出てすぐに売店で買ったんだよ。」

 話の接ぎ穂を探して、ポップはダイの置いた本に目をやり、小さく息を詰まらせた。

 表情の固まった親友の顔に、ダイは優しい眼差しを送った。

 

「ありがとう、ポップ。」

 そう言っているのに、ポップはばつが悪そうにダイを見た。

「…悪い」

 ぽつりと告げられた言葉に、ダイは、ううんと首を横に振った。

「ポップもマァムも、おれの事を考えてくれたんだろ? 謝ったりしないでよ。」

 おれ、怒ったりしてないよ。とダイは本を再び卓に置いた。

 

 温泉から早々に上がり、店の物を物色していた時に、ふと目に止まった薄い本だった。

 パプニカや他の国では見かけない綴じ方が珍しく、子供が描いたかのような大雑把で、けれど味のある筆の運びの絵が、気に入ったのかもしれない。タイトルに『ジパングの民話』と書かれたその本を、ダイは話のタネに買ったのだ。

 同室のポップが出てくるまでには、マァムの事もあってまだ少し時間がかかるだろう。そばで待っていてもいいのだが、そういう事をされるとポップは恥ずかしがるはずだ。ここは先に部屋に戻っていよう。買った本を読めば時間も潰せるだろう。

 そんな風に考えて部屋に戻り、明るい窓辺で民話本を開いた。簡単で短いストーリーと、未知の習俗が楽しくて、いつの間にか夢中で読んでいた。

 中には、以前にポップを訪ねた時に教えてもらった逸話も入っていた。正月の事。春の桜の花見の事。頭を八つも持つという伝説の竜の事――

 

 ――節分の事も。 

 

 親友がかつて話してくれた節分の行事は、一部分でしかなかったのだという事をダイは知った。そして、どうして彼が一部しか教えてくれなかったのかも理解した。

 オニという存在に豆をぶつけて追い払う――その意味するところは、ダイにもわかる。

 敵・異種族・異端者・罪人・ケガレタ者…そういった立場の者を排除するという事だ。ある集団の秩序を守るために、多数者の幸福のために、少数者を切り捨てるという事だ。

 ポップは…そういった事を当事者のように悲しみ憤ることのできる男だから。

「おれのために、隠してくれたんだろ? おれが…傷つくから」

 ダイの身に流れる血の半分は、人間のものではない。父親であるバランは、最後の正当な竜の騎士だった。そのバランは、人間であったダイの母親ソアラと結ばれた。この点だけを見ても、ダイは異端だ。竜騎士としても、人としても。

 だが、何よりもダイの得た力は余りにも強大なのだ。額の紋章を輝かせれば、山の一つくらいは簡単に破壊でき、剣閃だけで海を割る事ができる程の力を持つ存在を、恐れる者がいるのは当然だった。

 何かが狂えば、オニに見立てられるのはダイ自身になる。ダイの両親はアルキードという一国から迫害された。そんな過去を持つ子供に、人々が疑いの目を向けてしまう事がどうして無いと言い切れるだろう。今度は世界規模でそんな迫害が行われるかもしれない。

 暗い想像には際限がない――だからこそ、ポップは話さなかったのだ。親友のそんな気遣いと優しさがとても有り難く、嬉しい。

 

「でもおれ、わかるんだ。人が、そういう風になるの。」

 

「え?」

 ポップが顔を上げた。

「わかるんだよ――オニを追い払うの。そういう風にしてしまうのって…わかる気がする。」

「…ダイ」

 ポップが自分を呼ぶのに微笑んで、ダイは再び本を開いた。先程読んだ、節分の話。

 オニと呼ばれる存在が豆をぶつけられて逃げていくシーンには、挿絵があった。

「この絵の人たちは皆…、凄く恐がってるから。」

 呟くように言えば、「そうか」とポップが答えた。彼は対面の椅子に腰かけると、ダイの手から本を受け取った。絵を見て納得し、その独特のタッチに微かに苦笑する。

「ほんとだ。」

 魔除けの豆を必死に投げながら、人々の顔は恐怖に歪んでいる。

 オニが実際はどんな悪さをしたのかは、話には書いていなかった。ただ、村を『突如として襲った』とあるだけだ。

 考えようによっては、このオニはいわゆる大戦時の魔族を摸したのかもしれないし、荒んだ時代には盗賊などが横行するのはどの国も同じだ。

 人々が豆を投げるのも、皆で力を合わせて敵を追い払ったと見れば、微笑ましいひとコマになる。

 だが、オニという存在に仮託されたのは、【敵】という問答無用の悪役だけではない――そんな事は、ダイもポップもごく自然と理解していた。

 

