そろそろ形にしようと思いました。
テランの領内にある小さな村、サンナ。
もともと人口が極端に少ないこの国の中でも、あえて小さいと言われる村は、他国では村とも呼ばれないような小さな集落だった。
サンナは、テラン全域がそうであるように農耕だけで成り立っている村だ。特産と言える物もない。強いて言えば、菜の花を多く栽培しており、それによって作られる油が副収入になっている。
そのサンナにポップが滞在しているのには訳があった。
三日前。
日が西に傾き出した頃、座る御者台からサンナの門が見えて、ポップは歓声を上げた。
御車台から振り返り「マァム!」と声をかける。
「よーやく着いたぜ! 久々にベッドで寝れんぞ!」
「え! ほんと?!」
幌から顔を出すマァムの表情も明るい。
テランの首都からサンナまで、馬車で丸四日。その間は野宿。
慣れてはいるし、メルルに聞いて用意した食糧も飼葉もまだ充分な量はあったが、やはり毛布数枚の眠りとベッドでの睡眠はその深さが全く違うものだ。交互に不寝番もせねばならないのだから、眠りの浅さを長時間の睡眠で補う事も難しい。
また、乾パンや干し肉ではなく温かなスープと酢漬けでない野菜も食べたいところだし、当然ながらパティも小屋で休ませてやれた方が良いに決まっている。
宿屋はあるだろうか? なければ教会か、村長の家に幾ばくかのお礼をして寝床を確保したい。テラン王直筆の身分証明もあるので、邪険にはされないだろう。
「マァム、疲れただろ。湯を沸かしてもらえよ。ずっと拭くだけだったもんな」
「そうね。それに洗濯もしたいわ」
「飼い葉が買えるといいんだけどな」
滞在は数日だけのつもりだが、暖かいベッドと食事の予感に二人の声は弾む。
だが、
「……陰気な村だな」
村の入り口にある簡素な門をくぐる前に、ポップは呟いてしまった。
「ちょっと、ポップ。失礼よ」
横からマァムが肘でつつくが、彼には撤回する気は起きなかった。注意するマァムにしても心中ではポップと同意見なのだろう。いぶかしげに村を見つめている。
カポ カポ
パティの蹄の軽い音が全くの場違いに思えるほど、村全体を包む空気が重い。
家々の戸は閉まり、歩く人もいない。野良仕事に出ているとしても、普通は年寄りや、子どもくらいは村に残っているものだ。いくら小さな村と言っても妙だった。
「…お葬式でもあったのかしら……?」
声を潜めて発せられた言葉に、ポップも「そうかも」と声を小さく応える。
ポップもマァムも村の育ちのため、その感覚には共通するものがある。こんな小さな村では、村民全員が家族のようなものだ。事があれば村をあげての対応になるだろう。
「こりゃあ宿をとるのも難しいかな…ん?」
ポップは鼻をひくつかせた。
風に乗ってただようにおいは、以前この国に来た時にも嗅いだことがあった。他国では使う習慣のないこれは、竜の神へ供えるこのにおいは……
「火炎草のにおい…だな…」
「…あら、そうね」
頷きあい、二人は風上の方に歩いていった。
村の中心の通りを半ばまできた頃、マァムがポップに示す。
「ね、ポップ。あれ…」
「え?」
彼女の指が指す方を見れば、丘があった。そこに人影を認めて、二人は頷き合った。
※※※※※
丘に居たのは村人のほとんどだった。彼らは皆、火炎草を焚いて祈りを捧げていた。丘に登るだけの体力の無い老人と病人だけが家に残っているのだという。それは活気が無くて当然だ。
外からの旅人など珍しいと、長老が相手をしてくれた。長く白い髭と暗く沈んだ表情が、彼を隠者めいて見せていた。
「何かあったんですか?」
マァムの問いに長老は「病が広がりまして…」と答え、丘の向こうを指した。
長老の指の方向に視線を向けた二人は、そこで円形に抉れた森を見て驚愕に息を飲む。
「な、何あれ…?!」
「っ! …クレーター?!」
長老が手を戻し、杖に体重をかけた。樫で出来たそれは老人一人の重さくらい何でもないだろうが、吐かれた溜息は場の空気そのものを重く沈みこませた。
「三日前の昼でした。天から何かが降ってきたのです。幸い村に被害は出ませんでしたが……」
