ダイの大冒険――幸せを求める世界   作:山ノ内辰巳

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もうすぐハロウィンということで。


夢の通い路

「さあどうぞ!」

 レオナが出してきたのはクッキーだった。

 透明な袋に数枚ずつ入っていて、色違いのリボンで袋の口が閉じられている。

「へえ。可愛いな。」

「ほんと。これ、もらっていいの、レオナ?」

 ポップとマァムに可愛いとの評価をもらい、レオナは胸を張る。

「もちろんよ。せっかくのカシカシの日だもの。」

 パプニカではこの日、子ども達にお菓子を配るという風習がある。元々は、身分の高い者から使用人などに、当時はまだ高価だった菓子(砂糖でも可)をボーナス的に支給する日だった――なので名称が菓子下賜なんだそうな――のだそうだが、それも今は昔。近年では大人たちが子どもらに菓子をプレゼントするというちょっとしたイベントになっているのだ。

「でもいいの? レオナだってまだ子どもだろ?」

 そう聞いたのはダイである。いくらレオナがパプニカで姫という身分であって振舞う側であるとは言え、レオナだってまだ少女と呼ばれて然るべき年齢だ。

「おれたちと一緒に町に出て、お菓子をもらいに行ってもいいじゃんか。」

 一緒に楽しみたいし、レオナが楽しんでいるのをダイも見たいのだ。それがその場の全員に伝わり、場がほっこりする。

 レオナ自身もダイに気遣われて嬉しくないわけがないし、行ってみたいとも思ってはいる。だが、静かに首を横に振った。

「さすがに私まで仮装して夜の街に出るのは、警護の者が大変なのよ。」

 ヒュンケルや、それこそダイが一緒にいれば何の問題もないのかもしれないが、そこは公私の別というものだ。

「それに、ダイ君や皆が町中でもらってきてくれたお菓子、見せてくれるでしょ? それをこの部屋でパーッと広げて楽しみましょうよ!」

 明るい声に、ダイは頷いた。ポップがその頭をくしゃっと撫で、マァムが肩にそっと手を置いた。

 レオナは少し寂しさも見せるが、彼女の立場としての楽しみ方というのがあるのだ。ならば自分たちは、そのやり方を盛り上げる方向で、レオナを楽しませてあげればいい。

 

 

 パプニカの街は夜だと言うのに子どもたちで溢れていた。

「凄いや…!」

「ほんとね。」

「ああ。子どもがこんな夜になあ。」

 そう。普通、陽が沈んでから子どもが一人で出歩いたりすると、事件に巻き込まれる確率が跳ね上がる。それがイベントとは言えこんなに堂々と行われているだなんて、パプニカ王都の治安の良さを示して余りある。

「レオナ、本当に頑張ってるんだね…」

「そうね…彼女の事だから、小さな子どもがお祭りを楽しめるのを目標にしているんじゃないかしら。」

「ああ、そうかもなあ。姫さんらしいよな。」

 三者三様にレオナを褒め称えつつ、街の子どもらを見ながら一緒に練り歩く。

 スライムやドラキーの被り物、騎士の鎧や妖精の姫らしき薄い羽根を身に着けた子どもたちがそこかしこで「お菓子くれなきゃイタズラするぞ。」と家々を回っていく。大人たちも心得たもので、大袈裟に驚いたり逃げた振りをしながら家の奥からお菓子を持ってきては、子どもらの歓声を聞きながら籠にお菓子を入れてやっている。

 

 この日の楽しみは菓子のほかにもう一つあって、皆が皆、これは子どもだけでなく大人もおおっぴらに仮装するのだ。

 これがどんな由来なのかは誰もよく知らない。

 菓子をあげる方ももらう方も、普段通りの姿だと気恥ずかしいからだという説や、元はもらう方だけが仮装していて、それは普段通りの使用人の姿だと権高な主人に甘味を要求するのに気後れするからモンスターなどに仮装して強さをアピールしたという説など、色々だ。

 

 ダイ・ポップ・マァムの三人もレオナに話を振られて、興味を示した途端に着替えさせられた。

 ダイはドラゴンキッズのような小さな翼を背中につけて口には牙をつけ、耳は少し尖らせられていた。元々パプニカの人々に勇者ダイとして顔が知られているので、特徴的な右頬の傷は濃い目のパウダーで隠してある。