 平和で小さな村に住んでいた人々にとって、得体の知れない異形の存在は『恐怖』そのもの。人間が心の奥底に強く持っている排他的な思考。排除の対象を定めた時、人は、その弱さゆえにどこまでも強く団結し、どこまでも残酷になれる。

 それを語るとき、絶対的少数者であるダイたちの立場に意識が向くのは、当然だった。

 

「おれ達は強いし…強くなったし。それに、知ってるから」

 デルムリン島から飛び出して、世界中を廻って、色んな人を見て色んな魔族達と知り合った。敵だった者にも惹き付けられる程の美点があることを知り、味方だと思っていた者から白い目で見られる事もあった。

「だから怖くないんだ。でも、ジパングとか…世界のほとんどの人は…弱いし、知らないから」

 自分だって…とダイは思う。もし旅に出ずにずっと島に留まっていたらどうだったろう…と。

 モンスターの祖父に育ててもらい、周りが気のいいモンスターばかりだった分、他の人間のように[[rb:怪物 > モンスター]]への恐怖はないけれど、それでもそんな祖父たちの思考を支配し、自らの意思で人を襲う魔王――魔族というのは『悪』なのだと思い込んでいた。島の外の世界には優しくて善い人間ばかりがいて、そういった人たちが『悪の魔王軍』に成す術もなく蹂躙されて、抵抗できずに泣いているのだと思っていた。

「知らないと、警戒するし、怖くなると思う。それまでの自分の世界で大切なものを守るためには、得体の知れないものなんて要らないって考えるかもしれない。……それって、当たり前だろうから」

 ――だから、仕方ないんだよ。きっと。

 

「……………。」

 ずっと無言で、こちらを見つめて話を聞いてくれていた親友が、ぱたんと本を閉じた。

「後から知った方が嫌だったろ……悪かった。」

 苦い声音。それは以前に節分の内容を尋ねた時の事についての謝罪だ。 

「そんな…何度も。いいよ。おれの事を考えてくれたんだろ。かえって嬉しかったよ。」

 ダイは慌てた。そうやって、気持ちを考えてくれる素晴らしい仲間や友達がいるから、だからこそ自分は地上が…人間が大好きなのだというのに。謝ってもらう必要なんかないではないか。

 ポップが薄く笑う。

「…ありがとよ。でもな、やっぱ謝るよ、ダイ。オレは、お前がそんだけ強いんだっての忘れてたわけだし…」

 親友が真っ直ぐな言葉で褒めてくれるのは、自分の『力』に対しての言葉でなく、覚悟と度量への称賛だった。自分の頬にさっと赤みが差したのだろう事がわかる。いつだってこうして自分のことを認めてくれる親友の存在が、本当に嬉しい。

 けれど、その事に礼を言う前に、ポップは続けた。

 

「それにオレは、お前の気持ちだけ考えて隠したんじゃない。俺がお前に、人間のこういう所を知らせたくなかったってのもあるんだ。」

 

 

「あの時に本当の事を話してたとしても…さ、お前ならきっと、いま喋ってたような答えを出すよ――『仕方ないことなんだ』って。」

「それは……」

「オレは、お前が傷つくのも勿論嫌だったけど、そんな言葉を聞くのも嫌だった」

 ――だから隠した。

 ダイの返事を待たず、ポップは言い募った。本心からの言葉だった。

 生粋の人間である自分にとって、この三つ下の親友が…幼いくせに大戦で誰よりも深く傷ついた弟弟子が、人間の弱さというものを肯定してくれるのは、とても嬉しい。けれどそれは喜びの半面、心の中に消えない怒りの炎を灯すのに等しかった。

 困惑している態のダイに告げる。

「オニになるのは、お前だけじゃない」

「え…」

 ダイの、虚を突かれたふうの反応が、ああやっぱりというポップの思いを深くする。

 強くて優しいこの親友は、その分、辛い事も苦しい事も己が引き受けるべきだと考えている部分があるのだろう。

 

 冗談ではない。そんな認識を否定するために、自分たちは…自分はここにいるのだ…!