途方にくれたように彼は頭を振った。
森から聞こえた轟音に恐れおののく者ばかりではなく、調査に向かった者も何人かいたのだという。木々が薙ぎ倒されているので場所の特定はラクだったらしい。だが、落下したものがあるはずの場所に近づこうとすると、気分が悪くなるのだ。
「ですので、まだ降ってきたのが何か確かめられてさえおらんのです。そのうち村に残っていた者も全員気分が悪くなりました」
サンナに医者はいない。元々、テランは人口が極端に少なく、それに加えて自然主義の国王の長年の施策があった為に、知識層はほぼ他国に流出している。幸いと言っていいのか、全員の症状は気分がすぐれないというだけで、咳が出たりはしなかった。調査に向かってリタイアした者も、森から離れて村にいると寝込むほどではなくなったのもあり、そうなると住民は耐えることを選択した。
そしてこういった場合、テランの人間がする事と言えば――祈る事だけだ。
話を聞きつつ、ポップもマァムも事態打開の為に動かないのかという思いを抱いたが口にはしない。それが可能なのは、動く力を持ち、どう動けばいいかを考える事が出来る…少なくともそういう考え方を良しとする環境で育ってきた者だけだという事を、二人はこの三年で学んでいた。各地を巡り、疲弊した地域は…特に僻地はどこもこのサンナのような空気がある。それに仲間であるメルルはテランの出だ。
ポップは、現在祖母ナバラの看病しているメルルをを思う。彼女は、ベンガーナの医師を連れて見舞った事を、ナバラに驚かれていた。病気や体調不良は…特に老いからくるものは、神の意志に任せるというのがテランの民の根にあるのだろう。皮肉屋で人の心理を良く知り、各国を旅して異文化に触れる機会の多かったはずのナバラであってもそれだ――メルルが悲し気に微笑んでいたのが印象に残っている。
この三日で祈祷所では必ず誰かが竜の神に祈りを捧げるようになった。たまたま今は畠仕事の前に祈りに来たものが多く、ポップ達はそのタイミングで村に着いたというわけだった。
「お二方、悪い事は言わんので、病になられる前に立ち去られたほうがええ。それで、王都に行かれる用事があるなら、どうかこの窮状を王様にお伝えくださらんか」
長老の言葉に二人は顔を見合わせた。ポップが言う。
「長老様、事情はわかったよ――治し方もな」
場違いなほど明るい声で、彼は笑う。マァムも頷き微笑んだ。ポカンとする長老や村人たちを前に、ポップはマァムに説明を任せて村の入り口に繋いだ馬車に道具を取りに行く。
「な、治し方って……」
ポップの背を見てうろたえた一人にマァムは「大丈夫です」と声を掛ける。
「ポップは薬師の資格も持ってますし、魔法も得意です。私たち、こういう状況は何度か経験があるので対処出来ると思いますから、安心してください」
明るくマァムは微笑む。故郷のネイル村で幼いころから教会での奉仕活動に数え切れないほど関わってきた彼女にとって、医療行為は笑顔が基本だ。任せてもらわねば治療は出来ない。患者が安心して身を委ねてくれるように、自分に任せればきっと治ると信じてくれるようにとの願いからの笑み。
その思いが通じたのか、村人たちはそれ以上何かを言うでもなく、マァムに従ってくれた。長老に畠のある場所や生活の為に立ち入る場所を聞き出し、丘から一望する。
「さすがに畠も入れると一度で綺麗な五芒星には出来ないわね…でもポップなら二回に分けても大丈夫かしら……」
ぶつぶつと呟く彼女を見つめていた村人の一人が、何をすればいいかを聞いてきた。
「そうね。とりあえず、皆さん家に戻りましょう。残ってる病人さん達もいるんだし、まずは村からだわ」
ピンクの髪を揺らし、マァムは笑う。とびきり明るく元気に見えるように。これもこの三年で彼女が得たものの一つだった。
※※※※※
ポップは最初、流行り病か? と危惧を抱いていた。
普通は病人が多いといっても、年齢や暮らしぶりが違えば、それぞれかかりやすい病気も違うものだ。それが丘に集まった全員が同じ症状を訴えているのだから。