 ポップは「意外性を」との企画者(無論レオナである)の提案を汲んだ者たちに帯剣させられた。軽い鎧も身に着け、まるで駆け出しの冒険者という態だ。

 マァムはと言えば、黒猫である。カチューシャ型の猫耳の飾りに、彼女の腿にぴったりとした厚手の黒いタイツ。そこに直でついている黒く長い尻尾。上衣は短く、これまた黒。グローブとブーツももちろん黒一色である。

 

 余談だが――マァムの姿を一目見たポップは『これのどこが黒猫だよ…女豹じゃねえか……』と頭を抱えた。

『姫さん、おれの格好はともかく、マァムのこの色気で子どもと同じ事させんのかよ?!』

 愚痴とともに鼻血を零しながら抗議をするポップに、

『何言ってんのよ。二人は近くにいる子らの保護者枠よ。いくら善意のお祭りでも大人が目を光らせてないと危ないんだからね!』

 とレオナはしれっとのたまい、『気に入らないんなら、マァムの服はブロキーナさんからゴースト君かビースト君の衣装デザインを拝借してもいいのよ?』と返されたポップは己の眼福をとった――という経緯がある。

  

 三人とも衣装や意外性(そもそもアバンの使徒がこんなイベントに混ざると誰も考えない)のお陰か正体はバレず、ある子どもらの一団に加わり家々を回った。何も知らぬ各家庭から見れば、小さな可愛い仮装の子どもらに、お兄さんと御姐さん(⁈)が混ざっているという一風変わったグループであったが、街のあちらこちらに歩哨が立ち子どもらを害する者がないか目を光らせているのを考えれば、年長者が同行しているのも不自然ではないためあっさりと受け容れられて、銘々しっかり籠を菓子で満たしたのだった。

 

 

 

「凄いじゃない! こんなに沢山!!」

 テーブルの上に広げられた小さな菓子の山にレオナが嬉しい悲鳴を上げる。

「おう。結構沢山の家を回ったもんな。」

「うん、一緒に歩いたグループのボスの子、凄かったよね。」

「本当にね。あの子はしっかりしてるわ。将来が楽しみよね。」

 マァムが苦笑する。彼女たち三人が合流したのはガキ大将のような子が色々と差配しているグループだった。

 子どもらの頼れるリーダー、ダーミン君の菓子に対する執念は凄まじく、それにともなう作戦も凄かった。年寄りの家にはその孫に似ている子を行かせ、もともと子供好きな家には大勢で行かせ、赤ちゃんを授かったばかりの若夫婦の家には特に小さな子らを並ばせて簡単な歌を歌わせたりして、大量の菓子を手に入れさせていた。ちゃんと全員に平等にわけるのだから文句のつけようもない。

 あの子は将来大物になるだろう、というのがアバンの使徒三人組の共通の意見だ。

「そんな子がいるのね…。前もってリサーチ済みだなんて凄いわね……いずれ王宮にスカウトしてみようかしら。」

 半ば本気のレオナにポップは苦笑して言う。

「ま、とりあえずおれらはグループの子どもらが全員家に帰ったのを見てから戻ったから、安心してくれ。」

「軽く見回りもしたけど、どこも騒ぎは起こってなかったよ。」

「凄く治安がいいわって、私たちびっくりしてたのよ、レオナ。」

 

「ありがとう! それじゃダイ君、マァム、ポップ君、一緒にお菓子食べましょう!!」

 

 

 

 

 ダイはふわふわとした気分で静かになった街を歩いていた。随分と遅くなったけれど、明日はアバン先生の授業がお城であるから、今日はパプニカ城に泊まりだ。ブラス祖父ちゃんにはちゃんと言ってあるし、ポップ達も軽くお酒を飲んだから酔い覚ましに夜の散歩に一緒に出掛けた。

 子ども達はもう帰ったけれど、大人はまだ何人も仮装した人たちが街を歩いている。

 ふわ…と欠伸を一つ。

 公園のベンチに腰掛けてポップとマァムの二人を待つ。小腹が空いたので、彼らは近くの酒場で何か食べ歩ける物を買ってくると行ってしまった。

(レオナも一緒に遊べれば良かったのになあ……)

 先程まで王宮の私室で一緒にお菓子を食べた少女の事を想う。

 レオナは立場があるから、きっと、自国だというのにあんな楽しいお祭りに参加したことはないのだろうな…と思ったところで、はたと気付く。

 ああいう事に参加したことがないのは自分も同じだったという事に。

 

 ダイはデルムリン島で育ったため、島を出るまで友達はモンスターばかりだった。

 ポップやマァムと遊ぶことはある。だが、今日のように年齢も環境もバラバラの子らと一緒に何かしたという事はついぞなかった。ガキ大将なんて存在も、子どもらだけのグループも、初めて見たのだ。