 

「例えば、ブラスの爺さんが石を投げつけられたら、お前は石を投げた奴を赦すのか? ラーハルトやヒムやおっさん、チウや遊撃隊の皆………いや……オレでもいい。爺さんが人間じゃないからって理由で殴られたり、オレが魔法力のせいで怖がられても……お前は『仕方ない』って言うのか?」

「そんな!!」

「だったら!」

 がたんと椅子を蹴立てて立ち上がるダイ。そんな酷い事は絶対に赦せないと、顔にありありと書かれていて。

 ああ。その反応は嬉しい。ありがとよ。けど腹が立つよ。許せねぇ。怒りをそのまま声に乗せて、ポップは叫んだ。

 

 

「だったら何で『ダイ』にだけ仕方ないなんて言うんだっ……!!」

 

 

 しんとした部屋に、とさりと音が鳴った。それはダイが座り込んだ音だった……くずおれるように。

「ポップ…ごめん。」

「…………ああ。」

 いつの間にか、またポップは件の頁を開いていた。

「なあ、見ろよ。」

 豆を撒く村人達の恐怖に歪んだ顔。そんな表情を誰にもさせたくはない。それはポップとてダイと同じ気持ちだ。

 だが、逃げ行くオニの顔をダイはちゃんと見たのだろうか。

 強そうなオニ。人とは全然違う姿。だのに彼は泣いているのだ。こんなに悲しそうに、痛そうに。

 

「泣くのが自分なら構わないとか…思ってんじゃねぇよ。オレは、豆でも石でも、ぶつけられりゃあ痛いし、ムカつくし、悲しいし……嫌なんだよ。」

 

 その台詞に、ダイはくすりと笑った。

「うん…祖父ちゃんも、痛いと思う……」

「お前は?」

「うん…。おれも痛いし……嫌だ。」

 

「それで、ぃんだよ」

 ようやく小さな笑みを浮かべて、ポップは本をダイに返した。

「ありがとう。」

 おうと応えて、ポップは、ふいと視線をそらした。

 その仕草は、友人が照れた時によくする事を、ダイは知っている。

 

 ポップは、たったいま思いついたように、「なあ」と言う。

 

「いつかさ、それとは別の話を作ろうぜ」

 余りにも唐突な提案に、「別の?」とオウム返しに呟くダイ。

「ああ。別の話だ」

 

「人間の村に…さ、遊びに来たオニと、村の…そうだな、子どもが仲良くなる話だ。豆を投げようとする奴からオニを庇って、『何も知らない癖に、友達をいじめるな!』ってちゃんと怒るんだ。どれだけ周りがオニを悪く言っても、そいつは友達を信じるんだ。」

 

「ポップ……」

 

「んで、だんだん友達が増えていくんだ。最後は、オニが村にいるのなんて当たり前だって皆が思うくらいに仲良くなるんだ。」

 

 ダイはその物語の絵を鮮やかに想像することが出来た。

 理想かもしれない。夢で終わるかもしれない。けれど絶対に不可能だとは思わない。そんな物語と同じ光景が、当たり前に存在する世界。

 

 きっと、オニを信じてくれるその子どもの顔は、目の前の親友そっくりなのだろう。

 

「…じゃあ、物語の結びは、こうだね。」

「うん?」

 

 

 

「『こうしてオニは、ますます人の事が大好きになりました。めでたしめでたし』。」

 

 

 

「……ああ。それがいいな。」

「きっと、そうなるよ。」

 互いの目にうっすらと光るものを見ながら、二人のオニは笑い合った。

 

 

 きっと、そうなる。そうなるように、しよう。

 

 

(終)




地方によっては「福は内 鬼も内」と仰るところもあるとか聞きましたが本当でしょうか?
もしそうなら、悪心もきちんと自らの責任だとお考えになる、素晴らしい考え方だなと思います。
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