もしこの村に蔓延しているのが性質の悪い『疫』であった場合、治療以上に、まずこれ以上病を拡げないための措置が必要となる。『疫』と言うのは、対応を誤れば一国をも滅ぼしかねない伝染するものだからだ。
疫であると判断された場合、外部の人間が村に入らぬように村を閉鎖し、王都に連絡を取って腕利きの医者と充分な薬を送ってもらわねばならない。考えたくもない最悪の場合は、騎士団や教会の関係者さえも必要となる。また、疫の発見者も、感染していないか確かめるために、ひと月の間は教会で監禁状態におかれる事となる。それはどの国でも同様に定められている疫への対処法で、店を構えているわけではなくとも、薬師ギルドに所属する際にそういった基本事項はポップも叩き込まれていた。
だが今回のこれは病などではなかった。治療法も簡単――これはポップ達にとって簡単なだけではあるが――なものだったからだ。
長老の話を聞きながらポップが森から感じたのは、強力な魔力だった。マァムも同じように感じていた。
――三年前の戦場で常に晒された、悪意。
サンナには呪文の使い手は一人もいなかったためにわからなかったのだろうが、二人には馴染みのある魔力の波動だった。しかも、とても攻撃的な波動だ。間違っても親愛的なものではない、敵に向かって破壊と破滅を望む力の波。
それは、一般人にはとてつもなく強い、呪詛の力となる。村の者達は何の免疫もなくそんな魔力を浴び、いわゆる中毒状態になったのだろう。
症状の正体がはっきりすれば、あとは簡単だった。以前立ち寄った街で、二人は呪具の取り扱いを誤った者を治療している。他にも呪法のトラップの解除などはダンジョンでは当たり前に必要とされるスキルだ。その応用をすればいい。
「マァム、頼めるか?」
「ええ、任せて。さっき丘から見た時に大体の目印も決めてきたから」
「助かるぜ! ――距離があるのに、すまねえ」
「馬鹿ねえ。私は武闘家なんだから、適任でしょ」
からりと笑って、輝石を受け取るとマァムは跳躍する。一瞬の後には彼女は屋根の上を軽やかに駆けていた。頼もしいなあ、とポップは目を細める。あの赤い道着を翻す背中は、必ずまた戻ってきてくれるという実績と安心感があった――親友を探すこの三年の間の、ポップの心の拠り所の一つだ。
惚れたからというだけでない、大きな安定した信頼が彼女にあって、それがダイを失って迷走しかける自分をシャンと立たせてくれている――ポップはそう感じていた。
彼女に応えるために、ポップも準備をせねばならない。ふわりと浮かぶと一気に空へとトベルーラで向かう。足元で村人が驚いてひっくり返っていたのは、後で謝ろう。先程の丘よりも更に高く、森までもが一望出来る高度で止まれば、丁度マァムが村を五芒星で囲めるように輝石を置いてくれたところだった。
マァムがこちらに気付き、高く手を上げる。表情はよく見えないけれど、きっと明るく笑ってくれているのだとわかる。そのまま止まるのかと思ったが、彼女はすぐに畠のほうに走り出した。ネコ科の獣のように地を蹴ってみるみるうちに遠ざかっていく。ポップの魔法の作動を確かめることもしない――完全に信頼し、任せてくれているのだ。それがわかってポップは緩みそうになる口元をしっかりと引き結んだ。
「じゃ、やりますか」
静かに息を吐いて、半眼を閉じる。村を綺麗な五角形で包めるように置かれた輝石が、大魔道士たる青年の視界には淡く輝いて見える。
ここまでレベルが上がっても、本質が魔法使いという攻撃魔法に特化している性質なのだろう…ポップに破邪系の呪文は少し相性が悪かった。契約まではすんなり進むが行使には輝石・聖石などのアイテムが必要なのだ。
(アバン先生みたいな清らかさは、オレにはねえって事なんだろうな……)
苦笑しつつ魔法力を高めていく。
大勇者と称えられ今ではカール王国のトップに立つ師が、丹精込めて作り上げ定期的に譲ってくれる聖石には、祈りが込められている。
次代を担う勇者――ダイへの祈り。
ダイが見つかるまで、ダイが帰ってくるまで、ダイが守ってくれたこの地上を必ず守り抜こう……そんな願いであり、決意。
(この村も、必ず守るからな…ダイ…!)