 アバンの使徒と言われるグループの中で、ダイは一番年少だ。だからどうしたって皆に弟的に構われる事が多い。だが、今日のグループでは小さい子は四歳になるかならないかという年齢で、リーダーのダーミン君とて十歳だった。

 途中でトイレに行きたくなる子や、転んで泣き出す子が次々に出て、ダイ達は駆け回ったのだ。正直、戦闘よりも疲れたかもしれない。

(そっか…レオナは、おれにこういうのを経験させたかったのかも……)

 心地よい疲れに彼女への感謝を胸中で呟き、ダイは口元だけで笑った。

 奥歯に残ったクッキーの欠片が、甘い。

 

 レオナがくれたクッキーはとても美味しかった。

 

『皆に配った分は特別よ。ナッツとかの代わりにレアな実を砕いて入れたんだから!』

 なんと、レオナはアバンの使徒用に【ちからのたね】や【まほうのたね】などをくるみやナッツの代わりに混ぜたらしい。ちなみに前者はマァムに。後者はポップに渡したクッキーに入っていたそうで、その場にはいなかったがヒュンケルにも渡したそうだ。

『剛毅だなあ…さすがセレブ! ……ちなみにヒュンケルの奴にはどんな実なんだよ?』

『彼、やっぱりまだ身体が本調子じゃないから、【すばやさの種】とかなの…?』

 それに対するレオナの答えは『【ラックの種】よ。』という短いもので、その場の誰もが『ああ…』と言葉少なに納得したのが印象的だった。

 

 そして肝心のダイがもらったクッキーの実は――

 

「おや、せっかく来たのだが、もう子どもたちのイベントは終わりなのかな?」

 

 

  ※※※※※

 

 

「おや、せっかく来たのだが、もう子どもたちのイベントは終わりなのかな?」

「あらそうなの? 残念ね…お菓子をあげたかったのに……」

 ダイは耳朶を打つその声にハッと息を飲んだ。顔を上げるとすぐそばに若い男女が立っていた。

 精悍な男は、姿からして騎士のようだ。立派な鎧すがたで、今日のような日に遊びで着て囃し立てられるほうが失礼な気がするくらいの武者ぶりだった。

(誰かに似てる……)

 眠気で少しぼんやりしているせいか、会った事もない人のはずなのに知っているような気がする。

 女性は正真正銘、見覚えが無かった。だが、胸がざわつく。嫌な意味ではなかった。会えて嬉しいという喜びと、何かをせねばという焦燥感とがない交ぜになった気分と言えば近いだろうか。

 一部を三つ編みにして垂らされた、肩よりも長い髪。騎士と違って、こちらは膝までのワンピースにストールという普通の服装だというのに、溢れ出る気品が彼女の生まれの貴さを物語っていた。それはレオナが持っている雰囲気とよく似ていた。

(お姫様だ……)

 二人が語らう姿は姫君とそれを守る騎士だった。話し方から主従という関係ではないだろうことがわかるのに、そうとしか見えない。

「坊や、もうお祭りは終わったのかな?」

 騎士に尋ねられて、ダイは思わず背筋を伸ばした。

「あ、はい! 子どもはさすがにもう皆、家に帰りました。」

「まあ…。坊や、ごめんなさいね、急に聞いたから驚いた? そんなに緊張しないで普通に喋って、ね?」

 姫君が言う。なんだかその瞳が少し寂しそうに見えて、ダイはドキリとする。

「ね、坊や。横に座っていいかしら?」

 え? と思う間もあらばこそ、姫君はもう決めたとばかりにダイの横に座る。彼を挟む形で、騎士もベンチに座った。

 

 驚き緊張気味のダイに、二人は話し出した。

 会いたい子どもがいるということ。

 今日その子はこの国にいるということ。

 イベントを楽しんでみたかったのに、間に合わなかったということ。

 

「どんな事をするんだい? 子どもにお菓子を配ると聞いたんだが…」

「あ、えっと、モンスターとか妖精とかの仮装をして、家を回って玄関でこう言うんです。『お菓子をくれなきゃイタズラするぞ』って。そしたら家の人が籠にお菓子を入れてくれて…」

 レオナが仮装させてくれたことや、歳の違う子らと遊ぶのが初めてだったということも、ダイは身振り手振りを交えて説明した。

 女性が笑う。

「まあ。レオナ姫って素敵なかたね。それに子どもがメインなんて、とても可愛いお祭りなのね。私の国ではそんなのはなかったわ。」

「そうなの? やっぱりパプニカだけなのかなあ。ポップのとこも無いって言ってたから。」

「ああ、あの魔法使いの少年か…。彼はどこの出身なのかな?」

「ランカークスって村です…だよ。ベンガーナの山奥で、ポップは田舎だよってよく言うけど、いいところなんだ。」

(…あれ?)

