『へぇ~! こりゃ凄えな!!』
オレの感嘆にアバンは照れ笑いを見せた。
城の裏門から見える丘陵は花盛りで、大きめのノートを横にしてアバンはスケッチをしていた。
『お前、絵を描くのが好きなのか?』
『うーん…絵を描くの「も」好きですね』
照れ笑いの中に、ちょっと困ったような色がある。オレはそれに気付かなかったふりをした。
『そうか。お前なら絵描きもいけるし、作家で食っていけるほど文章も書けるし、料理家でもやってけるし、何にでもなれそうだな』
『……そうでしょうか?』
――つうか、本当はそういう道に進みたかったんだろ? …勇者なんかじゃなくさ。
アバンの笑みは、いつも静かだ。オレがその言葉を言ってやれたら、こいつはどんな表情をするんだろう。
お前は、もうこの頃から自身の使命がわかってたんだろうな。
知識欲とかも勿論あったんだろうけど、お前は色んな「したいこと」を探してたんだろう、アバン?
オレは……お前がとんでもなく強い、立派な、真の勇者ってやつなんだと誇らしいけども、さ。
丘に風が吹く。サワサワと。ザワザワと。
花が散っていく。
『ロカ、』
アバンの笑顔は相変わらず綺麗だ。泣きそうに見える笑顔でこいつはオレに訊く。
『あなたならどんな絵を描きますか?』
花霞の中に消えるアバンをオレは見つめた。慌てることも焦ることもなかった。
※※※※※
あんな記憶は無い。
オレは訓練をサボるアバンを探して小言を言って連れて帰るのが専らで。あんな風に穏やかに花畑を見るなんて事はなかった。
だからあれは夢だとわかってた。
きっとアバンの奴と、今ならあんな風にゆっくりのんびり、綺麗なものを見ながら好きな事をして話せるし、話したいと思っていた……オレの願望が最期に見せた夢なのだろう。
――ロカ、あなたならどんな絵を描きますか?
(どんな絵だろう……)
花霞よりも更に霞む視界の向こうに見えるのは、可愛い可愛いマァムの姿。
抱っこは嫌がるけど、いないいないばあをすると毎回物凄く嬉しそうに笑う、目に入れても痛くない一人娘。
クレヨンを握らせたら、画用紙いっぱいに叩きつけるように点を描いたり、線を引くという単純な事に感動して興奮したり。
ピンクが好きでもう短くしちまったから、次に街に行ったら買ってやらないといけない。オレから受け継いでくれた、お前の可愛い綺麗な髪の色だなあ。
……レイラは泣くだろうか。
泣くよな…優しいもんな。オレの事を愛してくれてるんだから。自信を持って愛されてると思えるのが、本当に幸せだ。
でもどうか笑ってほしい。
勝って、生きて、アバンが作る平和な世界で、マァムと一緒に…幸せに笑ってほしいんだ。
(綺麗な絵だ……)
朧気ながら見えてきた。
マァムがいる。レイラがいる。マトリフの奴が遊びに来て…あいつも家族みたいな弟子に恵まれたりしてるんだ。
そんで、アバンが姫様と結ばれて、好きな研究とか料理とかで心の底から屈託なく笑って。
幸せに溢れた絵だ。
そこにオレはいないけれど。
オレはその絵を描く側になるよ。
(終)