「邪なる威力よ退け…‼」
――マホカトール
淡い緑の光に包まれて、村人たちがどよめいた。畠から戻ろうとするマァムの耳にもその声は届く。
マァムは空を振り仰ぎ、ポップが旅装のマントを邪魔くさそうに肩に掛けるのを見た。三年前の大戦時、いつの間にかポップが使いだしていた【大魔道士】の名乗りに相応しい、絵になる姿だった。当人は師匠にあやかってと言って気恥ずかしそうに笑っていたが、それだけじゃないというのがマァムにはわかっている。
親友で弟弟子で…掛け替えのない仲間のダイが勇者という重責の他に竜の騎士という運命も背負うのを、ポップはずっと隣で見てきたのだ。
『ただの【魔法使い】ってだけじゃ、足りねえって思うからさ……』
ダイを横で支えるのに、ポップはただの魔法使いのままではいられないのだ。
あの幼いながらも苛烈な生き方を強いられる勇者の運命に、寄り添って生きる道をポップは選び、大魔道士を名乗るのはその覚悟の現れだ。
そうこうしているうちに、二発目のマホカトールが発動する。マァムの立つ場所も緑の光が地を走り五芒星の陣を描いていった。
(ポップ……)
心の内で、ただ彼の名を呼ぶ。美しい光だと思う。困難に立ち向かう勇気の色。
自らを包んでくれるこの魔法力すらも愛しく感じながら、マァムはポップを迎えるために村へと再び駆けだした。
※※※※※
マホカトールの結界は、人々に早速効果を出していた。天からの飛来物があった日より続いていた気分の悪さが一気に軽減したのだ。
歓呼で迎えられた二人は、まだ治療は終わっていないと、村の道具屋(こちらも雑貨屋という程度の店だった)の聖水を全て持って来させた。それらに回復魔法を送り込み、村人全員に飲ませる。たとえ攻撃的な魔力の波を遮断しても、浴びていた間の体力減退が回復するわけではないのだ。聖水に回復魔法を付与したものは一種の栄養剤的な働きをする。元からの病人にも、ポップが特別サービスとして大魔道士印の薬を渡したので一刻ほどで全員が快復し、村は歓喜に包まれた。
救い主として、二人は盛大な歓待を受けた。
歓迎されるのは嬉しい。是非にと村長にも乞われたので素直に宴会を開いてもらうことになった。
なにせ診療治療中に互いを「ポップ」「マァム」と隠しもせずに呼び合っているのだから、正体がバレるのは当たり前だったかもしれない。テランは吟遊詩人を多く輩出する国だが、戻ってくる者は少ない。単調な農作業だけの毎日に、客人は情報という娯楽をくれる貴重な存在だった。しかもそれが英雄で、さらに命の恩人とくれば……小さな村だからこそ、勇者の仲間が訪れたという一大イベントを逃すはずもないのだ。
祈祷所には赤々と火が灯され、出された食事は田舎料理とは思えないほどに豪勢だった。若い二人は飲まされながら、ねだられるままに冒険の話を語る。また、それだけではなく、ベンガーナの流行を、カール女王夫妻の仲睦まじさを聞かせ、ロモス王と獣王クロコダインの逸話やリンガイア将軍の苦労話で唸らせ、パプニカの若き女王がどれほどに行方不明の勇者を待っているかを伝えた。
大戦からそろそろ三年…。いまだ見つからない勇者を探すために、二人は旅を続けているのだということも。
――夜を徹しての参加は、二人は勘弁してもらった。久しぶりのベッドの誘惑には勝てない。
たっぷり使わせてもらえた湯の中で、このまま蕩けるかと思うくらいポップは気を抜きまくった。マァムも鼻歌を歌うくらい嬉しかったのだろう。久しぶりの石鹸は花の香がした。
いい村だ。歓待してもらったからそう思う、というばかりではなく、皆が純朴で優しいのだ。『勇者』の恩恵を享受するだけではなく、信頼と礼を返すということを村を挙げてあらわしてくれた。
助けたい。何とかしてあげたい。ごく自然にそう思えることが本当に嬉しく、故にいい村だと二人は思った。
「ねえ、ポップ。明日…」
灯りを消した部屋。隣のベッドでマァムが呟くように声をかける。
「うん」
彼女が言いたいことはわかっている。
