ダイの大冒険――幸せを求める世界   作:山ノ内辰巳

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いつもお読みいただきありがとうございます。
このお話は原作後が舞台ですので、息をするようにネタバレがあります。
原作未読もしくはアニメ視聴オンリーという方は、その点をご留意ください。






心の宿り

 居間のテーブルに、色とりどりの布を何枚も広げると、彼女はしばらくそれらをじっと見つめていた。

 そして、何枚かを選ぶと、次に持ってきたのは針と糸。

 塗り薬を瓶につめる最終作業をしていたポップは、恋人がこれから針仕事をするのだと察して、テーブルの広陣地を占領していた薬壺を自分の方に引き寄せた。

「ありがとう。」

 マァムはにっこりと笑う。陽だまりのような、柔らかい笑みだ。

「いいって。何作るんだ?」

「ん? 服よ。簡単なものだけど。」

「え、服って…」

「残念ながら、貴方のじゃないわよ、ポップ。」

 澄まし顔で先を制され、ポップはちぇっと片頬を膨らませる。

 彼女は「貴方の服じゃこんな布じゃ足りないでしょ。」と、くすくす笑う。

 言われてみれば、確かに並べられた布は、端切ればかりだ。

「じゃあ、誰の…? あ、わかった。」

 作業を中断してポップは言う。

「ライだろ? あいつ、しょっちゅう怪我して服破るし。お袋さん、継ぎがおっつかないって嘆いてたもんな。」

 自信たっぷりに言うポップ。けれど、マァムは首を振った。

「残念。はずれよ。……一昨日、教会に来た子がいるでしょ?」

 後半の声は、少し密やかだった。ああ、とポップも思い至る。

 ぼろぼろの服を申し訳程度にまとった、母親とその娘。雨の中を助けを求めて隣村の教会にやってきて、修道女たちに保護されたのだ。

 娘は熱を出しており、だのに運悪く教会では薬を切らしていた。結果、ポップ達が呼ばれたのだった。

「あの子の服か。…もうほとんど布切れだったもんな。」

「あ、ううん。ちょっと違うの。あの子とお母さんの分は解決してるのよ。」

 気の毒な母子に同情しつつも、マァムはポップの推測を否定した。

「解決?」

「ええ。貴方が看病してくれている間にシスター達に聞いたんだけど、もうすぐバザーがあるから大丈夫なんですって。」

 なるほど、とポップは頷いた。バザーと言うが、この場合、そんな着の身着のままだった母子に、安いからと言って買い物をさせるというわけではない。教会が主宰している慈善事業の一つで、数か月に一度、恵まれない人々に古着やら色々な物を提供する催しがあるのだった。開催日が近いならば、教会には既に沢山の古着が届いているだろう。

「そっか。じゃあ、大丈夫だな。」

 嬉しそうに言いつつ、あれ? と彼は再びテーブルの布に目をやる。

 会話の間にもマァムは針を動かしている。いま彼女は、扇形に切られた花柄の布、その端にレースを縫いつけているところだ。

「じゃ、それは?」

 彼の質問に、マァムは微笑んだ。

「その子の、お人形の服なの」

 

 

 マァムは、昨日もその教会に行き、母子の様子を見てきた。娘は熱も下がり、もう随分と良いようだった。だが、シスター達やマァムがいくら話しかけても怯えたように頑なに口を利いてはくれないのだ。

 母親には嬉しそうに話しかけているし、話し方も普通だった。だが、他人には心を閉ざしていて、その門はとても堅固なものらしい。

 ただ、母親以外に口を開く相手が一人だけいた。

 幼いその娘が片時も離さず、持っていた人形があった。持ち主と同じくその人形の服もぼろぼろだったが、中身は、薄汚れてはいるが青い目がパッチリと開き、ぷくぷくとした柔らかそうな頬っぺを持つ、可愛い女の子の人形だった。

 よほどに大事にしているのだろう。少女が、その人形を可愛がる様子を見て、マァムは思った。

「まるで本当の妹みたいだったわ。ううん…一心同体って言った方が良いかもしれない。」

 流浪する生活の中で、少女にとっては人形が唯一の友達なのだろう。ああも愛されていれば、きっと、人形だって嬉しいに違いない――そんな風に思えるほどに。

 

「だから、そのお人形の服を作ってあげれば、きっと喜んでくれると思うの。」

 

 そうして、少しでも心を開いてくれれば……そんな真摯な想いが、マァムの声には込められていた。

「…うん。いいな、それ。」

 ポップは恋人のアイディアを称賛する。慈愛の使徒と言われるマァムにぴったりの、子供への優しい接し方だった。

 

 

 

 

 

 詰め終わった瓶の蓋をきゅっと閉めると、ポップは立ち上がった。

 大きく伸びをし、「ちょっと出てくる」とマァムに告げて外に向かう。

 

 春とは言え、まだまだ寒い日もある。今日はそんな日だった。一日中曇っていて、時折、身を切るような風が吹いては人の身を縮こまらせる。

 これから草木がどんどん芽吹いて、息をするたびに若葉の匂いも吸い込む時候になるけれど、夕刻、どこかで焚かれた火のあとからの煙と、冬の名残の寒さが、ポップの中で一つの単語を媒介として過去の風景を思い出させた。

「『人形』か……」

 三年前の戦いで、最後に現れた敵は、『人形』だった。決してその使い手ではなく、人形そのものが敵だった。

 

 風がびょうと吹いて、肌が粟立った。

 

「未だに信じられねぇなあ…お前が人形だったなんてさ……」

 記憶の中の敵に話しかける。

 そして、あの使い魔が本体だったなんて。腹話術だと言われても、納得など到底出来かねるほどの強敵だったのだ。

 その証拠に、未だに自分は、あの『人形』をこそ憎んでいる――殺したいほどに。

 あるいは、あれこそがマァムの言う一心同体というものだったのかもしれない。

 残忍さも、卑劣さも、殺気も、怒気も、あの死神という器を通して表現されていたのだろうか。

「…………。」

 何をどう考えようと、相手に尋ねる事は不可能なのだから、所詮は推測の域を出ない。考えるだけ無駄なのだとはわかっているのだけれど。

 けれど心のどこかが、何故か寂しく、哀しかった。

 

 憎まれ、恐れられ、嫌われ、罵られ、最後には使い手に兵器として捨て置かれた『人形』。

 

「なあ、キルバーン。お前は…幸せだったか?」

 詮無い問いを口にする。

 もしも目の前に相手がいるのなら、きっと嗤って馬鹿にして……そして鎌を振るうだろう。

 

 ザァ…!

 

 強い風が吹き渡った。

 細かい砂が、ぴしぴしとポップの頬を打っていく。

 なんとなく、それがあの冷たい『人形』の返事のような気がして、彼は肩を竦め、かすかに笑った。

 

 陽はもうとっぷりと暮れた。村の家々に次々と灯りがともっていく。そしてそれは、自分たちの家にも。

 ドアが開く音がし、マァムが呼んだ。

「ポップ、もう入ったら? 風邪をひくわよ?」

「…ああ、いま行く。」

 振り向き、ランプを持つ恋人のもう片方の手に、小さな花柄のスカートがあるのを認めて、ポップは微笑んだ。

 

 それは、どこまでも温かい心の宿りだった。

 

 

 

(終)




『人形』の本体も凄いですよね。
あの姿で本来は弱いはずなのに、たった一人、主の命令を果たす為に数百年もの間、大魔王バーンの横にあり続けた。

きっと忠誠心だけは、誰と比べても遜色ない。


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