「そうか…。友達とは仲良くやっているのか?」

「もちろん! しょっちゅう一緒に遊ぶよ。明日は勉強の日だからその後お菓子パーティーの続きをするんだ! マァムもだし、明日はヒュンケルも非番だから皆一緒なんだ!」

(ポップの事、知ってるの…? 話したっけ?)

「お勉強、頑張ってるのね。偉いわディ…ダイ。好きな勉強はなあに? 私は歴史や詩編の朗読が好きだったわ。」

「う…おれ、それどっちも苦手……。あ、でも字はもうバッチリだよ!」

(おれの名前も…)

「ふふ、そうなのね。焦ることないわ。」

「剣や魔法はどうしているんだ? 鍛錬しているのか?」

「うん。おれ、やっぱりそっちの方が得意だし…。でも呪文はポップがいるからいいよ。相棒だもん。」

「そうか。相棒か。」

 二人と話しているとダイの心は踊った。嬉しくて、楽しくて、次は何を話そう、どんな事を聞いてもらおう、とブラス祖父ちゃんに話す時のようになる。それはきっと、どちらも親し気に優しく話してくれるのもあるし、会話の最初のほうがどことなくダイと同じように始まった事で「自分と同じだ」という思いもあるのだと思う。

 ――どんな風に話そうか。

 ――何を話せばいいのだろう。

 ――うまく話したい。

 ――せっかくの機会なのだから。

 そんな、手探りの会話。慣れていなくて、ぎこちなくて、それでも優しさと温かさと思い遣りに満ちた――まるでかつての父との、それ。

「ねえ、ディ…ダイ。ご飯はちゃんと食べている? 病気とかしていない?」

(だからきっと、これは、この人は……)

「大丈夫。おれ、父さんに似て凄く丈夫だし健康だよ! ご飯だって毎日お腹いっぱい食べてる!!」

「そうなのね。良かった…」

「だから心配しないで――母さん。」

 自分と同じ目が大きく見開かれ、涙がにじんだ。そのまま優しく抱きしめられる。あたたかい。夜だというのに、太陽の…陽だまりの中にいるような…。

「さあ、もうおやすみ。ディーノ。」

 頭に大きな手が置かれた。戦いを生業とする者の手が、優しく頭を撫でてくれる。

「父さん…」

「またいずれ会おう。必ずだ。だから今日はもうおやすみだよ。眠っておくれ。」

「うん…絶対だよ……」

 

 ――おやすみなさい。

 

 

 

 ――やはり君は寝かしつけるのが上手だな、ソアラ。

 ――あら、今日はあなたも初めて泣かさずに寝させてあげたじゃないの…バラン。

 

 

 

 

 

「ダイ、やっと見つけたぜ! なんでこんなとこで…って…寝てんのか?」

「もう夜も遅いものね。…寝ぼけて公園と間違えたのかしら?」

「…間違うか? いくら綺麗にされてるからって墓地だぞ……ん?」

「ポップ?」

 さわさわと、この時季にしては暖かな風がダイの髪を揺らした。

 優しい眠りの園を月が静かに照らす。

 むにゃ、とダイが呟いた。

 

「父さん…母さん…」

 

「…行こうか。」

「…そうね。」

 ポップは剣と鎧の上部を外すとマァムに預け、ダイを背負った。

「きっとご両親との素敵な夢なのね…レオナのクッキーのお陰かしら?」

 ダイのクッキーには夢見の実を入れたのだとレオナが言っていたのを、マァムは思い出す。それは寝つきが良くなり、良い夢が見られると言われる木の実だ。

 年相応のあどけない寝顔のダイがとても可愛らしい。ポップに背負われても起きないなんて、幼子のようだ。

「さあなあ…。もしかしたら正夢なのかもしれねえな。」

「…? どういう意味?」

「いや…。」

 マァムの問いにポップは答えない。答える言葉を持たないからだ。だから静かに首を振る。

 

「何だっていいよな…夢でも、現実でも――」

 

 ――ダイが幸せならさ。

 

 

(終)




令和アニメ版、あと二回で最終回を迎えますが…やはり原作どおりのラストなんでしょうか…なんでしょうね……。
もうホント、使徒ら幸せになって。ダイ君幸せになって。の気持ちしかないです。つらい。
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