今回は自分達がたまたま通りかかったから村人達を治療できたが、対症療法でしかない。このままではまた同じような事が起こる。
二人は村人の体調不良を招いた原因を突き止めることにした。
こうも多くの人間に影響するほどの力が、一体どうして発生しているのか。放置しておけば、被害が増えていた事は確実なのだ。
ならば放っておく訳にはいかない。
―――勇者のいない間は自分達がこの地上を守る。そう決めたのだから。
※※※※※
ドクンドクンとマァムの聴覚に自らの鼓動が音として届く。この音は外にも漏れているのではないのかと思うほど。
「…………」
前を歩くポップは無言だ。何と声を掛ければよいのかわからず、マァムは黙って後ろについていく。
倒木を跨ぎよけながら歩いているため、距離に比して時間がかかっている。もう森に入って三十分以上だ。ポップのトベルーラで行く案も出たが、森の内部の状態を調べる必要もあってこうして歩いていく事を選んだ。それでもこれまで鳥や獣、モンスターにさえ全く遇っていないし、鳴き声も聞かない。樹木の種類を見る限りはマァムの故郷とよく似た植生の豊かな森だったはずなのに。
魔力の波動がどんどんと強くなっていく。戦闘訓練を積んでおり魔法力という耐性のある自分でこれなのだから、村で離れていても一般人がコレを浴びれば体調を崩すのも無理はない。
(それに、この気は…この魔力は、私…知ってるわ……)
肌感覚が覚えている。対峙したのはたったの二度。そのうち二度目はごく短い間しか前に立てていない。それでも忘れる筈もなかった。こんな…それこそ肌が粟立つ魔力の、その主を……!
「はは…まさかとは思ったんだけどな……」
立ち止まったポップが小さく笑った…ようだった。いや、嗤ったのかもしれない。
倒木が途切れ、広い穴があった。すり鉢のようなそれには話に聞く火山性ガスのように魔力が濃く溜まっている。マァムは顔を顰めた。昨日のポップのマホカトールのような美しく澄んだ魔法力ではない。これは、魔力以外に誰かの強い呪いも込められている――瘴気とでも言うべき悪しき力だった。
その中心に、何かが埋まっているのが見えた。
「あれは…」
「…………」
ポップは何も言わずクレーターに入っていこうとする。足にまとわりつく重い魔力…瘴気を鬱陶しげに蹴り払うと、ふわりと浮き上がった。一気に中心に降りる気だ。
「ポップ⁈」
「…マァム、ここで待っててくれ」
「オレ……埋まってる奴に覚えがある気がするんだ」
微かに震える彼の言葉にマァムは理解した。『奴』という単語――つまりあの中心に埋まっているのは物ではない、人もしくは魔族に類する誰かだ。
先程から感じていた、記憶にある魔力。強大なかつての敵の姿がマァムの脳裏に浮かぶ。
「…私も一緒に行くわ」
ポップはたじろいだが、意志を持ってその黒い目を見つめるとコクリと頷いてくれた。
彼を一人にしてはならない――そう思ったのだ。
※※※※※
「なんで……なんでダイがいないのに、あいつが帰ってこないのに…っ お前がいるんだよ……っ!!!!!」
※※※※※
ダイと二人で戦った大魔王バーンとの最終決戦が、昨日の事のようにポップは思い出すことができる。
魔界の神を名乗るに相応しい大魔王の、その強大無比な魔力――魔法使いである自分には、底なしにも感じるその雄大な力。
ラーハルトとヒムに命を預けてもらい、ようやく破った天地魔闘の構え。
ダイがその身を通して何発もライデインをバーンに流し込んでいく。あんな小さい身体の、まだ子どものダイの捨て身の戦法に頼らざるをえなくて、止められなくて、ただ名を叫んで見守った。
薙ぎ倒された木々を跨ぎ、隕石(?)に近づくたびに、走馬灯のようにあの戦いの記憶が駆け抜けていく。
(まさか……)
ありえないという思いとは別に、確信がある。魔法使いとしてあの日覚えた神に届く力…それを忘れるようならもう戦場に立つ資格は無いだろう。無論、ダイの横に立つ資格も失う。
でもそのダイはどこにいる?
(駄目だ、考えるな)
眠らせていた『怒り』がむくりと鎌首をもたげた。
「バー…ン……」
クレーターの中央にマァムと降り立ち、地に右上半身を埋めた男を一目見て、ポップはその名を呼んだ。感情の乗らない声だった。マァムが息を飲んだのは彼女にも目の前の石像がバーンだと確認できたからか。それともポップの声に衝撃を受けたからか。
濃い呪詛でその身を縛られたかつての敵、大魔王バーンが石になっていた。損傷は激しく、両手両足が存在しない。天で失ったのか、それとも堕天時の衝撃で砕けたのか。
ポップにはわからない。
彼にわかるのは、この男がかつて大魔王を名乗っていた敵だったということと、自身の身の内から湧き上がる怒りだった。
それは瞋恚の炎だった。怨恨にも似た、激しく、強く燃え盛り、対象を焼き尽くすまでおさまらない感情の嵐。
|あいつこそが幸せであるべきなのに《なあ、代わってくれよ。ダイを返してくれよ…!》
男――バーンは動かない。眼球も動かず、声も発さない。彼の身にかかっているのが、アストロンのような鋼鉄と化しても意志を示せる呪文の類ではなく、もっと根深く古い原初の『呪い』なのだとわかる。だが、どれほど身体が動かなくとも心まで固まったわけではないのだろう。近づくなという意思が魔力とともにポップにぶつけられる。あるいはそれは、ポップの覚えた怒りの波動をバーンが感じ取ったがゆえの防御行動かもしれなかった。
「なんで……なんでダイがいないのに、あいつが帰ってこないのに…っ お前がいるんだよ……っ!!!!!」
反射だった。
石像からの拒絶と攻撃を受け、ポップは叫んでいた。
三年という年月はいまだ十代の彼にとっては充分な長さだった。親友の行方を捜し続けることは、振るわない結果に落胆し続ける事と同義だった。ダイと共にあって命を懸けて絆を紡いだ三ヶ月を優に超える年月を、ポップは絶望と後悔と共に過ごしてきたのだ。
魔法力がポップの両の手に集まり、それは冷気と炎になっていく。
目の前の男を消し去りたいと、彼は願う。勇者ダイの勝利という事実に疑義を挟ませるようなこの存在を許せないのだと。
「やめてえっ‼‼‼」
耳を貫くような叫びに、ポップは身を揺らした。
気付く。マァムが腕に縋りついている。凍傷を意識すらせず右拳に彼女の手を添えて押さえつけている。
「お願い…やめて! ポップ‼ あなたが憎しみで、そんな顔で、誰かを殺すのは見たくないの…‼ お願いよ‼」
その声とその顔。
真実、ポップの事を想っての、赤心からの叫び。
この三年、ずっと傍らにいてくれた…迷いかけるたびに、ダイを失って迷走しそうになるたびに芯を通してくれた
絶望と後悔の中に、光も安堵も確かにあって、それをマァムは一緒に喜んでくれたのだ。
想いの濃淡はあるだろう。それでもダイを失った悲しみも大魔王バーンへの怒りも、それはポップだけのものではない。
そういう意味での特別扱いをポップに許してポップを間違わせるような事を、マァムは決してしなかった。
「……ありがとな、マァム」
昂った精神を長い息を吐いて納めると、ポップは立ち直った。マァムの凍傷を治し、薬師の顔になる。
今回の患者…サンナの村人たちを対症療法ではなく根本から治療するのならば、原因を取り除かねばならない。
バーンをメドローアで消し去るのも取り得る選択の一つではあるだろう――けれど、その道をポップはもう取るつもりはなかった。
「解呪…骨が折れそうね」
「ん…そうだな。最高の聖水と、聖石…いっそとっときの輝聖石と師匠がくれたアイテムとか、ブーストに大放出しちまうか」
「出来そう?」
「これだって結局は魔法なんだ。分解は出来るはずさ。カイザーフェニックスみたいに簡単にはいかねえけどな」
あんたの簡単はレベルがおかしいわよ。そうかあ?
瘴気の底で場違いなほど明るい会話。十代の男女が交わすには色気の無い、それでも愛情と信頼に溢れた未来に向けた話だった。
そうして諸々の準備が終わり、ポップが胸中で二つほど決心をした頃。
「ポップさん」
メルルが青い顔をしてサンナを訪れた。ナバラの介護をしていた彼女がどうして、しかもキメラの翼まで使ってわざわざ。
数日ぶりの彼女との再会をマァムと共に喜んでいると、青い顔のままメルルは告げる。
「天秤が傾きました――ダイさんが帰還されます」
(続)
②に続きます。